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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第311話 ラテリア堡礁水域

 

 リビア湖の真っ白な砂浜に乗り上げた、簡素な作りの舟。

 岸辺に常駐するバベル職員に使用料を払うことで、湖及び火龍山脈へ渡るために必要な舟をレンタルすることができる。

 ただし、モンスターの攻撃により破損した場合は当然ながらキッチリ修理費を請求されることになる。


 思ったように耐熱装備を集められず、舟を壊してばかりで金がなく、なかなか火龍山脈にたどり着けない狩人もいるとかいないとか。


 俺たちもそんな舟の一隻を借り、波打ち際までそれを押し出したところだ。


「舟を借りたはいいけど、山脈まで漕いでくのは大変じゃない?」

「へっ、安心しろよフーカ。俺っち舟を押して泳ぐのは得意だからよ」

「そっか。エルマーくんがいれば多少楽かもしれないわね」

「ニムエも舟を押して泳ぐことは可能です」


 ニムエの発現にアルベールが僅かに顔をしかめる。


「お前ならできるかもしれないけど、今回はやめてくれ……。なんか嫌な予感するから」


 東部のプリヴェーラでアルテミスとして活動していた頃は、よくエルマーに舟を押してもらってたな。でも、今回は少し試してみたいことがある。


「エルマー、それにみんな。舟を漕ぐのは俺に任せてくれないか? エルマーは水中の戦いだと主戦力になるだろうし、なるべく力を温存しといてほしい」

「ありがてぇけど、できんのかよ?」

「多分ね。さ、みんな乗った乗った」


 全員が舟に乗り込んだことを確認する。そんなに大きな舟じゃないので、九人+一匹も乗れば足の踏み場も無い。両隣に露出度の高いリッカとフウカが肩の触れる距離にいるせいか、妙に緊張する。

 船尾に陣取ると、手にリベリオンを発現させる。


「エレメントブリンガー、――『アクアクリミナル』」


 光の刀身が濃い青に染まったことを確認すると、舟のへりから腕を伸ばしてリベリオンを水中に差し込む。


『マスター、アクアクリミナルの出力は水龍玉の影響で常時三割増にはなってる。勢いつけ過ぎるなよ』

『わかってる』


「みんな、すぐ動くから注意な」

「はい」


 イメージとしては、ドレッドストームで風を操り空を飛ぶ時のように、舟の周囲に水流を生み出し、前方へ送り出すような渦を意識する。

 やがて周囲の湖面が渦巻き、流れが生まれる。リベリオンに煉気を流し、出力を上げる。次の瞬間、俺たちの舟は弾丸のような勢いで湖上を滑走し出した。


「うおっ!!」

「きゃあ!!」


 あまりの勢いに上半身が大きく仰け反る。


『強すぎだって!』

『ごめん、わかってなかったわ……』


「ナトリさんっ! ちょっと速すぎませんかっ?!」

「ごめん! すぐ速度落とす!」


 動揺を抑え、イメージの水流の勢いを弱めていく。大きな水飛沫を上げながら水上を突っ走っていた舟は、やがてほどよく快適な速度に落ち着いた。後はリベルが同じ速度に出力を制御してくれる。


「あはは、面白かったー」

「私は振り落とされそうでした……」

「さっすがアニキだぜ。リベリオン、こんな応用もできるんすね!」

「こいつはなかなか爽快やな」


 クレイルの言う通り、青と碧の広がる美しい景色の中を風を切って進んでいくのは中々に気持ちがいい。


「それにしても、火龍山脈って変わった形してるよね」


 フウカが進行方向に聳える二重螺旋の山脈を見上げながら言う。


「あれ、多分自然の地形じゃないわよね」

「だろうなぁ」


 明らかに不自然な地形だからな。


「神代に七英雄と厄災が戦った名残なんでしょうか」

「それか旧世紀の大戦の爪痕ってやつやな」

「でも、巨大な陸地があんな風に抉れるなんて、とんでもないっすね」

「ああ……。できれば厄災の力じゃないことを願うよ」



 道中、数隻の舟を追い越しながらも俺たちは目的地の付近へと到達した。


「そろそろ目的地のラテリア堡礁水域ね」

「リィロ、堡礁水域ってなに?」

「リビア湖にはコラールという動物が棲んでいて、そのコラールが集まり堡礁というものを形成するらしいの。それがたくさんある場所ってことらしいわよ。私も直接見てないからよくは知らないんだけど……」


