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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第345話 遭遇

 

 ――火龍山脈上層、火口付近。

 濛々と噴煙が立ち上る空を背景に、一団となって歩む集団の影があった。


 そのほとんどがラクーンによって構成された一行は、皆一様に疲れた様子で互いに会話する者も疎らであった。


「チクショー、相変わらず固ってぇなぁ」

「今度こそいけっと思ったのによー」


 ぞろぞろと歩く男たちは、よく見れば誰もかれもが、少なからず防具と毛皮に傷や火傷を負っている。


 一団から一歩遅れ、とぼとぼと後尾を歩く若い茶トラのラクーン。少し項垂れながら追随する彼に大きな声が掛けられる。


「てめぇオスカル! なぁ~にしょげてんだコラ! 前見て歩けや! これ以上怪我増やすんじゃねーぞ」

「さ、さーせん……」


 ガルルと、歯を剝き出しにして深緑の毛をしたラクーンが後輩を叱咤する。


「その辺にしといてやれや、ハインリヒ」

「おやっさん」


 いきり立つハインリヒを諫めたのは、身の丈2.5メイルはあろうかという、本来小柄な種である彼等においては異様な巨体を持つ黒毛のラクーンだった。


「親方……、すんません。俺全然役に立てねぇで……。折角討伐部隊に選抜されたってのに、炎龍帝に完全にビビっちまって」

「んなこたねぇだろ。おめーが突っ込んだから後衛が無事だったんだぜ? 求められた役割は果たしたろうが」

「…………」

「オスカル、おめーの働きにゃ多くのモンが期待してんだ。言い方は悪ぃが、ハインリヒだってそう思うからこそ気にかけてんだぜ」

「親方ァ……!」


 くりくりとした瞳を潤ませるオスカルを見下ろし、隻眼の厳つい髭面でニィッと渋い笑みを見せるのは、青い薔薇(コルベット)と双璧を為す最大勢力、”赤竜の尾(センチュリオン)”の頭、ヴィルヘルムだ。





「ねえねえおじさんたちー」


 かすかに霧がかった山頂地帯に、唐突な少女の声が響く。

 センチュリオンは男所帯のユニットだ。構成員数は飛龍山脈随一だが女性は在籍しておらず、エグレッタでもムサい、クサいなどとよく揶揄われている。


 しかもここは火龍山脈の頂点にほど近く、幼さの残る少女の声はあまりにも場違いであった。


 ヴィルヘルム達が揃って振り返ると、彼らの後方にいつの間に現れたのか人影がある。

 ロールした独特なヘアスタイルの小柄な少女は、立ち尽くしたままうつむいており、その表情は前髪で隠れよく窺えない。


「おいコラ小娘。こんなとこにいっとあぶねーぞ。ウチまで送――」

「馬鹿野郎! ソイツに近寄るんじゃねぇ!!」


 ハインリヒが少女に近づき、声をかけた瞬間、ヴィルヘルムが叫ぶ。

 前髪で目元の見えない少女の口元が、ニイッと三日月のような笑みを形作る。


「ッ――グオァッ!?!」


 その瞬間、ハインリヒの足元の地面が隆起し、鋼鉄の杭が突き出した。彼は反射的に体を逸らすことで直撃は免れたが、攻撃は鎧を砕きハインリヒの肉体を一部抉り取った。


 攻撃の勢いで弾き飛ばされたハインリヒと入れ替わるようにして前に出たのはオスカルだった。


「てンめェ……、よくもハインリヒさんをやりやがったなァ?!!」


 オスカルが双剣を引き抜き、目にもとまらぬ速さで少女に斬りかかる。


 ――――ガキィィィン!!


