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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第325話 罠

 

「姐さんが……」

「負けた……だと」


 拘束した上で地面に転がしたローズを見て、彼女の取り巻きであるアルココとベルトランは唖然としていた。


 ローズとの勝負に決着がついたので、氷漬けで震えていた彼女を少々強引に温めて解凍してやった。


「一日に二度も氷漬けにされるなんて、そうそうできない経験だろうね」

「そろそろ頭冷えたか?」

「風邪を引きそうだ……。全く、変わった戦い方をする。何なんだい、あの星骸(スターアーク)は。属性を自由自在に扱えるなんざ聞いたこともない」


 リベリオンは星骸じゃないんだけどな。


 今はお互いの怪我をフウカに治癒してもらっている。


「うちにはフウカがいるから怪我を怖れず戦えるよ」

「だからって無茶しすぎだよナトリ。見ててヒヤヒヤしたんだから」

「ごめんごめん」


 ローズから受けた大量の剣痕や、深く切り裂かれた脛の痛みが、フウカのお陰で一気に癒えていく。


「なかなかいい勝負だったじゃねーかよナトリ」

「さすがアニキっす。リベリオンの能力の使い分け、痺れたなぁ〜。オレもあんな武器作ってニムエに持たせてぇ〜」

「ナトリくん凄いです! 火龍山脈有数の実力者に勝ってしまうなんて」


 集まってきた皆が健闘を讃えてくれる。コルベットのリーダーに勝てたのもそうだが、エレメントブリンガーが実践でちゃんと機能したのが嬉しい。


『刻印式の応用を使った特訓のおかげだね』

『そうだな』


 光輝の迷宮デザイアでは突発的な使い方ばかりしていた。あれからすれば相当成長したんじゃないかと思う。



「このアタシが一対一で負けるとはね……。見直したよ」

「あんたこそ。やっぱり大所帯のユニット率いてるだけの実力はあるね」

「これが大いなる厄災を倒した英雄の力、か」

「ようやく信じる気になりましたか?」


 リゼットが口を挟む。


「ああ……そうだな。約束だ、アタシはアンタ……ナトリだったか。言う事を何でも聞こうじゃないか」

「協力助かる。……ローズ」

「ナトリ、なんか照れてない?」

「別に照れてない」


 なんとなく相手に合わせて呼び捨ててみたものの、妙に気恥ずかしくなったのは内緒。


「……ははっ、確かにお前達のような連中が人を殺して回るなんて、どうにも無さそうだと思えてきたよ」

「ローズ、なんか私達のことバカにしてない?」


 フウカが治療しながらむすりと頬を膨らませるのを横目に、ローズに話を切り出す。


「さっきも言ったけど犯人探しに協力させてほしい。ローズにやってもらいたい事がある」

「分かったよ。詳しく聞こうか」

「コルベットに命令するアニキ、かっけぇ〜」


 俺はあくまでローズに命令するだけだけど、コルベットの連中はリーダーと俺の間にめでたく協定が結ばれたことはまだ知らない。この状況を利用する。


「コルベットのメンバーを一人残らず招集してくれ。用件は……そうだな、襲撃事件の犯人である俺の処刑って名目で頼むよ」



 §



 翌日、俺たちは再びエグレッタの街外れまでやってきた。

 ローズには昨日のうちに、コルベット内に明日俺の処刑を行うことを周知してもらっておいた。


 荒野のような寂しい場所だが、コルベットの総勢50名以上にもなるメンバーたちが全員集結している。


 俺とローズが一対一で勝負をし、ローズが勝利を収めた。コルベットの猛者三人が実力によって俺たちを制圧した形となる。


 そんな俺は今、鎖で体をぐるぐる巻きにされて地面に転がっている。しかも背中の上にローズが堂々と腰を下ろすというなかなか屈辱的な状態だ。


「……鎖がくい込んで痛いんだけど。もうちょっと体重を分散させてくれよ」

「……はいはい」


 一芝居打つためとはいえ結構痛い。


 コルベットの構成員達は、襲撃事件のこともあり全員エグレッタに揃っていたので、急な招集にも関わらず全員が応じたようだ。


 襲撃事件の二人目の被害者である女性狩人もこの場にいる。彼女は両足を負傷して歩行不能になってしまったが、どうやら仲間の手を借りてまで処刑を見届けたいようだ。


 それほどまでにコルベットの俺に対する怒りの感情は高まっているということか。


「私ら”青い薔薇(コルベット)”に手ェだした報い、きっちり受けさせてやりなっ!」

「ぶっ殺せ!!!」

「その前に、裸にひん剥いて鞭打ちだァ!!」


 観衆はかなりヒートアップしている。本当にこのまま処刑されそうな勢いだな。


 万が一ローズが裏切ってそんな素振りを見せようものなら、マリアンヌが彼女に打ち込んだ水針(ルサールカ)の術が発動し、毒が体内に流れ出して死ぬことになるが。一応の保険ってやつだ。



