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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第320話 青い薔薇

 

「今回はなかなか手強かったな」

「ですね。特に波導を打ち消す咆哮を上げられた時は冷や汗が出ましたね……」

「でも上手くいったな、マリアの作戦」

「はい、私がナトリさんの幻影を写した泡幻鏡(ウコイタク)を配置した位置までは距離があったので、術を阻害されずに済んだようです」


 白い獣のモンスターとの戦いを終え、俺たちは獣の死骸を前に、戦闘によって乱れた装備の点検や傷の処置を行った。


「さすがフウカちゃんや。全身の傷、一瞬で治ってもうたなァ」

「あはは、怪我した人は私にぜーんぶ任せなさい」

「くぅー、結構ざっくりやられたんだぜ。早く直してくれよフーカ」


 前衛として激しく戦闘していた四人はそれなりに負傷していたので、順番にフウカの治療を受けている。


「みんなー! ニムエー、大丈夫かー?!」


 後方で待機していたリィロとフラー、アルベールが戻ってきた。


「かなり激しくやり合ってたわね。ごめんなさい、もう少し安全な場所で待機してるべきだったかも」


 戦闘中、突然後方組が狙われるというハプニングがあったからな。


「そうだなぁ、次からはもう少し配置を考えた方がよさそうだ」

「うわニムエ、右腕の損傷がかなり激しいぞ……。とりあえず応急処置するけど、薄く伸ばすだけだから材料買って補強しねえと……」


 ニムエの損傷具合を確認していたアルベールが、修復刻印(コードリペア)を使ってニムエの破損箇所の修復を始めた。


「申し訳ありませんご主人様」

「仕方ねーって。今の出力じゃこれくらいが関の山だし、お前はよくやってるよ」

「お褒めに預かり光栄です」


 謙虚な姿勢で反省するニムエからリッカに視線を移す。彼女はモンスターの亡骸に星空の乙女(アストラ・イア)をかけることで縮小していた。


「どうだリッカ。まだ許容量内に収まりそう?」

「はい、まだ大丈夫です」


 リッカは星空の乙女(アストラ・イア)で物体を無限に小さくできるわけじゃない。対象物に使った煉気は術を解除するまで回復しないからだ。

 星空の乙女(アストラ・イア)で持ち運ぶ所持品の容量が多いほど、リッカは本来の波導力が発揮できなくなってしまうということにもなる。


「でもこのモンスターはかなり大きいので、大体四割くらいの使用率になっちゃいますね」


 さすがのリッカでも限界が近いようだ。


「それにしても幸先がいいな。いきなりこんな大物を狩ることができたんだから」

「強かったね。今まで戦ったレベル4の中でもかなり」


 一括りにスターレベル4といっても強さには大きく幅がある。今回の獲物はかなりの強者だった。


 硬化能力の強靭な体躯、波導障壁で防御面は隙がなく、離れても強烈な水の波導で圧倒される。おまけにそれなりに知恵の回る奴だった。


「それだけに、星骸(スターアーク)に加工するのが楽しみね」

「こんだけ強かったんすから、多分いいの作れますよ」

「そうだな。とりあえず、ここはさっきの奴以外にモンスターいないみたいだし、上の洞窟に戻らないか?」

「ああっとアニキ、その前に!」

「ん?」

「あれだけ持って帰ってもいいすか?」


 アルベールは空洞中央の高い水棚の頂点、一際青く輝くフィル結晶を指差して言った。


「モンスターが守るみたいにしてた結晶か。見に行ってみよう」


 水棚をよじ上り、白い獣が守るように側に蹲っていた大きな結晶の側までやってきた。


「大っきい〜」

「かなり高純度の結晶みたいですね。他のモノとは全然感じる属性(エモ)の量が違いますよ」


 感知型であるマリアンヌが結晶に触れながら呟く。


「よっし! ニムエの燃料確保だ! ようやく貧乏から解放されるっ!」


 アルベールが天を仰いで拳を握りしめ、歓喜の声を上げる。


「せっかくなら全部持って帰りたいけど……。リッカ、大丈夫?」

「はい、これくらいならなんとかなると思いますよ」

「お願いしますリッカさん!」


