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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第342話 登頂への備え

 

「こうしてみると、意外と広いもんだな」

「だね。というか、下の第一砦より活気がある気がする」


 俺はフウカとリッカの二人と並んで、山脈上層入り口に位置するオルア第二砦の内部を歩いていた。


 強力なモンスターの襲撃に備えた頑強な石壁、対空防備と、物々しい雰囲気の場所ではあるのだが、それに反して防壁の内側には様々な露天が立ち並び活況を呈している。


 モンスターの素材を売り補給品を買い求める狩人と、その相手をする商人達の声が喧騒を作り出している。


「なんていうか……、商魂逞しいな。上層の狩人相手に商売するためにわざわざこんな危険な場所まで出向いてくるなんてさ」

「ですね。護衛を雇ってここまで登ってきているんでしょうか」


 素材を売るためには、一度下層へ降りてリビア湖を渡り、エグレッタのバベルまで戻るという手間がある。

 上層にまで上がれるような狩人は実力者揃いだ。最前線で卸される素材はどれも高級品。商人たちはそこに目をつけ、バベルの適正価格よりは割高だが現地で素材を買い付け、金のある上級狩人の世話を請け負う。


 狩人達も狩猟拠点(エグレッタ)まで戻らずとも素材を売り払い、荷を軽くすることができるし、ここでは武器の手入れだって可能だ。

 なんと狩人のための娼館まであるというのだから、彼らの商人魂には恐れ入る……。


 ここではモンスターの群れによる襲撃も、さほど脅威とはみなされない。それは砦で活動する者達にとって、酒代が自らやってくるのと同じことだから。


 ちなみに、俺達がオルア砦に戻ったのは、枯れた森で起きた事件から四日ほど経った頃だった。


 アルニラムの被害者達が寝かされていたテントを覗き込んだが、もう人影もまばらでほとんどは回復したらしい。


 砦内を歩いていると度々コルベットの知り合いと擦れ違う。その都度仲間を助けたことに対して礼を言われた。



「でもちょっと高すぎない? サンドイッチ一つで20エウロ。ぼったくり……」


 フウカが愚痴るのもしょうがない。普通の町で買える食い物の10倍くらいの価格設定だ。


「危険を冒して登ってきてるんだろうし、まあこれくらいにはなるか」


 普段山脈高層で狩りをするユニットは、オルア砦を拠点に上層に居座る者も多いとか。



 俺達が今回の登頂を諦めて引き返すことになった理由は、熱。


 進むにつれてあまりの気温上昇に、水竜玉を所持する俺以外のメンバーが次々に根を上げ始めた。

 どうやら今の装備では、過酷すぎる環境に耐え切れずこれ以上進むことは不可能のようだった。


「あの暑さじゃまともに戦えないよな」

「ですね……。それに、そろそろ依頼していたラグナ・アケルナルの素材が到着してる頃です」

「あー、やっと届くのかな」

「それに、アルニラムの星骸素材でリッカの装備を作らないとな」

「みんなの装備一新だね」

「ふふっ、楽しみです」


 黒属性のレベル4モンスターなんて滅多にお目にかかれないからな。どんな星骸(スターアーク)ができるのか今から楽しみで仕方ない。


「じゃあ明日はまた湖まで飛び降りる?」

「だな。仕方ないけど……」


 またあの飛び込みをやることになるのか。何度やっても慣れないが、こればかりは仕方ない。


「買い出しと荷物の整理も終わりましたし、今日は早めに休みましょう」

「ご飯♪ご飯♪」


 俺たちは露天で買った食料を手に、砦内の宿屋へと戻った。



 §



 翌日、俺たちは山脈崖際まで進み、そこから飛び降りた。途中、案の定ドラグニカが襲ってきたが、フウカによって空中で返り討ちにされ、這う這うの体で逃げ飛んでいった。


 下層の浜辺で舟に乗り、俺たちはすぐさまエグレッタまで帰還した。拠点へ到着すると、素材売却のためバベル支部へ直行する。


「戻られたのですね、ジェネシスの皆様」

「今帰ってきたところです」


 ネコの受付嬢、リゼット・ベイスンのカウンターへ進む。


「ローズからおおよその事情は伺っています」


 ローズたちは、枯れた森から失踪者を救出した直後にエグレッタへ帰還したはずだった。


 リゼットは受付の椅子から立ち上がると直立し、凛々しい仕草で頭を下げた。


「ジェネシスの皆様、この度は枯れた森失踪事件の解決にご尽力いただき、バベルエグレッタ支部を代表して誠に感謝申し上げます」


 頭を下げたリゼットと向き合う俺たちに、ロビーに屯する狩人の注目が集まる。


「おう、感謝せえよ。俺らの半分は死にかけたからな」

「クレイルさん、恩着せがましいこと言わないでください」


 マリアンヌがクレイルの脇腹を小突き、リッカが苦笑する。

 リゼットがすっと姿勢を戻し、椅子に座り直した。


「おそらく皆様がエグレッタを発った後、ここでも失踪事件についての緊急依頼が張り出されたのですが、達成が早くてとても助かりました。つきましては、奥で依頼報酬の受け渡しと、件のレアモンスターについて、詳細をお聞かせ願いたいのですが、お付き合い願えますでしょうか」

