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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第62話 祭りの後

 


「…………は、はぁっ! はっ……」


 目覚めたのは茜色の陽が差し込む寝室のベッドの上だった。鎧戸は上げられ、窓は僅かに開かれている。全身に汗をかいていた。


「フウ……カ?」


 目覚めた瞬間起き上がり、何もない空間に伸ばされた自分の手をゆっくり下ろす。


 何か、よくない夢を見ていた。


「?!」


 下ろした手ををもう一度上げてよく見る。右手が、ある。触って確認するが、確かに自分の腕だ。


「治ってる」


 俺は旧地下水路の大蜥蜴、水質汚染の元凶となったモンスター、アグリィラケルタスに右腕を切り落とされたんだ。そこをガルガンティア協会の二人に助けられて……。


 ベッドの周囲を見回すが、部屋の中には誰もいなかった。


 右腕はほとんど元通りにくっついていた。これは、フウカの治癒波導によるものだろうか。



 寝室にはつい先ほどまで、誰かが居たような気配があった。薄い掛け布団を出て床に足を下ろす。部屋を出た。


「フウカ?」


 家の中を見て回ったが彼女の姿はない。いつもならこの時間フウカはまだシャーロットにいる。

 そうだ。クロウニーとエルマーに会わなくては。話すことがたくさんある。着ていた肌着を脱いでシャツに着替える。


「いつっ!」


 肩を動かすとひきつるような痛みが走った。直に確かめると、腕は治ってはいるもののアグリィラケルタスの攻撃を受け切断された部分の肌には赤い傷痕が残っていた。動かすとまだ痛む。


 ともかくバベルに行こう。トレイシーなら今二人がどこにいるか知っているかもしれない。

 玄関から外へ出ようとすると、扉はひとりでに開いた。


「ナトリ……! 起きたのか」

「クロウ!」


 扉の向こうには夕べの光を背に浴びて驚いた顔のクロウニーが立っていた。






「そうか……、やっぱりフウカがこれを」


 クロウニーを中へ招き入れ、居間のテーブルを挟んで座って向かい合う。彼は俺が気を失った後のことを話してくれた。


 二人は俺と凍った腕を地下水路から地上まで運び、治療院に担ぎ込んだ。その後すぐさまクロウニーはフウカを呼びに走った。


 氷を溶かしたものの、腕をくっつけることはできず生命維持の処置を優先したそうだ。



 意識と右腕のない俺の元に駆けつけたフウカは、動揺し慌てふためき、泣き叫んだという。


 それでも彼女は癒しの波導を使い、俺の腕を元通りに修復し傷を癒した。治癒術士は驚愕したことだろう。


 こんな致命的な怪我を治せるのはフウカくらいだ。心配をかけた上、怪我の治療まで……。俺は、どれだけあの子を不安にさせれば気が済む。




 腕は元に戻り、怪我も消えたが俺の意識は戻らなかった。多量の失血に加え王冠の酷使による煉気の枯渇。

 それに切り飛ばされた腕から雑菌が体内に入り込み、俺は数日間高熱にうなされていたそうだ。ようやく容体が安定したのは今日になってからだという。


「あれから、五日も?!」

「そうだ。その間、ずっとフウカちゃんは君の面倒を見ていた。最初は話しかけるのも憚られるくらいに、心乱れている様子だった。今は……いないみたいだね」


 数刻前、俺の様子を見に来たクロウニーが買い出しを請け合ってここを出た時も、フウカは眠る俺の傍にいたという。彼女も何かを買いに出たのかもしれない。


 離れず、ずっと側にいてくれたのか……。最近、俺はずっとフウカをほったらかしにしていたってのに。


「とにかく意識が戻ってよかった。収穫祭が始まっても予断を許さない状態が続いていたからね」

「みんなには迷惑かけちゃったな……」

「謝るなら、最初にフウカちゃんに謝りなよ。ロクに寝ることも、食べることもせずに君の側についていたんだから」




 俺が寝込んでいる間に三日間の収穫祭は終わっていた。フウカと祭りを回る約束は、守れなかった。


 俺たちが水路を脱出した後、ガルガンティア会長はアグリィラケルタスを倒し、会長の竜である白寂嶺ハクセキレイが増殖したウーパスを全て片付けた。


 旧地下水路に住み着いたレベル4のモンスターは施設に大穴を開け、そこから川に汚染水を流し込んでいた。

 汚染された水で死んだ魚を食い荒らし、ウーパスを増殖させていたようだ。


 あの広い空間にはウーパスの繭も大量に存在していて、あそこで数を増やし、増えすぎたモンスターは旧地下水路へ迷い込んだ狩人たちも食い漁った。俺の見た腕もそのうちの一人のものだったようだ。



 収穫祭直前の駄目押しとして、プリヴェーラ市長直々にモンスターの掃討依頼を受けたガルガンティア協会の面々とその会長によって水質汚染は解消され、三日間の祭りは普段通り無事に執り行われた。


