第321話 洗礼
初の火龍山脈遠征から無事にエグレッタの街へ帰還し、あっという間に三日が経った。
俺たちはその間を各自休息や特訓にあてたり、山脈の地下洞窟から持ち帰った水の結晶を、工房に依頼して加工してもらったりなどしていた。
高純度の水属性結晶にはかなりの値がついた。グランディス大陸では大気中に火の属性が多く含まれ、フィル鉱石も基本的に火属性を帯びたものが多い。基本的に水の結晶自体が高値で取引されるそうだ。
アルベールには、手に入れた結晶の大部分をエアリアに加工し、ニムエの燃料にすることを提案したのだが……、さすがにそれでは自分の取り分が多過ぎると断られた。
結果的に三分の一は売却、残りは希望者で分けることになった。
とはいえ高品質で質量もある結晶なので、しばらくはニムエが全力を出して戦っても困る事はないだろう。ここのところ燃料不足を嘆いていたアルベールとニムエの悩みが解消されたのならなによりだ。
今日、俺たちはエグレッタにある鍛冶町へと足を向けていた。
「やっぱ火龍山脈はいい稼ぎになるんだぜ」
「だなぁ。まさかここまでの儲けになるとは……」
山脈への遠征ではそれなりの数のモンスターを狩ったが、特にスターレベル4のガクルクスの素材は相当な値がついた。
そして星骸素材も受け取る事ができた。ガクルクスの星骸素材は、全てのモンスターの体内に生成される紫水晶だ。ただし通常のものとは違い、青白い光を放っている。
ガクルクスの素材を使って星骸の作製を依頼しにいく予定なのだが、誰の装備を作るかはもう皆で決めてある。
「あの……、本当に私でいいんですか?」
「とっくに決まったことやろちびすけ。ええ加減納得せえ」
「そうだよ。きっとマリアンヌちゃんが使うのが一番効果的なはずだから」
ガクルクスの紫水晶は、星骸能力として奴の使ってきた硬化能力を宿しているらしい。属性が水であることも理由の一つだが、地の波導も合わせて使え、泡石ノ剣の形質変化とも相性が良さそうだということで、マリアンヌに託すことになった。
火龍山脈にやってきたのはユニット全体の戦力底上げのためでもある。星骸素材は最も戦力上昇が見込めるメンバーに配分すると、最初にそう話し合っている。
大通りを歩き、いくつかの路地を通って目的の鍛治屋に辿り着いた。ここはウォルトに紹介された店だ。彼はこの街に相当詳しいみたいだった。
「あのおっさん、なんかいつも暇そうにブラついてんのにな」
「本当に狩人なのかちょっと怪しいわよね」
ウチのユニット内でウォルトに関する変な疑惑が持ち上がりつつある。毎回かなり有益な助言をしてくれているはずなのに、と思いつつ少し彼に同情する。
「でもウォルトの話じゃ、作ってもらえるかまだわからないんだよね?」
そうなのだ。今俺達の目の前にある鍛冶屋の主は一風変わった人らしく、自分の気に入った装備しか作製依頼を引き受けないらしい。
ただし腕は超一流だというので、ダメ元で訪ねてみようということで今に至る。
「とにかく入ってみるか」
頑丈そうな扉を押して店内に入ると内部は薄暗い。店の奥に赤々と燃える火のついた巨大な炉が鎮座し、周辺設備が静かに煙を吐き出している。
人影は見当たらない。
「あのー、誰かいないっすか?」
誰も出てこないのでアルベールが声を上げると、床に転がっていた毛布の塊がもぞりと動く。
「……うおッ?」
毛布がごろりと反転し、その橋から男の顔が覗いていることに気がつく。彼はゆっくりと目を開き俺たちの姿を認めると、毛布から抜け出しのっそりと立ち上がった。
「なんか……用か」
「…………」
いかにも眠たげに半開きの目で俺たちを見上げるのは、落ち着いた深緑色の体毛を持つラクーンだった。
「あ、装備を……、作って欲しいんですが」
遠慮がちにマリアンヌが問う。
「やらん」
男はふてくされたようにむっすりとした態度で一言呟くと、体の向きを変え店の奥へ歩き去ろうとする。
詳しく聞きもせずに断られるとは。
「星骸の作製を依頼したいんだ。無理ですか」
のそのそと歩く小さな背中にそう声をかけると、彼はぴたりと足を止めた。
「モノは」
「モノ?」
「モンスターだ」
「ガ、ガクルクス、です」
「……ふむ」
なにやら思案しているのか、彼はその場に突っ立ったまま首を傾げている。
やがてくるりと振り向くと、近くにあった椅子に飛び乗り、散らかった机の上のモノを払いのけた。
「見せてみろ」
「はい」
マリアンヌがガクルクスの紫水晶を取り出し、机に置く。
「…………」
ラクーンの男は水晶を見つめると手に取り、様々な角度から確かめるように改めていく。
