表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
348/352

第339話 アルニラム

 

 目の前に並ぶ仲間達の顔には緊張感が漲っていた。

 一瞬でも目を離せばいつ誰が消えてもおかしくない。


「みんな協力頼む」

「もちろんです、ナトリさん」


 跡形も無く消えてしまったエルマーとアルベールを助けるため、すぐにでも行動を起こさなくてはいけない。


「ナトリ様、どうかニムエにご命令を」

「ニムエ?」

「ご主人様は、万が一自身が指示を出せない状況に陥った場合、ナトリ様の指示を仰ぐようにと」

「アル……、あいつ」


 アルベールはニムエの思考回路に、自分とニムエが分断された場合のことを考えて刻印を追加したのだろう。

 それだけ俺の事を信頼してくれてるってことだよな。必ず見つけ出す、待ってろよ。


「もしリッカの言うように人が消える原因が黒属性に関係してるなら……、俺とリッカはその痕跡を追尾することができるはずだ」

「お二人であればあの二人を救出できるかもしれない……ということですか」

「ああ」

「私も黒波導は使えるようになったけど、リッカほど上手く制御できるわけじゃない……」


 フウカが少し悔しそうに唇を噛む。


「フウカには別にやってほしいことがある。さっきみたいに突然誰か消えることがまた起きるかもしれないから」

「もし黒属性の現象だったら、フウカちゃんなら対処できるかもしれないの」


 リッカの一言でフウカも察してくれた。


「わかった。二人が救出に向かう間、私がみんなを守るってことね」

「そういうこと」

「それならフウカさん。波導障壁は私が変わります。ですからどんな異常も見逃さないよう周囲を警戒してもらえますか」

「任せて。マリアンヌ」


 フウカが周囲に張り巡らせていた『暴風障宮』(オル・ミラウィオマ)を解除し、入れ替わりでマリアンヌが術を使用する。


「守って……、『泡沫宮(ウトゥルチシ)』」


 風圧の障壁の代わりに、周囲は黄色い泡に覆われていく。


「クレイルとニムエもみんなを守ってくれるか」

「わかっとる」

「すぐさまご主人様の救出に迎えないのは不覚の極みですが……、あなたのご命令とあらば」

「みんなお願い……、私も索敵を続けるから」


 みんなの迎撃体勢が整うと、リッカは両目を閉じる。リッカの側頭部に黒い靄が漂い始め、小振りな角となって形をとった。


 彼女が目を開くと、瞳には紫色の妖光が宿る。


「色欲の厄災アスモデウスの力を借りて、時空間に残された痕跡を探ってみます」


 リッカは契約によってアスモデウスの力の一部を使うことが可能だ。厄災の力を借りるのは不安だが、今は仲間の命が懸かっている。


 周囲に広がる霧を見通すように、枯れた森を見回し始めたリッカは、ある方向に目を留めた。


「あっちの方に……、時空の歪みを感じます!」


 やっぱり黒属性の類だったか。


「リッカ、行くぞ!」

「はい!」


 マリアンヌが開いた隙間から、俺達は波導障壁の外へ飛び出す。


「二人とも気をつけて!」

「みんな、なんとか持ちこたえてくれよ……!」



 リッカに先導してもらいながら、二人で霧の中を駆ける。


「こっちです!」


 彼女の背中を負いながら走っていると、背後にぞわりと得体の知れない寒気を感じた。


「ッ?!」


 半ば反射的に、右手に握っていたリベリオンを背後に振り上げる。


 視野外で翠の閃光が弾け、何かを切った。振り向くとリベリオンの刃によって切り裂かれた何かがひらりと宙を舞う。


 はらはらと地面に落ちたそれは、切り裂かれた黒い蝶の死骸だった。


「これ……、アルニラムか」

「ナトリくん?!」

「やっぱりこいつが関係してる……?」

「でも、アルニラムはただ幻覚を見せるモンスターだという話ですよね」


 失踪に立ち会った狩人達はアルニラムを目撃している者が多い。

 さっきの悪寒……。もし、このモンスターの接近を許していたらどうなっていたのか。

 せいぜいレベル1……、と侮れない底の知れなさを今は感じる。


「リッカ、アルニラムに気をつけよう。こいつらは何か普通じゃない。もしリベリオンを持ってなかったら、俺もエルマーやアルみたいに消えていたかも」

「注意するに越したことはないですね」


 不気味に静まり返った、疎らな枯れ木の間を再び俺達は走り始めるが、すぐにリッカが異変を感じ取る。


「変ですね……、歪みが動いてます。それも、私たちから遠ざかるみたいに……?」

「向こうは俺達のことを捕捉してるってことか?」

「さっき襲われましたし、私もそういうことだと思います。まだ距離はあるけど……、この速さならきっと追いつけるはず」


 『アトラクタブレード』を発動しているため、現在俺とリッカは白波導や幻惑、波導の影響を完全に遮断できる。よって俺達はアルニラムの幻覚能力に惑わされることはないはずだ。


 時空の歪みの元へ辿り着けば、きっと消えたエルマーやアルへ繋がる手がかりが見つかる。



 その時ざわりと視界の中で何かが蠢いた。


 ……いいや違う。むしろ視界そのものが――?


