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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第341話 山脈上層

 

 次元を超越し、切断する。エレメントブリンガー、黒属性を操る『グラビティストライフ』。

 リッカの手助けもありその発動についに成功し、その刃は亜空間に存在する女王アルニラムに届いた。


 巨大黒蝶は甲高い断末魔を上げ、妖しい紫光を放つ鱗粉を散らせながら解けるように消滅していく。


 その中で、とりわけ強い光を帯びた何かがモンスターの体からまろび出る。チカチカと光を反射しながら地面へ落ちた。


 同時に周囲の景色がぐにゃりと歪み、体が捻じれていくような不快感に襲われる。


 次の瞬間には、辺りは再び霧に包まれた森の風景へ戻っていた。行き場を失ったアルニラムたちが周囲をふわふわと彷徨う。



「戻ってきた……のか」

「はい。女王を倒せたみたいです」



「……ファ~、ん、あ? なんでこんな場所で寝てんだ、俺っちは」

「……あれ、アニキだ。オレ、寝てたんすか……?」


 地面に横たわっていた二人が目を覚ましていた。


「よかった……、二人とも、目が覚めたね」

「お前たち、体の調子は? 変なとこないか」


 二人ともアルニラムに集られていた。変なことになっていないかちょっと不安である。


「あ、あぁ。特に問題ねぇんだぜ」

「少しだるいくらいっすよ」


 後遺症みたいなものはなさそうか……?

 二人の他にも、周囲には少し離れて人影があった。


「ナトリくん、きっと女王アルニラムに掴まっていた人たちです!」

「だな、長く捕まってた人は弱ってるかもしれない。急がないと」


「エレメントブリンガー、『ソニックレイジ』」


 リベリオンから響属性を込めた反響波を放つ。


 強力なモンスターが蔓延る火龍山脈だ、俺達は離れた位置からお互いだけに合図を伝える手段をいくつか考案している。

 今回やったのは、特殊な波長を持つ響属性の波導による合図。

 普通の人間や多くのモンスターは聞き取れないが、リィロのように響属性に適正のある者がいれば発生源の見当が付けられるとのことだ。


 今この周辺には負傷者がごろごろしている。失踪事件は解決したと思うが、腐敗種がうろつく危険なエリアに変わりはない。至急応援を呼ぶ必要がある。


「さてと。フウカ達が来るまで俺達で負傷者の防衛と応急処置だ」

「早速始めましょう」

「仕方ねぇんだぜ」

「見渡した感じ、それなりに人数いるっすね……、こりゃ大変だ」


 俺達四人はすぐに動き出した。



 §



「ふぅ、なんとか救助も大方済んだね」


 俺達ジェネシスは火龍山脈上層、枯れた森を抜けた先にある第二中継地点、オルア第二砦の内部にいた。


 俺とリッカがアルニラムを討伐した後、仲間たちと、森を捜索中だったコルベットメンバーも呼び寄せての救助活動が行われた。


 幸い枯れた森はオルア第二砦に近い。女王アルニラムの作った亜空間の巣から解放された者達の中には、自分の足で歩くこともできないほど衰弱した者が多かった。


 ほとんど虫の息というレベルで衰弱した狩人もいたが、彼らは運び込んだ砦内の医療施設に寝かされた。なんとか命を繋げればいいのだが……。


 ユニット問わず、救助された者はかなりの人数に上る。当然のように医務室は満員になり、外にまで負傷者が溢れた。大事件だ。



「アタシらはこれからエグレッタへ戻って、バベルに事の顛末を報告することになる」


 自力で動けない奴を仲間に引き取ってもらわなきゃならないからな。エグレッタで一定の信頼を得ているローズの発言なら信用されるし、バベルも事態を狩人たちに周知してくれるはずだ。