 オスカルの刃が少女の柔肌を切り裂くかと思われた直前、彼の剣は受け止められた。


「んだとっ?!」


 景色が歪み、少女の前にもう一人の人物が姿を現す。水の波導術によって霧に紛れ、姿を晦ましていたらしい。

 そもそもここは火龍山脈の頂点であり、灼熱の高温地帯だ。水分などすぐに蒸発してしまうため、自然に霧が発生することはない。


 細身の長剣でオスカルの刃を受け止めたのも女だった。しかしその出で立ちは、やはりこの場に似つかわしくないものだ。


 長剣を携えた美しい白髪の女剣士は、明らかに只者ではない構えや雰囲気を纏っている。

 にもかかわらず、彼女はいささか身軽に過ぎた。ぴったりと肌を覆う薄布一枚である。


「なんなんだ……、なんなんだよテメーらはっ!!」


「いたいけな美少女に向かって、いきなり斬りかかってくるなんて普通じゃないよねぇ~? それってぇ、別に死んでもいいってことだよねぇ?」

「あ?」

「――ま、別に許可なんて求めてないけどー。キャハハハッ」


 金髪ロールのチビ女、ジョーイの右手に黒い波導の光が灯り、女剣士と鍔ぜり合うオスカルに向かって伸ばされる。


爆砕(ブラスト)

「!」


 轟音と共に、ジョーイの立っていた場所が爆裂した。

 ジョーイ達の合間に割り込んだヴィルヘルムが、鋼鉄のラウンドシールドを突き出していた。


 爆炎が晴れると、大きく抉れた地面に突き立つ鋼鉄の壁が現れる。

 壁の向こうから姿を現したのは、女剣士とジョーイ、そして剣士と同じく無防備な格好の術士だった。

 最初にハインリヒを攻撃したのは彼女の地の波導であった。


「キャハハッ! 『爆砕(ブラスト)』、だっけぇ? なっかなかの威力じゃなーい。しょーじきオジサンに興味はないけどぉ、アイン・ソピアルは持っといて損ないしぃ?」

「何が言いてぇんだ小娘。細え事はどうでもいいが、赤竜の尾に喧嘩売った後悔、身をもって味わってもらおうじゃねえか」


 ヴィルヘルムは両腕にラウンドシールドを構え、全身から闘気を放ちながらジョーイを見下ろす。


「えっ、ねえタヌキちゃんたち! ジョーイに勝つつもりなの? そんなにボロボロで大丈夫ぅ?」


 少女は癖のきつい金髪を指で弄りながら底意地の悪いニヤケ笑いを浮かべてみせる。


 センチュリオンの面々は、たった今炎龍帝との死闘を終えて撤退してきたところだ。

 煉気も体力も底を付きかけている者ばかり。ジョーイは当然そこを狙って彼らを襲撃したのだ。


「お前さん、ワシらを舐めすぎじゃねーか?」

「全くだぜ、露出狂みてーなカッコした変態エアルがよ」


 戦闘直後とはいえ、センチュリオンは火龍山脈トップクラスの実力を誇るユニットだ。ここには炎龍帝に挑む資格を持つ、ユニット内でも力を認められた実力者が20人以上も寄り集まっている。


 構えをとるヴィルヘルムを中心に、武器を構えたラクーン達が動き出し、ジョーイを包囲していく。


 殺気の籠ったラクーンたちの視線が、三人の女達の晒された柔肌に突き刺さる。


「キャハハハハハッ! いいよぉ~、そういう目をした人たちをさぁ! ボッコボコにしてぇ、一人ずつ嬲りながら、ぶっ殺してくのってサイッコーに楽しいんだよねぇ~!!!」


