第324話 舞う青い薔薇
町外れの戦闘で負傷させたコルベットの連中に最低限の治療を施し、リーダーであるローズ・エスメラルダと、彼女に次ぐユニット内実力者であるアルココ、ベルトランの三人を連れて俺たちの宿「バイコーン」に戻った。
全員で男部屋に上がり込み、ローズたちを囲んで床に座る。
彼女達の翻意に備え、ローズの挙動はニムエがいつでも人外パワーで取り押さえられるよう監視してくれている。
「へえ、新参のくせにいい部屋借りてるじゃないか」
「その減らず口、どうにかしないと行き遅れますよ」
「アンタに言われたくないよ怪力女。そのむくれ面じゃ男なんて捕まらないだろ」
「…………」
「リゼットさん。俺たちの部屋を破壊しないでくれよ……」
リゼットが無言で金棒を掴んだので注意しておく。彼女も町外れに駆けつけたのだが、そのまま俺たちの宿までついて来ることになった。
バベルの仕事は本日休暇ということにした、らしい。
「犯人に心当たりがあるとか言っていたね。どういうことだか説明してみな。一応聞くだけは聞いてやる」
「へっ、随分しおらしくなったじゃねーの」
「姐さん、この狸殺っていい?」
「アルココ、大人しくしておきな」
「無駄に煽るなよエルマー。俺たちはコルベットと争いたいわけじゃないんだからさ」
さっきコルベットから逃げつつ街外れに向かう最中。
リィロに彼等の中に魔力の反応を持つ者がないか探ってくれと伝えた。
俺たちは色々な奴らから命を狙われている可能性がある。
まずエンゲルスだ。スカイフォール各地で悪行の限りを尽くす、奴らの目的であるところの“盟約の印”。なんの因果か、ジェネシスの中には印の継承者が三人もいる。
少なくともアルベールの印はフィアー達に捕捉されているから、いつ再び襲って来てもおかしくはない。
次にゲーティアー。俺たちはやけに遭遇すると思ってたが、おそらくこれは偶然じゃない。
オープン・セサミの船上で襲って来たオセというゲーティアーは、明確に俺をターゲットにしていた。
理由は理解できる。俺たちは既に二体の厄災を葬った。ゲーティアーが厄災の眷属ならば、自らの主を脅かす存在を放置するのはまずいと考える個体だって、きっといるだろう。
リベリオンは厄災を殺すのに特化した力を持っているともいえる神器だ。奴ら影の軍勢にとって、脅威となる代物であることは間違いない。
ゲーティアーが俺を狙って襲って来る理由としては十分。
エンゲルスの襲撃にしてはどうにも周りくどい。だからこその、リィロの魔力探知である。
今回の事件は、オープン・セサミの時と同じなのではないかと疑念を抱いた。
ゲーティアー:オセように、奴らが魔法を使って悪さをしているかもしれない。
そして結果は黒。コルベットのメンバーのうち、リィロは二名から濃厚な魔力反応を感知した。
「ゲーティアーって知ってるか?」
「ゲーティアーって、最近噂になってる怪物のことかい。かなり強いらしいじゃないか、一度戦ってみたいねえ」
相変わらずの戦闘思考だが知ってるなら話は早い。俺はローズに、今度の襲撃事件にゲーティアーが関与している可能性を伝える。
「おいおい、得体のしれないバケモノが人に成りすますなんて、そんな器用な真似ができるのかい」
「ゲーティアーは知能が高い。普通に会話できる奴もいるんだよ。特に、人間の精神に干渉するのはお手の物だ」
「さっき言った二人は、そのゲーティアーに操られてるっていうのか」
「操られてるだけなら、まだいい方かもしれない」
「…………」
残念だが無事である保証はない。魔力に体を蝕まれているかもしれない。魔力が人体に悪影響を及ぼすのは身をもって体感している。
「つまり何かい、お前を殺すため、うちのユニットは利用されたってのか」
「「!」」
「実際にそうだとしたら、巻き込んで悪かったよ」
これについては普通に謝るしかないだろう。ゲーティアーは俺に成りすましてコルベットに襲撃を掛けることで、彼等を俺にけしかけようと考えた。
戦力が削れれば御の字とでも思ったのか。俺たちも舐められたもんだな。
よくよく考えれば、オープン・セサミも俺のせいで襲撃に巻き込まれたってことになる。俺に責任の一端があるかと思うと、怒りが湧くと同時に気分が沈む。
「一匹残らず、叩き斬ってやる……」
「あ?」
