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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第50話 初めての狩り

 


 あくる朝は生憎の天気で、しとしと細かい雨が降っていた。薄暗いせいか街の店々はすでに明かりを灯しているところも多い。


 霧にけぶる街並の上空を街のエルヒム、フラウ・ジャブ様が浮遊街区を縫うようにゆったりと飛んでいく。雨のせいか、少しだけ白い体が濁って見えるような気がする。



 フウカとは大水路で別れた。彼女はこれから駅前広場でディレーヌと待ち合わせ、一緒に件のレストランに向かうことになっている。

 さて、俺も今日が初仕事だ。気合いを入れて行こう。水路に沿って南区を街外れの方に向かって歩く。



 今日向かう予定の場所は街の外に広がる水没地区だ。以前は普通に人が住んでいた場所らしいが、ここ数十年で水流が変化し、それに伴い水害が増えるようになった。街外れにはそうして住めなくなり、半ば放棄された地区もいくらか存在する。


 そして、そういった場所は例外なくトレト運河に生息するモンスターが住み着いてしまう。あまり繁殖しすぎると街の方まで被害が及びかねない。バベルはそういった地区をモンスター討伐推奨地域として指定する。

 今回目をつけた地区は比較的市街地寄りで、住み着くモンスターのレベルがもっとも低いとされる場所。つまりは初心者狩人(ビギナー)向けだ。



 一刻半ほどかけてなんとか南区の街外れまでたどり着いた。水を防ぐ堤防に設けられた階段を上がるとその先には崩れて半ば水没し、廃墟となった民家が並ぶ街並が広がる。

 雨で増水しているようだがなんとか俺でも渡ることはできそうだ。いよいよモンスター達の住処に入っていく。


 昨日買い揃えた装備、モンスターの皮を使った安価な胸当てと狩人用万能コート。元々低い機動性を重たい鎧で失うのは嫌なので、防御面は最低限で隠密性重視の装備にした。


 モンスターの気配を探りつつ慎重に建物の残骸を見て回る。物音を立てないよう、崩れて傾いた小さな鐘楼に入り階段を登った。壁に空いた穴からは周辺が見渡せる。ここでしばらく辺りの様子を探ってみることにした。


 慣れないうちは普通に仕掛けるのではなく、奇襲でモンスターの不意をつくのが基本だとトレイシーは教えてくれた。

 湿り気を帯び、崩れた壁の陰に蹲りじっと気配を殺す。冷たい雨が頬を打つにまかせて俺は待った。


 どれくらい経ったか、小さな影が鐘楼の前の道をこちらにやってくるのが見えた。シーラだ。ラクーンほどの大きさで魚のような頭部を持つ。鱗に覆われた体からは両の手足が生えている、魚人型のモンスターだ。水中と陸上を行動範囲とする。

 大体の情報は昨日しっかり予習したから頭の中に入っている。視覚感知型で、急所は頭部と心臓。陸上での動きはさほど速くないため、周囲に水場が無い状況では格好の獲物といえるだろう。


 鐘楼を二階部分まで降りる。二階の物見窓からそっと身を乗り出し、道をひたひたと歩いてくるシーラを見下ろす。ここの真下を通った時を狙おう。


 王冠ケテルを右手に出して握り、壁に張り付く。緊張が高まり、ごくりと生唾を飲み込む。モンスターは窓の真下を通る。俺は音を立てず、速やかに杖を構えその先をシーラの頭部に向けた。

 閃光が瞬く。光はシーラの頭部に命中した。


「ギャッ!! ギギ、ギャギャーッ!!」


 シーラが奇怪な叫びを上げる。ちっ、仕留め損なった! 奴は魚のような大きな目をギョロつかせて辺りを警戒し始め、動きも機敏になる。これでは再度狙うことは難しい。

 俺の機動力ではモンスターに太刀打ちするのは難しい。仕留め損なった時点で逃げるべきか。いや……、まだあいつはこっちの居場所に気づかない。なんとかあいつの注意を引き、一瞬でも動きを止められれば。


 そう考えたところで、右手の王冠が目に入る。


 気づかれないよう注意深く通りを見下ろす。奴はこちらを向いて興奮している。一旦手に持つ王冠を消した。そして意識を集中し、シーラの背後の空間に杖をイメージする。


 ガチャン、と硬いものが地面に落ちる音が通りに響く。


 シーラは即座に反応し、どこからともなく現れた正体不明の金属塊を注視する。広い視界を抜けて突然現れた異物だ。さぞかし不思議だろう。シーラは王冠に向かって、おそるおそる手を伸ばした。


