第333話 騒鳴のピーコック
「『泡石……ノ剣』」
上空に居座って騒音をまき散らし、俺たちの聴覚器官を破壊しにかかるピーコックを見上げながら、マリアンヌが術の発動を試みる。
「う、そ……」
が、マリアンヌの杖から沸き立った泡は剣の形を形成することなく、地面へ落ち染みこむように消えていく。
「だ、め……です、集中が、乱されてっ……、波導が、使えない……!」
非常にまずい事態だった。俺たちのユニットは大半が術士で構成されている。
波導が封じられたら戦力半減どころじゃない。思った以上に相性の悪い相手のようだった。
「う……、気持ち、わりぃ」
マリアンヌとアルベールが怪音波に耐え切れなくなり、膝を屈する。意識を保つので精一杯か。
ガンガンと頭を何かで殴られているかのように、鈍く鋭い痛みが頭蓋中に響く。飛翔するピーコックを睨み上げ、こめかみを押さえながら右手を掲げる。
この手にリベリオンを呼び出そうとするが、まとめようとする端から思考が解けていくような感覚。
実体化が異様に進まない。まだ半分ほどしか顕現させられない。
それでもなんとかしないと、このままじゃ壊滅する……っ。
「ヒャッハー!!」
直後、背後から唐突に野太く陽気な声が響いた。
俺たちを通り越し、三人の狩人達がピーコックへ向かっていく。
「オメーラ、怪鳥対策もなしに来てんのかよォ? とんだ甘ちゃんだなァ!」
立派なモヒカンに刈った頭、棘を生やした頑丈そうな肩鎧を装備した、いかつい男がすれ違いざまに言い捨てていく。
「おっ、よくみりゃキレイどころばっかじゃねーか。助けた礼は決まったな?」
顔に派手な入れ墨をした人相の悪い大男が、ゲス顔でニヤつく。
「ゲヘヘッ! しばらくは動けねーだろうしよォ、ピーコック狩ったらお楽しみだナ」
やたらと太って露出した上半身に、皮のベルトを巻き付けた男が下卑た声を発する。
「俺あの橙頭な!」
「あっ、おいテメェ! あの女は俺のだっつーの!」
「オイよそ見してんな! 降りてくんぞっ!」
入れ墨が怪鳥に狙いを定め、腕に装着した小手から何かの物体を射出する。それはピーコックに向かって高速で飛んでいった。
狩人達にはどうも怪鳥の騒音が効いていないと見える。出現情報が周知されていれば、対策も広まっているだろう。俺たちよりも情報通なのかもしれない。
入れ墨の放った物体は怪鳥の飛行ルートを外れたかのように思えたが、男が手で合図をすると突如として空中で方向を変え、ピーコックの背後からその体に突き刺さった。
「ギョ、ギョエエエエエーー?!!!!」
不思議な武器、おそらくは星骸か。狩人はもう一つ同じものを腕にセットし、二射目の準備を始めた。
通常狩人同士で獲物がカチ合った場合、ファーストアタックを取った者が討伐する権利を得るというのが狩人の常識だ。
リベリオンを構え、迷いながら彼らの様子を窺う。
「ヘヘッ、こんだけ当ててやりゃあすぐにでも毒で参って落ちてくるだろーよッ」
「やっぱ兄貴の”毒蛇の刺錨”はサイコーだナ」
「ヒューッ! 兄貴にかかりゃあレベル4も雑魚モンスだぜーっ!」
錨には毒まで仕込んであるのか。撃ち出した後もある程度操作できるみたいだし、凶悪な代物だ。
「お? さっそく落ちてきやがったナ」
「俺様が息の根を止めてやんよ!!」
三人は我先にとピーコックの元へ走り出すが、何か様子がおかしい。
「……お、おいっ」
「手ェ出すんじゃねーゾ!! ありゃオレらの獲物だかんナ!」
降ってくるピーコックの瞳は異様な輝きを宿しているように見え、彼らを静止しようにも全く聞く耳を持ってもらえない雰囲気だ。
「そぉら、存分に喰らいなァ!!」
モヒカン頭が、大量の金属片が突き出した角材のような、いかにも凶悪な見た目をした武器を振り被り、ピーコックの落下に合わせる。
だが、ピーコックは狩人達の直上に達した瞬間大きく翼を広げて体勢を立て直した。
「あぁん?!」
そしてその黄色いクチバシをカッと開き――――。
「ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!」
