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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第39話 黒き蹄

 


 梯子階段を登り天井の跳ね上げ式の扉を押し上げる。そして屋根の上に這い出す。


 陽は山の向こうに落ちて、草原と森は薄闇に沈みつつあった。


「気をつけて」


 フウカの手をとって屋根の上に引き上げる。


 なだらかな赤い焼き瓦が敷き詰められた屋根の上に登った俺たちは並んで腰を下ろした。

 この屋根への梯子階段は今は亡きおじさんが趣味で作ったものだ。


 俺とフウカはクレッカのエルヒムから託宣を受けた後、まっすぐ牧場へと山を下って帰って来た。


 牧場にまだ変わった様子はなく、二人も普段通りだった。

 皆の仕事が落ち着き、夕食を食べた後俺とフウカは牧場と周辺をよく見渡せる二階の屋根に上がった。


「……本当に何か来るのかな」

「わからない。でも神様はすぐそこまで来てるっていってた」

「それなら油断はできないな。今日は寝ずの番をする覚悟でいく。牧場と二人は絶対に俺たちで守る」

「うん……私たちならできるよね、絶対!」


 二人にはそれとなく危機を伝えたけど、この小さな島には逃げる場所なんてどこにもない。

 その脅威が島全体を襲うなら、元凶を取り除く以外に助かる方法はないだろう。


 隣で膝を抱えるフウカと並んで牧場の前に広がる草原とその先の森を見据える。

 クレッカ様のいう脅威は、おそらく普段は簡単に人の目が届かない森や山の奥に潜んでいるはずだ。


 五感を研ぎ澄まし些細な変化にも気を配る。

 逢魔が時。今のところ草原には風と鳥の声以外に変化は感じられない。


「フウカ。特訓は途中になっちゃったけど、戦いになったとしても君ならきっと大丈夫」

「うん。さっきの特訓で波導を使うのがどういうことか、少しわかった気がするんだ。障壁ウィオルを出せたのはいつも私が守りたいって強く思ったとき。私はアメリアも、グレイスおばさんも、ナトリも絶対に守るよ」

「二人のこと、そんな風に思ってくれて嬉しいよ。まだ知り合ったばかりなのに」

「二人もナトリみたいに、私を本当に家族みたいに思ってくれるから」


 フウカなしではクレッカを襲う脅威を退けることはできない。その彼女が強い決意を見せている。俺も腹を括ろう。



 俺は牧場背後の森を見張るために屋根の大棟を跨いで反対側に回った。


 牧場の周囲にはたまに畜舎から聞こえるアリュプの鳴き声以外に動くものの気配はない。


 空に残った暖色の残光は少しずつ消え失せ、次第に薄青い闇が降りて来た。

 陽が消える代わりに空に三つの月がぼうっと浮かび上がり、白い光を放ち草原を照らし始める。




 屋根に登ってから一刻半ほどの時が経過しただろうか。


 突然、草原を震撼させるような巨大な咆哮が響き渡った。


「なんだっ!?」


 辺りを見回すが変化はない。急いで表側にいるフウカの元へ戻る。


 地を揺るがすような咆哮は三度に渡って響いた。

 動物か、いやモンスターの咆哮に違いない。鳴き声が途切れ、再び静寂が訪れる。


 しばらく間を置いて今度は低い地鳴りのようなものが聞こえ始めた。


「ナトリ、あれ!」


 フウカの指差す先、遠い草原の向こう、森の境目に何かが蠢いている。

 黒くて巨大な……、いや、あれはモンスターの群れだ。


 遠すぎて種類はわからない。だが何十頭というモンスター達が草原を疾走してこちらへやって来る。


「モンスターの大群……! こっちへ向かってる!」


 あんな大群が牧場に突っ込んだら何もかも破壊されてしまう。


「ナトリ、どうしよう!」

「あんな大群どうしたら……! ん」


 群れの進行方向が微妙にずれ始めている。


 やっぱりそうだ。モンスター達はこっちに来るつもりはないのか。

 でもあの方角……。奴らは町の方に向かっている。


「群れは町に向かうつもりだ。こっちには来ない」

「牧場は安全ってこと?」

「今は……」


 あれを見逃しても牧場に被害はない。だけど、放置して群れが島を荒しまわれば結果が先延ばしになるだけで被害は変わらないかもしれない。


「フウカには軽蔑されるかもしれないけど、俺は町の人間なんてみんなくたばればいいと思ってた」

「ナトリ……」


 フウカが悲しげな表情で俺を見る。


「俺がどれだけ奴らに虐げられてきたか。忘れることなんて、到底できやしない。

 ……だけど。モンスター達をなんとかしない限り姉ちゃん達だって危ないんだ」

「そうだね」


 顔を上げ、月光に照らされる草原を町の方へ移動する群れを見る。


「群れを追いかけよう。あれを止めないと」


 フウカが俺の手を取る。彼女の薄紅色の瞳を見て、その白い手をしっかり握り返す。


「しっかり握っていてね」

「わかってる」




 牧場の背後に聳える山の方から俄かに強い風が吹き始めた。


 俺たちは屋根の端まで進み出る。


 ごうと強い風が背後から吹きよせ、視界の端で風車塔の風車が勢いよく回転を始める。

 まるでクレッカに背中を押されているみたいだと思った。


 フウカはふいに吹き寄せた強風を受けて舞い上がった。


 彼女に手を引かれて俺の足も屋根瓦を離れる。最大限に追い風を受けるフウカは滑空しながら高度を稼ぎ、ぐんぐんと上昇していく。

 フウカのスカートの裾が強風にばたばたとはためく。



 最大速度で牧場の敷地を一気に飛び超え、草原の別れ道まで到達した。


 軽く草を踏み勢いを殺さず再度飛ぶ。幸いなことに風は町の方に向かって吹いている。

 これならフウカの速度でも群れに追いつけるだろう。



 風に乗って信じられないほどに長い距離を飛び、時折地面を蹴っては再び舞い上がる。


 俺とフウカはすぐに群れの真後ろまで追いついた。


 夜闇の中で黒い一団となり、地響きを轟かせて進軍するモンスターの群れが目の前にある。


「アルノーの群れか!」

「こんなにたくさん……!」


 昼間、牧草地で遭遇した茶毛のアルノーが何十頭もの集団を作ってまっすぐ町に向かっている。


 でもおかしい。アルノーに群れで行動する習性はないはずだ。

 多くても家族である四五頭程度。その疑問はすぐに解消した。


「なん……だ、あれ」



 群れの先頭、暴走するアルノー達の集団を率いるように、長い体毛を風に靡かせて町へ向かうひときわ大きな影が見えた。


 でかいなんてものじゃない。通常のアルノーは成体アリュプより少し小さい程度の大きさだけど、この群れのリーダーは規格外だった。


 目一杯首を上げればウチの二階の窓に届くんじゃないかという巨体だ。


 月光を反射する漆黒の毛並みに筋肉の盛り上がった巨体を包み、左右に長く張り出した悪魔のような角はまさに凶器の如く。


 そんな怪物が地を轟かせるようにして群れを率いていた。


「アルノーじゃない! 上位種のアルノスよりもでかい……まさか、グレートアルプスなのか……っ!?」


 地面を穿つ巨大な蹄を振り上げて、群れを率いていたのはこの島に存在するはずのないスターレベル3相当の怪物だった。



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