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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第330話 水上のランデヴー

 

 エレメントブリンガーによって強烈な水流を生み出し、舟を爆走させながら時折湖上で瞬く雷を追いかける。

 しかし、こんな場所にクレイルの因縁の相手が現れるとはな。


「今さらやが、あの野郎と戦りてえのは俺の個人的な理由によるもんや。お前らは無理に付き合う必要ねえぞ」

「今さら何言ってんだよ。それに敵はエンゲルスの奴なんだろ?」

「だったら私たちにも関係、あるよ!」


 奴らは盟約の印を持つ俺たちを狙っている。いつ襲われるかわからない状況より、こちらから打って出る方が幾分マシだ。


「ずっとクレイルがぶっ飛ばしたかった野郎なんだろ。俺ももちろん付き合うんだぜ!」

「一つ、貸しですよクレイルさん」

「悪ィな、だが頼む」


 前方に度々閃く遠雷を追って、全速力で舟を走らせる。


 クルーガー達はどうやら一直線に進んでいるわけではないらしい。不規則な稲光と共に、その場に留まったり方向転換したり、目的地があるような風には見えなかった。


 クレイルの言った、エンゲルスの”ジョーイ”とかいう奴と湖を戦いながら移動しているようだ。


 距離があるにもかかわらず感じる衝撃と音と光。相当激しい戦闘を繰り広げているに違いない。


「近づいて来た……!」


 湖面に立ち上る巨大な水柱と青い雷。舟は徐々にそれらに接近していく。


 ついに戦いを繰り広げる人影が見えた時、クレイルが杖を構えた。


「蒼炎、解放」


 クレイルの体から蒼き炎が立ち上る。


「クレイルさん?!」

「己が身を焦がせ、『蒼焔威鎧(あおのかぎろい)』」


 詠唱と同時にクレイルが船縁を蹴った。彼は空中で蒼炎に全身を包みながら湖面に着地、そして水上を一直線に戦いの中心地へ向かって疾走していく。


「もう、一人で先走って……!」


 既にクレイルを追うようにエルマーも湖の中へと飛び込んでいる。


「ナトリ、私たちも!」

「ああ! ニムエにリッカ。アルベールとリィロさんとこの舟、あとフラーのこと頼める?」

「ご主人様は私がお守りします」

「任せてください!」

「すんませんアニキ……、足手まといで」

「私たちのことはいいから、クレイル君を助けてあげて!」


 エレメントブリンガーを解除、リベリオンを水中から取り出し、フウカが差し出す手を掴んだ。


『スカーレットウイング』


 非戦闘員の守りをニムエとリッカに頼み、緋色の翼を発現させたフウカに掴まり舟から飛び立つ。

 泳ぐエルマー、水面を滑るマリアンヌ、飛行するフウカと俺はクレイルの後を追う。


 前方の湖面で蒼い爆煙が広がる。そして一瞬戦闘音が止んだ。俺達はその間に蒼炎の爆心地へと駆けつけた。



「——なぁに〜、君ら。部外者はお呼びじゃないんだけどぉ〜?」


 湖面に立つ、白髪赤目のユリクセスらしき女性。その背中から顔を覗かせる小柄な金髪の少女が不満げに声を上げた。


 彼女らに対峙しているのは、同じく水面に立ち、全身から青雷の輝きを放つネコの大男。


 無数の古傷の痕が目立つ体、筋肉の盛り上がった毛むくじゃらの巨体からは、強い殺気が発散され、その鋭い眼光は女達を真っすぐに射抜いている。


「ようやっとみつけたぜ、クソ女……! ——炎刀、『鬼断』」

「はぁ?」


 クレイルが鬼断を抜き放ち、爆発的な速度で少女に斬り込んで行く。


 ジョーイを背負ったユリクセス女はクレイルの一振りを即座に回避、宙返りして後退する。