「あぺっ?」
ピーコックが至近より放った衝撃波により三人のいた地面が爆ぜる。
怪鳥を中心に、5メイルほどの範囲の地面が扇状に抉れた。
当然衝撃波の範囲内にいた狩人達は影も形もなく吹き飛んでおり、後方に血飛沫のみを残し地面のシミと化す。
「……っ!!」
三人を挽き肉に変えたピーコックは、今度は翼を羽ばたかせ俺たちの方へ飛んできた。
奴の顔は赤いトサカと同化したかのように真っ赤に染まっていく。
「ギョアッ!! ギョアアアアアア!!!!」
どうやら尻に毒入り錨を撃ち込まれたことで激昂したらしい。すぐにでも俺たちに向かって、あの三人を消し飛ばした衝撃波を撃ち込みたいといった剣幕だ。
「――――ぶっ放せ、ニムエ!」
「了解しました」
俺たちの中でニムエは唯一人ではなくオートマター。
その体は人間の何倍も頑強な材質で構成されており、ピーコックの放つ怪音波にも強力な耐性がある。
俺たちが地面に蹲る中、すっくりと腕を広げて仁王立ちしたニムエの胸部装甲が開閉し、剝き出しになった発射口がフィルリアクターの青い光を宿しながら回転を始める。
「エネルギー充填……完了。『波導砲』発射」
波導砲は使用すると燃料として使用しているエアリアの大半を一気に消費するため、金銭的な理由からアルベールが温存していたニムエの必殺技。
だが、ガクルクスと戦った地下洞窟で入手した、高純度フィル結晶のおかげでエアリアは豊富にある。もはや温存の必要はなくなった。
眩い光の奔流がニムエから迸る。超出力のビームは地面を薙ぎ、空に浮かぶピーコックの体を灼いた。
「ギャアッ!! ギャアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」
「どーだ、痛いだろ……っ」
接近してきていた怪鳥は波導砲にその身を灼かれると墜落しかけたが、空中で持ち直して身を翻し、耳障りな喚き声を上げながら再び上空へと逃れていく。
波導砲に片翼を巻き込まれたため飛び方がぎこちない。
だが、寸前で致命傷は避けたのか仕留めるには至らない。
さすがはスターレベル4だ、レベル3の比じゃなく頑健な肉体を持っている。
ニムエのおかげでなんとか窮地は凌げたが劣勢なことに変わりはない。
まともに戦えるのはニムエのみ。ブースターで飛行することは可能だが空中戦では向こうに分があるし、波導砲の砲身は冷却が必要ですぐには再使用不可能。
「……遍く世を統べ、揺らぎ定めし者。汝が……旋律を以って、我が調べに寄り添え――、『反響破』」
ふっと頭を抉るような激しい頭痛が和らぐ。
リィロが立ち上がり、地面に杖を突きながら波導を展開していた。
「頭……、痛みが。これ、リィロが?」
「……うまく、いったみたいね。ちゃんと響波妨害の訓練しといてよかったわ……。ピーコックが放つ鳴き声は響属性の攻撃。私の術で波導響域を合わせて跳ね返す。だからみんな、あまり私から離れちゃだめよ」
「助かったっす、リィロさんっ!」
リィロのおかげで、精神を苛む騒音が和らいでいく。
「ニムエ、リィロさんのおかげでこっちは大丈夫そうだ。だからピーコックの相手は頼んだぞ!」
「お安い御用です」
背面のブースターに光を灯し、ニムエが怪鳥に向かって飛び立つ。
俺たちに怪音波の効果が薄いとみるや、身を灼かれ怒りに狂った怪鳥は再度距離を詰めてくる。
目前に迫ったニムエに対し、クチバシを大きく開く。
「ギョアアアアアアッッ!!」
「!」
咄嗟に両腕をクロスさせ防御態勢を取ったニムエだが、放たれた衝撃波により弾き飛ばされ宙を舞う。
「ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「ぐ……がっ!」
「くっ! ……う」
ピーコックはさらにけたたましい鳴き声を上げたかと思うと、まるで頭上から落石でも降り注ぐかのような衝撃が俺たちを襲う。
響属性の衝撃波だ。腕や足が切り裂かれ、無数の傷が体に刻まれ血が噴き出す。
「『風防壁』!」
すぐさまフウカが頭上に風の波導障壁を展開する。響属性に対して相性の良い風属性なら、衝撃波を余すことなく防げるはず。
