第337話 枯れた森
遠征から街へ戻ること数日。アルベール協力の元、リィロの星骸武器が完成したところで俺たちは再び準備を整え火龍山脈へ向かった。
前回の遠征と同様山脈を登攀し、五日をかけて中層と上層の境界、枯れた森に辿りついた。
霧がかった枯れた木々の影が見え始めると、森の手前に何やら人だかりができていることに気づく。
「ん? なんか狩人が集まってんぞ」
彼らの匂いをいち早く嗅ぎ分けたエルマーが反応する。そのまま集団に近づいていくと、それは見知った面々だった。
「コルベットの人たちですね」
「こんなとこで何してるんだろ?」
やはりコルベットのメンバーで間違いない。かなりの人数が集まっているように見える。
向こうも俺たちに気づいたようで、ローズ、アルココ、ベルトランのお馴染み三人衆が歩み寄ってくる。
「ジェネシス一行じゃないか。もうこんなとこまで登って来てるのかい。比較的新参のわりに攻略が早いねぇ」
「こんな場所で会うなんて珍しいな。あんたたちの狩場はもっと先なんだろ?」
コルベットの実力者たちは、普段はこの先にあるオルア第二中継地点を拠点にしながら、山脈上層で強力なモンスターを狩っているのだと聞く。
「ちょいと事情があってね。アンタ達はこれから枯れた森を攻略するつもり?」
「もちろん」
「森に入るなら気をつけな。今のここはいつもと違う」
「いつもと違う?」
「ああ……。エグレッタでも噂になってきてるんだが、最近この枯れた森で行方不明者が多発するようになった」
「もしかして、コルベットがここに揃ってる理由もそれか?」
ローズは苦々しく頷いた。
コルベットのメンバーも枯れた森で失踪者が出ているので、その捜索に来ているようだ。
ゲーティアーの事件といい今回の失踪といい、このところコルベットは何かと凶事に巻き込まれてるな…。構成員が多いから仕方ないのかもしれないけど。
ローズは腕を組み、唇に人差し指を当て少し思案した後口を開く、
「あのさ……、アンタ達に頼みたいことがある」
「姐さん、まさかこいつらに手伝わせようってのか?」
「アルココ、今は人手が欲しい。それも実力者のね」
ローズは俺達に、枯れた森に消えた失踪者の捜索協力を願い出てきた。
「中に入って探してはいるんだが、手掛かりが見つかるどころか事態が悪化する始末でね……」
彼女は地面に視線を落としながら髪を撫でつける。
「話がいまいち見えてこんな。状況について詳しく話しや」
「やってくれるのかい?」
「どのみち探索する必要はあるし、コルベットのメンバーのことは普通に心配だ。みんな、いいか?」
みんなを見回す。
「私は手伝ってあげたいな。きっと怖い思いしてると思うし」
「やれやれ……、相変わらずのお人好しかいな。俺は別に構わんが」
「コルベットに恩を売っておくのは悪くはないと思うっす」
「人命がかかってるのに、人の心ないんですか?」
マリアンヌがアルベールを冷えた視線で見つめ、アルベールは何か言いたげにむっとしている。
「まぁまぁ、困った時はお互い様よ。上層なんて危険地帯、何が起こるかわからないんだし、協力していきましょ。それに、私はそれなりに彼女達のお役に立てるはずだし」
確かに、コルベットにはリィロのような探知に特化した術士がいる感じはしない。その点彼女は専門家ともいえるからな。
特に反対はなく、俺たちジェネシスも彼らに協力することになった。
「悪いね。ちゃんと礼はするさ」
ローズから、今回のコルベットの総力をかけた捜索に至る経緯を一通り聞いた。
コルベットの総員は50名を超えるが、常にまとまって狩りを行うわけではない。
人数が多ければ実力の幅も大きい。ユニット内にさらにいくつかの班が存在しており、四から五人の班行動が基本だそうだ。