「?!」


 霧の向こうから、夥しい数のアルニラムが舞い始めた。

 ゆらゆらと揺れるように、無数の影が駆ける俺たちを囲むように包囲を狭めてくる。


「なんて数だ!」


 ひらりと前方に舞うアルニラムをステップで避けた時、ちょうど黒蝶の進行方向にあったはずの枯れ木が、ギシィと嫌な音を立てた。驚いて振り返る。


「……?!」


 枯れ木の幹は非常にきれいな形の正円形にえぐり取られ、風穴を通して向こう側が見える。


 また、怒涛のように群れになって飛んできたアルニラムが衝突した別の枯れ木が、波導攻撃でブチ抜かれたようにボロボロになっていく。


「こいつら、普通のアルニラムじゃない! リッカ、絶対に触れるなよ」

「わかってます……!」


 さっきのは黒属性の攻撃に違いない。


 リッカやフウカの波導を見ていても感じるが、黒属性の攻撃はまともに受けたらおしまいだ。

 時空間そのものに対して力が加わるので、いくら装甲を厚くしようが、強度を上げようが無駄なのだ。


 この場所のアルニラムはどういうわけか、黒属性の殺傷能力を持っている。


「レベル1の脅威度じゃないぜ……」


 歪み近づくほどに黒蝶は増え、ついに視界を埋め尽くすほどの数が押し寄せてきた。


「ナトリくん! 私が守りをっ!」

「いや、立ち止まっても追い詰められるだけだ。それに歪みにも逃げられる。――強行突破する。俺について来て!」


 もはや時空間攻撃の波となって押し寄せるアルニラム達に向かって、腕を突き出しながら突進する。


「お前らの攻撃とリベリオンの力、どっちが上だ? ――反逆の盾、『アブソリュート・イージス』」


 右手に纏わりついたリベリオンから光の盾が展開する。それを前方に掲げ、黒蝶の群れを正面から受ける。


 バシュッ、という音が盾の前で高速で弾け、前方の視界が大きく歪む。

 アルニラムごと攻撃をアブソリュート・イージスに巻き込んで、防ぎ切ることはやはり可能だ。


「おおおっ!」


 俺は盾の背後に身を隠しながら黒蝶の群れの中を走り抜け、その後にリッカが続く。


 俊敏さはさほどないため、左右と後ろから迫るアルニラムは走り抜ける俺たちに触れられない。


 ……だがそれも時間の問題のようだった。そもそもの数が増え、視界は徐々に蝶で埋め尽くされつつあった。


「リッカ! まだ遠い?」

「もう、あと少し……、私達の前方5メイルくらい!」


 あまりの物量に、アブソリュート・イージスで受け切るのにも若干抵抗を感じ始めている。

 それでもしっかりと盾を構え、前方への道を切り開いていく。


「あと少し――――、追いつきました!」


 俺には何も感じられない。だがアルニラムの圧迫感は最高潮、盾は決壊寸前だ。


「慈愛の眼差、旅人の足を休めよ。『豊穣の乙女(ヴィルゴ)』」

「おらぁ!」


 リッカが展開した結界が押し寄せるアルニラムを遮断する。


 俺はアブソリュート・イージスをぶん回し、リッカを守りながら結界内に残存していたアルニラムの残りを消滅させていく。


 リッカの背中から生える、黒い靄状の翼がばさりと広がったかと思うと、ぐいっと手のように動いて何もない空中に添えられる。


「——捉えた!」


 両翼が空中を掴み、宙を引き裂くように動くと、バリバリと音を立てながら真っ黒な空間の裂け目が姿を現す。


「ナトリくん、この中へ!」

「わかった!」


 リッカが両翼で時空のゆがみを開いている隙に、裂け目に向かって飛び込む。リッカも続いて自分の体を滑り込ませた。



 時空の歪みの向こう側は、洞窟のような閉鎖的な空間だった。

 周囲を見回すと、壁に張り付いて淡く光るアルニラム達が浮かび上がり、俺たちに再び集ろうとしてくる。


「こっちも蝶々だらけかっ!」

「アルニラム達の領域。異空間の巣ですね……」


 さっきよりも大量の蝶が俺たちを飲み込む。


 けどな、ここが亜空間なら黒属性を扱える俺たちにとっても自由度は上がるんだよ。


「ソード・オブ・リベリオン、『アトラクタブレード』」


 翠色の刃で目の前を撫で斬る。アルベールのことを強く思い浮かべながら。

 即座にリッカの腰を抱え込んで、作り出した亜空の裂け目に体を滑り込ませる。


 裂け目を潜り抜けたが、周囲の様相は先ほどと大して変わらない。依然として蝶の舞う薄暗い洞窟のような場所。


「アルベールくんっ!」


 離れた岩場に、横たわるアルベールの姿を見つけた。隣にはエルマーもうつ伏せにひっくり返っている。


