第51話 結成
俺達が街で仕事を始めてから早くも五日が過ぎた。
朝早く起きて朝食を食べ、それぞれの仕事へ向かう。フウカと別行動するのにも慣れ、彼女のことを過剰に気にかける機会も減っていく。
フウカは西区のレストランで働き始め、店の様子や同僚、仕事内容について夕食時に話してくれる。
まだウエイトレスの仕事に慣れず失敗が重なったり、客の対応に困ったりして落ち込んで帰ってくることも多い。一緒に働くディレーヌがフォローを入れてくれることでなんとかなっているようだ。
フウカ自身の仕事に対するやる気は高いらしく、俺はそろそろ休日を作って彼女のレストランに働いている様子でも見にいこうと画策していた。
俺の方も少しずつだが日々の稼ぎを増やすことができている。相変わらず弱小モンスターが出現する地区を回って、奴らの生態や習性を実地で学ぶことを続けているが。今のところは大きな怪我もない。
こうして狩人稼業に馴染み、稼ぎが増えてくると俄然やる気は高まる。モンスターを倒し、狩れば狩るほど稼げるのだ。俺は寝ても覚めてもどうやってモンスターを安全に、且つ多く討伐できるかを考えるようになっていた。
俺とフウカは街での日々を送りながら、なんとか生活基盤を築こうと必死だった。そして俺たちのプリヴェーラでの新たな生活は概ね上手く滑り出したように見えたのだった。
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「狩人には慣れてきましたか? 立ち居振る舞いにも変化が感じられます」
「自分じゃあんまり変わってる感じしないですけどね」
「ふふ、それに今日はシーラと、シェルフィーを三体も。大漁ですね」
「今日はかなり頑張りましたからね。それにシェルフィーとは武器の相性がいいので」
「硬いので新人狩人は手こずる人が多いモンスターなんですけどね。頼もしいです」
俺の成果は王冠の力によるところが大きい。普通の狩人の扱う弓矢や剣、槍よりも高い貫通力を誇り、消費するのは自身の煉気だけ。普段は消しているからほとんど手ぶらで立ち回れ、軽装備で高い破壊力を実現できる。
初心者には勿体無いくらい強力な武装だ。相手の急所さえしっかり見極められればレベル1のモンスターなど最早相手にならない。王冠を使いこなすことができるようになれば、さらに強いモンスターも討伐できるようになるはずだった。
今日手に入れた素材は50エウロになった。毎日この調子で稼げれば一週間で3エイン50エウロ。休息日を勘定しても一月でエイン銀貨12枚。王都配達局の給料は一月6エインだった。倍以上じゃねえか……!
今後、さらに多く稼げるようになればフウカと二人で入れる広い部屋を借りることだって可能だ。夢は広がっていく。狩人になりたがる命知らずが後を絶たない理由が少しわかった気がする。今は毎日だってモンスター討伐に出かけたい。
「ランドウォーカー様。そろそろより高レベルのモンスターに挑みたいと思う頃でしょうが、私から一つご提案させていただけませんか」
トレイシーがこちらを窺うように聞いてくる。
「なんでしょう?」
「バベルでは基本的にユニットを結成して複数人でモンスター討伐に挑むことを推奨しています」
もし、誰かと一緒に戦うことができたら。役割分担することで個々人の負担も減らせるし、もっと効率的にモンスターを狩ることができるだろう。
特に俺のような接近戦に弱いタイプにとっては、モンスターの注意を引きつけ動きを止めてくれる前衛を務められる拳闘士のような仲間がいてくれたらものすごく頼もしいだろう。
「でも、俺には狩人の知り合いがいませんから」
トレイシーはふふん、と少しだけ得意そうに頬を膨らませて言う。
「そこで我々バベルの出番というわけです。是非ともランドウォーカー様に紹介させていただきたい方々がいるのです」
「え? ……それはうれしいですけど、でも」
俺は仲間と戦うことに憧れていながら、今まであまりその気にはなれなかった。
理由は無論ドドだからだ。単独で行動する分には他人を気にする必要がないけど、集団行動が必要になると俺は確実に足を引っ張る。
飛べないし動きも遅い。仲間に入れてくれと申し出ても断られるのがオチだと思うし、素性を広めるのも嫌だった。
あまり乗り気でない俺の様子はトレイシーには不思議に映ったようだった。だが、単純に対人関係に消極的なタイプだと思ったのか構わず勧めて来る。
「会って話してみるだけでもいかがでしょう。それに二人とも最近街に現れた有望な新参者なので腕は確かですし、距離感も近いと思いますよ」
「うーん……、わかりました。会ってみたいです」
ユニットを組めなくても、狩人同士での情報交換には興味がある。気が合えば協力関係を築けるかもしれない。