 リィロがバベルの資料室で仕入れた知識を披露してくれる。


「お、あれじゃねえか?」


 舟の行く手に赤や橙などの色鮮やかな岩礁のようなものが見え始める。それらは透き通った水中を通して、湖底から水上まで伸びているのが確認できる。色とりどりの鮮やかなコラールが集まり、その間を同じく色鮮やかな魚達が泳いでいくのがよく見える。


「わあ!」

「きれ〜い」

「あれがコラールかぁ。なんというか、動物っていうより岩か植物みたいだな」

「変わった色の魚が一杯泳いでます。綺麗なところですね!」


 赤や橙、透き通った碧い水の色鮮やかな環境に、女性陣は軒並みテンションが上がっているようだ。確かに南部の景色というのは非常に独特で、新たな土地に来たのを実感する。


「みんな、このラテリア堡礁水域には高レベルのモンスターも出るらしいから気を抜かないでくれよ」

「わかってるんだぜ。景色はキレーだが、積み重なったコラールが迷路みてぇになってて見通しは良くねえもんな」

「確かに、物陰から急にモンスターが飛び出してくるかもしれないです。注意しないと」


 幸い水中はかなりの深度まで見通せる程に透き通っている。下から急に舟が襲撃されることはないだろう。俺たちは注意深く水中を警戒しながら、壁のように積み重なったコラールの間を進んでいった。


 比較的見通しの良い、周囲をぐるりと堡礁に囲まれた広い空間までやってきた。中央に舟を寄せるのに丁度よさそうな岩礁があったので、そこに舟をつけてこの辺りでパームを探すことにした。


「水の中にいるんだよね?」

「はい。資料には、パームは湖底近くの岩陰や海藻の影にいることが多いと書いてありました」

「悪ぃが俺は水中で戦えん。今回ばかりは役立たずや」

「まあ、仕方ないっすよね」


 火術士に水中で戦えなんてさすがに無茶ってもんだろう。水の属性が強すぎてロクに波導の威力なんて出せなさそうだ。


「だが、完全な役立たずになるつもりもねえ。お前らが水中からモンスター共を打ち上げてくれりゃ、俺が止め刺したる」

「わかったんだぜ。面倒な時は捕まえて上にポイ、だな」

「捕まえるとか、そんな簡単じゃなくない……?」


 水中戦闘を控え気合の入っているエルマーにリィロは若干引き気味だ。


「アルベールくん、ニムエさんは水の中に入って平気なの?」

「対策はバッチリっすよ。完全防水仕様になってるんで」


 リッカの心配ももっともだが、そのことについてはアルベールから旅の途中に聞いていた。ニムエに備わる機能の一つ、『波導領域』を使って、彼女が燃料としているエアリアの属性を周囲に放出できるらしい。

 特定属性に体する耐性を得ることもできるし、水中であっても波導領域を展開することで地上と遜色の無い立ち回りが可能なのだとか。うーん、万能。


 現在水中戦において単独でも明確な適正を持つのは、エルマーとニムエ、そしてマリアンヌだ。それ以外のメンバーは彼等を援護するか、協力しあって戦う必要があるだろう。


「リィロさん、とりあえずこの辺りの索敵頼める?」

「わかってるわ。……相打ち鳴りて交差するは波の音。打ち寄せ浮かぶは我が心。震わせ、『響波(ソナート)』」


 ロスメルタで行っていた狩りでも定番だった流れ。こうしてリィロに周囲のモンスターの位置を探ってもらえば、いきなり強敵に出くわすことは避けられる。情報収集は狩りの基本だ。