コルベットの中に既に怪しい者が紛れ込んでるっていうなら、ゲーティアーは俺たちやコルベットの周辺に潜んで俺を殺す隙を狙っているはずだ。
こっちに魔力を感知できるようになったリィロがいるのは、奴らにとっても誤算になるはずだ。今の状況を逆手に取って、ゲーティアーを追いつめる。
「ナトリくん」
「うん、やるよ、俺は。ローズ、犯人探しに協力させてもらえないか?」
「アタシらはまだお前達を信用してない」
「ローズ、いい加減意地を張るのは止めにしたらどうです。全くあなたは昔から……」
「うるさい」
「まだ俺があんたの仲間を襲ったと思ってるのか……。どうしたら信用してもらえるんだ」
「無理な話だ。けど、アタシとサシで戦って勝てたら協力してやらないこともない」
ローズは俺を睨み上げながらそう言う。
最終的にはどうしても暴力に行き着くんだな。
とはいえゲーティアーもコルベットもこのまま野放しにはできない。この拗れた事態の根本的解決を図らない限り、どちらも必ず俺たちが目指す目的の障害になる。
ここはなんとしてでもローズの協力を取り付けなければ。
「はぁ。……わかったよ。あんたに勝てば手伝わせてくれるんだな?」
「ナトリ、大丈夫?」
「やるしかないみたいだしな」
「それでこそリーダーだ。表へ出な」
§
俺たちはローズ達とリゼットを伴って宿の訓練場に移動した。幸い人気は無い。あまり人に見られたくないので都合はいい。
「アニキ、頑張ってください!」
「遠慮はいらん。叩きのめしたれ」
「がんばれー!」
岩場のような地形の訓練場で対峙する俺とローズから距離を取り、みんなが声援を送ってくれる。
『対人戦ってあんまり得意じゃないんだけどな』
『殺さなければ足の一本くらいはいいんじゃない』
『いや……、ダメだろ』
リベリオンを剣形態にして正眼に構えを取る。対するローズは腰に提げた青い剣を抜き放つ。
さっき戦った時も思ったが変わった形の武器だ。刃が節ごとに分離するような構造になっていて、ちょうど鞭と剣を合わせたような感じ。薄ら青く光っているし、多分星骸だろう。
「変わった武器だねぇ。かなり切れそうだ」
「そっちの武器もな。近、中距離用ってとこか」
俺とローズから少し離れて間にリゼットが立つ。
「私が勝敗を判断します。決着がついた時点で戦闘行為は中断してください。時間無制限、武器はあり。逃亡は敗北と見なし、殺害は禁じます。いいですね」
彼女の言葉に俺たちは頷く。
「では始め」
「ふっ!」
合図と同時にローズが地面を蹴る。そのまま滑るように地面を滑走し、まっすぐ向かってくる。水術士なんかがよくやる水波導を使った高速移動技術だ。
ローズが剣を振る。すると剣身が節ごとに分離し、長く伸びた鞭のようにしなった。それを突進の勢いに乗せ叩きつけてくる。剣の先端は予想以上に伸び、一瞬で俺の目前まで迫る。
『ソニックレイジ』
咄嗟に響属性の衝撃波を放ち、迫る鞭を迎撃する。キィィンという甲高い音と共に、ローズの剣は大きく弾かれたが、彼女が腕を振るとそれに連動しヒュンヒュンと風を切りながらすぐさま別方向から再び襲いかかってくる。
『ドレッドストーム』
今度はリベリオンを風属性に変更、瞬時に風圧を操作することで斬撃を躱し、そのまま地面すれすれを低空飛行しながらローズの射程から離脱する。
うん、実戦でやれるくらいには制御がうまく出来ている。
俺を八つ裂きにしようと自在に振るわれるローズの青い剣を搔い潜り、こちらも風の刃を生み出しローズに向かって飛ばす。
「見えずとも当たらないねぇ! その程度の攻撃はっ!」
ローズは地面を滑走しながら常に不規則に移動しているため、簡単には捉えられない。加えて彼女の武器は剣と鞭の両方の性質を併せ持ち、その有効射程も相当なものがある。
ドレッドストームで生み出す風の刃は次第に軌道とタイミングを読まれ始め、容易く撃ち落とされるようになってきた。
ドレッドストームで風を制御、訓練場内を飛び回り、ローズの間合いの外から攻撃を仕掛ける。
「ちょこまかと逃げ回るだけかい。アタシの『ラヴィアンローズ』の射程に入ってこないと、勝負には勝てないよ?」
「…………」
確かにこのままじゃ埒があかないだろう。でも考えなしに飛び回っていたわけでもない。
『リベル、あの見るからに高価そうな星骸、ぶっ壊したら怒られるかな』
『確率計算してないけどローズはキレるだろうね。……でもそんな悠長なこと考えてて勝てる相手?』
