第319話 必殺の剣
スカーレットウイングを展開したフウカが、洞窟内を駆け回るモンスターを高速追尾する。彼女は後ろ向きに放たれる水刃をひらりひらりと躱し、淡く光る結晶の連なった壁沿いに飛行する。
「『連鋼槍』!」
フウカが手を触れた壁から鋼の突起が急速生成され、次々と弾丸の如く獣に向かって撃ち出されていく。
白い獣はフウカの波導術をジャンプで器用に躱しつつ、飛来するクレイルの蒼炎も波導障壁で防いでみせた。
フウカとクレイルの術は命中こそしないものの、自らの庭を縦横無尽に駆け回る獣の足止めにはなる。ブーストダッシュで、モンスターとの間合いを急速に詰めたニムエが空中で回転する。
『スピンボルト・エッジ』
ブーストダッシュの勢いから繰り出される渾身の回転蹴りが、モンスターの脇腹にクリーンヒットする。波導障壁を展開される前に、鋼鉄の脚部による痛烈な蹴りが敵の腹部を鋭く抉る。
「――――ウオオオオォォォッ!!!」
モンスターは絶叫を上げるが、さらなる追撃に移ろうとしたニムエに対し即座に牙を振るい至近距離からの水刃を放つ。
「――『波導領域【水】』、出力80%」
ニムエは放たれた水刃を、腕部に展開したシールドで弾いてみせる。
「今のニムエに水属性は通用しません」
今、ニムエのフィルリアクターには水のエアリアがセットされているため、水属性に耐性のある波導領域を展開することができる。
しかしニムエの蹴りを受けたにも関わらず、獣のダメージは軽微に見えた。よく見ると獣の脇腹は、奴の背中と同じように結晶のような質感になっているようだ。
まさか身体を自在に結晶化して固くできるというのか。さっきニムエとエルマーの挟撃を防いだのは、その能力を使ったためか。
「貫け、『乱穿杭』!」
フウカの詠唱と共に、獣の足下から無数の石杭が地面を突き破る。モンスターは石杭の位置を完全に把握しているかのように、立ち位置をふらりと調整する程度で回避してみせた。
「うそ?! 波導の気配を読んだっていうの?」
「ウオゥッ!!」
獣の咆哮と共に、まるでお返しと言わんばかりに地面から水の杭が周囲一体に突き立っていく。
攻撃に合わせて皆が飛び退くが、もっとも近くにいたニムエは初動が遅れ、高く跳躍する前に突き立つ杭による攻撃を受けてしまった。
「ニムエッ!!」
遠くからアルベールが叫ぶ。
「葬魔の燈、『鬼火』」
咄嗟に空中に退避し、一瞬無防備となった近接組の隙を補うため、クレイルが蒼炎の火焔球を八つ同時に放つ。その多くは獣の水刃によって相殺されてしまうが、いくつかは胴体にヒットし獣の白い体毛を焦げ付かせた。
「ご安心をご主人様。今のニムエの波導属性は水、よって損傷は軽微です」
「ケッ、腐ってもレベル4ってか。そうそう簡単には倒せねェな」
「大丈夫、攻撃は当たってる。みんなで連携して隙を潰せばきっと!」
戦場を波導が飛び交い、激しい戦闘音が洞窟内に木霊する。
「お前ら、さっきの気づいたか」
「最初の攻撃は完全に防がれたのに、さっきのニムエさんの蹴りは通用したことですか?」
「そうやリッカ。違いはおそらく奴の硬化速度。最初の方が備えるための時間が長かった」
「つまり……、モンスターに気づかれないように強烈な一撃を叩き込む必要があるってコトだよね」
「でも、見たところあの獣は波導に対する感知力は相当なモノですよ」
マリアンヌが泡を固めて作った防壁に退避したエルマーがニヤリと笑う。
「へッ、そんならこっちにゃおあつらえ向きの奴がいるんだぜ!」
「そーゆーこっちゃ」
「なるほど……!」
「それならやることは一つだねっ!」
リッカとマリアンヌが後方組をカバーできる位置取りを意識し、前衛組の支援を行う。フウカ、クレイル、エルマー、ニムエの四人は獣を囲い込み、ルートを制限すべく追い込むように動き始めた。
「『硬腕』、からのォ——、『破岩甲』!!」
「グルアアァッ!!」
水刃を紙一重で回避しながら最接近したエルマーが、獣の顔面を狙い強烈な拳を叩き込む。
だが、獣は波導障壁で拳を受け、障壁越しにエルマーを鋭い眼光で射抜く。エルマーの硬気功は相性有利の"地"であるにも関わらず砕けない。なんて固い障壁なんだ。
エルマーの攻撃を受け、一瞬動きを止めた獣の隙を逃す事無く、すかさず両サイドから飛び込んだクレイルとニムエが、炎刀『鬼断』と鋼鉄の蹴りを放つ。
獣は二人の攻撃を身体を瞬時に硬化させることで受けたが、鬼断は蒼炎を吹き上げながら獣の身体に食い込んでいく。さすがの高度を誇る障壁といえども、蒼炎の高熱には敵わない。
獣は牙を剥き、一瞬だけ獰猛な表情を歪めるとたまらず後退を選択した。
「——逃がさないよ。『千嵐烈波刃』!」
フウカの放つ風の上級波導術が身を翻そうとした獣へと降り注ぐ。風刃系の術の中でもかなりの高威力を誇る千嵐烈波刃は、無数の傷を獣の身体に刻み付けながら周囲一体の地面をも切り裂いていく。
傷を負いながらも獣は後退を続けるが、ついに硬化が完了し、風の刃を克服したのか反撃に転じた。再び広範囲の空中に、フウカ達を取り囲むようにしてドーム状の水槍を形成し始める。
「その技はもう見とる。――業なる炎、全てを喰らえ、『火之迦具土』」
