第326話 理由
“青い薔薇”襲撃事件の下手人はゲーティアーだった。
俄かに狩猟拠点エグレッタを騒がせた同事件は、ユニット構成員一人が殺害され、一人は行方不明という被害を出しながら幕を閉じる。
そして俺たちジェネシスがゲーティアーを討伐し、二日が経った。
今日は鍛治師ユルゲンの工房にやってきた。彼は三日でマリアンヌの新たな杖が製造可能であると言っていたので、どんなものに仕上がるのか気になり結局全員でやってきた。
マリアンヌは当然のことながら、特に本業狩人である俺とエルマー、武器に興味津々のアルベールはわくわくが止まらない。
「ほれ、できとる」
店に入ると、机の前に腰掛けて鍛冶道具のメンテナンスをしていたユルゲンが、開口一番に奥の壁を指差し言った。
相変わらず無駄口を一切叩かない寡黙なおっさんだ。
店の奥を見ると、壁に真新しい一本の杖が掛かっている。
サークル状になった先端から五本の突起が伸びた形状で、中央にガクルクスの紫水晶を加工した藍色の玉(星骸なので普通と違って深い藍色だ)が嵌め込まれている。
フレームは波導伝導率に特化したシルヴリクスという鋼材で、静謐な銀の光沢を放つ長杖だった。
彼女の希望通り、ガクルクスはユルゲンの手により杖となった。
「「おお……っ!!」」
思わず声が出る程に美しい輝きを放つ一品だ。
「これが、私の星骸杖……」
「杖の銘は『煌零杖ナプルクル』だ」
「煌零杖、ナプルクル」
壁から杖を外し、両腕で水平に持ち上げながらマリアンヌは見入られたかのように輝く藍玉を見つめる。
「以前お前が使ってた杖より扱い易い。杖に宿る星骸能力は『超硬化』だ」
それ以上説明する気はないのか、ユルゲンは再び机の前に移動し作業に戻る。
「あの、これ作製代金です。どうも……、ありがとうございましたっ!」
「うまく使え」
頬を僅かに上気させ、嬉しさを抑えるようにマリアンヌが感謝を伝え、ドーラ金貨の詰まった革袋を机に置く。
それに対し寡黙な職人は、見向きすることもなく片手を上げて答えた。
§
「えへへ」
「珍しく浮かれとるな、ちびすけの奴」
頬を緩ませ杖袋に包んだ『煌零杖ナプルクル』を抱えながら、マリアンヌはニヤケが止まらない。
「そりゃそうだ。あんなカッコイイ銘の杖が手に入ったんだ」
「名前はどうでもええやろ……」
まあ、リベリオンの元名である『想滅神銃メフィストフェレス』には敵わないけどな。
『…………』
「これでまた私たちの戦力が上がったね!」
「うん。マリアンヌちゃんはどんどん強くなるね」
「この調子でレベル4狩り倒して、じゃんじゃか星骸作っちまおうぜ!」
「うおー、ニムエ! 最強の星骸機巧武器を作製するぞぉ!」
「もちろんです。ご主人様」
マリアンヌの新たな杖を見て、みんなのモチベーションも上がっているようだ。
俺たちも段々と”狩人の聖地”に染まってきたのかもな。
とりあえず宿に戻ってすぐにでも杖の力を試し撃ちだ。と、考えたところでまだ用事があったことを思い出す。
「あ、今日は俺が食材の買い出し担当だったな。みんなはこのまま宿の訓練場?」
「はい。早速杖に波導を通してみたいと思います。『超硬化』も試したいですし」
みんな一緒に宿へ戻るみたいだ。俺も同行したかったが、帰ると二度手間になるしこのまま買い物に向かおう。
マリアンヌには今度じっくりと杖の力見せてもらうか。
「俺はこのまま商店回りしてくる」
「じゃあ私たちは先に帰るわね」
「おう、頼むで」
そのまま去っていこうとするクレイルのローブを掴む。
「おい、クレイルも一緒だろ」
「カカッ、バレたか」
笑って誤摩化すクレイルを睨み、俺たちは通りでみんなと別れ、商店街へ足を向ける。
俺たちは『バイコーン』に宿泊しているが、飯は自炊するか外食だ。
基本的に、狩りにいかない日はリッカの希望で厨房を借りて自炊している。彼女は料理が趣味なところもあり、非常に助かっている。
外食ばかりだとどうしても出費が嵩むので、リッカの料理にはルーナリアにいた頃からみんな助けられていた。
うまいし、大量に作るのも得意だ。金欠のアルベールなど、リッカを神のように崇めながら食っている。
その代わり俺たちは持ち回りで食材の買い出しをしているというわけだ。
ニムエを除き、フラーを入れると九人分なのでさすがに一人では運べない。
途中、『デスペラード』という喫茶店の前を通りかかった。オープンテラスに見覚えのある人物が座っていることに気づく。
「おや。ナトリじゃないか」
向こうも俺たちに気づき声をかけて来た。
屋外テーブルに座っているのは、豊かな青髪を背に流し、優雅に足を組む美女、コルベットのリーダー、ローズだ。
大鎌使いの側近アルココも一緒にいる。
「急ぎじゃなけりゃあんたらもどうだい?」
そういって手にした陶製のカップを持ち上げて見せる。
正直なところ、彼女達が優雅に茶を嗜んでいたのは少し意外である。コルベットの奴らはモンスターの目玉を抉り取りながら笑う絵面が似合うような面子ばかりだからな。
ローズから聞いておきたいこともあったし、丁度いいか。
「クレイル、女性からお茶の誘いだ。折角だしお邪魔してこうぜ」
「ま、急いどるわけでもないしな」
二人で店に入って注文すると、屋外席に出てローズ達が座る四人がけのテーブルに座る。
「エグレッタの街にもこんな店あるんだなぁ」
「お前ら茶なんぞ嗜むんやな」
「おや、意外かい?」