「……そこだ!」


 即座に王冠を消し去って手元に引き戻す。窓から身を乗り出し、背を向けたシーラの後頭部を狙って再び引き金を引く。光線が迸り、光は奴の後頭部へと吸い込まれた。シーラは一瞬硬直し、崩れるようにその場に倒れた。


「やったか……」


 目を剥いたまま動かなくなったシーラを見下ろしながら反省する。王冠は確かに強力な武器だ。一撃でモンスターを無力化できる力を持つ。でも急所に当てるのは簡単じゃない。


 本当は初撃で仕留めるのがベストだった。外して格闘戦に持ち込まれるようなことにでもなれば俺の場合命に関わる。

 煉気のロスを抑えながら使うようには意識しているが、杖から出る光の大きさそのもののコントロールはまだ難しい。もっと慎重に、確実に当てられるような立ち回りを意識しなければ……。


 浮き彫りになる様々な課題のことを考えながら鐘楼を降り、仕留めたシーラの元へ歩く。頭部に砲撃の痕。もう動き出すことはないだろう。

 通り向かいの建物内部を崩れた外壁の穴から覗き込む。一階部分は奥の方が水没していたが結構広い。ここで解体させてもらおうか。死骸の足を掴んで廃墟に引き摺り込み、側に膝をつく。


 モンスター、近くで見るとやっぱ気持ち悪いな。こいつらはどうして人間に憎しみを抱き、襲ってくるのか。人間が大昔にこいつらに何かしたのか。昔からそういうものと決まってはいるんだろうけど、実は何か理由があるんじゃないのか。俺たち七種族を根こそぎ排除したいと思わせる何かが。



 §



 トレイシーに勧められて購入した狩人必携多機能ナイフを使ってシーラを解体し、素材を取り出すのには結構手間がかかった。慣れない作業の上常に周囲を警戒しながらのために体力も気力も消耗する。改めて大変だな、狩人って。

 モンスターの要点を書き出したメモ紙を参照し、シーラのめぼしい素材を皮袋に詰め込んで不必要な部位を水の中に沈めた。これで一連の狩猟の流れが終わったことになる。


 シーラの中にも紫水晶スタークリスタルはあるのだろうけど、解体に慣れない俺には小さすぎて見つけることができなかった。レベル1じゃこんなものだろう。グレートアルプスの紫結晶は相当な大きさだったんだなと今更思う。


 そろそろ時間は昼に近そうだ。今度はもっとモンスターを狙うのに適した場所を見つけよう。体力を補給しながらモンスターを見張るための場所探しに、水没地区をさらに奥へと進んだ。



 水没の激しい地区で餌を探し回るシェルフィを見つけたのは午後に入ってからだ。相変わらず雨は止むことなく降り続けている。雨は狩人にとっては都合が良い。こちらの匂いや物音が紛れるはずだから。


 シェルフィは硬い甲殻に覆われたモンスターだ。螺旋状に渦を巻く殻は棘のような突起を持っていて、相手が大きな生物でも棘を突き刺し毒を注入して捕食することがある。

 動きは遅いし攻撃も刺突と毒のみだが鋭い武器をものともしない殻が厄介だ。だけどこっちには、波導障壁さえ容易く貫く王冠がある。接近さえ許さなければただの的。俺とは相性のいい相手だ。


 シェルフィというモンスターの厄介な点は全身殻に覆われているために弱点がわかりにくいところだ。初めて遭遇した俺にはとても判別できそうにない。よってダメージを蓄積させて倒す方法でいく。


 瓦礫の陰から杖を構え、なるべくモンスターの中心近くを狙う。光撃を当てるとシェルフィはびくりと跳ね、すぐに俺の潜んでいる方に向き直って接近を始めた。

 発射角から俺の居場所を判断したか。でもさっきのシーラより動きが鈍い。なるべく光の直径を大きくすることをイメージして、何度か引き金を引く。心を落ち着け、冷静に。


 五発目が命中しシェルフィは動かなくなった。急所を撃ち抜いたようだ。まあさっきよりは危なげなく倒せたな。こいつは見つけたら積極的に狙って行こう。


 モンスターに近寄って、さてどうやって硬い甲殻を剥がして解体しようかと思案していた時だった。雨音に混じって背後でばしゃりと水が落ちるような音がした。驚いて振り向く。


