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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第46話 中央区役所

 


 プリヴェーラの街に降り立った俺たちは、ひとまず大通りから引っ込んだ静かな路地に立つ安そうな宿に部屋を借りた。


 一応俺たちにはまだゲーティアーから浮遊船を守った時にもらった謝礼金が残っている。

 別々の部屋でいいかフウカに聞いてみたけど、フウカは一緒がいいと言うので結局こじんまりとした二人部屋にした。段々と同部屋で寝泊まりすることに抵抗がなくなってきている。



 宿に荷物を降ろすと早速外へ出かける。通りは明るく道行く人々で賑わっていた。

 プリヴェーラは外から訪れる人が多いのか、土産物屋やレストラン、カフェの類が多い。昼を過ぎて二人とも腹が減って来ていたので、手頃なレストランに入って昼食にした。


 プリヴェーラ産トレトアユタヤのステーキはふっくらした白身が大層美味だったが、俺はうっかりフウカの食事量を失念していた。思わぬ出費に早く仕事にありつかねばと少々焦りを感じつつ、腹一杯で満足げな笑顔を浮かべるフウカと一緒にレストランを後にした。



 水路脇の通り道はかなり整備され手入れが行き届いている。まだ着いたばかりだけど、外から来る客を意識しているのかとても清潔な街という印象が見受けられる。

 加えて街のいたるところに凝った意匠が為されている。美しい曲線を描いた手すりや、そびえ立つ細かな装飾を施された石柱など。


 街中を歩くだけで、まるで物語の舞台に入り込んだみたいでわくわくする。

 これだけ街が整備されているってことは、この街は王都と同じように居住するためには住民登録をして税を支払う必要があるんだろう。

 仕事に就いたり部屋を借りるためにもまずは役所へ行かなければ。フウカの実家についても調べたいしな。



 二人で駅前広場に戻って街の案内図を見上げる。プリヴェーラの街は大まかに東西南北と中央の五つのエリアに区分けされているみたいだ。

 街の中心から四方に大きな水路が通っており、それが区域の目印になる。俺のいた王都五番街よりも大きな街のようだ。


「役所はちょっと遠いな」

「ねぇねぇそこのお兄さん!」


 下から突然元気な声が聞こえてくる。足元を見下ろすと、縦長のとんがり帽子を被ったラクーンが俺をくりくりとよく動く目で見上げていた。


「ん、何?」

「行きたい場所があるならボクが案内するよ!」


 手慣れた声かけは観光客相手に商売している子供か。……まかせて大丈夫かな。足元見られるのが怖い。

 とはいえ、できるだけ早く行動したいのも事実だ。


「お兄さんこの街、初めてでしょ?」

「うん……、まあ」

「この街はね、水路を使った方が目的地まで早く行けるんだよ。ボクが舟で乗せてったげる!」

「なるほどね。二人だといくらかな?」

「一人20エウロ。二人だと割引で38エウロだよ」


 うーん、高い気がする。俺は隣のフウカに値下げ交渉を頼んだ。


「ねえキミ。もうちょっと安くしてくれると嬉しいなぁ」

「うーん、仕方ないなぁ……。おねーさんキレイだから半額にしてあげるよ。特別!」

「やったぁ。ありがとね」


 ラクーンの少年はフウカの笑顔のお願いに顔を少し赤くして照れた。いいぞ。やっぱりお願いは女の子に限るね。

 気前よくまけてくれたように見せてるけど決して安くはないと思う。しかしこの辺が妥協点だろう。あまり贅沢はできないが、観光のつもりで一度舟に乗せてもらおうか。フウカも喜びそうだし。


 少年の後について水路に係留してあるいくつもの小舟のうちの一つに乗り込む。舟の形は同じだが、それぞれカラフルな塗料で凝った模様などが描かれている。


 目的地を告げると少年は舳先についた小さな台にちょこんと立ち、長い櫂を操って水路へ舟を出した。


「エアル二名さまごあんなーい」


「ここはラクーンが多いね」

「ボクらは水辺に暮らす種族だからプリヴェーラは住み心地がいいんだ」


 水路を行き来する他の舟を操っていのは皆ラクーンだ。彼らは水の扱いに長けているから船頭の仕事には向いてるんだろう。

 もっともラクーンだけなら舟を使わずに泳いだ方が速いらしく、実際に水路を泳いだり勢いよく水中から歩道へ飛び上がるラクーンの姿が見られた。水路から上がったラクーンが、全身をぶるぶると震わせて水切りし、びしょ濡れになった通行人が悲鳴を上げていた。それを見てフウカが可笑しそうに声を上げて笑う。


 フウカは水路を進む舟の上から半分水没したような街の様子を興味深げに眺めている。俺もあちこち目移りしてどうも落ち着かない。少年の舟は特徴的な建物や場所を通ると解説を付けてくれるサービス付きだった。



 この街はフウカの故郷かもしれない。街の景色を見て、彼女が何かを思い出してくれるといいが。しばらくはここで暮らすことになるだろう。早く家や関係者を探し出してやりたい。


