第332話 凶鳥
因縁の犯罪組織と遭遇するというアクシデントはあったものの、俺たちはその日のうちに火龍山脈麓まで辿り着くことができた。麓からは三日かけ、前回の遠征で到達した第一中継地点であるミラ砦まで登った。
砦で必要物資の補給を済ませ、火龍山脈中層に位置する登山道へと進む。
ゴツゴツして入り組んだ地形だった下層の登山道とは異なり、比較的見晴らしが良い。
地面は岩場も多いが基本的に下草に覆われ、いくつかの尾根が連なり遥か高みへと登っていくのが見渡せる、随分と爽やかな風景が広がっている。
一言でいえば高原エリアって感じの場所だな。
とはいえ、景色は牧歌的であってもそこに棲むモンスターは並みの相手では済まない。
もはやレベル3はそこら中にうろついているし、厄介な飛竜種も時に集団で襲い掛かってくる。
開けた地形はモンスターを発見しやすいが、それは向こうも同じこと。俺たちは次々と襲い来る鳥竜種たちに苦しめられながらも、上層を目指し少しずつ山道を登っていった。
「げっ、ヴルムまで来てるぞ!」
「んだよあれ、ウルガルム共が背中に乗っかってんぞ? そんなんありかよ!」
俺たちは見晴らしのいい尾根の付近で、鳥人種のイーガル達に襲われていた。体は人に近く、顔はストルキオに似ているが、背中から生えた大きな翼で空を舞うのが人間との大きな違いだ。
それに加え奴らは人間ほどの知能は持ち合わせていないし、やたらと狂暴で一度目をつけられればしつこく付け回し攻撃を加えようとしてくる。
三体のイーガルに加え、上位種のガル・イーガルを頭に据えた編成だ。全員モンスターの骨を加工した長槍を装備している。
地上に降りようとせず、奴らの独壇場である空中から長槍で攻撃してくるので厄介極まりない。
空中で自在に戦えるフウカが、スカーレットウイング状態で上空を舞い、四体を同時に相手取っていた。
奴らの連携はなかなかに厄介で、マリアンヌも泡石ノ剣の上に乗ってフウカの援護へ向かう。
さらには戦闘の気配を嗅ぎ付けた新手が次々に現れた。ガルム種は狼人間のような獣人型モンスターであり、黒狼ヴルムを従えることがあると聞いてはいたけど……、黒狼の背に跨り、斜面を駆けあがってくる五組の増援を見て思わず頬が歪む。
「喰らい滅ぼせ、『劫火焔』」
「エレメントブリンガー、『ギルティブレイザー』」
俺とクレイルは近寄られる前ににヴルム、そして黒狼に跨るウォーガルムに向けて火球と炎の斬撃を放つ。
斜面に着弾した炎塊は爆発炎上しながら黒煙を噴き上げる。クレイルのやった方はうまく二体を巻き込んで倒せたようだが、俺の放った炎斬撃を受けた方は、背中に乗っていたウォーガルムが生き残り、単独で黒煙から飛び出して走り寄ってくる。
「輝け、『煌沫雨』」
モンスター達の上空にキラキラとした輝きが現れる。マリアンヌが空気中の水分を触媒に生成した泡だ。空中で超硬化を始めた泡は陽の光を反射して煌めく。
モンスター達は地を駆けながらその輝きを何事かと見上げる。
上空に生み出された、水晶のような煌めきを放つ細く鋭い泡の槍は超硬化すると同時、一斉にモンスター共に降り注いだ。
「グムッ、オオオオォォォァッッ?!」
息の根を止めることこそ叶わなかったが、全身を煌沫雨に切り裂かれ、貫かれたモンスター達の動きは急激に鈍る。相当なダメージを負ったようだ。
「オラァ!!」
『ソード・オブ・リベリオン』
「燃え尽きろ、『火剣』」
「星よ。その指先に触れし者、跪き頭を垂れよ。『黒墜蹄』」
弱った三組と一体を四人で始末していく。
「クアアァァァ……!!」
「あっちも終わったみたいだな」
見上げると、フウカの風波導による刃を全身に受けたイーガル達が地面に向かって墜落してくるところだった。
次々に地面に叩きつけられたモンスターは、身を起こそうと僅かな抵抗を見せた後、力なく地に伏し絶命してく。
「相変わらずフーカは強えーな」
アイン・ソピアルを持ち、星骸武器まで手にしたマリアンヌも相当なものだが、やはりフウカの力は俺たちの中でも飛び抜けている。