「もういくの?」

「アンタらにはまた世話になっちまった。今回は本当に助かったよ……。ウチの人員もかなりの人数が被害に遭ってたからね」


 もう少し遅ければ、女王に養分を絞りつくされて死者が出ていたかもしれない。


「今回の礼はまた改めてさせてもらう。まったくアンタらジェネシスには借りを作ってばかりで、コルベットとしても不甲斐ないったらないよ」

「アイツらが生きてんのはあんたらのおかげだよな……、今回ばかりはマジで恩に着る」

「此度のこと、誠に感謝する」


 コルベット幹部、アルココとベルトランの二人も素直に謝意を告げてきた。


「本当によかったです。みなさんご無事で」

「今回はリッカがいなければ本当にやばかった」


 正直女王の前でアルニラムに取り囲まれた時は生きた心地がしなかった。あの状況からよく倒せたものだ。

 二人でそのことを思い出し、いまさらながらほぅと息を吐く。


「アルベールくんたちも無事助けられましたしね」

「う~、今回は私たち役立たずだったなぁ。私ももっと黒波導を使えるようにならないと……。リッカ、今度ちゃんと教えてくれない?」

「もちろんいいよ。フウカちゃんならすぐに使えるようになると思う」

「さすがはリッカさんです。今回のようなことは、普通の術士では対処不可能ですね」

「全員生きて戻れて、本当によかったわね」


 リッカの頑張りを女子組が讃えている。


「お前らがさっさと倒しよったおかげで俺らは無事やったし、結果的にローズらの案内でまっすぐ森を抜けられたしな。ま、ええんやないか?」

「くっそー、不甲斐ねぇんだぜ。気づいたら気ぃ失ってぶっ倒れてたしよ」

「右に同じっす……」


 エルマーは悔しさを発散するが如く両の拳を打ち付け合い、アルベールは純粋に足を引っ張ったことでちょっと落ち込んでいた。


「ニムエはご主人様の無事が何より嬉しいと考えます」

「ニムエ……。次は頑張ろうな」


 ふと顔を上げるとアルココがじっと俺たちを見ていた。


「どした?」

「いや……、あんたらだったら、ひょっとしたら本当に炎帝龍を倒しちまうんじゃないかって、ふとそんな気がしたっつーか」


 それにローズが笑みを浮かべながら答える。


「ははっ、ナトリなら十分やりかねないね。なんせアタシより強い男だ」


 なんか、コルベットの面々にようやく認められた感じがするな。


「バベルには当然ナトリ達のこともちゃんと報告しておくよ。生還者から存分に謝礼を絞るといい」

「そんなことしないって」

「どうにも欲がないねぇ。ま、そういうところが面白いんだけど、さ」


 ローズはそう言って首を傾げると、チャーミングなウインクをして見せた。意外な仕草に思わず見惚れてしまう。

 しかし直後に後方から妙な圧を感じて背筋を正す。


「それにしても、アルニラムの上位種とはねぇ」

「ローズでも聞いたことない?」

「ああ、ないね。多分バベルの資料にも載ってないだろ。ただでさえ強力な黒属性の、しかもレベル4だ。こんなやつが出てくるなんてねぇ。それはそうと()()、当然回収したんだろ?」

「もちろん」

「ハハッ! 一体どんな星骸(スターアーク)が出来上がるのか、楽しみじゃないか」


 あんな強いモンスターと戦って手ぶらで帰還なんてしょっぱい真似はしない。

 俺は狩人(ニムロド)だからな。女王アルニラムの貴重な星骸素材はキッチリ確保してある。


「そんじゃ、アタシらはそろそろ行くかね」

「また今度」

「今度は蝶に惑わされんようになー」

「はっ、重々気を付けるよ」


 砦の廊下を遠ざかっていく三人を見送った俺たちも、ようやく肩の力が抜けてきた。


 負傷者達は迎えが来るまでコルベットの居残り組が面倒を見てくれるらしいし、その言葉に甘えて今日はゆっくり砦で休ませてもらおう。辺りはもうすっかり陽が落ちて暗かった。


「さすがに腹減ってきたんだぜ。メシにしよーぜ」

「私もお腹減ったー」

「柔らかい布団で寝られるの嬉しいわぁ」

「行きましょう、ナトリくん」

「うん」


 ようやく戻ってきた和やかな雰囲気のまま、俺たちは食堂に向かって歩き出した。



 §



 迷宮上層、オルア砦の先からは、古代遺跡の廃墟が転々と存在する苔むしたしたエリアとなっている。

 こんな辺鄙な場所に文明を築くなんて、古代人も物好きなことをするものだ。


 厄介なことにまともな道がない場所も多い。度々『ドレッドストーム』で風を纏い、亀裂を飛び越えたり断崖を越えたりした。

 そんな複雑な地形の中を、細い遺跡の橋を渡ったり、柱を伝ってよじ登ったりしながら少しずつ進んでいった。


 まともな足場がないのも大変だが、それ以上に難儀なのは竜種だった。古代遺跡には竜が巣くっており、俺たちの気配を感じ取ると即座に襲い掛かってくる。


 上層にもはやレベル2以下のモンスターは存在しない。総じて頑丈で大きな体躯と強烈な攻撃手段を持つ難敵ばかりが押し寄せる。


 山脈上層では、火口が近いことで火の属性と、吹き荒れる強風による風の属性が非常に高まっている。

 その恩恵を十全に受けた竜種達は苛烈な攻撃を見舞ってきた。


 ウチの火力担当であるフウカとクレイルは、空を自在に舞いながら攻撃を仕掛けてくる竜達と波導を駆使して派手に渡り合う。

 どちらも豊富な煉気量に任せた上級波導術の連発で、不安定な足場で襲い掛かってくる竜たちを次々に谷底へ突き落としていく。


 あまりに倒した数が増えすぎたせいで、リッカの素材運搬のキャパシティもとっくにオーバーし、俺達はある程度素材は無視してもとにかく進めるところまで進もうというスタンスになっていた。