「姐さん、各班確認取れた。ちゃんと全員来てるぜ」


 大鎌使いのアルココがローズに声をかけると、彼女は頷いて俺の背中に腰を下ろしたまま集まった仲間達を見渡す。


「——全員集まったようだね。今日の用件は聞いてるな?」


 昨日の騒動に立ち会わなかった者達も、既に何があったかくらいは聞かされている。


「シェイミの目撃証言から、一連の襲撃犯を突き止めた。この男だ」


 ラヴィアンローズの柄でぐいと頬を突かれる。


「女ばかり、一人でいる時に狙う卑怯者だ。今日はこのクソヤローの処刑を行う」

「お……、俺はやってないっ!!」


 迫真の演技である。


「往生際が悪ぃぞ!!」

「死に晒せタコがぁっ!」


 集まったコルベットに広がる狂騒は更に激しさを増していく。


 ローズが処刑前の演説で時間を稼いでいる傍ら、仲間達はそれぞれの役目のため動いてくれている。


 マリアンヌはこの茶番の協力者であるローズのお目付役。

 リィロは波導を使って魔力の源の洗い出し。他は制圧部隊。


 既にコルベット内に潜む魔力反応を漂わせたメンバー二人はマークしている。

 今日、処刑と銘打ってここに全員を集めたのは、コルベットの全員を漏らす事なく調べてゲーティアーの手の者を全員あぶり出すためだ。


 ゲーティアーがどれくらいコルベット内部に手を広げているのかはわからないが、元構成員と入れ替わったり洗脳して操作するにしても、違和感が出ないくらいにはローズ達の身近にいると踏んだ。


 ローズとしても、既に発覚したユニット内に潜む魔力を纏う者の素性は気になるため、それなりに前向きな態度で手伝ってくれた。



 演説の傍ら、俺の耳にだけリィロの波導で彼女の声が伝わる。


 《ナトリ君、目算通りよ。魔力反応は全部で五人。しかもそのうちの一人はオープン・セサミで戦ったオセって奴と同じくらいに濃く感じるわ。この固体が黒幕じゃないかしら?》

「……!」


 やっぱり直接見届けに来たか。もしかしたらとは思ったけど、コルベットの中にゲーティアー自身が入り込んでいたとはな。


 尚も喋るローズだけに聞こえる程度の声量で、俺はゲーティアー本体と思われるメンバーの特徴を告げる。

 微かに彼女の顔に動揺が走るが、表情はすぐに元に戻る。


 リィロの報告からほどなくして、俺とローズの視線の先、コルベットのメンバー達の後方に一つの炎が灯った。合図だ。


 クレイルが陽炎ウラカンを発動させ、姿をくらましながら真犯人へと背後から音も無く急接近する。


「蒼炎解放、炎刀『鬼断』」


 クレイルの杖が燃え上がり、生み出された蒼炎剣が件の最も疑わしい人物の首筋に宛てがわれた。


「……っ!」

「正体を現せ」

「なっ……、なに?!」


 狩人達は後方で突如起こった騒ぎに気が付く。視線の先では見慣れた仲間がクレイルに刃を向けられている。


「誤解ですっ! 誰か助けて!!」

「猿芝居はその辺にしとけ」


 燃え盛る炎刀は、構わず彼女の首筋に食い込んだ。


 ギャリリリ!!