「ガクルクスか……。引き受けてやる」
「ほ、本当ですかっ?!」
身を乗り出すマリアンヌに対し、男は僅かに頷いてみせる。
「ユルゲン」
「ユルゲン? あ……名前、ユルゲンさんですか。よろしくお願いしますっ!」
§
知る人ぞ知るエグレッタの隠れた名鍛冶職人ことユルゲンは、たった一人でこの小さな工房をやっているらしい。
ウォルトによれば依頼をしてもほとんどが断られるらしく、その腕前は広く知られてはいない。だが、一度武具を作らせれば右に出る者なく、有名ユニットリーダー達はこぞって彼に武具作製を依頼しにくるのだとか。
俺たちが持ち込んだガクルクスの素材は、どうやらユルゲンのお眼鏡に適ったらしい。
作製装備の打ち合わせを済ませると、彼は早速仕事を始めるようだった。
「三日だ」
「え、そんなに早くできるんですか?」
「始める。出てけ」
ユルゲンは多くを語らない性格なのか、非常に言葉足らずだ。装備の希望やマリアンヌの戦闘スタイルなどは一通り伝わったはずだが、若干不安を感じる。
鍛治工房から追い出され、揃って退出した俺たちはそのまま宿へ戻ることにした。
「大丈夫かなぁ?」
「まあ……、ウォルトさんの話じゃ腕は確かみたいだし」
「必要なことは伝えたので、私はユルゲンさんに任せてみたいです」
「そっか。マリアンヌがそう思うなら信じてみよう」
ユルゲンの鍛冶工房は、エグレッタの中心地から離れた場所、複数の路地が入り組んだ地域にあった。おかげで店を訪ねるのに少し手間取った。
近隣は地元住民の暮らす平民街といった印象だが、大通りに比べれば人気が無くどこか寂しげな印象がある。
「フウカさん」
「……マリアンヌも?」
「二人とも、何かあった?」
意味有りげに目配せし合うフウカとマリアンヌに疑問を投げかける。
「ナトリ、私たちさっきから尾行されてる」
「……ほんとか?」
フウカの囁きにマリアンヌも首肯する。感知力の高い二人が言うのだから確かだろう。
「へっ、誰だか知らねえがコソコソしやがって。堂々と名乗り出やがれってんだ」
エルマーが足を止め、通りの中心に堂々と仁王立ちして宣言する。
彼の言葉を受けてか、いくつもの足音が近づいてくる。
脇道からわらわらと人影が現れる。……かなりの人数だ。俺たちは瞬く間に前後左右を取り囲まれてしまった。
出で立ちからしてどうやら大部分は戦闘に慣れた狩人。油断できない。
「オイオイ、往来の真ん中でいきなり取り囲むたァどういう了見や。邪魔くせえぞ」
「……と、突然何なんすか?!」
黙って俺たちを睨みつける狩人達は、その半数以上が女だ。
女といっても、体格の良い鍛え上げられた戦士って印象の人がほとんどだ。……いや、刃物弄んでる奴とか、ヤバい目つきした奴とか、ろくでもない感じが強い。
「アンタらがジェネシスだろ」
二十人近くはいそうな包囲網を割って一人の女が姿を現す。良く通る声、青い長髪を流麗に靡かせる女狩人、三日前にバベルで見かけた、青い薔薇のリーダーだった。
「ローズ・エスメラルダ」
「へえ、アタシのことはご存知のようだね」
「俺たちに何か用?」
「ちょっくら話をしようと出向いてきたのさ」
ローズの周囲を固める者達が、各々の獲物をチラつかせる。とてもじゃないが優雅に茶を飲みながらお話しようという雰囲気ではない。
「こっちはあんた達に用はないんだが」
「そうかい。それじゃ、ふん縛って素直にしてから話すとしようか」
「お、おいっ」
ローズの傍らに立っていた、身の丈近くある巨大な鎌を背負ったネコの狩人が音も無く一歩を踏み出す。
武器の重みを一切感じさせぬ動作で鎌を抜き放つと、小枝でも振り回すような軽さでそれを振りかぶった。
鎌が完全に振り下ろされる前に、ニムエがそれを腕で受け止める。鎌の鋭い刃とニムエの装甲がこすれ合い、甲高い金属音を立て火花が散る。
なんなんだこいつら、手が出るのが早過ぎる。向こうも素直に話すつもりなんかないだろ。
「いきなり何すんだよっ! 憲兵に通報するっすよ!?」
「憲兵なんて、エグレッタにはいないよ」
「え?」
「ここは火龍山脈、”狩人の聖地”だ。ここじゃ強い者が秩序であり、力こそ正義なのさ」
周囲を取り囲む狩人達が、一斉に武器を抜く。中には薄らと笑みを浮かべている者すらいる。
俺はそんな状況で、ウォルトに聞いたある言葉を思い出していた。
リビア湖西側と東側では狩人の質が異なる。そして西の狩猟拠点エグレッタに集う狩人の特徴は――。
”血湧き肉踊る戦いにしか興味ねえって狂った奴らの集まりよ”
「これが洗礼ってやつ……?」