 そして、その体には大量のアルニラム達が留まっている。二人ともぐったりとして動けないようだ。


「待ってろ、すぐに行く!!」


 走り出そうとした瞬間、洞窟内の岩陰から一斉に蝶が飛び立ち、俺たちの行く手を塞ぐように押し寄せる。


「くっ! 『アブソリュート・イージス』!」


 展開した盾を振り回してアルニラムの波状攻撃を押しのけるが、次から次へと現れる蝶の群れの密度は急激に増していく。


「ナトリくん、アルニラムたち、別の空間からどんどん集まってきてるみたいです!」

「こんなんじゃ……、近づけない!」


 空中に黒い穴が次々開き、開いたゲートを通って蝶たちがどんどん湧き出してくるようだ。


『どうなってるんだよ、アルニラムってこんな強力なモンスターなのか?!』

『落ち着けマスター。こいつらの行動は明らかにある意思の元に統率されたものだよ』

『親玉がいるってことか』


 ここまで徒党を組まれると厄介なモンスターだとは。いちいち相手にしていてはきりがない。首魁を叩かないと終わらないな。


「私が道を拓きます。――『天翔ける猛き獣、遥かなる星霜の果てより来たれ。今ここに顕現し、周く衆人の首を垂らしめよ『黒角の牡牛(エルナト)』!」


 リッカの刻んだ詠唱が効果を表し、俺たちを取り囲む膨大な数のアルニラムが、不可視の黒波導の力により地面へと叩き落とされていく。


 リッカの黒角の牡牛(エルナト)は彼女を中心に円周上の敵を次々に叩き潰し、俺達がアル達へ至る道を切り開いてくれる。


 アルニラム一羽一羽は非常に軽く、大きさも小さいので大きな力をかけずとも影響を及ぼせるのだろう。二人の体にとりついていた黒蝶も、仲間を傷つけることなく同様に圧殺できたようだ。


「アル、エルマー! 起きろ!」


 近寄って二人を揺り起こそうとするが、目を閉じたまま反応がない。


「息はあるみたいですけど、衰弱してるみたい……」


 杖を構え、周囲へ黒角の牡牛(エルナト)を行使しながら二人の様子を見たリッカが心配そうに言う。


「二人は見つかった。でもこの空間には多分コルベットや他の狩人も捕まってはずだ。俺達だけで全員を救出した上での脱出は……さすがに無理っぽいか」

「アルニラムたちは、どうしてみんなをここに引きずり込んだんでしょう」

「そういえば……。この特殊なアルニラムなら殺そうと思えば一瞬でできるはずだよな」


 二人は衰弱しているみたいだが息はある。わざわざこんな空間に引きずり込んでまで、何がしたかったのか。この変則的な行動を取る原因が関係してるのか。


『力の流れを辿れ、マスター』

『力? 何かわかったのかリベル』

『二人の衰弱は、アルニラムによる吸精が原因だと思われる。この大量発生と特殊な状況から因果関係を考えれば……、モンスターは拉致した人間を己の養分として蓄え、力を増強してるんだ』

『この空間を作り出した原因に力を送ってるってことか?』

『おそらく。リッカなら力の供給先を特定できるはず』

「…………」

「ナトリくん、何かわかったんですか?」


 リベルとの思念会話の内容をリッカに説明する。


「なるほど……。リベルちゃんの言う通りにしてみましょう」

「リッカ、亜空間内の転移は俺に任せろ。君は移動先の指定を」

「はい!」


 リッカが瞳を閉じ力の流れを感じ取り始める。


 黒角の牡牛(エルナト)を行使しながらの並行作業は無茶をさせることになるが、術構築の安定感に定評のあるリッカだからこそ可能な芸当だ。


 今は彼女の経験と知識に頼るしかない。


「一つの空間座標に向かって、力が大きく集約していくのを感じる。きっとここです!」


 リッカが杖を持たない方の手を突き出すと、空間に歪が生まれ小さな亀裂が入る。


「リッカ、エルマーを頼めるか。一気に飛び込むぞ。一刻も早くこの状況を打破しないと。フウカ達の方も心配だ」

「そうですね……、行きましょう!」


 正体不明のモンスターは、普通の手段では干渉不可能な異空間から現実の俺たちに攻撃を仕掛けていた。


 これは敵の大元を叩き、一連の騒動を終わらせるチャンスだ。


 ぐったりしたアルベールを脇に抱え、リベリオンの切先をリッカの作った亀裂にをまっすぐ突き入れ、広げるようにして大きく切り裂く。


 人の通れるサイズまで拡大した亀裂に、俺とリッカは二人を抱えて飛び込んだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