「来るのがわかってれば、怖くない! 『風刃旋空咲』!」
クレイルとフウカが四方八方から降り注ぐ水槍を迎撃するため、範囲系の上位術を発動させようとする、その時。
「ウオオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!」
「ッ?!」
獣が突如鼓膜を突き破るほどの咆哮を上げる。
その影響なのか、フウカとクレイルの術は効力を発揮する前に霧散してしまった。
「あッ?!」
「チィッ!」
フウカ、クレイル、エルマー、ニムエの四人は獣の咆哮に寄って波導を阻害され、無防備な状態でドーム状に振り注ぐ水槍を避けねばならず、鬼気迫る表情で地面へ突き刺さる水槍を避けていく。
「みなさん、あと少しですっ! 貫け、『泡蜂槍』!」
水槍攻撃を回り込むようにして、マリアンヌが空中で硬化させた泡石ノ剣を獣に集中させる。
「あと、もう少し……!」
「ニムエにお任せを。『ツインダイナマイト・ナックル』」
降り注ぐ水槍を回避しながら、ニムエが上半身を捻り獣に右腕を向ける。
両肘の装甲の隙間から青白い光が噴出し、重い発射音と共に前腕が分離する。発射された腕は、煩わしげにマリアンヌの泡石ノ剣を水刃でいなしていた獣に真正面から襲いかかった。
獣はニムエのロケットパンチを硬化した胸に受けたが、予想外の威力に弾かれ大きく後ろへと後退する。
「ニムエ、もう一発だ! 全力でやれっ!」
「了解です、ご主人様」
後方のアルベールが叫び、続いてニムエの左腕も発射される。初撃よりも重い衝撃音を伴って着弾したロケットパンチは、さらに大きく獣を怯ませた。
「ありがとうございますニムエさん。これで……、形質変化『固』」
「グアッ?!」
マリアンヌが放っていた泡蜂槍の狙いは、攻撃に見せかけ獣の足下に泡をばらまくことだ。
彼女のアイン・ソピアルは撃ち落とされたからといって術そのものの効力が消えるわけじゃない。落ちた泡は獣の足下に流れ、形質変化させることで一気に硬度を増し、瞬間的にモンスターの四肢を地面へと縫い付ける。
それに加え、全員で波状攻撃を加えていたのは獣を今いる地形に追い込むためだ。
三方を岩場に囲まれ、すぐに回避行動を取る事の不可能な袋小路に、奴は足止めされた。
水槍攻撃を切り抜け、全身に血を滲ませたクレイルが獣の前に杖を構え仁王立ちする。
「ようやってくれやがったなァ。こいつは今の礼だ、受け取れや。――灼き尽くせ、『不知火』」
唯一の逃走路を塞ぐように、蒼炎の波が太い熱線となって押し寄せる。水の障壁を貫通した炎は獣の身を焦がす。
「グ……ガッ!」
「これでも仕留めきれねえか」
獣は有り余るタフネスと全身の硬化で蒼炎のビームを正面から凌ぎ切ってみせた。かなり体力は削ったはずだが、まだ動くのか。
「しゃあねえな。あとは頼むぜ――、ナトリ」
「ああ、任せろ」
岩場を駆け上がり、水棚の縁から下を見下ろす。そこには毛並みの所々がコゲついた獣の後頭部がよく見える。遠くには、後方で蹲ったまま動かないもう一人の俺の姿。
あれは、マリアンヌの泡によって虚像を映し出す術である泡幻鏡で形作られた俺の偽物だ。
水槍を防ぎ、煉気を使い果たして休んでいると思わせ、星骸であるラケルタスクロークの隠密能力で気取られぬようにこの地形に回り込んだ。
皆の尽力で獣はこの袋小路に押し込められ、逃げ場は完全に封じられた。後は俺の役目だ。
「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」
両手を掲げ、天を衝くような形でリベリオンを顕現させ、刃を一気に増大させる。
「——ッ?!」
そこでモンスターはようやく自分の背後に立つ俺の存在に気づいたようだった。遥か後方でただ蹲っていると思っていた俺が突如姿を現し、敵は驚愕に目を見開く。
即座に獣の長い牙が発光し、俺を水刃で切り裂こうと首を振る。
「もう遅い」
「停滞せよ、『馬上の射手』」
瞬間的に完全に俺に注意が向いたモンスターは、死角から飛来するリッカの矢に気づけなかった。奴の頭部で黒いオーラが弾けると同時、獣は振り向く途中で動作を停止させ、小刻みに震え僅かに術に抵抗することしかできなくなった。
水棚の縁を蹴り、空中に身を躍らせる。不自然な恰好で動きを止めたモンスターに向かって飛び込んだ。
獣の見開かれた瞳孔に、リベリオンの青く光る刀身が映り込んでいるのがよく見える。
モンスターがリッカの馬上の射手を克服し、身体の自由を取り戻した時には、リベリオンの剣腹は既に奴の首深くに食い込んでいた。
「はあああああっ!」
モンスターの肉を切り裂き、骨を断ちながらリベリオンに煉気を込め続ける。落下する俺を追い越すように、空中を撥ね飛ばした巨大な首が飛んでいった。
「——うがっ!」
地面に着地するが、剣を振りながら不自然な体勢で結構な高さを落ちたため、足に激痛が走った。挫いたな、コレ。
ふらりと立ち上がると、背後で獣が大きく傾ぎ音を立てて地面に倒れ込んだ。
「やったぁ!」
「ナトリくん!」
戦闘が終わったことを確かめ、嬉しそうに近寄ってくる仲間達を見て思わず笑みがこぼれた。