「ええ加減にくたばれや。堕ちろ、『熾焔(セラフ)』」

「グギャァァッ!」


 俺たちの頭上を舞っていたドラグニカ二体の片方に、クレイルの放った高速の火焔が槍のように突き刺さる。


 火焔は腹部に深々と突き刺さり爆炎を上げるが、ドラグニカはこちらを睥睨すると傷口を再生させながら尚も飛び回る。


「チッ、タフにも程があるやろ」


 上層に入ってから、本格的に竜種が行手を阻むようになってきた。

 ドラグニカはフィルを操り、波動障壁のようなもので自らの耐久力を向上させる事ができる。再生能力も高く、半端な傷は直ちに回復されてしまう。


 おまけに竜種特融の能力として持つ「竜鱗」は厄介だ。高い波導耐性と非常に硬度の高い鱗。

 その分素材価値は高い。武具店にならぶ、竜鱗を使った防具はとても高価だ。


 そんなものが自由に大空を飛び回る。普通は一度の狩りでそう何体も倒せるモンスターではない。


「ガアッ!!」


 頭上を飛行しながら、俺たちの立っている遺跡の残骸に向かって火炎弾を次々に吐き出してくる。


『アブソリュート・イージス』


 火焔の射程にいたリィロを庇いながら盾を展開し、降り注ぐ無数の火焔を打ち消す。


 火焔により押し寄せる熱波に混じって、ガキッという妙な音が耳に届いた。


 気づいたら時には体が傾いており、ドラグニカの火焔弾で崩落した遺跡の床と共に俺は空中にいた。


「なっ?!」

「ナトリ君っ!」


 すぐ側の空間が歪み、そこにリッカの姿が現れた。黒門(クロウス)で空間を跳躍して追いついてきてくれたらしい。


「星よ。その御手により我が身を掬い上げ給え。『月掌(オル・マイア)』」


 落下速度が弱まり、直ぐに俺たちの体は上昇し始めた。


「すまんリッカ。助かったよ」

「すぐに上に戻りましょう」


 みんなのいる地点では相変わらずドラグニカが大暴れの真っ最中だ。

 竜の口腔が一瞬光を放ったかと思うと、口の中で圧縮された火焔が高密度のエネルギーとなって仲間たちを襲う。


 遺跡を破壊し、大きな爆炎が上がる。


 ニムエが水の波動障壁を展開し、空中でブレスを受け止めている。


「グ……オ?」


 ブレスを吐きつけるドラグニカの動きがぎこちない。その体が徐々にキラキラした水晶のような物質で覆われていく。


 あれはマリアンヌの術か。空気中の水を波導で操作し、対象の体表面で「超硬化」させ相手の動きを制限する。


「フウカさんっ!」

「『黒・裂風刃オル・フィオス』!」


 背後へと回り込んだフウカが黒属性を宿した強烈な風の刃を放ち、ドラグニカの首を跳ね飛ばす。


「こっちもそろそろ終わりにしようや。貫け、『熾焔セラフ』」


 クレイルの放った火槍は、ドラグニカの身のこなしによって今度は躱されてしまう。一度見た術は喰らわないとでも言いたげだ。


陽炎ウラカン

「グガッ?!」


 ドラグニカの直上に突如蒼炎が灯る。

 風景が歪み、滲み出すようにして姿を消し潜んでいたクレイルが現れる。


「残念やったな。本物はこっちや。『鬼断』」


 有無を言わさず振り抜かれた、蒼く燃え盛る剣が、ドラグニカの強固な鱗を溶解し、その首を斬り飛ばす。


 俺とリッカが落ちていくモンスターの骸と入れ違いに元いた地点へ戻ってくると、散っていたみんなも集まってきた。


「大丈夫でしたか? ナトリさん」

「リッカ、ありがとね。ナトリを助けてくれて」

「心配かけたな」

「さっきのブレスで、ニムエの水のエアリアを結構溶かしたんすよねぇ。流石にブレス攻撃を正面から受け止めるのは効率悪いや。それも考慮して調整を……」


 アレコレと上層での敵に合わせたニムエの調節案を呟くアルベール。


「今回は二体だからマシだったけど、大群に包囲されないように慎重に進みましょ」

「それにしても……、すごく熱くなってきたよね」

「場合によっては一度砦に引き返すことも考えるべきかもしれません」


 マリアンヌの懸念はもっともだ。これまでなんとかやってこれたものの、上層に上がると火山の熱気は本格的に強烈なものになってきた。


 みんなが装備しているパームネックレス一つだけでは思った以上に消耗が激しい。


「ニムエは、これまでの上層の環境とモンスターの生態を観察した結果、今一度対策を検討することを推奨します」

「ニムエの言う通りかも。竜種は思った以上に厄介だ。今晩は野営になるだろうけど、出直すかどうか考えよう」

「ええ」


 引き際を考えつつ、俺たちは目先の敵を排除しつつ先へ進んだ。




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