 その瞬間、紫色の明滅と共に光の障壁が現れた。ゲーティアー特有の魔力障壁だ。


「チィッ……! 役立たズ共が!」


 そう言い放つと、その女の体はメキメキと目に見える形で変貌を始める。


「クレイル!」

「――ッ、ラァ!!」


 そのまま障壁を叩き割って化け物に斬り込もうとしたクレイルだが、突如別の方向から飛び掛かって来た何者かの攻撃に対処すべく狙いを変更する。


 クレイルから逃れ、黒い翼と黒い装甲を纏った異形が身を翻す。正体を現した化け物は人を上回る身の丈の醜い姿を衆目の元に晒した。


「シェイミ……?」


 彼女の周囲にいた狩人が、掠れた声音で呟く。


 仲間に支えられてここまでやって来て、簡易な椅子に腰掛けていた歩けない女狩人の姿はもうどこにもなかった。


 二人目の被害者、シェイミ。黒幕はこの女に化けていたゲーティアーだ。


 奴らにしてもこんなに簡単に正体が割れるとは思わなかったろう。けど残念だったな。ゲーティアーにとっての大きな誤算―、俺達の仲間には魔力を探知できるようになったリィロがいる。


 シェイミの両目が怪しい光を放つ。それに呼応するかのように、狩人達の合間から紫色の光が放たれる。クレイルに奇襲をかけたのもその一人だった。


 潜んでいたゲーティアーの手の者が正体を現したか。


 事態を飲み込めずに混乱するコルベットのメンバー達の合間を縫って、ゲーティアーの眷属の元に素早く移動するいくつかの影がある。


「好きにはさせないよ? 『堅檻』(オル・ヴィオロス)!」

「逃しはしません。『アイアンホールド』」

「遥かなる星霜の果てより来たれ――、『黒角の牡牛(エルナト)』!」



 元々狙いをつけていた人物らの元へいち早く駆けつけたフウカが地面から生成した鋼鉄の檻で対象を捕縛し、ニムエが二人目を羽交い締めにし、リッカが高重力で三人目を押し潰す。


「叛逆の鉄槌、『リベリオン・オーバーリミット』」


 俺も即座にリベリオンを変形させ、鎖の拘束を強引に引き千切る。しかし、その時には既にローズは飛び出していた。即座に彼女の後を追う。


「お前達! そいつらに近寄るんじゃないッ! アタシが相手をする!!」


 鬼気迫る表情でローズが目指すのはゲーティアー:シェイミだ。


「くケ、ケケケ」

「貴様――、シェイミを、どこへやったッッ!!!!」


 不可解な笑みを浮かべたゲーティアーに激昂したローズが、ラヴィアンローズを抜き刃を伸ばす。


 俺もコルベットのメンバー達の合間を駆け抜けながら拳に力を収束させる。右腕に青い雷が迸る。


「答えろッッ!! 『棘荊の鎖(ソーン・ジェイル)』!」


 ラヴィアンローズの剣身が何本にも枝分かれし、それぞれが意思を持ったかのように動く。ジャラジャラと音を鳴らし、剣はゲーティアーの胴体や手足に巻き付き締め上げ、自由を奪う。


「にンげん……如きガ。こノ我を————」

「ああお前にはわからないだろ。仲間を奪われた者の悲しみなんてな」


 そうでなけりゃ、平気で人の命を奪うことなんてできっこない。


 地面を強く蹴って跳躍する。弾かれたように突っ込んだ先、一瞬で迫ったゲーティアーの醜い面が、僅かに驚いたように変化した気がした。


「とっとと消え去れ——、『イモータル・テンペスト』!!」


 ラヴィアンローズの拘束を剥がしきれないまま、異形のシェイミは俺の拳を胸に受けた。

 咄嗟に展開された頼りない障壁ごと叩き割り、ゲーティアーの胸に収束させたエネルギーを直接叩き込む。


 巨漢を超える大柄な体躯を衝撃が駆け抜け、爆散する。ゲーティアーの手足が砕け散りながら宙を舞った。


「申シ訳、ありマ、せん……ル……様」


 千切れとんだ首は地面に落ちて一度跳ね、もう一度接地する前に黒靄となって消滅した。

 ローズは複雑な表情を浮かべながらそれを見守ると、ラヴィアンローズを腰のベルトに収めた。



「うまくいったな、ナトリ」

「おう」


 歩いてきたクレイルと拳を合わせる。


 周囲を見渡せば、他の皆が拘束した眷属達は力なく地面に倒れ込んでいる。

 どうやらゲーティアーだったシェイミが消滅したことで支配が解けたらしい。見たところ今は普通の人間に見えるが……。


 ひとまず戦闘は終了した。



「シェイミが、化け物に……?」

「ね、姐さん。これって一体……」

「なにが、どうなってんの」


 仲間が突如異形の怪物に変貌し、そして一瞬にして行われた戦闘に対してコルベットのメンバーは動揺を隠せないでいる。


「すべて話す。皆アタシの話を聞け」




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