 やたらとテンションの上がっているアルベールをよそに、リベリオンを出して地面すれすれに刃を寝かせ、結晶塊の根元から切断していく。

 五六人で輪を作ってようやく囲めるくらいにでかい結晶なので、リベリオンを構えたままぐるっと一周、ようやく地面から切り離せた。


「ふう、こんなもんかな」

「それじゃあ小さくしますね。——星霜の彼方より存在せしめし星々よ、光と形を移ろわせ、その掌の内に包み込み賜え。『星空の乙女(アストラ・イア)』」


 手のひらに収まるサイズまで縮めた結晶をリッカからアルベールが受け取る。


「よかったなアル。よさげな結晶が手に入って」

「うおお!! お二方とも超感謝っす!」


 対象物から相当離れなければリッカが持っていなくても大丈夫だ。


「じゃ、戻ろうか」


 地下空洞を後にし、俺たちは元来た道を引き返し始めた。



 §



 地下から脱出して野営地の洞窟奥に戻り、少し休憩した後洞窟を出た。

 その後日暮れ前まで森林地帯を探索し、モンスターを討伐して回った。日没前になんとか野営に適した岩場を見つけ、そこで一晩を過ごす。


 思いのほかでかい水結晶がリッカの煉気を圧迫してしまったので、彼女の負担を考えた結果、三日目はすぐに狩猟拠点へ戻ることになった。

 狩りをしたのは二日間のみだが、初回にしてはかなりの収穫と言えるだろう。


 リビア湖の岸辺に帰りついた俺たちは舟を出し、エグレッタへと帰ってきた。その足でバベルへ向かう。



 受付に座るリゼットが相変わらずのポーカーフェイスで迎えてくれる。かなりの美人だとは思うが、愛想をどこかに置き忘れて来たような印象がある人だ。


「こんにちは、ジェネシスの皆様」

「こんにちはリゼットさん。解体の依頼と、素材の換金お願いできますか」

「承知しました。解体場は空きがありますのですぐにご案内します」


 毎度お馴染みとなった解体場へ、彼女について歩いていく。解体場に着くとリゼットが事務所に入っていき、作業員を連れて戻ってくる。


「ああ、あんたらか。モンスターが見当たらねーが……、またアレか?」

「はい。リッカ、頼むよ」


 普通は台車に載せて解体場に担ぎ込まれるので、俺たちの運搬方法は特殊だ。今回の解体作業員は初めて見る顔だが、俺たちのことは既に聞いているらしい。


 リッカが革袋から取り出したミニチュアのモンスター達を床に置き、順に星空の乙女(アストラ・イア)を解除して回る。


「おお……、コレが噂に聞く黒波導か。あんたら火龍山脈は初めてなんだろ? 初回でよくもまあこんだけ狩ってこれんなぁ」


 モンスターの数に関心する作業員をよそに、リッカはどんどん術を解除し原寸サイズへ戻していく。


「ん、こいつぁなんだ……? 見慣れねえモンスターだな」


 レベル4の白い獣を見つけた作業員とリゼットが所々焦げ付いた亡骸に寄っていく。


「この二対の牙はライガか? いや、さすがにでかすぎる。どう見てもレベル4だしな」

「もしかすると、ガクルクスかもしれません」


 じっと亡骸を観察していたリゼットがモンスターの名を口にする。


「何? 言われてみればそうか。奴らの毛並みは大体赤褐色だが、大きさや形状は聞いていたのと似ている」

「直近でガクルクスが討伐されたのは8年前ですが、あれは周囲の環境に自らを適応させる能力を持っていますので」

「そうか……、なああんたら」


 亡骸を観察していた作業員が声をかけてくる。この白い毛並みを持つ獣はガクルクスという名だったようだ。


「このガクルクス、何属性だった?」

「水でしたよ」

「水!? ほー、そいつは珍しいな」

「そうなんですか?」

「ああ。牙獣ガクルクスといえば普通は火属性だからな。こいつはどういうわけだか、水属性に適応したみてぇだが」


 もしかしたらあの水で満ちた地下に迷い込んだ影響かもしれないな。


 一通りモンスターの検分が済み、リゼットも解体に問題なしと判断した。


「いきなりガクルクス、しかも希少種を狩るなんてやるじゃねえかあんたら。こいつの立派な牙は剣に削り出すもよし、貴族に売っぱらうもよしで中々いい値がつくぜ。それにこの白い毛並みも加工のしがいがありそうだ」