 協会の術士達の活躍で旧地下水路に迷い込んだ狩人の多くはその後無事に救出されたが、あの日出た狩人の犠牲者は8人にも登る。




 ドアを叩く音がする。フウカかと思い俺は立ち上がって玄関を開けた。そこにいたのはフウカではなくエルマーだった。


「……ナトリ! もう平気なのかよ」

「うん。来てくれてありがとう。上がって」


 エルマーを居間に通して椅子を勧める。彼は木椅子の上に胡座をかいてちょこんと乗っかった。容体や腕の調子などを話す。


「俺があの時アグリィラケルタスを仕留められていれば……」

「僕にだって責任がある。ずっと違和感は感じていたはずなのに、旧地下水路へ降りることを踏みとどまれなかった。……指揮官にあるまじき判断だ。金に目が眩んでいたんだよ。二人には僕の方こそ謝らなければならない」


 俺たちは無言で項垂れた。己の力を過信していた。少し王冠を扱えるようになり、強いモンスターも倒すことができるようになって舞い上がっていたんだ。


 欲望に踊らされて実力を見誤り、窮地に陥る。救えない失態だ。

 後少しアグリィラケルタスの尻尾が横にずれていたら俺は体を真っ二つにされて今回の騒動の犠牲者の列に加わっていた。


 たったの数週間で狩人ニムロドに慣れた気になってたのか、俺は。


「仕方がねえよ。今の俺らじゃ、レベル4には敵わねえんだ」

「…………」

「おめぇさん、ドドなんだってな」

「……!」

「フウカちゃんから聞いたんだ。勝手に君の事情を聞いてしまってすまない」

「たしかにナトリが飛ぶところは一度も見てねぇし、妙に動きも遅ぇからな。まさかとは思ってたけどよ」

「黙っていて悪かったよ」


 そんなことを話してしまったら、俺はいずれアルテミスにいられなくなるかもしれない。このユニットはプリヴェーラでの俺の大事な居場所になっていったから。

 言い出せなかった。知られてしまえば、それを手放さなければいけなくなるような気がして。顔を上げられずに足元の木板の床を見つめる。


「確かに、足手まといかもしんねぇ」

「……エルマー!」

「…………」

「おめぇさんには狩人、向いてねぇんじゃねえか」

「そうかも、しれない」

「ナトリ、そんなことは」


 エルマーは椅子の上に立ち上がっていつもの鋭さのある目で俺を見る。


「あのカワイコちゃんにあんまし心配かけるんじゃねぇよ。転職を勧めるぜ。……じゃあな」


 彼はそう言って居間を出ていった。玄関の閉まる音がする。立ち上がりかけたクロウニーは再び腰を下ろす。


「今の言葉はきっと本心じゃない……。彼も、取り乱したフウカちゃんの様子を見ていたから」

「いいんだクロウ。……わかってる」

「しかし……」

「俺は大丈夫だから」


 何か言いたげなクロウニーだったが、それを押し留めるように目を伏せて立ち上がる。玄関まで彼を送った。


「ナトリ。アルテミスの活動はしばらく休止することになった。君も数日は安静にして、回復に務めてくれ」

「今日はありがとう」


 クロウニーが外へ出ると、誰かが彼を呼ぶ声がする。ドアの外でクロウニーに駆け寄ってきたのはディレーヌだった。シャーロットの勤務時間が終わったのだろうか。


「デリィ」

「クロ。来てたのね。ナトリ君。目が覚めたの……」

「ごめん。色々と心配かけたみたいで」

「いいえ。ナトリ君、フウカは中にいるの?」

「いや、どこかに出かけたみたいなんだ」

「そう……」


 ディレーヌは俺の顔をじっと見つめた。少しきつい表情で口を開く。


「あまりフウカに心配かけないで。……それにあなたがクロを旧地下水路に誘ったんでしょ? クロが自ら危険を犯すはず、ないもの」


 クロウニーも負傷を負った。ディレーヌには俺のせいで大きな心労をかけてしまったのだろう。


「……その通りだよ。クロウを巻き込んだのは俺のせいだ。許してもらえないかもしれないけど、本当に悪かった」


 ディレーヌに向かって謝罪する。


「あれは僕の責任だ」


 ディレーヌの目つきがより鋭くなる。


「もっと慎重になってよ。フウカの気持ち、ちゃんと考えなさいよ。あなたがいなくなったらあの子は……!」

「デリィ!」

「……ごめんなさい、怪我してるのに。お大事にね」


 そう言うとディレーヌは廊下を早足に歩き去っていく。


「突然あんなこと……、済まなかった。彼女には後で言い聞かせておく」

「当然のことだよ。返す言葉もない」

「なんと言っていいか……。あまり気に病まないでほしい」

「……ありがとう、クロウ。彼女を追いかけてやりなよ」




 玄関の扉が閉じられ、薄暗い土間に俺は一人になる。


 まるで足元が崩れ落ちていくような気がした。この街へきて手にした新たな生活、居場所、仲間。そして信頼と自信。


 こんな俺でも少しは変われたんじゃないかと、そう思ってた。

 だけど結局、仲間達の信頼を裏切り、フウカも悲しませてしまった。何を……やってるんだ俺は。



 何も変わっちゃいない。王冠の力を手にして多少強くなったつもりでいたけど、そんなのは俺の本当の実力じゃない。

 油断、力の過信……。そのツケがこのザマだ。



 その日いくら待ってもフウカが帰ってくることはなく、彼女がいなくなったことに気づいたのは夜も更けてからだった。





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