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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第33話 波導訓練

 


 牧場の朝は早い。まだ日の出ていないうちからランドウォーカー牧場の住人たちは起き出して朝の準備を始める。


 フウカはかなり寝覚めがよい。まだ暗い時刻にドアをノックして呼んでも目をぱっちりと開いて部屋から出て来た。


 アメリア姉ちゃんとグレイスおばさんも慣れたもので、既に台所でてきぱきと朝食と昼食の準備を始めていた。




 手早く朝食を摂った後、腹を空かせて鳴き始めている畜舎のアリュプ達に餌をやり、姉ちゃんと二人で手分けして乳を搾って回る。


 俺たちはつつがなく作業を終え、終わったアリュプは畜舎から外へ解放してやる。



 俺が王都へ行く前は三人で家事、ミルクの配達や町での買い物、畜舎作業とアリュプたちを率いて牧草地を回るなどの仕事を分担していた。


 俺がいなくなったことで二人の負担が増していることはわかっている。

 申し訳なく思うけど、今はミルクと毛皮を譲る代わりに町から手伝いを呼んでいるみたいだ。



 運搬用に飼っているタウルに取り付けた荷台に搾りたて熱々のミルク瓶を運んで次々と載せていく。


 絞ったミルクは交互に二つの町へ運んで売ったり食べ物と交換したりする。これは主に姉ちゃんの仕事だ。


 運搬作業が終わる頃アリュプ達は畜舎から出きっていて、俺は取り出してきた角笛を吹く。

 この笛はとりわけ大きな雄アリュプの角から作られていて、出る音にはアリュプ達を引き寄せる力がある。


 強く大きな雄の角ほど笛の効果は大きいとおじさんに教えてもらった。


「さ、いくよフウカ」

「うん」



 空は白み始めている。俺たちが歩き出すとアリュプ達も群れを作って後を付いてくる。

 こうして群れを誘導しながら牧草地を巡るのだ。


 アリュプは頑丈な顎と歯と胃袋を持っているために山岳に生える硬い草も食べることができる。

 餌代の節約と、病気に負けない丈夫な体を作るために欠かせない日課だ。


 俺たちは牧場の門を出ると敷地を回り込んで森に三十頭ほどの群れを誘導する。

 最初の牧草地は森を抜けてすぐ。その後は山を登る。



「ふふっ、ナトリがモコモコ達を操ってるみたい」

「この笛のお蔭だよ。フウカも吹いてみるか?」


 フウカはぼうぼうと楽しそうに角笛を吹く。

 後から鳴き声を上げて従うアリュプ達をちらちらと伺いながら嬉しそうにしている。


 今日は結構歩くことになるけどフウカなら大丈夫だろう。

 慣れてないとはいえ、フウカの飛力を見るにドドである俺の方が疲れるのは先になるだろう。



 まだ暗い森の道を歩き、そこを抜けるとちょっとした草地が広がっている。草地の中程まで来ると俺は角笛を長めに吹いた。


 アリュプ達は群れを崩して、草を食むために散らばっていく。

 まだそんなに歩いてないが最初の休憩地だ。俺たちは手頃な岩に腰を下ろした。


「あの子たちはどうして笛を吹くとついてくるの?」

「野生のアリュプは強い雄が群れを率いて牧草地を巡るんだ。この笛を吹くと俺を群れのリーダーと認識してくれるらしい」

「へえー」


 十分に草を食んだタイミングで笛を吹きアリュプを集める。

 フウカには群れの数の確認を頼んでいる。大丈夫だというので、俺たちはさらに先に進む。


 そうして草地を巡り山道を群れを率いて登っていく。雲の中に入った時は笛を吹きつつ、短い草の生えた緩やかな斜面を歩く。

 こうして群れで移動している限りはモンスターも近寄ってはこない。




 太陽がすっかり真上あたりまで登る頃、中腹にある草地にたどり着く。


 その先にちょっとした林があり、そこを抜けると開けた山間のなだらかな地形に出た。


 中央に透き通った湖があり、周囲には色とりどりの花が咲いている。広い花畑の向こうには青空をバックに山頂が望める。


 ここは俺のお気に入りの場所の一つだ。

 アリュプ達を自由にさせ。俺たちは昼休憩に入った。


「わあー、すっごくきれい……!」


 フウカが感嘆の声を漏らす。フウカにはぜひこの綺麗な場所を見せたいと思っていた。


 広がる花畑のなだらかな斜面を雲がなぞっていく。蒼く澄んだ湖にはその向こうの山頂が映り込み、色とりどりの花々がさわさわと風に揺れられている。


