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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第59話 暗闇に降る雨

 


 できるだけ遠くまで光石を投じながら、暗闇の支配域であるプリヴェーラ旧地下水路を全力で走る。

 一ブロック進んで角を曲がり、後はひたらすらまっすぐ走る。結構な距離を走り切ると十字路に到達した。


 どうやら想像通りの構造だ。ならば、四つめの十字路で再び角を曲がれば出口ホールへと迂回できるはず。

 力の限り足を動かした。煉気を消耗しているとはいえ、基礎体力には結構自信がある。やっててよかったアリュプ飼い。


「!」


 光石に照らされた通路の天井に二匹のウーパスの影を見つける。速度を落とすことなく突っ込んでいく。


「おおっ!」


 一体の頭を即座に王冠で撃ち抜き、もう一匹が吐き出した酸を斜に走って避けながらそいつにも光を撃ち込む。そのまま勢いを落とすことなく走り去った。


「見たかトカゲ野郎!」


 その後はウーパスとの遭遇はなく、ひたすら水路を走り続け、ついに四つ目の十字路手前に達した。十字路の視界を確保するため、光石を投げ込む。


 石は遠くで地面に落ち、カン、カン、カランと音を立てて転がった。だが今まで通過した十字路とは異なる感覚を覚える。


「壁と天井がない……?」


 音の反響の感じからして、ただの十字路でなく相当に広い空間になっているらしい。視界を確保できないほどの闇。


 一度引き返し、一つ前の角を曲がるべきだ。かなり水路を走った。もう群れは完全に迂回できたはず。

 しかし踵を返しかけた時、俺の五感が僅かな異常を捉えた。

 今しがた走って来た水路に広がる暗闇がざわつくように感じた。


 この、闇そのものが蠢くような感覚はさっきも感じたものだ。……奴らはもう俺の背後に迫って来ている。


「ぐっ……!」


 引き返すのを諦め、先の空間へと走りだす。走りながら腰に括り付けた光石を壁に打ち付けて割り、細かくする。

 広すぎる空間では俺の位置を知らせる目印にしかならないし、光が強すぎると俺自身の視界も奪われる。石を砕いて最低限の光量に絞る。


 光石は床と、かろうじて長方形の石を積み組まれた太い柱だけを照らし出した。天井も、壁も、広すぎてどうなっているのかわからない。


 砕いた光石のかけらを広範囲にバラ撒く。僅かに周囲が照らされ、その空間は等間隔で高い柱の並ぶ広大な部屋のようだと分かる。

 地下水路としても何か役割のあった場所なんだろうか。照らし出される柱の間を抜け、出口のある方角へとひた走る。


 突然数歩先に何かが落下して弾けた。しんと静まり返った地下水路に水音が響く。

 今のはおそらくウーパスの吐く酸液だ。俺はすぐさま近くの柱にへばり付いて動きを止めた。


「はぁ、はぁっ、どこからっ……!」


 投げた光石の頼りない光が消え、腰と周囲に散らばった弱光型光石の心もとない明かりだけが残る。静寂なる闇が辺りを覆い、不気味に静まり返る。


 自分の息遣いがやけに大きく聞こえ、俺は息を潜めようと思わず手で口を塞ぎ息を抑え込んだ。


 ぱた、と地面に落ちる水音が遠くに聞こえた。


 ぱた、ぱた、ぱた。

 ばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばた。



 一歩も動けなかった。辺りは一斉に降り出した雨のような音に包まれる。


 まるで生きた心地はしなかった。この周囲に降り注いでいるものは全てウーパスの酸液。いつそれが自分の頭上に降ってくるかと考えると、心臓を鷲掴みにして握りつぶされているような気分だった。


 全身の血流が滞り、体が急速に冷え込んでいく。冷や汗が吹き出す。


「………………う、はぁ」


 やがて水音は消えた。息遣いは増し、目を見開く、視界を奪う暗闇に視線を走らせる。どこだ。どこにいる。何十匹。いや何百匹。


 震える足を辛うじて動かし、柱を離れる。今は、出口へ……っ。


 ぐに、と踏み出した一歩で何か柔らかいものを踏んだ。視線を落とし、わずかな明かりでそれを視認する。


 ……それは腕だった。肘までしかなく、袖のような布切れが纏わりつくエアルの腕。そっと足を前腕部からどけると、ドロリと溶け出すように液状化した肉が断面から溢れ出した。


「ひ……」


 まさか。これ。旧地下水路へ降りた狩人の? 彼らはどこへ行った。全員、こんな風になったっていうのか……?


 例えようのない恐怖がこみ上げてくる。ここに居てはいけない。今すぐ逃げ出さなくては。


 だが、意に反して足は動かなかった。見られている。絡みつくような視線と、負の感情。憎悪の波動。


 ゆっくりと顔を上げ、少し先に立つ柱を見上げる。いる。何か、巨大なものの息遣いが聞こえる。

 柱の上の闇が揺らぎ、それは柱を降りるように近づいて来た。古い柱が軋みを上げる音と共に、空間に齟齬が生じる。風景がわずかにずれ、柱から何かが浮き上がってくる。


 それはマッドウーパスなど比較にならないほど巨大な大蜥蜴だった。真っ黒な全身に長く細い尾。全身に湧く細かいぶつぶつと、鳥類の嘴のように尖った口。もっとも奇怪なのは飛び出した大きな黒い眼球だ。暗闇の中で光るような二つの小さく白い瞳孔が、それぞれ別々の方向を見ながらぐるぐると忙しなく動いている。


 醜く巨大なモンスターが柱に張り付き俺を見下ろしていた。こいつが……、きっとウーパスを増殖させトレト運河を汚染している元凶だ。


 ルアアアアァァァ……


 口が開かれ、マッドウーパスのさらなる上位種が嘶く。それに呼応するように周囲全ての方向から響くウーパスの呻き声が空間を埋め尽くした。


 首を振り、柱の上部に目を凝らす。小さな光点が見えた。いくつも、いくつも。それらが柱の上部とこの空間の天井を埋め尽くしている。あれが……全部、ウーパスだと……。


「は、は……っ」


 うまく息ができない。体の震えが止まらない。震える両手を掲げて、大蜥蜴に王冠を向ける。


 こいつさえ、倒せば……っ!



 カチリと引き金が鳴る。……が、光は放たれない。


「っ……?!」


 続けて震える指でカチカチと引き金を引く。杖は全くの無反応だった。


「なん、で……。なんでだっ……」


 目をギョロギョロと不気味に動かし首を捻る大蜥蜴を見上げたまま、震える両腕を下ろす。


 ごめんフウカ……。約束、守れなくて。



 大蜥蜴が口を開いた。


「う、あ……」













挿絵(By みてみん)

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