彼女によればその二人も今日は狩りに出ているそうで、じきに戻ってくるから館内で待っていて欲しいとのことだ。
トレイシーに言われた通り、俺は帰らずに二階に上がってモンスターの資料や周辺の討伐推奨地区の情報を閲覧し、頭に入れていく。
半刻ほど過ぎた頃に受付から上がってきたトレイシーに声をかけられた。
資料から顔を上げ、彼女について階段を降りる。受付の前に立っていたグレーがかった髪を持つエアルの男がこちらを向いた。
「ご紹介します。こちらはクロウニー・ベリサール様。ベリサール様、こちらがお話していたナトリ・ランドウォーカー様です」
「あれ、君は……」
「クロウニー?」
「あら、既にお知り合いですか?」
「そうなんです。プリヴェーラに来る列車で相席で。すごい偶然だな……」
「俺もビックリしたよ。こんなとこでまた会えるなんて」
「ナトリこそ。まさか同業者だったなんてね。そういえば僕の仕事については君に話さなかったな」
トレイシーの紹介した人物は列車で相席した青年、クロウニーだった。俺達は偶然の再会を喜んだ。まさか狩人だったなんて。柔らかそうな物腰からは想像できなかった。
「既に気心の知れた仲でしたら尚のこと都合が良いじゃないですか」
「僕はナトリとなら組んでみたいな。いい奴だってことはもう知ってるし」
クロウニーは即答し、にこやかに笑った。そんな適当でいいのだろうか。
俺はすぐに返事を返すことができず、思わず口をつぐんだ。
「そういってくれるのは嬉しいけど、俺は……」
「そいつらか? 俺っちに紹介したいってぇ連中は?」
突然の声に振り向くが誰の姿もない。おかしいな、と辺りを見回す。
「おいこら、ここだここ」
「あ」
声の発生源に従い視線を下げると、甲冑を身につけた目つきの鋭い青毛のラクーンの姿があった。
「お疲れ様です。エルマー様」
トレイシーが間に入って交互に紹介する。青毛のラクーンはエルマーという名で、彼もここ最近街にやってきてこのバベル支部に出入りしている狩人だそうだ。
エルマーはちょっとふてぶてしい感じのするラクーンだった。身に纏った厚手のプレートメイルや兜、両手に装着したごついガントレットからして、戦闘スタイルは拳闘士だろうか。
「そっちのニイチャンは結構やりそうじゃんか。けどよ……、おめぇさんにはあんまり覇気を感じねえなぁ。大丈夫かよ?」
エルマーは俺を見ながらずけずけと率直な意見を言う。実際当たっている。俺がモンスターと戦い始めたのはつい最近のことだから。
「温厚そうな方ですが、ランドウォーカー様はすでにレベル3のグレートアルプスを討伐なさったことがあるそうです。こう見えてユニットを組めば非常に頼れると思いますよ」
トレイシーは力説気味にそう語る。
「へえ……」
「本当かよ?」
クロウニーは素直に感心した風だが、エルマーからは若干猜疑の視線を感じる。
「本日お集まりいただいたお三方は、いずれもここ南支部の新参者でありながら目覚ましい戦績を上げておられる方々です。みなさんがユニットを組んで力を合わせ、討伐に向かうようになれば、きっとさらなる強敵すら打ち倒すことも可能となるはずです。そうなれば皆さんを的確にサポートする私のバベル内での評価も……ぐふふっ」
トレイシーは分厚い眼鏡の奥で怪しげな笑みを浮かべる。願望が漏れだしてる……。意外と黒いなこの人。
「ネーチャン、結構気味のわりぃ笑い方すんのな……」
「まあまあ。僕もいいと思うなあ。そろそろこっちでレベルの高いモンスターも倒せればと思っていたところだし」
「そーだな。足を引っ張らなけりゃあユニット組んでやってもいいぜ」
「…………」
「ナトリは気が進まないかい?」
「俺、狩人になったばかりなんだ。正直二人の足手まといにならないか心配なんだよ」
「そう思うんなら止めといた方がいいんじゃねぇの? おめぇさんを庇ってやる余裕なんてないかもしんねぇぜ」
「いや、エルマー。ユニットは互いの欠点を補い合うために組むものでもある。ナトリ、君の心配はわかる。だけど君の欠点は僕たちでカバーできるものかもしれないじゃないか。代わりに君が僕たちにない突出した何かを持っていれば、それだけでユニットを組む意味がある。エルマーもそう思うだろう?」
「まーなぁ。初心者でいきなりグレートアルプス倒したってんだろ。そりゃ素直にすげーよ。とりあえず三人で行ってみて、合うか合わねぇか、そっから考えてもいいんじゃねぇか?」
「二人がそう言ってくれるなら……。やってみようかな。いや、お願いします!」
「決まりですね」
こうして俺は街で再会したクロウニー、青毛のラクーンの少年エルマーと三人でユニットを組むことになった。早速明日、三人で打ち合わせた後討伐推奨地区へ向かうことを約束した。