第48話 就職活動
翌朝早くに俺はフウカを置いて宿を出た。出て来る前に一応フウカには色々言い聞かせてある。
アレイルの時のように犯罪者が付け狙って来る心配はもうないけど、女の子一人なので一応護身の心得は必要だ。知らない人について行かないとか。王都じゃそれで痛い目をみたからな。
フウカは波導が使える。同年代の子供よりはよっぽど強いと思うし、いざとなれば飛んで逃げ出すことだって容易いだろうからそんなに心配はしてないが。
朝の明るい歩道を歩く。それにしても単独行動は久しぶりだった。王都でフウカを師匠の家に預けた時以来か。クレッカですら俺たちは一緒に行動することが多かったから、一人でいると逆にそわそわしてしまう。
王都で働いていた頃はいつも一人だったのに変なものだなと、可笑しさすら感じる。
今日は昨日見た求人を出していた場所を片っ端から回ってみるつもりだ。早いとこ仕事を見つけなきゃじきに飯も食えなくなる。
顔を上げ、やる気に満ちた歩みで俺は通りを足早に進んで行った。
§
「はああぁぁ……」
南区の水路に囲まれた噴水広場の腰掛けに座って俺は頭を抱えていた。
陽は傾き、あと一刻もすれば夕暮れ時だ。中央の背の高い噴水からこぼれ落ちる水がさわさわと音を立てる。
甘かった。一応勤務経験もあるし、まだ若い。多少楽観視していた部分があったのは間違いない。
配達局の支部、運送業の募集、その他可能性のありそうな職場にも足を運んだが、控えた求人票の職場は全滅だった。
不採用の理由は全て同じ。俺がドドーリアであるせいだ。
ドドであることは隠していても、肉体労働である限りは動きで確実にバレる。効率が全然違うのだ。そしてバレたときに失う信用は一般人以上。だから偽るわけにもいかない。
ドドはその存在こそまれだが、空の加護がないことは神話の有名な逸話によって周知の事実。フィルに干渉できないので基本的に機械もだめだ。
俺も配達局にいた時、空輪機を上手く操作できずにしょっちゅうぶつけたりしていたし。
わざわざそんな奴を雇おうとする物好きはいない。俺がエイヴスの配達局に採用されたのはほとんど奇跡だったのだ。今思うとあの堅物のドレウィン所長が神様だったかのように感じる。
「……これ以上素性を言いふらすの、嫌だな」
ドドであることを人に明かすのはそれだけでリスクの高い行為だ。自分には抵抗力がないと示しているようなものなので、その場で追い剥ぎにあったり一方的に暴力を振るわれる危険がある。
言えばはったりだと思われるのはまだいい方で、採用面接の担当者に言った途端バカにされたり突然舐めた態度を取られることにもう我慢できない。
こうして落ち込む理由は不採用だが、同じくらい現実を突きつけられたショックが堪えた。
畜生。何が悪いってんだよ。好きでこんな体質に生まれてきたわけじゃない。数々の面接を思い出すと腑が煮え繰り返るようで、うなだれたまま両の拳を握りしめた。
折角誰も俺のことを知らない土地へ来たって言うのに、これじゃあクレッカと同じになってしまう。
「ドドかどうかなんて関係ない仕事があればな……」
噴水の向こうに、プリヴェーラの街並にどうにも馴染まない無骨な造りをした飾り気のない建物が見える。そこそこ大きくて人の出入りもあるみたいだが、お洒落な街並みからやたらと浮いて見える。
「あれって、確か……」
俺は引き寄せられるようにその無骨な建物の正面入り口を潜った。内部にも人が多い。置かれた座席に座っていたり、集団でまとまって話し込んだりする人々。
俺はそのまま進み、いくつか並んだ受付カウンターの近くで建物内を見回した。
「そこの人。そう、あなたです。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
カウンターの向こうに立つ臙脂色の制服を着た女性に呼ばれるまま俺は彼女の前へやってきた。
「何かご用ですか?」