 水辺に薄青色のぶよぶよした半透明の塊が蠢いている。こいつは————。


「っ!」


 咄嗟に横に飛んだ。さっきまで立っていた場所を水の塊が通過して飛んでいく。ぶよぶよした水泡のようなモンスターは跳ねながら俺に向かってきた。

 こいつはウルルンだ。レベル1、水弾を放つが強いモンスターじゃない。いいだろう、お前もついでに仕留めてやる。


 王冠を構え、まさに引き金を引こうとした時。さらなる水音が辺りに響く。別の水辺、そこから別のウルルンが跳ね上がって来た。さらにもう一体。次々と水から上がってくる。びょこびょこと跳ねながら一斉に俺に向かって来た。


「おわあっ!」


 シェルフィの亡骸に目をやる。素材を回収したい。しかしもうシェルフィには構っていられない。俺は一目散に逃げ出した。幸いなことにウルルンも素早いモンスターではない。ばしゃばしゃと背後から飛んで来る大量の水弾を蛇行し避けながら、俺はウルルンの群れを振り切って崩れた壁の影で息をついた。


「はぁ、はぁ……危なかった」


 くそっ。シェルフィの素材を取り損ねた。今頃あの死骸はウルルン共にびっしり取り付かれて補食されていることだろう。

 なかなかうまくいかないもんだな……。でもまだやれる。気を取り直し、俺は再度息を潜めて水没地区の探索に戻っていった。




 §




「しめて15エウロになります」

「少ないなぁ……」


 モンスターとの戦いを終えた後、バベルへ寄ってトレイシーに素材の査定を頼んだ。あの後なんとかウルルンを一体だけ仕留めて素材を持ち帰った。シーラとウルルンの素材は合わせて15エウロの金額になった。

 配達局での給料は一週間で150エウロだった。到底高いとは言えなかったが、危険を犯してモンスターを狩ってもこの程度だと割りに合わないぞ……。


 先行きが不安になってきた。毎日必死でモンスターを討伐すれば一人でぎりぎり生活することくらいならできるかもしれない。でも部屋を借りたり、フウカのことを思うともっと稼ぎたいというのが本音だ。


「まあまあ。初日なんですから、よくやった方だと思いますよ」

「そうなんですか?」

「ええ。ソロで初めて討伐に出かけた狩人は大抵何もできずに帰ってきますからね。その点ランドウォーカー様はシーラまで倒されているのでよくやっている方ですよ」


 落ち込んでいたように見えたのかトレイシーがフォローを入れてくれる。


「今後、モンスターの生息地や生態、素材の価値などに習熟することでより効率よく討伐できるようになるはずです」

「ですよね! よーし、明日も頑張るぞ」

「その意気です。大事なのは狩りの前準備ですよ。明日も頑張って下さいね」


 そう言って笑顔をくれる。そうやって応援されると頑張ろうという気になる。さすがはバベル職員。狩人の心情を知り尽くしている。


「ところでトレイシーさん。モンスターってなんで襲ってくるんですかね」

「モンスターが人を襲うのは本能的行動ではないとされています。事実、飢餓や自身の生命の危機を感じた時モンスター達は人間よりも自己生存のための行動を優先します」


 噂では自らの命を顧みず襲って来る凶悪な種類も存在するらしいが、痛めつけ勝てないと思わせれば逃げようとするのはモンスターの常だ。


「本能じゃない?」

「ええ。人間を捕食するモンスターも存在しますが、人間を襲うのは生存本能とは関係ない理由のようなのです」

「それって……」

「つまりは憎しみ。モンスターは人間を感情的に憎悪し、殺戮する目的で襲うというのがバベルの見解です。彼らは人間を殺し、悦楽を得るという説まで存在します。そこが通常の猛獣などと異なる部分ですね」


「そんな……。モンスターは人殺しを楽しんでるっていうんですか」

「なぜスカイフォールに七種族に仇なすモンスターが生まれ続けるのか……。遥かな昔、神代の時代から既にそういうものであったと歴史書には示されています。一説には、迷宮指定されているモンスター発祥の地、『凶星エンシェントカーネル』との関練が指摘されたりもしていますが」


 モンスターは人間に仇為す放置できない存在だというのは人類共通の認識だ。だからこそ長い歴史の中でバベルのような組織が発足した。

 けどモンスターを解体しているとつい考えてしまう。可哀想なんて情が湧くことはないけど、こいつら側にも何か理由はあるのかもしれないな、と。


 とにかく素材を換金した報酬を受け取って俺はバベルの建物を出た。明日はもっと稼がなければ。帰ったらモンスターや戦闘方法についてもっと考えてみることにしよう。







挿絵(By みてみん)

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