水障壁ルウィオル


 勢いのまま着水地点に二太刀目を合わせたクレイルに対し、湖面から水の塊がせり上がり、クレイルと二人を分つ壁となる。


 水の壁に叩き付けられた蒼炎の剣は、激しい水蒸気を吹き上げながら水壁を突き破る。


火剣メルカムドでメルちゃんの水障壁ルウィオルを斬ったぁ?」

「堅嶺なる波濤よ、我に仇為す者を阻め、『水破アクリス』」


 四方から起こった大波がクレイルの行く手を塞ぐ。


「この程度で、止められると思うか? 来たれ炎魔の燈、『鬼火カガチ』」


 クレイルを取り巻くように八つの蒼炎球が灯る。それらは彼の周囲を回転しながら迫る水破アクリスにぶち当たり、盛大な水煙を上げた。


「ちょっとちょっと、な~んなのコレ? メルちゃんの水波導がぜーんぜん効かないんですケド〜! ウケるー、キャハハッ」


 間髪入れずに繰り出される、残存する鬼火カガチの弾を、波導と体捌きでいなしていくユリクセス女。

 人間一人を背負いながらだというのになんという身体能力と波導力だ。

 水用装備を着用しており、かなり露出の多い装いだが、並みの使い手じゃない。


「オラッ!」


 潜航していたエルマーも水中から飛び出しつつ拳による奇襲を加えるが、女剣士は水波導による急旋回を使って直前で回避する。


 クレイル達と激闘を繰り広げる女の背に収まったジョーイは、どこか気楽な調子だ。


「灼き尽くす! 冷涼なる蒼炎、『不知火シラヌイ』」


 鬼火カガチの残り玉を打ち終わると、クレイルは間髪入れずに範囲術を展開する。彼を中心に蒼炎が湖面を埋め尽くし、一気にジョーイ達へと迫る。


「はぁ~、めんどくさ。『黒門(クロウス)』」


 ジョーイが何か詠唱をしたと思った瞬間、二人の姿が掻き消える。その直後、二人のいた空間は蒼炎に埋め尽くされた。


「キャハハハハっ! ねぇ、もしかしてソレって『火の盟約』なんじゃないのー?」


 上空から甲高い笑い声が降ってくる。声に釣られて見上げるとあの二人が上空から落ちて来るところだった。


「だったらどうなんや?」

「こーんなトコで盟約の印に会えるなんてぇ……、超ラッキー! 探す手間省けたよぉ~」


 ジョーイは喜色満面、といった表情でクレイルを見ながら目を輝かせていた。


「今からテメェを殺る」

「なぁに? その宿命の敵にやっと出会えた、みたいな目。キャハハッ、このジョーイちゃん達を殺すとかさー、冗談にしても面白すぎるって~!」

「癇に障るぜ……クソ女が」


 吐き捨てるように言いながらクレイルが特大の火球を放つ。


黒門(クロウス)


 再び二人の姿は掻き消え、瞬間移動するようにして火球を避けていく。

 全く予備動作がないにかかわらず、別の場所に一瞬で移動する。以前襲われたゲーティアーのオセがやった空間転移のようだが、もっと速い。


「クレイル。あいつ、もしかして」

「どうやら黒波導の使い手らしいな。それも相当な手練や」


 黒波導にも時空間を転移する術は存在している。リッカは今、それを実用レベルに仕上げようと特訓中だ。

 目の前にいるジョーイという女はそれを容易く行っているらしい。少なくともリッカ並の使い手であることは確か。




「おい、テメーらは何者だ?」


 戦っていた二人の間に乱入した形となった俺達へ、クルーガーが不審げな視線を向けていた。


「俺達はジェネシス。火龍山脈で活動する狩人だ。あいつは仲間の仇なんだ」

「仇……?」


 大柄なネコは俺たちを訝し気に見回していたが、すぐにジョーイ達に視線を移す。


「俺の邪魔さえしなけりゃ、それでいい――」


 クルーガーの体が激しく光ったと思った直後、彼の姿が消えた。


雷霆(アルゲス)