「あー……ええっと」
ふらふらと紛れ込んだだけなので、何を言っていいか分からない。受付嬢の前で俺は狼狽えた。
「こちらにおいでになったのは初めてでしょうか?」
「はい」
「そうでしたか。……では改めまして」
コホン、と彼女は一つ咳払いをする。
「ここは特定危険生物対策機関、通称『バベル』のプリヴェーラ南支部です。ようこそバベルへ」
そう言って彼女はにっこりと親しみやすそうな笑顔を浮かべた。
「狩人に興味がおありでしょうか?」
「ええ……はい。どんな仕事なのかなと思って」
肩の上で切り揃えられた髪を揺らし、丸い眼鏡を掛けた受付嬢は頷く。
「ご存知の通り、我々バベルは全ての狩人のモンスター討伐をサポートすることを使命としております」
バベルの存在は耳にしたことがある。スカイフォールの至る所に支部があって、モンスターに関連するあれやこれを取り扱う組織だ。
さすがにクレッカにはないけど、そこそこ大きな街になると必ず支部が存在するスカイフォールを股にかける巨大組織である。
「狩人とは、依頼を受け、または自主的にモンスターを討伐し報酬を得ることを生業とする職業です」
「はい」
「まず言っておかなければならないことですが、狩人は常に死と隣り合わせの仕事です。バベルが集計した記録によりますと、狩人を始めた方の実に二人に一人が五年以内に亡くなるか消息不明となっています」
「そんなに……」
「はい。残念なことですが。しかし反面、狩人になろうとバベルの門を叩く人々は絶えることがありません。それほどまでに狩人は魅力的な仕事にも見えると言うことでしょうか」
「そうですね。なんだか自由なイメージがありますし」
きっと俺のような、まともな職につけないはみ出しものや荒くれなんかがこぞってバベルに訪れるんだろうな。
「我々は狩人の皆様にサポートや要請を行うことはありますが強制力は持っていません。依頼を受けて討伐に出かけるのも、自らモンスターを狩りに赴くのも自由ということになります。何か資格が必要だったり、試験があるわけではないのです。なろうと思えば今日からなれますし、いつだって引退することもできます」
自由、か。それは俺のようなドドでも受け入れてくれる懐の深さがあるということなのか。反面常にモンスターと対峙しなければいけない危険な仕事でもある。
「……ですが、我々は誠に勝手ながら皆様に最低限の忠告をさせていただくこともございます。私の話を聞いて、狩人になりたいと思われましたか?」
「もし、なりたいと言ったら?」
「バベルは常に優秀な狩人を求めています。増え続ける邪悪なモンスターの脅威に晒される街や村は絶えることがありません。しかしながら、未熟な狩人を身の丈に余る討伐に向かわせ尊い人命を損なうような事態は我々としても望んではいないのです」
随分と遠回しな言い方だ。
「俺が狩人としてやっていくのは難しいと?」
「……私個人としてはお勧めできません」
「…………」
確かに、建物内を見回してもうろついている狩人達は皆屈強な体躯をした、いかにもという風体だ。
それに比べ俺は、見たまま学卒の新人労働者風。フィジカルからして劣る。実際この女性職員も俺がここに間違えて入ってきたと思ったんじゃないだろうか。
狩人か。戦いの中に身を置く仕事なんて、フウカが心配するよな。多くの狩人を見てきたバベル職員に適性がないと言われてしまったんだ。
自由には憧れるけど、命には換えられない。やっぱり普通の仕事を探すべきだな……。
「そうだ。バベルはモンスター素材の査定をやってくれるって聞きました」
「ええ。受け付けていますよ。モンスターの素材を買い取るのも我々の提供するサポートの一環ですから」
俺は肩にかけたカバンをごそごそと探って、クレッカを出る時にイヴァから受け取った紫水晶をコトリとカウンターに置いた。
「これ、買い取ってもらえます?」
「これは……!」