 心底愉快といった様子でけたたましい笑い声を上げる少女に、ヴィルヘルムは吐き捨てる。


「異常者が。それなら望み通り刻んでやる。センチュリオンの恐ろしさをよ」


 殺気立つラクーン達が、一斉に武器を手にジョーイ達へと襲い掛かった。



 ♢



「クレイル君そこ真っすぐだからっ!」

「すげー来てるっすよー!!」

「お前らもう少し黙っとけ。舌嚙むぞ」


 俺たちはクレイルの焔狼主の背に乗り、夜を徹して洞窟内を駆け抜けていた。


 背後からは白竜の群れが押し寄せ、酸ブレスを雨あられのように放ってくる。

 それなりの数を始末してきたはずなのだが、モンスターは次々と合流しているらしく減る気配がない。


 俺たちは一時も心休まらぬ移動戦闘を強いられていた。


 洞窟の先を見ると見通しの良い一本道が続く。射線を遮る障害物がない上、洞窟は徐々に狭くなっているように見える。


「リィロさん、この先どうなってる?」

「今までになく広い場所、多分外よ!」

「……やっとか!」

「でもやべえんだぜ、このままだと奴らの攻撃まともに受けちまうだろ」


 エルマーの懸念の通り、ここから先は遮蔽物は一切無く、回避も難しい。


「それは向こうも同じ事、そうでしょ?! アルベール君、もう洞窟の強度まで考える必要ないわ。思いっきりやりなさい!」

「リ、リィロさん?」


 ヒステリック気味に叫ぶリィロに、アルベールが思わずたじろぐ。

 夜通し戦ってるせいで、みんな余裕がなくなってきてるな。そろそろ集中力も限界に近い。


「……了解っす! ニムエ、全部まとめて吹き飛ばせ!」

「了解しましたご主人様」


 ニムエの装甲が開き、光が収束をはじめる。

 迷宮デザイアで見た、砂津波を吹き飛ばした全開波導砲を思い出し、身を固くする。


「波導出力90%、――『波導砲(ブラスター)』発射」


 焔狼主の背に仁王立ちしたニムエから、通路全てを埋め尽くすほどの極大光線が発射された。

 放たれたエネルギーの奔流は、俺達を狩ろうとする敵の群れの中心に炸裂し、洞窟ごと無茶苦茶に攪拌して全てを消し飛ばした。


 あまりの眩しさに背けていた目を周囲へ向けると、轟音を響かせながら洞窟の崩落が始まっていた。


 青い軌跡を残しながら駆け抜ける焔狼主が跳躍し、周囲が一気に開け明るくなった。

 洞窟を抜けられたようだ。追ってきていたウィロ・ドラグニカ達は全員めでたく生き埋めになったろう。


 荒れた地面の続く開けた土地に着地した焔狼主は、ようやく役目を終えて消えていった。


「ふーっ! ようやく出られたね」

「ああ。しんどかったな……」


 外の空気で肺を満たそうと深呼吸するフウカの隣で、思わず地面に座り込む。

 すぐにでも休みたいところだ。


「ついにたどり着きましたね……」

「ここが、山脈山頂のカルデラ地帯……!」

「ようやっとここまで来れたか」

「長かったっすねぇ」


 思い思いに体を休めながら、先に広がる広大な景色を眺め各々が感慨を口にする。


 活火山である火龍山脈は時折噴火する。その影響か、火口周辺には窪地となったカルデラが広がっていると聞いていた。


 遠く、既に明るくなった青空の向こうに、おそらく火口であろう尾根、その向こうから濛々と吹き上がる噴煙が見える。

 カルデラ地帯はかなり開けており見通しが良いが、周辺にモンスターの影はないようだ。


「あっちの方……、人の気配がしますね。それも結構な人数ですよ」


 マリアンヌが立ち上がり、火口方面を指差す。


「……そうみたいね。この感じ、戦闘かしら」

「なんだろう」


 感知力に優れた面子が戦闘の気配を感じ取ったらしい。

 鼻をひくつかせるエルマーの隣でクレイルが呟く。


「このまま進むとかち合うな」


 狩人は基本的には互いの狩りに不干渉が鉄則。よっぽど苦戦しているとかなら話は別だが。


「戦っているの、人同士みたいよ」

「ほんとか?」


 リィロの言葉を聞き、俺たちは様子を見るために警戒しながら寄って行くことにした。

 距離が近くなると、段々と様子がわかってくる。


「ラクーンの集団……、ここまで上がってこれるってことは、もしかして赤竜の尾(センチュリオン)なのか?」

「どうしてセンチュリオンがこんな場所で争っているんでしょうか」

「仲間割れっすかね?」


 クレイルの目がすっと細められ、次第にその視線は鋭さを増していく。


「――いや、待て。この波導の感覚、それにあの金髪とふざけた格好……、ジョーイか!」


 言うが早いか、クレイルが走り出す。


「クレイルさん! 突っ込む前に準備を! ロクに煉気だって残っていないでしょう!」


 マリアンヌの制止も聞かず、突っ走っていくクレイルを俺達も追いかけた。




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