黒障壁(ノルウィオル)


 空中で閃光と闇が混じり合い、激しく明滅する。一瞬でジョーイの背後に回り込んだクルーガーが、雷光を纏った攻撃を繰り出したようだが、ジョーイはそれを黒波導の障壁で防いだ。


「ちょこまかと素早いネコちゃんだねぇ〜。でも、やっぱ欲しいなー、そのアイン・ソピアル。『神雷(ケラウノス)』だっけぇ?」

「くたばれクソガキ、が」

水晶壁ル・ウィオラス


 背後からのクルーガーの一撃に一歩遅れ、反対側からはクレイルの炎刀が斬りこむ。クレイルの斬撃に対しては白髪の女が水の防御障壁を展開する。


 本来であれば火属性は水属性の術に対してすこぶる相性が悪い。だが、蒼炎によって生成された炎刀"鬼断"は水晶壁ル・ウィオラスを叩き割り、瞬時に蒸発させる。


 女は攻撃を防ぎきれず、術の発動のために突き出した両手には蒼炎がまとわりつき、肌を焼く。

 だが、女はまるで痛みも熱も感じないといった様子で平然と燃えた両腕を放置していた。


 より激しさを増すクレイルとクルーガーの連撃に、不意を突いて水中からの突撃を敢行するエルマー。


「むー、神雷(ケラウノス)に火の刻印、さっすがにメルちゃんだけじゃ手に余るか〜。今はリカちゃんもジェニーちゃんも出払ってるしぃ」


 瞬間移動を使用し二人から逃れるジョーイと女に向けて、リベリオンを構える。


「お前の相手はクルーガーとクレイルだけじゃないぞ。『アンチレイ』」

「私達もいるんだから! 『裂風刃オル・フィオス』」

「お呼びじゃないって言ってるの、わかんないカナ〜? 『黒蝕波(ノクトカノン)』」


 ジョーイの両手から漆黒の波導がビーム状に放たれる。まるで鞭のように自在に振り回される黒波導を、フウカは縦横無尽に飛行しながら避けていく。


「キャハッ、ハエみたい~、んっ?」

「無形なる雫、先鋭なる意思の元形を成せ。『水槍(ウルニス)』」


 ジョーイと女波導剣士が立っていた水面を突き破るようにして、巨大な鋭い水の槍が現出する。


 マリアンヌの攻撃は、いち早く攻撃を察知した女の大跳躍によってあと一歩のところで二人を仕留め損なう。


閃霹(ステロペス)