「ほんと? やったね!」

「もちろん星骸素材は売らねえんだよな?」

「はい。その部位は戻してください」

「わかったぜ。ガクルクスの星骸素材は紫水晶(スタークリスタル)だ。それ以外は売却でいいんだな?」

「お願いします」


 受け取る素材と売却素材を決め、バベルでの用は済んだ。三日後には素材の受け渡しと売却金を用意できるとリゼットに言われ、俺たちは宿に戻ることにした。


「今回は楽しみっすねー。結構いい金額になりそうだし」

「みんな頑張ってくれたからな」

「うんうん。じゃあ先に打ち上げでもしちゃいましょうか?」


 それもいいな、と思いつつ出口に向かっていると、大扉から息を切らせて走り込んで来た女性とすれ違った。


 彼女はロビーの奥まった場所にある、多人数が歓談できるボックス席の一つに走り込んでいった。



「なんだって?」


 良く通る女性の声が聞こえたと思ったら、続いてガタンガタンと席を立つ音が響く。

 ボックス席に設けられた仕切りの向こうから、さっき走っていった女性を含む10人ほどの集団が歩み出した。


 エグレッタの街は狩人の聖地とも呼ばれるだけあり、住民も粗暴な雰囲気の者が多い。いかにも荒くれ者といったむさ苦しい男が多く、女性はあまり見かけない。


 だが、一斉に立ち上がりロビーを横切って出口へ向かう一段にはやたらと女性が多かった。

 そして彼等の中心を歩く、ウェーブのかかった青い長髪を腰まで伸ばした女に自然と目がいく。


 目鼻立ちのはっきりとした気の強そうな美女だ。

 無駄無く鍛えられた肉体と身につけた装備品、自信の滲み出るような振る舞いからかなりの強者、そして集団をまとめる存在なのだろうと自然と思わせられる。


 何事だろうと立ち止まって見ていると、彼等は俺たちの脇を抜けて出口へと向かい、大扉の向こうへ去っていった。すれ違う際、青髪の女の鋭い眼差しと視線が交差する。


 どこか騒然とした彼等の様子に、ロビーを行き交う狩人達も何事かと足を止めている。

 コルベット、コルベットだ、と周囲の呟きからどこかで聞いた言葉が聞き取れた。


「コルベットって、たしか……」

「”青い薔薇(コルベット)”は”赤龍の尾(センチュリオン)”と双璧を成す、エグレッタ最大規模のユニットだぜ」


 掛けられた声に振り向くと、ウォルトが立っていた。


「んだよ、ウォルトのおっさんじゃねーか」

「ようおまえら。山脈から戻って来たのか?」

「はい、ついさっき。ウォルトさん、もしかしてあの青髪の人ってさ」

「ああ、あいつがコルベットの頭、『青薔薇のローズ』ことローズ・エスメラルダだぞ」


 やっぱりユニットリーダーか。風格あったもんな。


「ふーん……」

「何やらただならん様子だったな。ここは一つ有り難い忠告を授けてやろう。”機嫌の悪いローズには近寄るな”」

「説教くせえおっさんやな」

「あんな怖そうな人、平常時でも近寄ったりしないわよ」

「はっはっはっ、そりゃそうだな。ま、せいぜい気をつけるこった」


 言いたい事だけ言うとウォルトはぶらりと去っていった。


「ローズ・エスメラルダ、か」


 宿に戻るために再び歩き出すが、俺は内心妙な胸騒ぎを覚えていた。




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