「プリヴェーラ中央区役所にとうちゃーく」


 舟は比較的大きな船着場に係留された。歩道に上がると目の前は中央に石像の並び立つ大きな噴水を擁した広場だった。多くの人々が憩っており、随分賑やかにみえる。

 奥には広場に面した三階建ての大きな建物が建っている、その水色屋根の古めかしい建物がプリヴェーラ中央区役所らしい。


 ラクーンの少年に20エウロを支払って礼を言う。毎度、また乗ってね! とにんまり笑って少年は広場の方へちょこまかと駆けて行った。きっと次の客を探しに行ったんだろう。



 俺たちも広場を横切って役所の白い階段を昇り、建物に入る。滑らかで重厚感のある石の床を歩いて、受付窓口が並ぶ部屋に入った。


 受付ごとに座席の列が設けてあり、順番待ちの人々が座っている。二人で市民課の座席に腰掛けて順番を待った。


 順番が来ると俺とフウカは市民登録をし、それぞれ1エインを支払った。この街では市民階級に応じた税金を毎月支払い市民権を更新することで各種公共サービスとプリヴェーラの居住権を得ることができる。ただ暮らすだけで、二人で毎月2エインも取られるのだ。


 うーん、やっぱり王都の住民税よりも高いな。物価も高いんだろうか……。でもこれを払わないと部屋も借りられないし街で仕事に就くこともできない。怪我をした時も市民病院で割引が効かない。

 この街で暮らすにはそれなりに稼いでいかないと厳しいようだ。


 俺たちは市民制度の規約などの長い説明を受けた後市民証を受け取った。王都では住民証が情報記録エアリアだったけど、さすがにあそこほどの最新技術を導入しているわけじゃなかった。


 街へ来ていきなり出費が重なったことに少しびびりながらも、早速市民特権を使って住民情報の調査を依頼した。

 職員の説明によると、この街の市民制度はまだ始まってから年数が浅いのだとか。そのため古い住民の情報は確度が落ちる。ある程度しっかりと調べ上げることは可能だが、他の区役所からも市民情報を取り寄せなければいけないために時間がかかるらしい。


 元よりこの街に住み込む予定なのだから時間はある。後日調査結果を受け取ることに同意してひとまず俺たちは窓口を去った。


「調べるのに日数がかかるんだなぁ」

「ちゃんと見つけてくれるといいね」


 三階まで中央が吹き抜けになっている市役所本館の階段を登る。二階の廊下を歩き、求人課というプレートがかけられた木の扉を開く。

 扉のすぐ側のカウンターに腰掛ける職員に市民証を提示し、これまた市民特権である求人情報の閲覧許可を得た。


 広い部屋で、中には衝立のような掲示板がいくつも並んでいる。業種ごとに分けられた掲示板にはびっしりと紙がピン留めされている。その紙の洪水とも言うべき様相にはなかなかに圧倒された。


 ここには街で労働者を探している雇用主の情報が張り出されている。

 元配達局員である俺はできれば前と同じ業種の仕事がしたかった。きっちりこなせていたとは言えないが業務内容は似たようなものだろうし、中途半端に辞めた未練もある。経験者なら優遇してくれるかもしれないし。


 部屋内をうろつく人々と同じように、俺とフウカも掲示板の前を行ったり来たりしてびっしりと貼り付けられた求人票を見て回る。

 俺はカバンから黒炭筆とメモ用のはぎれを取り出して配達関係の求人票を中心に内容を控えてまわった。


「私にもできる仕事ってあるのかな」


 求人票を見上げてフウカが呟く。


「そうだなぁ。資格や技術が必要なものはわからないけど、接客系とかならできるかもしれないね。フウカも仕事したいの?」

「うん。ずっとナトリにまかせきりだもん。このままじゃナトリが大変だよね」

「…………」


 俺はフウカの顔をまじまじと見てしまう。こういってはアレだが、彼女は出会ってから今まで金銭面に関してはかなり無頓着だった。食費や日用品に関しては全部俺が出しているし。


 フウカがもしお嬢様だったら自分で支払いなんかしないだろうし、記憶がなければ尚更で仕方ないと思っていたから、俺が支払うことに不満を持っていたわけじゃない。それでもフウカがそれを申し訳なく思ってくれているのはちょっと嬉しかった。

 けど俺としては彼女に負担を強いるのはできるだけ避けたいとも思う。甘いかな。


「俺はできればフウカの分まで稼ぎたいと思ってるけど、君が何か仕事をやってみたいっていうなら止めないよ」

「ナトリの助けになれるならやってみたいな」

「そうか。でもフウカの場合、ここで求人を探すよりもまずは街で興味のある仕事を見つけてみるのがいいんじゃないかな」

「そう?」

「うん。実際に見て回って、自分のやってみたい仕事が見つかったならそれが一番だからね」

「わかった。そうしてみるね」


 フウカには波導治療院を勧めようか迷った。しかし、フウカの治癒波導は正直異常なレベルだと思う。目立ち過ぎて大変なことになるではないかと考え、あえて言及しなかった。


 一通り用事が済むと俺たちは市役所を出た。来るときは優雅に舟を使ったけど、これから先はいつ仕事に就けるかもわからない。路銀が尽きないようなるべく節約していかなければ……。




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