「灼き尽くせ蒼き炎、『伊邪那火(イザナギ)』」

「『黒風刃(フィオス)』!」


 浮き上がった二人に、クルーガーの雷撃が、クレイルの炎槍が、フウカの風波導が三方向から襲い掛かる。


「殺意高すぎてこわ~、『黒蝕虚球(ノクトフランメ)』」


 ジョーイ達の目の前に現れた大きな漆黒の球体。彼女を狙っていた皆の攻撃の軌道が、不自然にねじ曲がり球体に飲まれるようにして吸い込まれてしまう。


「これならどうだ――、『アンチレイ』」


 上空のジョーイに向けて発砲。アンチレイだけは、黒球に吸われることなく本来の効力を発揮した。

 しかし青い弾丸の軌跡は、少女に命中することはなく顔の脇に垂れた巻き髪の一部を吹き飛ばしたのみだった。

 距離が空きすぎて狙いが逸れたか。


「ハァ~? なにそれぇ。なんで黒蝕虚球(ノクトフランメ)で吸えないのぉ? それ、全ッ然面白くないんだけどぉ?」

「余所見してんじゃねぇよ」


 間髪入れずに距離を詰めたクレイルとクルーガーが怒涛の連撃で二人を追い立てる。


 だが、クルーガーの雷撃を纏う神速の手刀も、クレイルの蒼炎斬撃も、白髪の女が手にした銀の剣とジョーイの巧みな黒波導によってあと一歩届かない。


 確かに押しては、いる。

 速度では、雷を操るクルーガーに明らかに分があるように見える。だが、あの薄着の女剣士……、水波導を駆使した細かな体捌きと、戦闘における勘なのだろうか。

 最小限の動きで、受けるダメージを限界まで抑え込んでいる。並外れたセンスだ。


「そこのおチビちゃんさぁ、さっきからの妨害、ちょっとウザすぎない? 『黒蝕波(ノクトカノン)』」

「…………っ!」


 水面下から泡石ノ剣(クトネシリカ)を送り込むことによって、奴らを足止めしようとしていたマリアンヌを黒波導のレーザーが襲う。


「――マリアンヌ!『黒風障壁(ミラウィオル)』」


 フウカが咄嗟に無詠唱で発動させた、黒波導の性質を持つ風の障壁により、黒蝕波(ノクトカノン)を相殺する。


「すみません、フウカさんっ!」



 この2人、この人数で攻め立てても食らい付いてくるのか。


「んー、こ~やって遊んであげるのもそこそこ楽しいんだケド……、ちょっと飽きてきちゃった。今、愛しの愛しの”ドールちゃん達”もメルちゃんしか出せないしさー」


 まるで楽団の指揮をするかのように、両手で黒蝕波(ノクトカノン)を振り回しながらジョーイが口を開く。


「てなワケでぇ、帰りま~す!」

「大人しく帰すと思うか?」


 ジョーイの波導を掻い潜ったクレイルが鬼断による突きを放つが、白髪女剣士の打ち払いにより軌道を逸らされる。


「折角見つけた火の盟約は勿体ないけどさぁ、ま、楽しみは後にとっとく、てのも嫌いじゃないし~。キャハハッ! そのうちみーんな私のコレクションに加えてあげるから……、楽しみに待っててねぇ!」

「――業なる炎、普く喰らえ、『火之迦具ヒノカグツ――」

「メルちゃんおねがーい」

濃白霧(フォグマール)


 ジョーイを背負った女が即座に詠唱を刻み、彼女の周囲から爆風のように濃い霧が発生して一瞬にして辺りを包み込んだ。


「こんな霧! 『螺旋迅(オル・エウローア)』」


 視界が真っ白に覆われる中、フウカも詠唱する。

 俺達を中心にして風が巻き起こり、周囲の濃霧が円周状に吹きはらされて行く。だが、霧の濃度が濃過ぎるせいなのかフウカの波導でも思ったように散って行かない。


 ここは水上だ。水波導の威力は何倍にもなる。


「チッ……! どこだ?!」


 一拍前までジョーイ達が立っていた水面まで霧が晴れるが、既に彼女達の姿はなかった。


「みなさん、水中です!」


 ジョーイの気配を感知したマリアンヌが叫ぶ。


風障宮(ミラウィオマ)


 降下を始めると同時、フウカが周囲に球体状の風障壁を展開する。俺達はそのまま水中へと飛び込んだ。

 以前三大賢者のカストールは風の障壁を生み出すことで水中でも行動してみせた。フウカはあれを再現できる。


 水中に入り込み、周囲を見回す。右手方面に人影。

 水の中に転移したジョーイ達に向かって、水中を進んでいたエルマーが猛スピードで突っ込んでいくところだった。


 エルマーの拳が背負われるジョーイに命中する直前、再び彼女たちの姿は消えてしまう。


 少し離れた水中に再び現れると、ジョーイはこちらを振り返ってニンマリと笑みを浮かべ、舌を出しながらひらひらと手を振った。


 そして姿を消し、今度こそ何処かへ消え去ってしまった。






挿絵(By みてみん)

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