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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第40話 漆黒の咆哮

 


 特定危険生物、通称モンスター。


 奴らが普通の動植物と明確に区別される理由は単純だ。



 モンスターは人類種、つまり7種族に分類される生物を襲う。己の糧とするため、自らの生存のために人を襲うわけじゃない。


 ただ人がそこにいるから、その命の灯火を消し去るためだけに人を害する。


 穢れの星より生まれ落ちたる呪われし生命。

 モンスターは人類の天敵とされている。




 昔、町の学校でモンスターについて学ぶ時間があった。


 内容はクレッカに生息するモンスターについてで、主にアルノーやガルムなど広く知られたモンスターについて教師は話した。


 彼は、昔町の近くでアルノスが暴れて大きな被害が出た時の出来事を俺達に話して聞かせた。

 大人達数人がかりでなんとか撃退したが、負傷者が出て民家がいくつか壊されたという。


 授業ではこの島で確認されるレベル2の唯一のモンスター、アルノスについて最も警戒するように教わった。


 そこで確か、当時ガキ大将だったイヴァが教師に質問した。


 アルノスにさらなる上位種はいるのか、と。

 そこで語られたのがレベル3に分類されるモンスター、グレートアルプスだった。


 クレッカには生息していないが、俺たちはその図版を見て長大な角を持つ悪魔のような真っ黒で巨大なモンスターに震え上がったものだった。




 §





「レベル3のモンスターって、あんなのどうすればいいんだよ……?!」


 モンスターには、バベルという組織が定めたスターレベルという危険度の指標になる数値があてられる。



 レベル1ならしっかりと武装すれば一般人でも制圧が可能。

 レベル2は集団で対処にあたれば対抗できる。


 レベル3のモンスターは……、一般人ではまず対処不可能で、討伐専門の者でなければ死は免れ得ない脅威度だと言われる。



 間違いない。エルヒム(クレッカ様)の言っていた「漆黒の脅威」の正体は草原を驀進するグレートアルプスのことだ。


 いないはずのレベル3のモンスターが何故こんな場所に存在するのかわからない。突然変異だろうか。


 でもあんな怪物が群れを率いて町に突っ込んだら大変なことになるのは容易に想像できる。

 町は無茶苦茶に蹂躙されるだろう。これはクレッカ開闢以来最大の危機かもしれない。



「フウカ、あいつをこのまま放置したら、クレッカ全体が大変なことになる! 町はもちろん、牧場も……」

「そんなのだめだよ!」

「俺たちで止めるしかない。ここで食い止めなきゃきっと大量の死人が出る」

「どうしたらいいの?!」

「群れを率いてるグレートアルプスが倒されればアルノー達は統率を失うはず。あいつを何とかしなきゃならない。フウカ、なるべくあいつに近づけないか?!」

「やってみる。掴まってて!」


 フウカは楕円状の陣形で進む群れを外側から回り込んでいく。


 小刻みに飛び回る彼女に振り回されて平衡感覚を失いかけるが、何があっても手だけは離さない。

 群れの真横あたりまで来ると、群れを斜め前方へ横切る軌道でフウカは空を蹴って大きく飛んだ。


 群を追い越しグレートアルプスの背後を過ぎる。すれ違い様、フウカの左手にぶら下がったまま大人五人は余裕で背に乗れそうな巨体に手を翳す。


 手のひらに青い燐光で紡がれた王冠(ケテル)が一瞬にして現れ、俺は迷うことなくその背に向けて引き金を引いた。



 闇夜を切り裂く閃光が漆黒の体躯を貫く。


 グレートアルプスはびくりと体を震わせると、地の底から響くような低音で嘶いた。

 フウカは群れを追い越して前方の地面近くで風を捉えると、さらに先へと飛ぶ。


「びくともしないか」


 こちらの砲撃に対してモンスターの体格が大きすぎる。


 これじゃ急所にダメージを与えないと有効打にはならない。安定した足場もない空中で狙ったところで、目当ての場所に当てられるわけがない。


 ゲーティアーの時のような大質量の雷光で吹き飛ばせれば可能性はあるが、あれからいくら射撃の訓練をしてもあんなものは出なかった。

 この状況であの威力をアテにするのは無理がある。



 グレートアルプスは俺たちを視界に収めると明らかな敵意を向けてきた。


 モンスターには人間に強い憎しみを抱き、襲いかかってくる習性が備わっている。

 ああして気を引けばこうなるのは当然だ。


 不気味にぎらつく二つの眼が俺とフウカにまっすぐ向けられ、低い唸りを上げながら突進を始める。


「風下に向かってジグザグに!」

「うん!」


 風下に逃げる限り俺たちの方が早い、と思ったが、先頭のグレートアルプスはその黒光りする筋骨隆々とした体躯を前に傾け、地面を爆ぜさせる勢いで群れを抜けて一気に加速した。