「周囲に巨大なモンスターの反応は感じられないわね。湖底や、堡礁の隙間にはかなりの生き物が潜んでるみたい」


 大物はいまのところいないが、敵の数は多そうだ。


「よし、じゃあみんな張り切ってパーム探しといこうか。この辺りは物陰も多いから、お互い常に見える位置にいること。決して孤立しないようにな」

「わかってるぜ」


 こっちは人数が多いから、必要な素材の数ももちろん多くなる。トッコ=ルルまでの旅では一切金を稼ぐこともできなかったし、これからはじゃんじゃんモンスター素材を売って生活費と装備代を稼がないとな。


 そんなわけで俺たちはモンスターを求め、クレイルとリィロ、アルベールを水上に残し湖の中へ潜っていった。

 どうやらフウカは風波導を駆使することで水中でもある程度素早く動けるようだ。水中での戦闘に多少不安の残る俺とリッカは、二人一組で探索することに決めた。

 水の属性に適正のない俺、フウカ、リッカの三人は、マリアンヌの泡石ノ剣(クトネシリカ)で作り出した泡で頭を覆ってもらい、水中でもある程度息が続くようにしてもらった。


 透き通る水中を、湖底に向かってエルマーとフウカ、マリアンヌがすいすいと潜っていく。エルマーはさすがに種族がラクーンなだけあって、魚と遜色のないレベルで泳いでいる。

 特に潜水に波導を使っていないリッカだって大したものだ。全然追いつけない。いや、これは空の加護の影響か。はぁ、こんなところでも身体能力の差を見せつけられてしまうんだよな。


 のろのろと泳ぐ俺に合わせるように、リッカは時折俺が追いつくのを待ってくれる。しかし水中で見るリッカの姿は色々と目に毒だ。先行されるのもそうだけど、水中だとなんというか胸が……。


 二人、付かず離れずの距離で堡礁の隙間を覗き込みながらパームを探す。くぐもった音に振り返ると、姿を現したモンスターとエルマーが交戦しているのが目に入った。シーラスが一匹。レベルは2だが、水中では危険度が一段階上がる。


 エルマーに向かって鋭い爪を構え、急接近したシーラス。地上で見る動きとは比べ物にならない素早さだ。が、エルマーは両手のガントレットで爪を受け止めると、シーラスの腹に蹴りを一発。衝撃を受けながら離れたシーラスに向かって、身体を回転させながら急加速、もう一度腹に拳を打ち込んだ。

 その一撃で完全に伸びたのか、モンスターは水中でだらんと身体の力が抜けたように動かなくなった。エルマーはシーラスの足を掴むと、そのまま水面に向かって上昇していった。


「!」


 離れた岩陰から魚が飛び出し、一直線にこっちへ向かって泳いでくるのが見えた。とんでもない速さだ。

 リベリオンで迎え撃とうとした瞬間、泳いで来たモンスターに横合いから泡石ノ剣(クトネシリカ)が飛んで来て直撃する。魚は全身を泡に囚われて身動きを封じられ、そのまま水上に向かってふわふわと上昇していった。あれ、めちゃくちゃ便利だな。

 迎撃してくれたマリアンヌと目線を合わせて頷き、感謝を伝えると再びリッカと探索に戻る。みんな順調にモンスターを狩っているようだな。


 岩陰から飛んでくるのはダッツという魚型のモンスターだ。レベル2で、突進してくるだけの敵だが、鋭く尖った鼻先は当たりどころが悪ければ即死もある。実際事故で即死する狩人もいるようだ。不意を突かれないよう、常に周囲には気を配る必要がある。


