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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第55話 新生活

 


「広いね、それに白くてきれー」

「うん。いい部屋だなぁ。そんなに高くないし」


 あくる日、今日はアルテミスの活動がないので俺とフウカは街の不動産屋を訪れ、賃貸物件の内覧に来ていた。



 街へやってきてからもう二週間以上が経つ。いい加減、あの安宿に宿泊料を払い続けるのも癪だ。いくら安宿といえど二人用の部屋に一週間も泊まれば結構な料金を取られる。


 最近は多少稼げるようになってきたし、フウカもレストランに少しは馴染んで来た。見に来た部屋の賃料は一月4エインというなかなかの額だ。王都で住んでいたアパートの二倍。

 今の俺なら出せない額じゃない。一週間あれば十分稼げる金額だと思われる。



 部屋は裏通りなどではなく、南区の明るい水路に面した簡素でこざっぱりした建物の二階にある。軽く内装も凝っていて、食堂、居間、寝室、風呂場には街の雰囲気がそのまま持ち込まれたかのような意匠がある。質素ながらも手入れをされ使い込まれた家具も揃っている。


「お気に召されましたか? 今この部屋はとてもお安いですよ」

「立地もいいし、内装もすごくいいですね。フウカ、気に入った?」

「うん。本当にここに住めるの?」

「もちろんだ」

「やったぁ!」

「直ぐにでもお引越しになりますか?」

「はい。荷物を持って今日中に移ります。賃料と仲介料は今払いますから」

「ご契約誠にありがとうございます。では市民証を拝借して」


 契約書にサインし、銀貨と銅貨の入った包みを渡す。不動産業者の男性は俺とフウカの市民証を記録エアリアで読み取ると、部屋の鍵を渡して帰っていった。

 一切悩むことなく即金で部屋を借りるなんて、ちょっと前じゃ考えられないな。


 フウカは早速部屋の中を歩き回って間取りや家具を見て回っている。楽しそうだ。あの狭苦しくて壁も薄い安宿からようやく抜け出せると思えば、感慨もひとしおってもんだ。


 彼女は寝室に入ると、清潔でちゃんと洗濯されたシーツの上に大の字になって倒れ込んだ。俺は窓の鎧戸の鍵を外し開く。明るい昼の陽光が寝室を照らした。


「今日からここが俺たちの家だ」


 寝転がるフウカの笑顔を見、窓の外の水路を行く小舟や、広がるプリヴェーラの街並みに目をやる。


 就職を全部断られたときはどうしようかと思ったけど、狩人になり、クロウニーやエルマー達最高の仲間とも出会えた。今はアルテミスがこの街での俺の居場所だ。


 そしてようやくちゃんとした生活拠点も手に入れることができた。ここから始まるんだ。この街での生活が……。



 陽に照らされた窓辺に寄りかかり、光を反射して輝く水路を見下ろす。

 ふと波間の暗さに目が行き、胸に一抹の不安が過ぎった。この部屋に来る前の出来事を思い返す。



 §



 部屋を見る前に、俺たちは中央区役所に寄った。ソライド家の調査結果を受け取るためだ。


 俺たちが役所に入ると職員は大忙しで駆け回ったり、詰めかける市民の対応に追われていた。少し時間をかけて市民課で順番を待ち、ようやく俺たちの番が来る。


「今日はなんだか騒がしいですね」

「ええ……。例の水質汚染問題ですよ。ご存知ありませんか」

「あの噂、本当なんですね」

「ええ。そのせいで役所は今大わらわですよ。苦情を言いに来る市民への対応やら、原因の究明やらで……」



 近頃のプリヴェーラでは水質汚染が巷で噂となっていた。

 この街では、主に下層に住む住民たちは上層市民とは違いトレト河を流れる普通の水を汲み上げて生活用水として使っている。


 水をタダでいくらでも使えるのは川の上に住む大きな利点だが、最近汲み上げた川の水が濁る地区が出始めたとかいう話だ。

 職員の話によると、ここ中央区でも被害の出ている箇所があるらしい。


 そして水質汚染に関連してか、街のエルヒム、白龍のフラウ・ジャブ様の御姿が少しずつ黒ずみ始めていた。

 これは市民の間でもかなり噂になり、市中には少々不穏な気配が漂い始めていた。守り神の異常に不安を訴える者が多いようだ。



 肝心の調査結果だが、今役所は汚染問題にかかりきりで結果が出るのにまだ時間がかかると言われ、俺たちは渋々区役所を後にした。フウカは残念そうにしていたが、俺はどこか複雑な気持ちだった。


 いずれフウカの実家が見つかれば二人での暮らしにも終わりが来る。いいことであるはずなのに、やはりそれを寂しいと思ってしまうのだった。




 §




 新しい部屋の契約を終えた後宿を引き払い、少ない荷物を持って新居へ移って来る。途中で寄った商店で食材を購入し、料理を作った。広い台所で作る料理は慣れない。

 二人で簡素な食卓を挟んで夕食にする。


「フウカは明日仕事したらまた休みなんだっけ?」

「そうだよ。デリィと中央区の上の方に遊びに行くんだ」


 ディレーヌとは仲良くしているらしい。仕事の合間にもよくお喋りをするのだと教えてくれた。


「いいね。楽しんでおいでよ」

「そのうちナトリとも遊びに行きたいな。最近全然一緒にいられないもん」

「ごめんね。でも今は、この暮らしを維持するためにも、もっと稼がなくちゃ」

「そっかぁ。でも私は、ナトリがいてくれればきっとどんな風でも楽しいと思うの」


 この一週間ほどは、フウカと顔を合わせるのは討伐を終えて疲れた体を引き摺り家に帰ってきた後くらいなものだった。彼女には悪いと思うが、フウカにも今はディレーヌという女友達がいる。日中全くの一人で過ごす寂しさはもうない。


「もうすぐ街の収穫祭なんだってな。ラ・プリヴェーラが来たら二人でお祭りを見て回ろうよ」

「本当? 楽しみにしてるね!」




 夕食後、交代で風呂に入る。フウカが入っている間、俺はクレッカの家族に宛てて手紙を書いた。近況報告と、狩人としてうまくやっていること。フウカのこと。

 俺の名前で手紙を出すと十中八九町の連中によって開封済みで実家に届くだろうが、そんなことはもう気にならない。


 ようやく手に入れた豊かな暮らし。フウカとの生活を守るためにもっともっとモンスターを狩らなくては。

 その夜俺は夢の中でもモンスターと戦っていた。



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