「正直似合わんぞ」
否定はしない。とはいえ、みてくれだけならローズは非常に整った容姿をした美女なので悪くはない。中身を知ってるからそう思わないだけで。
「姐さんはアタイらと違って上品だからな」
「…………」
上品な奴は問答無用で取り囲んできたり、人を簀巻きにして腰を下ろしたりはしないと思う。
なんとも言い難い顔をしていたのを読み取られたか、ローズが取り繕う。
「まあ……、アンタ達には悪いことをした。改めて謝罪する」
「気にしてない」
「ナトリ、お前は相変わらずのお人好しやなァ」
三日前、ゲーティアーを倒した後ローズが事情をコルベット全員に説明した。
一人目の被害者を殺したのは二人目の被害者であるシェイミであったこと。
シェイミはゲーティアーという化け物に成り代わられていたこと。
俺に掛けられた嫌疑は誤解であり、無実の証明を賭けて処刑を告知したこと。
コルベットは混乱したが、ローズがなんとか取りなして全員が俺達に対して頭を下げ謝罪した。だからもう何も気にしてはいない。
こちらに被害は無いが、彼等は大切な仲間を一人殺されているのだから。
「本物のシェイミは見つからないのか?」
「捜索は続けてるさ。でも、正直なところ期待はしてない」
もし俺がゲーティアーだったら、成り代わった時にシェイミを確実に始末するだろうからな。亡骸すら見つからない可能性は高いだろう。
「シェイミは飛龍山脈に来て一年しか経ってねぇんだ」
アルココが少し虚ろさを感じさせる声音で呟いた。
「ウォーウルガルムを殺しまくって、大牙で作ったネックレスを男にプレゼントするんだ、って張り切ってたのによ」
……わりと可愛い顔していたと思うけど、やっぱりこの土地に来るだけのことはあるな。
「数日前から様子がおかしいって話は聞いてたんだ……。人が変わったみたいだってな」
アルココの落ち込みようを見るに、可愛がっていた後輩とかなのかもしれない。
「ケイルの方はアタイの班員だった。自慢の鉄棍でモンスターの頭をカチ割るのが趣味の優しい奴だった……」
なんとなく、喫茶店にこの二人がいたのは、ローズがアルココを気遣って連れて来たからなのかもしれないと思った。
「アルココ。あの二人は、バケモノ相手にただ不覚を取るような甘ちゃんじゃない。やれる限り抗って死んだろう。二人は後悔してないさ」
「姐さん……」
「なぁ、アンタ達はいつもあのゲーティアーみたいなのと戦ってんのかい?」
「ああ。いままで何体も戦ってきた」
「……そうか。通りで強いわけだ」
ここの狩人達にとって、”強さ”というのは他所よりもとりわけ特別なものであるらしい。最近少しそのことがわかってきた気がする。
「ローズ、お前さんらは何のために戦っとるんや」
「何のため? そうさねえ……。アタシらコルベットの目標は炎龍帝の討伐だ。名誉、そして誇りってところかね」
「…………」
ローズの言葉に、俺は何か言葉にし難い些細な違和感を感じた。……気のせいかもしれないが。
「名誉と誇り、か。まあせやろな」
「確か、クレイルっていったね。アンタらジェネシス御一行の中じゃ一番アタシらの同類に見えるが?」
確かにクレイルは倒すべき相手が現れると率先して前に出るし、強大な敵を前にしても決して引かない剛胆な気性をしている。
でも、これまで共に戦ってきたからわかることだが、クレイルは戦うこと自体が好きなわけではない。常に戦う力を求めてはいるが、そこには確固たる目的が存在している。
こいつにとっての戦いは、あくまで目的を果たすための手段なのだ。
「戦って、戦い続けて、最後に残るんは一体何や。満足か? それとも飢えか」
「……恐らくは何も残らん。争いの終着点は結局死や。勝っても負けても、戦い続ければいずれ死ぬ。平等にな」
俯き、静かに耳を傾けていたアルココがクレイルを見る。
「だから二人は死んだってのか?」
「そういうことや。……ま、それでもお前らは戦い続けるんやろな」
クレイルの問いかけに、アルココは迷わず答える。
「当たり前だ。それがアタイらの生き方だ。それしかできないアタイらの」
「なら貫き通すしかねえな。生き方にいいも悪いもない。結局責任を負うんは自分や」
二人は黙ってクレイルの顔を眺めた後、茶を啜った。
もしかしたら……。クレイルは、本当は戦いたくないのだろうか?
「ナトリ、アンタらのユニットはなかなか面白い奴が揃ってるね。興味が湧いた」
「じゃ、今度みんなで飯でも食おうか?」
「アタシはアンタと、二人っきりで食事してみたいんだけど?」
「え?」
ローズはにやりと口の端を曲げると艶然と微笑んだ。
こっちをガキだと思ってからかってるんだろうか。
「アタシが山脈上層で狩ってきたハイドラグニカの肉を焼いてたらふく腹に詰め込んでやろう」
「ウッ……、モンスターの、肉……?」
モンスター肉と聞いて思わず顔を顰める。どうあっても楽しい食事会にはならなさそうだぞ。
基本的にモンスターは食用に適さないものが多いし、心情的にも遠慮願いたい。いざとなった場合の最終手段としては話に聞くが。
「竜肉は癖になるんだよ。食えばわかるさ」
「気が向いたらで……」
「はっ、姐さんこいつが気に入ったの? 自分より強い男でないと無理って言ってたもんなぁ」
ローズより強い男なんてそうそういなさそうだけど。
意外にも打ち解けた二人にしばらく付き合った後、俺たちは店を出た。




