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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第57話 我先に暗闇へと

 


 翌日も俺たち三人は地下水路へ降り、昨日よりも時間をかけてさらに多くのウーパスを討伐し成果を上げた。

 ウーパスが異常繁殖しているというのは事実のようだった。地下水路の中央区画に近づくほどモンスターの数は多くなっていった。暗闇で多数を相手取るのは分が悪いが、俺たちはウーパスを求めて少しずつ水路の奥へと歩みを進めていった。




 狩を終え地上へ戻るとトンネル付近に集う狩人達が騒ついている。何かあったのかと出入り口付近に敷物を広げ露天商売している道具屋に理由を訪ねた。


「モンスターにやられて壊滅したユニットが出たんだにゃ。運び出されるところを見てたがどろっどろのひでえ有様だったわい。実力のないユニットが深入りするもんじゃねえにゃあ」


 俺たちはそれを聞いてしばし黙り込んでしまう。人ごとではない。地下水路は四方を暗闇に囲まれ視界の効かない危険地帯なのだ。少しでも油断すれば俺たちだって同じような目に合うかもしれない。

 少々浮かれていたのは事実だ。俺たちは互いに目を合わせ、気を引き締めてバベルへと向かった。




 §




「……トリ。ナトリ。聞いてる?」

「……あ。ごめん」


 俺とフウカは寝室でそれぞれのベッドに寝転がって話していた。

 今日フウカはディレーヌと街の上層区に遊びに出かけたんだっけ。先ほどからその話を楽しそうに話してくれている。



 横向きに寝転がって頬杖を突きフウカの話を聞くが、どうにも眠い。


 今日は朝早くから長いこと水路に潜って、たくさんのモンスターと戦っていたせいだろうか……。疲労感が半端じゃない。


 疲労と眠気でうつらうつらとし、気を抜けば腕が外れてかくんと頭が落ちる。



 ……だめだ。フウカの話が全然頭に入ってこない。



「……それでね、展望台から迷宮を見たんだ」


「ああ……翠樹の、迷宮……。今日は天気……よかった、もんね」



「ねえナトリ。私、なんだかあの迷宮がすごく気になるんだ。オリジヴォーラで見た時からずっとそうなんだけど。最近全然頭から離れなくって。日に日にどんどん気になってきてて。あそこには何か、きっと……」



「…………」


「あれ、もう寝ちゃった?」


 柔らかい布団に包まれて、俺はフウカの話も半分に泥のような深い眠りの中に沈んでいった。






 §




 俺たちアルテミスは連日のようにプリヴェーラ地下水路のウーパスを狩り、多くの銀貨と銅貨を稼いだ。


 プリヴェーラの狩人ニムロド界隈は大規模討伐要請が発されてからというもの誰もがウーパス討伐にプリヴェーラ地下水路へ入り浸り、連日ちょっとしたお祭り騒ぎのような様相を呈していた。


 水路の闇に潜むウーパスを狩り尽くさんばかりの勢いで名のあるユニットはこぞってプリヴェーラ地下水路の奥を目指した。狩れば狩るほどに追加報酬が得られるのだ。しかも対象のモンスターはうじゃうじゃと湧いて出る。



 最初は細心の注意を払い慎重に歩を進めていたが、水路での戦いにも三日、四日と経つにつれ次第に慣れてくる。俺たちはそれぞれの役割を全うし、暗闇で効率よくウーパスを狩ることにも慣れていった。


 このところ目に見えて濁り始めていた河の水も、大規模討伐要請が功を奏したのか徐々に澄んできているように見えた。

 この調子なら数日後に迫る収穫祭までにはそれなりに汚染が解消されるかもしれない。



 街では収穫祭ラ・プリヴェーラの準備が進み、歩道や水路には急造の出店が組まれ始めている。市民の気持ちも祭りに向けて高揚し始め、心なしかフラウ・ジャブ様の濁りも取れてきたように見えた。