最初に失踪したのは上層を狩場にする実力のあるメンバー達だった。彼らは五人で山脈を進み、上層へ向かう途中、枯れた森を通過する際にそのうち三名が行方知れずとなった。
二人は無事に森を抜けたが、三人は突然なんの前触れもなく煙のように消えてしまったという。一緒に歩いていて後ろを振り向いたらもういなかった、というような具合で。
森を抜けオルア中継砦にたどり着いた二人はすぐにローズ達に救援を要請し、捜索が開始されることになった。
「で、昨日から仲間を集めて捜索を開始してるわけだが……」
「昨日森に入った者達も、数名が煙のように消え失せ戻ってこないのだ」
ベルトランが焦りを浮かべた表情で呟く。
「枯れた森ってそんなに危険な場所なんすか?」
「いや……、確かに危険度の高いエリアだが、アタシらは既に地形を把握してるから迷うことはない」
コルベットにとって既にここは通過点でしかない場所だ。腐敗種のうろつく危険なエリアでモンスターを狩っても旨味は少ない。
「ここら一体を覆う霧は確かに方向感覚を狂わせる。けど、地形まで変わることはないからね」
彼女たちは特徴的な地形や植生を記憶することで、これまで常に迷うことなくここを通過してきたそうだ。
「それならモンスターの仕業か?」
「可能性はある。モンスター関連で気になる証言は、誰かが消える時、決まって"アルニラム"を見たって程度だが」
「アルニラムか」
「黒い蝶のモンスターですね。レベル1、脅威度は低く、攻撃性は低いですが幻惑効果のある鱗粉を放出します」
マリアンヌがモンスターについて詳しい情報を補足してくれる。
「アルニラム自体は枯れた森じゃそれなりにありふれたモンスターさ。狩人を幻惑し道に迷わせるのに一躍買ってる厄介者だけど、自覚をもって注意深く行動すれば違和感にはちゃんと気づける」
「その蝶が原因とは考えられないのか?」
「失踪した奴らも素人じゃない。アルニラム程度に騙されて道に迷うとは思えない」
「逆に人間の仕業って線はないの?」
リィロの疑問にローズは思案気に答える。
「可能性としては、あるな。例えば、ウチが赤龍の尾の連中と折り合いが悪いの知ってるだろ? モンスターの仕業を装って狩人を襲撃するって可能性も……なくは、ないね」
あまり歯切れの良くない答え方だ。
「仲が悪いっていっても、殺し合うほどの確執があるわけじゃないんだろ? それにセンチュリオンの人達が追剥ぎ染みたことをやってたら、さすがにモノの流れでバレるんじゃないか」
「まあね。だから、犯人が人間なら全く別の勢力の可能性が高い」
「要するに、まだよくわからないってことね」
「そこを含めて調査するために、上層にいる奴らを根こそぎ駆り出してきたってわけさ」
「既に結構時間経ってっかんな。今こそウチらコルベットの総力を挙げて救出しねーと」
「うん。もしセンチュリオンの嫌がらせだったら絶対許せないけど」
仲間思いのコルベットらしい。調査状況は芳しくなさそうだが、メンバーの士気は高く見える。
「私たちも消えたコルベットの人たちをできる限り探してみるよ」
「あんたたちには期待している。アタシらは常に森の入り口と出口側に数名を待機させてるから、そっちで手がかりを見つけたら知らせてくれるかい」
「ああ。何か怪しいものがないか注意して進むよ」
「決して油断するんじゃないよ。今の森の空気は普段と違う」
俺たちは、部隊を再編したら再び捜索を開始するというローズ達と別れ、一足先に枯れた森へと入った。
枯れた草木に行く手を覆う霧。霧が陽を遮り昼間でも薄暗く感じる。
いや、今日は快晴のはずだ。この薄暗さは霧だけのせいじゃない。腐敗種モンスターの放つ独特な瘴気でも影響してるのか、空までどんよりとし始めている。
「思った以上に……」
「霧が濃いですね……」