強力な波導術と豊富な煉気量による、広範囲への波導攻撃は圧巻の一言に尽きる。
近頃はますます属性置換術式を使いこなすようになり、術の攻撃力も桁違いに増している。
「ナトリ、ウォーガルムとヴルムの素材は別にいいよな?」
「だな。余裕があればヴルムの毛皮は欲しいけど、レベル2だし今は、ちょっとな」
「こちらのガル・イーガルは必要ですか?」
巨大な翼を広げれば全長5メイル以上にもなるガル・イーガルの死骸を、ニムエが引きずりながら運んでくる。
「羽根だけ剥ぎ取っていこう」
「柔らかく腰があり、丈夫さもあるガル・イーガルの羽根には価値がある。ですよね?」
「おお、さすがマリアンヌなんだぜ。歩くモンスター図鑑だな」
俺やエルマーは本業なので元々それなりにモンスターについての知識もあるが、日ごろから資料を読み漁っている勉強熱心なマリアンヌも知識面ではかなりいける口だ。
火龍山脈に生息するモンスターの詳細に限れば俺たちよりも詳しいかもしれない。
前回の遠征の反省点の一つとして、よりモンスターの素材剥ぎ取りは厳選する方針だ。10日近く狩り続ければどうしたって素材は溜まる。
それを縮小し、運ばなければならないリッカの煉気負担はかなりのものになる。
基本的にはレベル3以上で、かつ高値が付くような貴重な素材のみに限定することにした。
リベリオンでモンスターの大翼を根本からさっくりと切り離し、折りたたんでリッカに術をかけてもらう。
「ねえみんな、そろそろ休まない?」
「オレも腹減ってきたっす」
「キュイ!」
非戦闘員達が揃って休みたいと言い始める。戦ってもいないのに、と思うかもしれないが意外にもこの感覚は馬鹿にできない。
激しい戦闘を続けていると色々な感覚が麻痺し始めて、高揚感で疲れや空腹を認識できなくなったりすることもある。それでいざというときに力が出せなければ意味がない。
二人とフラーの意見に従い、俺たちは休息地を探すこととした。
適した場所がないかと周囲を見回しながら進むこと半刻ほど。
切り立った崖の近くに泉の湧き出す場所を見つけた。水が飲めるかもしれないし、防衛もしやすそうだし悪くない立地だ。泉を目指して斜面を下り始めた。
その時、尾根の向こう側から突然巨大な影が飛び出した。斜面に落ちた大きな影が俺たちの上を通過していく。
「ギョエエエエエエエエエエエェェェェェェエエエエエエエ!!!!」
とてつもなく耳障りな音に思わず耳を塞ぐ。
「げえーっ、なんだこりゃ!? うるせぇー!!」
「な、何よこれぇ?!」
モンスターの鳴き声のようだが、鳴き声というより騒音だ。あまりに不快、耳を突き刺すような痛みすら感じる。いや、明確にダメージを受けているような気さえする。
「頭割れそうだよーっ!!」
「これはっ……! ピーコックかっ?!」
「知ってるんすかアニキ?!」
「プリヴェーラで活動してたころに聞いたことが……。とにかくうるさいレベル4モンスターだったはず……」
「レベル4なの?!」
ピーコックは見た目だけではそこまで脅威を感じることはないモンスターらしい。巨鳥とはいえ、さっき遭遇したガル・イーガルよりひと回りほど大きいだけだし、白い毛並みに赤いトサカのついたビジュアルは、聞く限りあまり強そうにも見えない。
それでもこいつがレベル4に指定されているのにはちゃんとした理由がある。
ピーコックは鳴き声だけで人を殺すらしい。奴の発する騒音を浴び続けると、やがて平衡感覚を失い、最悪意識すら失くすとか。そうなればただの餌だ。
ピーコックに襲われた村の人間は、身動きを封じられ生きたまま食われるそうだ。ユーモラスな見た目に反し、かなり悪辣な怪鳥なのだ。
「い、生きたまま……っ?!」
「めちゃくちゃやべーモンスターじゃないすかっ!」
「だからこそのレベル4なんだよ!」
怪鳥は俺たちを獲物に定めたのか、高い位置で円を描くように上空を飛び回り、ひたすらに怪音波を大音響で響かせまくっている。
「ピーコックへの対処方は、できるだけ早く、討伐することだ……っ!」
「!」
やばい、すでに頭痛と、それに平衡感覚が……。