 夕刻、今日も俺たちは大量のウーパス素材を抱えてバベル南支部の入り口を潜った。ロビーは何やら盛り上がる狩人達の活きのいい話し声で満ちている。


「どうしたんだろ」

「今日も景気良くて、うまいメシが食えるって皆はしゃいでんだろ?」

「おお、アルテミスの。今帰りか」

「あ、どうもっす」


 他ユニットの人間が話しかけてきた。背筋の伸びた痩身のネコ。この支部でも名の知れたユニット「ウィズマ」に所属するベテラン狩人だ。

 新参者である俺たちにも偉ぶらずに気軽に話しかけてくれる気さくな人だ。ネコにはこういう人懐っこくて親しみやすいタイプが多いと思う。

 この人とはバベルで会う度に情報交換を行なうのが常だった。狩人の生死を左右するのは情報だ、とは彼の言だ。


「盛り上がってますね。何かあったんですか」

「おお。今日ウチの分隊が地下水路中央付近まで行ったんだけどよ。旧地下水路の入り口辺りでマッドウーパスに出くわしたのよ」

「ウーパスの上位種。やはりいましたか」

「それがよ、そいつから出てきた紫水晶スタークリスタルが妙にでかくてな。かなりの値がついた。その話が広まってるようだな」



 ウィズマの狩人が倒した水路中央付近のウーパスは、例外なく通常より巨大な紫水晶を持つ個体だったらしい。

 彼らのユニットは波導術士を二人も擁している。モンスターの数が多い水路中央へ進んでも平気な強さがあった。


「なぁ、俺たちも明日は中央目指そうぜ。それに、下層にはもっとでかい紫水晶持ったウーパスがいるかもしんねぇ」

「水路で戦うのも慣れてきたしな。辺縁部のウーパスは狩り尽くしてきた感があるし……、狙ってみるのもいいかもしれない、クロウもそう思わないか?」

「あ、ああ……。そうだね」


 少し歯切れの悪いクロウニーだったが、俺とエルマーの意見には賛成してくれた。このところ王冠のコントロールも上達してるし、もっと強いモンスターがかかってきても俺たちならば負けはしないだろう。


 水路のウーパスを借り尽くしたらこの大規模討伐バブルは終わってしまう。本音をぶちまければこのボーナスタイムにできるだけ旨味を味わっておきたいのだ。




 §




 翌日、朝からプリヴェーラ地下水路へ降りた俺たちは他の狩人達と同じように中央あたりに位置する区画を目指して進んだ。


 昨日バベルで紫水晶の噂を聞きつけたのか、水路入り口に集まっていた狩人達はこぞって中央付近を探索すると意気込んでいた。流石に内部が狩人だらけになるほど地下水路は狭くないが、ウーパスが狩り尽くされてしまうんじゃないかと俺とエルマーは少しだけそわそわしていた。



 初日に比べればモンスターとの遭遇率は低かったが、それでも水路を奥に進むにつれてウーパスの数は増す。

 ついに水路中央付近の広い空間に達した時は、光石の明かりすら届ききらない暗闇の広間から這い出してきた複数のウーパスと交戦するはめになった。



 すぐ近くで弓の弦が空気を叩く短い音が鳴る。クロウニーが最近新調した、よくしなる古木材の弓から矢が放たれる音だ。

 放たれた炎を灯す矢は闇を照らしながら飛び、天井にへばりついていたウーパスの平坦で大きな頭に突き刺さる。モンスターは嫌な音をたてて床へ落ちて叩きつけられ、特別性の矢に使用してある炎のエアリアから真っ赤な炎が吹き出してウーパスの死骸を炎上させた。


 炎の矢は数に限りがある。本来ならただのウーパスに使用するものではないが、視界の悪い広間での視認性の確保と数の多いモンスターへの牽制が必要だというクロウニーの判断だろう。いつだって彼は的確な判断で動いてくれる。