「わお、報酬ももらえちゃうの?」

「やったわね。今日の晩御飯はご馳走よフウカちゃん」

「楽しみだねリィロ!」


 緊急依頼の報酬がもらえると言われ、フウカ達が俄かに騒ぎ始める。苦笑いしながらリッカに声をかけた。


「リッカも一緒に来てくれるか? みんなは先にバイコーンに戻っててもいいよ。素材の売却もやっとくから」

「いいんすかアニキ! オレちょっとマクシムさんとこ寄っていきたかったんすよね」


 アルベールは、リィロの機巧響杖メロディアスを共同作成したリカルド工房のマクシムと意気投合したようだ。同じコッペリアだし、話合いそうだもんな。


「んじゃ、俺らは先に戻るとするんだぜ」

「私も残ります」

「ありがとう、マリア」


 ついて行くというマリアンヌと三人で、ひとまずみんなと別れリゼットについて奥の応接室へ入った。



 女王アルニラムの記録はやはりバベルには存在しないようだった。

 どうやらとりわけ強力なアルニラムの一個体が突然変異を起こし、脅威度レベル4のレアモンスター化したらしい。


 ただでさえ強力なモンスターがひしめき合う火龍山脈、例え低レベルのモンスターでもこうやって突如脅威となることもある。狩人に絶対はない、という言葉を思い出させられる。


 あっけなく命を散らす職業だ。五年以内死亡率50%は伊達じゃない。


 俺達は女王アルニラムの詳細情報をリゼットに記録してもらうと、依頼報酬を受け取った。


「こちらが報酬です。依頼書に記載された通り1千ドーラ、すべて金貨です。お確かめください」

「い、いっせんドーラ……」


 ドーラ金貨100枚に分けられた革袋10個が応接テーブルに並べられた。俺たちは思わず目を点にしてそれを眺める。


「ご不満しょうか?」

「い、いえ! 決してそんなことはないです!!」


 俺たちは手分けして袋の中身を確認し始めた。


「こ、こんな大金見たことないです……」

「さすがに私も……、コールヘイゲン家の金庫にならあるかもしれませんが」

「まさか、こんな金額になるとはな……」


 俺たちの様子を座って窺っていたリゼットが説明してくれる。


「被害にあった人数が人数でしたから。上層で起きた事件、手練れの狩人ですら一向に原因を掴めず、あまつさえ消えてしまう有様。貴重な戦力の損耗……、かくなる上は、青い薔薇(コルベット)赤龍の尾(センチュリオン)を動かすことを想定した額ということです」

「なるほど……」


 高い戦力を複数有した、最大派閥のユニットが一丸となってことに当たるとなれば、これくらいは必要なんだろう。


 今回、失踪騒ぎの原因となる女王アルニラムはジェネシス単独で討伐したことになる。


 俺たちが思いのほか少人数でアルニラムを倒してしまったせいで、一人足りの分け前で考えてもとんでもないことになってしまった。


 配達局で普通に働いてたら一生見る機会もなかった金だ。狩人って夢があるな。相応のリスクもだけど。


「コルベットも構成員の多くが被害に遭ったと聞いています。みなさん、本当に助かりました。ありがとうございます」


 リゼットの言葉にはどこかほっとしたような響が感じられた。

 ローズとは古い知り合いのようだし、彼女もコルベットには思い入れがあるのかもしれない。



「ところでランドウォーカー様、頼まれていた素材が先日うちへ到着していますが、本日受け取られますか?」

「ついに届いたんですか!」

「ちょうどよかったですね。これでみんなの耐火装備が揃いますよ」

「依頼報酬も受け取ったし、みんなのちゃんとした防具を作ってもらおうか」


 バベルの報酬金をさっそく地域経済に還元していこう。


 金貨を確認し終えた俺たちは、続けて荷物の受け取りと上層で得た素材の売却を行った。依頼していた水龍素材の輸送費はモノがでかいだけに結構かかったが、依頼報酬からそのまま支払った。


 ラグナ・アケルナルの最上級の魔龍素材はリッカの黒波導で圧縮され、夕暮れの中、バベル支部から三人で出てくるころには彼女の鞄の中にきれいに収まっていた。


「私たちも宿に帰りましょうか」

「結構時間がかかりましたね。みなさん晩御飯を待ってくれてるといいですけど……」

「はは、フウカやエルマー辺りは文句言ってきそうだな」

「ナトリさん、なんだか楽しそうです」

「そうかな?」

「私にもそう見えますよ」


 状況は悪く、スカイフォールは厄災によって常に滅亡の危機と隣り合わせだ。

 それでも俺はやっぱり狩人で、みんなと一緒に冒険したりモンスターと戦うのはどこか心が躍るものなのだ。


 依頼をこなし、報酬を得て装備を更新し、うまい飯をたらふく食う。プリヴェーラでアルテミスをやっていた頃と同じ。

 厄災なんていなければ、そうやって仲間と一緒に気ままに各地を巡るのも楽しいだろう。


 いつの日か、すべてが片付いたら。まだ見ぬ景色を求めて世界を旅する。そんなのも悪くない。


 急激に暖かくなった懐に、どこか高揚した気分のまま俺たちは10日ぶりに宿へ戻った。




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