『それもそうだ』
手っ取り早く勝つなら、あの水属性っぽい武器を攻撃に合わせてリベリオンで破壊してしまうのがいいだろう。
でも見るからに高価そうな武器だから気が引けるんだよなぁ……。めちゃくちゃ恨まれそう。
『そんなことより、ローズの動きは覚えたか?』
『読みづらいけど、順調に情報は集まってる』
リベルは戦いが長引くほど相手の動きのクセやセオリーを解析し、行動予測として共有してくれる。少しでもローズの行動を観察したいがために、今まで間合いの外からの牽制に留めている。
ローズ・エスメラルダの戦闘スタイルは、どうやらスピードタイプの波導使いらしい。一所に留まらず、速さを活かして敵を翻弄、攻撃を回避し、剣跡の読みづらいトリッキーな攻撃を仕掛けてくる。
「うおっ?!」
「ちっ、外したか」
しかもローズの振るう星骸は水属性の攻撃をかなり自由に放ってくる。剣筋を読み避けたと思っても、後方に通り過ぎた刀身から、水波導の刃が飛んで来たりして全く油断できない。
こっちからも仕掛けるか。
地面に降り立ち『ドレッドストーム』を解除。地属性を制御する『ヴァイスクエイク』に切り替え、黄色く輝く刀身を地面に突き立てる。
俺に向かって放たれた鋭い水の刃を、目前の地面から生成した岩の防御壁で受ける。
ローズは水属性の波導使いのようなので、相性のいい地属性を選択する。
「地槍生成……」
「っ?!」
フウカやマリアンヌの使う石杭を見よう見まねで再現し、接近してくるローズの行く手を塞ぐように地面から突き出させる。
ローズは左右に体を揺らし、予備動作はないはずなのに全て直前で反応して回避してくる。
「これならどうだ?」
避けられるなら回避できない攻撃を。
地表付近で石の礫を大量に生成し、広範囲をカバーするよう扇状に一気に発射する。
「甘いよ」
ローズの剣、『ラヴィアンローズ』が青く光り、突っ込んでくる彼女の前面を守るようにして螺旋状に展開する。刃が高速回転し、水の波導を撒き散らしながら俺の飛ばした石礫を弾き飛ばしていく。
こちらの攻撃を凌いだローズが地面に足をつけると、一瞬消えたかと思う程の加速を得る。一瞬で生成した岩防壁の間近に迫る。
「遅いねぇ」
目にも留まらぬ速さで振るわれた一閃は、青い閃光と共に防壁を横に両断する。崩壊した防壁越しにローズの嗜虐心に満ちた表情が現れる。
「マジかっ!」
水属性武器で岩の壁をぶった斬りやがった。結構な固さがあったと思うんだけど。まともに受けたら腕や足どころか胴体もちぎれ飛ぶか。
間髪入れずに縦の連撃が振り下ろされる。
「叛逆の盾、『アブソリュート・イージス』」
「!」
ローズの剣を青光の盾を発現させて受け止める。
金属がこすれ合うような音を響かせ、アブソリュート・イージスに触れた剣身は消滅の力によって蒸発するように塵となっていく。
「武器を破壊するなとは言われてないからな?」
だから弁償しろとか言ってこないでくれよ。
「武器が、なんだって?」
「……は?」
ローズの『ラヴィアンローズ』の刃はその大部分がアブソリュート・イージスによって消滅し、ショートソード程度の刀身しか残らなかった。
……が、一瞬剣柄の部分が青く光ったと思ったら、鍔からジャラジャラと音を立てて新たな剣身が伸びて来る。しかも三本同時に。
『ほら、気にしてる場合じゃないだろ』
『甘いのは俺の方だったか』
長さの制限もないのか、三つ又に分かれたローズの剣はそれぞれの剣身が独自に意思を持ったかのように動き、俺の周囲を円筒状に取り囲む。
『さっきの急加速、多分星骸防具の力だ』
ローズは火龍山脈でも実力トップクラスのユニット、コルベットのリーダーだ。長らく火龍山脈で狩人をやっている。
そりゃあ充実した星骸装備で身を固めててもおかしくない。
あのラヴィアンローズとかいう剣も、中距離の弱点を克服して攻防一体となった素晴らしい設計だと思う。俺もあれを作った職人に星骸作製を依頼したいくらいだね。
「降参して切り刻まれるのと、諦めずに戦って切り刻まれるの、どっちか選ばせてやるよ」
「両方ともごめんだね」
「じゃあ大人しく切り刻まれなッ!」
ローズの言葉と同時にあらゆる方向から、岩をも切り裂く威力の刃が迫る。
『ソニックレイジ』
リベリオンに煉気を込め、全方位に対して響属性の衝撃波を放つ。こういう使い方はいちいち制御を考えなくていいから楽だな。