まるで等間隔に配置されているかのように感じる枯れ木は、濃霧によって視界内で常に似たような風景として映る。
確かに、普通に進もうとすればかなり難儀しそうだな。迷わないように、ちゃんとマッピングしながら進まないと。
「それにしても陰気な場所やな。リィロ、早速出番やぞ」
「はいはい、承知してますよっと」
リィロが抱えていた長杖を両手で地面に突き立てる。
この変わった形をした杖こそ、新たに彼女の装備となった星骸杖、「機巧星杖メロディアス」だ。
「リィロさん! メロディアスの力を見せる時っすよ!」
アルベールが自信に満ちた瞳でリィロの新たな杖を見つめる。
彼女が以前使用していた長杖から、素材が磨き抜かれた金属製に代わっている。特に特徴的なのは、杖先に三つほどくっついている受け皿のような機構だろう。
アルベールとマクシムの弁によれば、あれはより響波導を効率的に放出、受信するために追い求めた理想的な形状なのだそうだ。
「モード:エコーサーチャー」
リィロの声に反応し、杖の機構が動き始める。受け皿が外側へ展開し、回転を始めた。
「メロディアスのモード変更機能。使用用途、状況に応じて、適切な形態に変形することで、より能力を発揮するんす」
「変形、やっぱいいよな」
リベリオンもそうだけど、変形する武器ってかっこいいよね。
アルベールは気をよくしたのか、得意げに何度目かの機能説明を続ける。
「モード:エコーサーチャーは探知に特化したモードっす。他にも……、色々あるんで今は説明は省きますけど。内蔵する星骸素材、ピーコックの泣き袋に宿る『騒鳴』能力により、リィロさんの響波導を増幅し、効果範囲を今までの1,8倍にまで広げたっす」
「マリアンヌの時も思ったけど、星骸能力ってすごいよね~」
「さらに、杖自体の機能として、送受信機に角度を付けて指向性を補助する機能を追加したんで、特定方向に波導を集中、より遠く、より強くすることも実現できたっす」
「それ、初日にも聞いたぞアルベール」
アルベールは、すごいでしょうと言わんばかりにリィロにウインクしてみせる。
「けど、まだまだこんなもんじゃないっすよ~、『機巧星杖メロディアス』の力は他にも――」
「あ、あはは、そうね……、でも、実際すごいと思うわ。まだ扱いにはなれないけど、アルベール君とマクシムさんには感謝してるわよ」
リィロは響波の術を使用し、周囲を探り始める。
いつものように周囲の状況を響波導により調べてもらうが、リィロは普段よりも念入りにやっているのか時間がかかる。
「ふむふむ……なるほど。これは厄介ね」
「どーしたんだぜ?」
「この霧、どうにも波導が伝わりにくいみたいよ」
「本当でしょうか?」
フウカら術士勢が波導の具合を確かめるように術を使用する。
「本当だ……。いつもより力が出ない感じがする」
「こいつは面倒な場所やな。まあ、モンスターをぶちのめすのに不足はねェが」
「でも思ったより厄介かもしれません。術の出力調整が根本から変わってしまいますね。早く慣れなきゃ」
「わざわざ火龍山脈に登ろうなんて術士は少ないだろうからな」
「私たちは影響が大きいですよね。より注意して進まなければ」
「んで、なんかわかったんかよ?」
「ああ、ごめんね。杖の出力にまだ慣れてなくて。波導の通りが悪いとはいえ、ここまで探れるのは新しい杖のおかげね」
リィロは杖を掲げ、周囲に向けて波導を放っていく。
「とりあえず人の気配はなし。いくつか動いてる反応はあるけど……、多分モンスターね」
「移動しながら地道に探すしかないか」
「リィロさん、大変かと思いますがお願いします」
「大丈夫。この調子なら、距離が離れていても失踪者が探査領域に入ればわかるはずよ。なるべくモンスターを避けながら進みましょう」
濃霧立ち込める暗い森の奥へと、俺たちはリィロの波導を頼りに歩み始めた。