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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第60話 ユニット

 


「ナトリーッ!!!」


 大蜥蜴の口から強烈な酸のブレスが放たれる瞬間、俺は強い力に引かれて宙を飛んでいた。着地とともに通路に転がる。


 同時に爆発が起こり、空間は一瞬赤い光に包まれた。爆音と、構造物の崩れる轟音が室内に反響する。俺の体は強引に引き起こされた。


「おいナトリ! しっかりしろ、逃げんぞ!」

「……エルマー。わ、わかった……っ!」


 エルマーの投げた爆裂エアリアが大蜥蜴の掴まっていた柱を破壊し、がらがらと派手な音を立てて崩落していく。

 俺はエルマーについて走り出す。すぐに隣にクロウニーも並んだ。


「無事かナトリ!」

「なんとか……」

「出口の縦穴付近はウーパスで埋め尽くされてる。迂回してきたら鳴き声が聞こえて、ここに君が。さっきの巨大なモンスターは……」

「マッドウーパスの上位種だと思う。暗闇に姿を溶け込ませられるみたいだ」

「見えねえってことかよ。面倒くせえ!」

「二人とも、すまない」

「そういうのは後だよ。今は脱出することだけを考えよう」

「こうなったら出口まで強行突破しかねぇぜ」


 状況は絶望的。闇に潜む大蜥蜴に、ウーパスの大群。出口部屋までたどり着けたとしても、上層まで梯子を登り切れるか。


 この広い空間を抜け通常の水路へ戻るために俺たちは柱の間を走った。


 ルオオオォォォ……


 奴の声が空間に反響していく。それを合図に、周囲に酸が降り注ぐ。

 四方の闇から飛んでくる酸液を動き回って柱を盾にし避けながら王冠を撃つが、頼りない細い光が出るのみでとても潜むウーパス達までは届かない。


「くそっ……」


 二人も攻撃を躱わし、隙を見て反撃するので精一杯だ。


「ぐあああっ!!」

「クロウ!!」


 柱に張り付いたウーパスが吐いた酸がクロウニーを掠った。左腕から蒸気が上がっている。


「ッ!」


 クロウニーを攻撃したウーパスを狙い撃つ。辛うじて光は放たれ、ウーパスは頭を撃ち抜かれて床に落ちた。


 エルマーが跳躍し、柱を交互に蹴って天井付近まで駆け上がっていく。

 雄叫びを上げながら柱の上部に集まっているウーパスの集団に直接攻撃を加え始めた。


 長い年月手入れもされずに放置された石組みの柱は脆くなっているようで、エルマーが叩き込む拳の破壊力に粉砕され崩れ落ちていく。柱の破片が降り注ぎ、轟音が辺りに反響する。


 こんな大群、相手にできるわけない。群をなんとかして出口ホールを突破するには、こいつらを統率するあの大蜥蜴をやるしかないのか。

 けどあいつは姿を晦ましていて今どこに潜んでいるかもわからない。俺たちはウーパスの攻撃を避けるので精一杯。この状況で居場所を割り出すことなんて……。


「大丈夫かクロウ!」

「……ッ、僕は平気だ。ナトリ、あれを倒すのは君の役目だ……」


 腕を押さえ顔を歪めながらクロウニーが俺に声をかける。


「でも……、俺じゃ」

「君は今まで何度も強敵を打ち破ってくれた」

「それは……っ」


 クロウニー、それは全部王冠の力なんだ。俺自身はただのドドで、何の役にも立ちはしない。


 俺はいつしかこの杖に頼りすぎていた。これがまともに使えなくなってしまった今、俺はただの……。

 クロウニーがこっちを見て、痛みに顔を歪めながら笑ってみせる。


「そんなことはない……。その武器を使っているのはナトリ自身だ。……僕は信じている。エルマーも同じだよ。君があいつをなんとかしてくれると信じて、必死で戦ってくれている。だから君も、もっと信じてくれ、同じように僕たちのことを……!」