「リィロさん、フウカさん、あとは私が!」
マリアンヌが手にする、煌零杖ナプルクルの核となるガクルクスの青き紫水晶にはすでに強い輝きが宿っていた。
彼女はそれを天高く掲げ、詠唱を刻む。
「墜ちよ! 『天と地を繋ぐ輝く光の柱』!」
マリアンヌの杖から波導光が放たれると、ピーコックを超える遥か高高度で光が明滅した。煌零杖ナプルクルの能力による、超硬化反応だ。
輝きは落下を始め、急速にピーコックの頭上に迫る。
曳光を放って落下、超加速する様はまるで天から降り注ぐ光の柱だ。怪鳥が光に反応した時にはもう遅い。
天と地を繋ぐ輝く泡の柱は怪鳥の胴体を串刺しに、爆音を立てて地面に突き刺さった。
落着の衝撃で落下地点の地面が捲れ上がり、衝撃波が周囲を駆け抜けていく。
「ギョアアアアアアアア…………ッッ!!」
胴体に大穴が開いたピーコックも錐もみ状態で地表に墜落した。
「やったか?!」
「ギョアッ!! ギョアアアアアアアア……ッッ!!!!」
もはや飛行不可能なほどの傷を負って尚、怪鳥は地面をのたうち回りながらまだ怪音波をまき散らしている。
「あれでまだ生きてる……」
「なまじタフすぎんのも考えもんやな」
「危ないから近寄らないで。後は私が」
リィロが歩みだし、ピーコックに杖を向ける。杖から発される響波導で怪鳥の怪音波を中和しながら進んでいき、術の射程に入ると詠唱を発した。
「汝、その調べを封じよ、『響障宮』」
「ギョアア、ギョ――――――…………」
鳴り響いていた騒音が突如として、ぶっつりと途切れる。リィロの術によるものだ。
音が消えた瞬間ピーコックはそれまでとは比較にならないほどに激しく身を捩り口を開いたが、やがて眼を剥き、長い首を地面にだらりと下げおとなしくなった。
一連の行為は全くの無音のうちに終わった。
「ふう……。終わったわよ」
「最期は自らの発する鳴き声による圧死か。因果なもんやな」
リッカがリィロやマリアンヌらに礼を言うのを見ながら、傍らのエルマーが呟く。
「オレら、出番なかったな」
「だなぁ……」
「ま、そんなこともあるやろ。にしてもちびすけよ、あの術かなりの威力やったな。やるやないか」
「私だってクレイルさんやフウカさんのような、強力な攻撃はできるんですからね」
そう言ってマリアンヌは胸を張る。彼女は星骸武器を手にしてからというものかなり調子が良い。やはり彼女のアイン・ソピアルと相性が良いのだろう。
「でも、一番の功労者はリィロさんですよ」
「えっ、私っ?」
「せやな」
「……そうかな?」
「そうだよ。リィロさんがいなきゃ危なかったと思うよ」
「そうかな……えへへ。お荷物扱いばかりじゃね。たまには役に立たないと」
リィロはとても嬉しそうにしていた。
「あ、そんなことよりみんな怪我は大丈夫なの!?」
改めて全身を検分すると、ラケルタスクロークを装備している上半身は無傷で済んでいるが、手足には鋭い傷が無数に刻まれており見た目にはかなり痛々しい。
深くはないので見た目ほど痛くはないのだが、傷口からダラダラと流れ出る血で手足は赤く染まっている。
「染みて痛いですけど……、大きな怪我とかはなさそうです」
それでもみんな町中をそのまま歩けないくらいには血に染まってるな。
「とはいえさすがレベル4っすね。無傷とはいかないかぁ」
「みんなの傷、早く治療しないとね」
「フウカさんの治療が終わったら私が浄化で血を洗い流しますから」
「ここじゃまだ危険だ。泉のところまで移動してからにしよう」
「なぁ、あいつらはどうすんだよ?」
エルマーが抉れた地面の近くにこびりついた血痕を指す。
「突然飛び出してきたと思うたら、一瞬で地面のシミになってまったな、あの三人組」
「まあ、狩人にとっちゃよくあることだよ……。しかし埋葬しようにも細切れの肉片状態だし」
山脈に生息する生物達の食糧にでもなる他ないだろう。
どこか世紀末を感じさせる狩人三人組の痕跡はそのままに、リッカにピーコックの死骸を回収してもらった後、俺たちは戦いの場を離れた。