 部屋の中央付近で激しく炎上するウーパスのおかげで、他の敵影も確認できた。姿さえ見えればこっちのものだ。


 一体、二体と王冠で頭を撃ち抜いていく。これだけ毎日戦ってきたんだ。もうこいつらの大きな頭は格好の的。二発もあれば頭部を撃ち抜くのはわけもない。


「らあッ!」


 ズズン……と空間に重い振動が響く。壁に向かって跳躍したエルマーが、拳でモンスターの頭を打ち抜いたらしい。


「よし、片付いたみたいだな。エルマー、引き続き周囲を警戒してくれるかい。ナトリは素材を」

「わかったよ」


 ウーパスの解体も手馴れたものだ。中央から腹を割き、喉の両脇にある酸袋と胸の紫水晶を切り取ってビンと素材袋に収める。酸袋の取り扱いには注意が必要だ。誤って破裂させれば手が溶ける。エルマーにはちょっと任せられないな。


 ウーパスの酸袋が何に使われるのか、トレイシーに聞いてみたことがある。酸袋は中身の酸を希釈して溶剤にすることで、洗浄液や加工溶剤、驚いたことに調理に使われることもあるらしい。特殊な調味料と合わせることで独特の辛みが増し、病み付きになる味が生まれるとかなんとか。モンスター素材には様々な使い道があるのだ。


 一通り作業が終わると俺たちは中央で黒焦げになって燃えるウーパスの側に集まった。


「やっぱり大きいね」

「ああ、リガルディさんの言ってた通りだ。ウーパスにしては紫水晶が大きいね」


 俺は死骸から切り取った紫水晶を二人に見せた。


「しかし、なにか妙だ」


 クロウニーが呟く。


「なんか気になんのか」

「クロウ、ここって地下水路の中心だよな」

「そのはず。聞いていた通り縦穴があるしね」

「てこたぁ、他の奴らはもうみんな下層に降りちまったのか」


 昨日のバベルでは地下水路中央付近で出没するウーパスは紫結晶が通常よりも大きいと大層な話題になっていた。だからこの辺りはもう少し狩人で賑わっているんじゃないかと俺も思っていたが。


 俺たちが今日遭遇したウーパスは五体だけ。あっさりここまで来れたし、中央部にしては少ない。ということは、我先にやってきて上層でモンスターを狩り尽くした狩人達はみんな下層へ降りていったということになるか。


「…………」


 クロウニーは部屋の中央にぽっかりと空いた暗い穴の底を見つめている。

 ここより下層は、今は一切の機能が停止したまま使われることなく放置された空間、プリヴェーラ旧地下水路と呼ばれる場所になる。


「クロウ。下層には降りないのか?」

「ビビっちまったか。他の連中に遅れをとるぜ」


「正直なところを言えば……僕は気乗りしない。下層の現状はまだ情報が少ないし、何があるかわからないから。今日のところは様子を見てもいいんじゃないかとも思う」


 クロウニーはこれ以上進むことに消極的なようだ。


「暗闇の戦いにも慣れて来たし、マッドウーパスが出ても俺らなら倒せると思うぜ」

「ナトリ。君はこの先へ進みたいと思うか?」


 クロウニーは真っ直ぐ俺の目を見て問いかけてきた。その炎に照らされたエメラルドの瞳は真剣だった。

 俺への問い掛け。クロウニーはリーダーだが、アルテミスの意思決定は基本的に多数決だった。エルマーの意思はハッキリしているみたいだから俺の意見次第って事だろうか。



「俺も進みたい。上層に大量に湧いたウーパスも殆ど片付いたみたいだし、今日はまだ余力もある。この先マッドウーパスが襲ってきても今の俺たちの力ならきっと戦えるよ」


 王冠の力さえあればたとえレベル3のモンスターが出たって。


「そうだな……。うん。僕もお金が必要なのは同じだ」


 クロウニーは持ち上げた手のひらを見つめ、ぐっと拳を握る。


「ナトリ。エルマー。旧地下水路へ入ろう。ただし危険だと感じたらすぐに引き返すよ。その時は従ってくれるかい」

「分かってる」

「おっし、いこーぜ」


 俺たちの指揮官の判断は正確だ。エルマーもそれは分かっている。俺たちは下層へ降りる縦穴を、錆び付いた梯子を伝って降りていった。




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