迫る刃は衝撃波に打たれ、一瞬その勢いを失う。
「変わった手品だねぇ」
「そりゃどうも」
ラヴィアンローズの檻の一角を切り裂いて抜け出し、ローズに向かって走る。
『ソード・オブ・リベリオン』
自らに有利な距離を維持しながら、三つに増えた剣が次々と襲いかかってくる。
リベルに蓄積された戦闘の経験を元にローズの行動を予測する。剣筋を読んで躱し、また叩き落とす。
「青く光ってる時が一番切れ味が鋭いみたいだねぇ! あはははははっ!」
まるでこの攻防を楽しんでいるかのように、ローズが空中を舞いながら朗らかな笑い声を上げる。実に楽しそうだ。
「こっちは攻撃捌くので精一杯なんだがっ」
ローズの星骸はその刀身を破壊しても、すぐに新しい刀身が生え復活する。このまま続けると俺の煉気の方が先に尽きるな。
オーバーリミットで身体能力を引上げて一気にカタをつけようにも、速さ勝負じゃ分が悪い。
相手の意表を突き、ローズの速さを上回る攻撃を加え、作った隙を狙って拘束する。そのためには……。
『予測、しっかり頼むぜリベル』
『うむ。私に任せなさい』
リベリオンを響属性に変化させ、剣の周囲に属性を集めていく。刀身の放つ光が少しずつ強まっていく。
「ん、また剣の色が変わったね」
リベリオンの破壊力が落ちたとみるや、ローズはさらに剣身の数を増やし苛烈な連撃を叩き込んでくる。
リベルの行動予測に従い、俺は最小限の動きで縦横無尽に振るわれるラヴィアンローズの嵐を搔い潜る。
「ぐっ!」
「ははははっ! もう限界かい?!」
ローズの剣が四本、五本と増えるにつれて完全な回避が難しくなってくる。水をまとった青い刃が手足を掠め、鮮血が飛び散る。ローズは剣の本数を増やし続け、そのまま圧殺するつもりのようだ。
「あと、少し」
剣身が六本になり、上空から振り下ろされた刃が太腿を掠めて地面に突き刺さる。剣を螺旋を描くように伸ばし、広がった刃を収束させることで地面ごと抉るような範囲攻撃も実現してみせる。自由自在かよ。
「ぐああッ!」
避けきれず、臑をかなり深く切り裂かれた。後ちょっとズレていたら足先が飛んでいた。
立っていられず片膝を突く。もう躱しきれない。属性を変えて一旦離脱するべきか——。
『マスター、撃てる。よく耐えた』
『間に合ったか……!』
「どうやらもう動けないみたいだねぇ。命まではとらないよ、——安心して地面に這いつくばりなッ!」
さっき自分が地面に転がされたことをかなり根に持っているみたいだ。
ローズが六本の剣を一つに捩じり上げるようにしてまとめ、上段に構える。水属性の波導をまとい、最早剣というよりも回転する太い鉄柱のようだ。
「悪いけど……、這いつくばるのは今回もあんただ——、『ソニックレイジ』!!」
膝をついたままリベリオンをローズに向け、剣先から収束させた響属性の衝撃波を一気に打ち出す。
響属性の空間伝播速度は他の属性とは比較にならない。見切れたとしても、咄嗟に回避するには体がついていかない。
攻撃を避け、研ぎ澄ましたエネルギーで作り上げた響撃波は、音を置き去りにする速度で剣の間合いの外側にいるローズを瞬きの内に貫いた。
「かっ……?!」
体を駆け抜けた衝撃によって激しく脳を揺さぶられたローズは、たまらずに体勢を崩す。
「エレメントブリンガー、『ヴァイスクエイク』」
足を負傷して素早く動く事ができないため、リベリオンを地属性にして地面に突き込む。
足下の地面に石の踏み台を生成し、角度を調整して自分自身をローズに向かって高速で射出する。空中でさらに属性を変化させる。
「これで決着だ。『フロストプリズナー』」
衝撃に前後不覚に陥ったローズの体に、白く凍えるリベリオンを突き刺した。
「な、に……!」
フロストプリズナーに剣としての実態はないため、突き刺しても貫通することはない。ただ、この絶対零度の刃に触れた物体は即座に凍り付いていく。
指一本とて動かせない。
ローズの体を、首を残して一瞬で氷結させた。彼女は身動きできずに凍ったまま地面に転がる。
『ソード・オブ・リベリオン』
青光を発する刃に戻し、蹲りながらも横になったローズの首元にリベリオンを近づける。
「まだやるか?」
「…………アタシの、負けだ」
「勝負あり。勝者はナトリ・ランドウォーカーさん」
審判を務めるリゼットの宣言を聞き、リベリオンを掻き消してようやく肩の力を抜いた。