「二人とも、俺のことを信じて……」


 俺は自分のことをそんなに信じていない。だから、信じられないのが普通だと思っていた。

 でも違った。クロウニーも、エルマーも、俺を信じ、命を預けて戦っているのだ。


「エルマーが上で暴れて僕らから注意を逸らしている。僕があの化け物の居場所を暴いてみせる、後は、頼んだ……!」


 クロウニーは腕と足を負傷しながらも作戦を立て、この絶望的状況で微塵も諦めることなく活路を切り開こうとしている。エルマーだって同じ。


 一人で戦ってるんじゃない。俺たちはいつだって三人でやってきた。……自惚れるなよ。


 クロウニーがやれると言っている。だからできる。やるんだ。

 あの大蜥蜴と、天井を覆い尽くすウーパスに心をのまれ大切なことを見失っていた。それぞれの役割を果たす。それがユニットの意味であり、俺たちアルテミスの戦い方だった。


「わかった……、俺も二人を信じるよ。必ずアイツを仕留める」

「いい返事だ」


 そう呟くと、クロウニーは懐から取り出した菱形の黄色いエアリアの栓を引き抜いて、空間の宙高く俺たちの真上にそれを放り投げた。


「エルマー! 目を瞑れ!」

「おおっ!」


 俺も腕を翳して影を作る。放り投げられた発光エアリアが空中で炸裂し、闇を一瞬にして白光が塗りつぶした。


 周囲に立っていた光を遮る柱はエルマーの強撃によって既にかなりの本数が崩れ去っている。発光エアリアの放つ光は多くのウーパスにショックを与え、べちゃべちゃと天井に張り付いていたモンスターが落下してくる。


 高く、くぐもったような鳴き声がした。大蜥蜴の声だ。離れた、まだ崩れていない柱を見回す。


「……そこかッ」


 即座にターゲットを特定し、狙いを定めたクロウニーによって矢を放つ挙動は一瞬で完了する。長い狩人生活で洗練され、矢を取り出すところから流れるような所作でそれを番え、弦を引く。


 闇を一直線に切り裂いて飛ぶ燃え盛る火矢は離れた柱に突き刺さった。


 矢から炎が吹き出し燃え上がる。炎を輪郭として、巨大な影が浮かび上がってくる。


 火の燃え移った大蜥蜴は泡を食って柱から滑り落ち、地面に大きな音を立てて墜落していく。発光エアリアに対する反応で即座に位置を特定したのか。


「!」


 普通のサイズだったら炎のエアリアで丸焦げにできるだろうけど、この大蜥蜴の体についた火は既に消え始めている。直接やらなければ倒せない。


 大蜥蜴が体勢を立て直し、逃げ出そうとする前に俺は奴の至近まで走り寄る。二人の作った攻撃の機会、無駄にしてなるものか。


 両手で王冠を強く握りしめ、杖に煉気を込める。煉気が尽きたわけじゃない。撃てるはずなんだ。

 二人が俺の力を信じてくれる。俺一人よりも、心強い。


 頼む王冠。力を貸してくれ、もう恐怖で足を竦ませたりなどしない……!



 引き金を押さえる。再び強く光揺らめく刀身が伸びていく。杖を上段に振りかぶる。


 杖を振り下ろし、長く伸びた蒼光が大蜥蜴の肉を切り刻む。顔面から胴体の半ばまで、真っ二つになったモンスターは音を立てて地面に転がった。


「やった……!!」




 それはあまりにも早く、当然目で追うことなどできるわけがなかった。風を切る音が耳に届いた時には、しなりながら振り抜かれた大蜥蜴の反撃の長い尻尾は激しく地面を強打していた。


 嘘だ。頭を半分にしてやったのに。だったら息の根が止まるまで、何度だって。


 王冠をもう一度構えようと腕を持ち上げるが、何故か目の前に杖はなかった。


「え」


 落としたか、と一瞬視線を泳がせて違和感を感じた。

 俺の手中に王冠はない。それどころか、持ち上げたはずの右腕そのものがない。肩口は奇妙に直線的に途切れており、そこから先がなかった。


 腕を動かそうと意識するとその代わりに断面から血潮が吹き出す。


「あ……?」


 一歩、後ずさる。しかしもう一歩下がろうとして体のバランスを崩し、尻もちをついた。


 なんだ、これ。

 体勢を立て直そうと左腕を振るが、うまくいかずに俺は後ろ向きにどさりと転倒した。


 右手の感覚はあるのに、何にも触れることができない。


 顔を右に向けると、ほど近い場所に見慣れたものが転がっているのが見えた。

 見慣れた服。人の手。それに……握られた杖。なんだ、そんなところにあったのか。



 遠くで誰かの叫び声が聞こえる。無造作に転がる俺の腕。自分の心臓の鼓動が耳に響く。やたらと大きく。


 倒れ込んだ俺を大蜥蜴の巨頭が覗き込んだ。なんだよ、なんで生きてるんだよ。


 2つに別れた頭部は寄り合い、接着していく。深い傷口からしゅうしゅうと煙が立ち昇っているのが見えた。


「超速、再、生……!?」


 大蜥蜴が口を開く。酸のブレス攻撃の予備動作だった。この至近距離で浴びたら、骨しか残らない――。




「白皙なる口縄よ。『霜薊ニーズヘィグ』」



 凛とした詠唱が空間に響き渡った。




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