 まるで天国かというような美しい景色に俺も久しぶりに見とれた。


 フウカと二人で花の合間の草地に腰を下ろし、眼下に広がる麓の景色を眺める。


 そんなに大きな島ではないから、ここまで登れば町の方まで見渡すことができる。


「お気に入りの場所なんだ。昔は嫌なことがあるとよくここに来た」

「ナトリの故郷はすごいね。こんなにきれいな場所があるんだもの」


 俺たちは鞄からおばさんの作ってくれた弁当を取り出して食べ始める。

 雄大な景色を眺めながら食べる昼飯は格別で、それが誰かと一緒なら尚更だ。



 昼食を食べ終わるとフウカは体を動かし始めた。

 宙返りしながら高く飛び上がったり、くるくると回転するようにして花畑をふわふわとあちこち飛び回る。


 俺は草地に腰掛けてフウカが飛ぶのを見ていた。


 フウカの周囲で渦巻く風に舞い上がった花びらが、彼女の飛ぶ軌跡を描き出していく。


 橙色の明るい髪が風になびいて輝き、色鮮やかでとても美しい光景だった。



 フウカはそれが当たり前のように、ごく自然に飛ぶ。飛力には個人差があるものだが、彼女は人並外れているように見える。

 俺なんかはそもそも飛ぶことすらできない。


 普通人間は多かれ少なかれ大気に満ちるフィルを感じとることができ、日常動作の中にもその恩恵をごく自然に受けているものらしい。


 跳躍力、敏捷性、腕力に至るまで体を動かす時に発生するフィルによる補助の強さは人それぞれだ。


「飛ぶ」というのがどういった感覚のものなのか俺には想像もできないが、フウカほどの飛力の持ち主であれば、風向き次第でほとんど地面に足を着けず長い距離を飛び回ることも可能なのだ。



 花畑でひとしきり飛び回り、気が済んだのか戻って来て隣に座ったフウカに声を掛けた。


「実はこの島に寄ろうと思った理由は他にもある」

「何?」

「王都でユリクセスに襲われたり、ゲーティアーと追いかけっこしたり……、俺たち結構ひどい目にあってきたよね」

「そうだね……。もう怪我するのは嫌」

「なんとか切り抜けられたけど、毎回ぎりぎりだった。だから思ったんだ。

 この先またそんな事態に巻き込まれても、俺たちが自分自身の力を正しく理解できていればもっと危険を犯さずに対処できるんじゃないかって」


 忘れてしまってはいるが、フウカは強力な波導の力を持っている。

 自分の力を自覚することは護身にも繋がるし、旅をする上で波導が使えるというのはとても役に立つ。


 任意で使えるように一度ちゃんと練習してみるべきだと思った。


 ここクレッカなら人の居ない場所で心置きなく波導の訓練ができる広い土地がある。


「ちゃんと出せるかなぁ……」


 座ったまま体の向きをフウカの方にやって向かい合う。


「いいかい。実際にフウカはもう何度も波導を使ってる。出せた時のこと、自分の出したものをはっきりと心に思い浮かべるんだ。自分にはできる。そう強く思うことが大事だよ」


 クレイルの受け売りだが、波導術(ウェザリア)についてフウカのために初歩的なことだけ教えてもらっている。


 フウカはなんだか難しい顔をして、そっと両手を前に出す。


「んんっ……!」


 そのままの姿勢でしばらくフウカは手先の空間を睨んでいた。


 やがて、両手の先にぱちぱちと少しだけ光が弾けた。


「おおっ! いいぞフウカ、思い出すんだ。たとえば波導を使って俺を守ってくれたときの気持ちなんかを……!」

「……んん、んんんー!」


 瞬く光の粒子は、次第に表札サイズの半透明の板となった。


 さらに不安定な明滅を繰り返しながら、じわじわと上下左右に広がっていく。それを固唾の飲んで見守る。


 フウカの波導は鍋の蓋くらいの大きさまでじりじり広がった後、消えていった。


「おおお! すごい、できてたぞフウカ!」

「あは……。やったね!」


 ひとしきり発動成功の喜びを分かち合った後、ズボンのポケットから折りたたんだ紙片を取り出して広げる。


 浮遊船の甲板で暇つぶしに聞いたクレイルの話を紙に書き留めておいたものだ。それを読みながらあいつの話を思い出す。


 この紙片がきっとフウカの力を引き出す鍵となってくれるはずだ。




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