 ひとっ飛びに距離を詰めて黒い巨体が迫り来る。あんなのに当たったら吹き飛ばされるだけじゃすまないぞ。


「フウカ! 横に――――っ!」

「はあっ!」


 ぶうん、と巨大な質量が風を切る不穏な音が耳元を掠める。


 素早く横に飛んだフウカは、すれ違う瞬間グレートアルプスが振り回した長い角を紙一重で躱したのだった。


 突進の勢いを殺せず、群れから飛び出した怪物はそのまま走り抜けていく。


 危ないところで角を避けた俺たちは群れから一旦離れた方へと飛ぶ。



 心臓が早鐘のように鳴っている。自分の鼓動が鼓膜を突き破りそうにうるさい。


 今、少しでも位置がズレていれば俺の体は角によって粉砕されていた。

 目の前に迫った漆黒の巨体はまるで投石機から打ち出された巨大な岩の塊のようだった。


 怖気が背筋を凍りつかせ、恐怖で頭がくらくらする。


「はっ、はぁ……っ」

「ナトリ、怪我はない?!」


 素早く体を確かめる。手も、足もまだちゃんとついてる。痛みもない。


「大丈夫だ……怪我はない。また来るぞ!」


 方向転換したグレートアルプスは再び俺たちに向かって突き進んで来る。完全にターゲットされている。


 フウカに手を引かれて飛びながら王冠を怪物に向けて短い間隔で撃つが、なかなか命中しない。当たっても急所を外れて、余計にヤツを興奮させているだけのように見える。


「はぁ、はぁ……」


 ここ数日の訓練で俺は王冠を連続して撃つことができるようになった。

 平常心で落ち着いて、冷静に放てば数十発撃っても平気だ。


 だけど実戦において常に精神のバランスを取って煉気を配分するなんて、戦い慣れもしてない俺じゃ無理な芸当だ。

 杖を使う度に体内の煉気ががりがりと減り、疲労感が溜まっていくのを感じる。

 闇雲に撃っても意味がない。


「また……来るっ!」


 グレートアルプスが前屈みになり突進の構えを取る。


「突進が始まったらグレートアルプスの正面に向かってできるだけ高く飛ぶんだ。上空に逃げるぞ!」

「うんっ!」


 フウカの周囲に風が集まり始めるのを感じる。


 怪物の足元の地面が爆ぜた。

 同時に荒々しい風に巻き上げられるように俺たちは空高く舞い上がる。


 奴の突進の態勢とスピードじゃ高く飛び上がった俺たちに今から狙いを修正するのは不可能だ。



 その時俺は、グレートアルプスの凶暴な双眸が月の光りを反射してぎらりと光るのを見たような気がした。


 次の瞬間再び地面が爆裂し、黒光りする巨体が強引に身を捩って宙を舞う。


 ……嘘だろ。全身の筋力を使って強引に突進の軌道を修正して跳躍しやがった。無茶苦茶すぎる。


「飛んっ——」


 まだ高度を上げる俺たちを下から突き上げようとするみたいに、憎しみにぎらつく瞳を備える黒い巨躯が下から迫って来る。


 その無茶な態勢からさらに首を大きく捻り、全身のしなやかな筋肉をフルに使って頭部に生える長大な角を叩きつけるように振り上げる。


 暴力的な唸りが夜空を切り裂き、真っ黒な害意となって俺たちの元に横薙ぎに降り注ぐ。



「ううぅぅあああぁぁーっ!!」


 最早避けることは叶わない凶刃の前に、フウカが悲鳴のような叫びを上げながら頼りない障壁ウィオルを展開する。


 波導障壁はほんの一瞬グレートアルプスの角の勢いを抑えたように見えた。



 けど、それも一瞬。


 まるで時間が遅くなったみたいに、目の前の波導障壁が粉々に砕け散り月明かりを反射して輝くのを見た。



 襲い来る強烈な衝撃波が俺達の体を打ち据え、何もかもが吹き飛んだ。








挿絵(By みてみん)

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