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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第42話 涙

 


「っはぁ〜、生き返るなぁ」


 岩を背によりかかり、全身の力を抜く。脱力した体を首まで湯に浸からせて湯気の向こうの夜空を見上げた。


 ウチには風呂がある。昔、裏山に湧く温泉を見つけたおじさんが苦労してここまで湯を引いてきたそうだ。何かと凝り性な人なのだ。


 半分屋外にある風呂場は、張り出した屋根と塀の間から夜空が見える。女所帯でこんな無防備な風呂も正直どうかと思うが、うちは二つの町から徒歩だと片道三刻は軽くかかる僻地だ。それだけの時間をかけて夜道を歩き姉ちゃんの風呂を覗こうと考えるような輩は——、意外といるかもしれないな。



 とにかく俺はこうしてグレートアルプスに王冠(ケテル)をぶっ放して練気切れ寸前、全身に疲労をため込んだ体を湯に浸して疲れを癒しているというわけだ。体の傷や骨折はフウカが波導で癒してくれたけど、疲労回復まではさすがに無理だった。消耗した練気まで回復させるなんてのは無理な話ってことだ。


 フウカは動けない俺を引きずって牧場に帰り着いた。土間でへたりこむ血だらけの俺とボロボロになったフウカを発見したアメリア姉ちゃんは、手に持っていた水差しを廊下に落として盛大に割った。

 その音を聞いて飛んできたおばさんと姉ちゃんに事情を説明すると、二人とも顔面蒼白となった。



 扉の向こうの脱衣場でガタゴトと物音がする。


「ナトリー、疲れてるなら背中流そっか?」

「えっ? いやちょっと待って」


 ま、まさか一緒に入ろうとか——。返事も聞かずに風呂場に踏み込んできたフウカはにっこりと笑った。

 普通に部屋着を着ている。ほっとしたけどちょっとだけ残念な気分になったのは秘密だ。


「フウカ。気を使ってくれるのは嬉しいけどさすがにそれは恥ずかしいって」

「なんでー?」


 こういうところは相変わらずだ。フウカはあれだけの戦いの後だというのに、もうけろっとして見える。

 あの土壇場でぶっつけの詠唱を使い、今まで見せたこともない強力な術すら行使してみせた。


 わかりやすいようでいて、俺は本当はフウカのことを何もわかってないんじゃないか。そんな気がしてくる。

 ともかく、力を合わせて島の危機は無事退けることができた。エルヒムにもきっとご満足頂けたはずだ。

 不満そうにするフウカを追い返して、脱衣場への扉を閉めようとする彼女に声をかける。


「ありがとな。姉ちゃん達を守ることができたよ。フウカの力のおかげだ」

「二人の力を合わせたからだよ」


 喜色満面といった表情でフウカは風呂場を出ていった。フウカも嬉しいんだろう。俺も同じだ。

 湯船の中で目を閉じる。今日はクレッカ最後の夜。明日からはまたフウカの実家を探す旅が始まる。



 これは予感めいたものでしかないが、俺たちはこの先また今日のような目に合うような気がする。何故そう思うのか。それはきっと、フウカに出会った時に俺を取り巻く何かが決定的に変わってしまったと感じているからだ。


 でもそれは俺自身が選んだ道なのだ。願わくば、この先どんな困難が待ち受けていてもフウカを必ず守れるように。でも今はゆっくりと休もう。今日はさすがに疲れた。



 何もせず寝てしまおうと部屋に引っ込んで、少しだけ窓の外を眺めてエルヒムの事を考えていると部屋の扉がノックされた。


「なーくん、いいかな」


 姉ちゃんが入って来る。寝台に腰掛けたので俺は自分の机の木椅子を引いて座る。


「明日帰っちゃうのよね」

「うん。また牧場を二人だけにしちゃうね」

「いいのよ、そんなこと。見つかるといいね、フウカちゃんのお家」

「なんとか頑張ってみる」

「また、行っちゃうんだね……」


 別れを寂しがってくれているのか、姉ちゃんは俯いてじっと部屋の床を見つめている。その表情を見ているのは少し辛くて、思わず窓の外に目をやる。


「アメリア姉ちゃん。俺また戻って来るから。今度は何かもっとすごいものを持って帰るから。二人に恩返しできるような物をさ」

「なーくん……。いいのよ、無理をしないでも。私も、お母さんも、家族で一緒に過ごせるだけで幸せなんだから」



 この家はいい。優しくて、暖かくて。その中に浸かってずっとまどろんでいたいと思うほどに。フウカも一緒にここで四人で暮らせたら幸せかも、と島にいる間に何度か思った。


 でも、だからこそ俺は半年前クレッカを出て王都へ行こうと思ったのかもしれない。学校に行っていた頃の自分は常に何かを探していた。都会へ行けばその何かが見つかると信じていた。

 フウカがその「何か」なのかはわからない。でも、少なくとも探している物のとっかかりではあるって予感はする。今は彼女といることを選びたい。


「心配かけてごめん」


 寝台に頼りなげに腰掛ける姉ちゃんに目を戻す。姉ちゃんは俯いて、金色の豊かな髪の影になった瞳から静かに涙を流していた。その涙を見て俺は激しく動揺する。


「…………」

「心配だよ……。今日もぼろぼろになって帰って来るし、島に帰って来るまでもたくさん危ない目に遭ってきたんでしょう? もしなーくんが死んじゃったらって思ったら……。お願い、ここにいて。私達の、お姉ちゃんの傍にずっといてよ……」


 彼女は静かに嗚咽し、泣き続けた。何かとてつもなく悪いことをしているような感覚に打ちのめされる。俺は姉ちゃんにかける言葉もなく絶句するほかなかった。


「ごめん……ごめんね。明日も早いのに。今日は大変だったから、お姉ちゃん不安になってるのね」


 姉ちゃんは涙を拭い慌てて無理に笑顔を作って寝台から立ち上がった。


「今日はありがとう、なーくん。フウカちゃんと二人で私たちのこと、体を張って守ってくれたんだよね。じゃあ、おやすみなさい……」

「あ、ね、姉ちゃん!」

「……?」

「その……ごめん。俺は二人のこと大好きだから。グレイスおばさんは本当の母さんみたいに思ってるし、姉ちゃんのことも、本当の姉ちゃんだと思ってる」

「そう……嬉しい」


 微笑みを残して姉ちゃんは俺の部屋の扉を閉めて出て行った。その笑顔が少し寂しそうに見えたのはきっと……気のせいだ。


 家族に心配をかけている。半年前の俺は自分のことばかりでそんなことを考える余裕なんてなかった。


 俺が二人を大切に思うように、二人もきっと俺のことを思っていてくれるのだ。


「死ねない……絶対に。生きてまたここに戻って来るんだ」


 その夜はアメリア姉ちゃんの泣き顔が脳裏にこびりついてあまり眠れなかった。




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