 湖底近くまで下降し、もじゃもじゃした水草を掻き分けていると不意に湖底が隆起した。


「なっ!」


 こいつも資料で見ている。おそらくシザース。湖底の砂や物陰に潜み、両腕についた巨大な鋏で獲物を狩る。両脇から素早く伸びてくる長い鋏が、俺の胴体を真っ二つにしようと迫る。

 俺の水中機動力では到底逃れられないが、生憎今俺は一人じゃない。鋭い鋏が俺を切り裂く前に、リッカの放った馬上の射手サジタリウスの矢がシザースの顔面に突き刺さり、同時にモンスターはピタリと動きを止めた。


「ソード・オブ・リベリオン!」


 停止した無抵抗のシザースを正面から両断する。硬そうな甲殻に包まれているが、こいつの肉は茹でるとうまいらしいので金になるはず。

 半分になった死骸をリッカと分けて水上へと運ぶ。彼女はなんなく運んでいるが、半分でもでかくて重いので俺は結構手間取ってしまった。


 そんな感じで、俺たちは二刻ほど水中を探索しつつモンスターを倒して回った。



「ふうーっ、水中で戦うのって結構疲れるな」

「でもいつもと違う感覚でちょっと楽しいかも」

「そうかな……。私は地上ほど自由に動けないからちょっと怖いよ」


 休憩のため、岩場に上がり皆で腰を落ち着けていると、クレイルがやってくる。


「ん? お前ら……、なんかテカテカしとるな」

「ああ、これか……」


 リビア湖の水中には、ジェリアという小さく半透明のかさ状の見た目をしたモンスターがウヨウヨいる。ロクな攻撃手段を持たないレベル1の中でも最弱に近いモンスターだが、とにかく数が多い。

 そしてそいつらは敵に出くわすと目くらましなのか大量の泡を吹き付けてくる。体に害はないらしいが、水中でもまとわりついてヌメヌメヌトヌトとして気持ちが悪い。


 湖に潜っていたメンバーは、皆一様にジェリアの泡を浴びてヌルヌルになっていた。他の狩人達がちゃんと水用装備で湖に出かけていく理由がよくわかった。服なんて着て泳いでいたら、まともに身動きもできなくなるだろう。


 ちらり、と隣を見る。泡を浴びたフウカやリッカの肌は陽の光を反射して艶かしい光沢を放っている。


「うえー、ヌルヌルだよ〜」

「水でも簡単に落ちないなんて、厄介だね……。後でマリアンヌちゃんに頼もうかな」


 うん……、あんまり眺めるのも良くないな。コレ。さりげなく女性陣から視線を外す。


「みんな結構倒してくれてるけど、まだここで狩り続けるの?」


 リィロが指す一角には、積み上がったモンスターの亡骸が積まれている。仕留めた数で言えばやはりエルマーとニムエが最も多い。フウカとマリアンヌも単独でかなりの数を仕留めたようだ。

 数自体は順調に倒せているが……、肝心のパームがまだ見つけられてない。


「この辺りにはいないんすかねぇ、パームって」

「装備に15エインなんつうイカれた値段がつくくらいやしな。狩り尽くされちまってる可能性もありそうや」

「確かに……」


 狩りにくいとはいえ所詮はレベル1。ある程度水中で戦う事が可能な狩人なら、下手に高レベルのモンスターを狙うより実入りはいいかもしれないしな。

 思えば周囲に他の狩人の気配はない。既にこの一帯は乱獲されてしまった後なんだろうか……。


「今から場所を変えるのはやめとこう。初日だし無理しない方がいい気がする」

「私たちは土地勘もないですしね。もう少し情報を集めた方がいいかもしれませんよ」

「マリアの言う通りだ。今日のところは少しだけ南下しながらあと二刻くらい探索して、暗くなる前にエグレッタに帰るんでどう?」

「賛成ー」

「私もいいと思います」


 午後からは少々探索範囲を広げ、二手に分かれて捜索を開始した。



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