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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第309話 狩りへの備え


 狩猟拠点エグレッタは、さすが狩人の聖地と言われるだけあって、バベルの支部は街の中央に堂々と鎮座していた。

 頑丈そうな無骨な造りは全国共通だが、エグレッタの支部は何よりでかい。きっと毎日多くのモンスターの死骸や素材が持ち込まれているんだろう。人の出入りも多く、玄関口の大扉は大きく解放されている。


 俺たちは揃って大扉を潜り、バベル内へと足を踏み入れる。ロビーも賑やかで、種族も年齢も様々な狩人がそこら中にたむろしており、そこかしこから話し声が聞こえてくる。


「おおー、すっげぇな。こんな賑わってるバベル初めてなんだぜ」

「だなぁ。さすが狩人の聖地ってわけか」


 見慣れぬ光景にきょろきょろと周囲を見回しながら、ズラリとロビーに並んだ受付の、空いているカウンターへと向かう。


「ようこそバベルエグレッタ支部へ。本日はどのようなご用件で?」


 カウンターの向こう側に座っているのは、長い金髪をポニーテールにしたネコの女性だ。


「えっと、ここの支部には初めて来たんですけど、モンスターの資料を閲覧したいなと思いまして」


 モンスター討伐には前準備が欠かせない。何も知らずに火龍山脈に乗り込むわけにはいかないからな。大抵のバベル支部は、言えば資料の閲覧は無料で許可してもらえる。貸し出しとなると有料だが。


 新参であることを告げると、彼女は妙に嬉しそうな顔で微笑む。


「そうでしたか。資料閲覧の前に、初めての方には火龍山脈で活動する上での注意点を……」

「?」


 受付嬢のネコは途中で言葉を途切れさせながら、俺たちの顔をまじまじと見渡す。そして急に小声になった。


「間違っていたらすみません……。あなた方はもしかして、ユニット『ジェネシス』の方々ではありませんか?」

「そうですけど。俺たちのこと知ってるんですか?」

「……やはり」


 受付嬢は顔を引き締めカウンターから周囲を見回すと小声で囁いた。


「私について奥へ」

「あ、はい」


 俺たちはカウンターから出て来た彼女についてバベルの廊下を歩き、並んだドアの一つに入った。中は窓が一つだけの小部屋で、中央のテーブルを囲むように長椅子が置かれている。全員座る事はできそうだが、総勢十人+一匹となると少々手狭である。


「狭くて申し訳ありませんが、お掛け下さい」


 全員椅子に落ち着くと彼女に聞く。


「あの、俺たちはなんでここに?」

「ここであれば誰にも聞かれませんから」

「私たちに配慮して……ってことなの?」

「俺らのこと知っとるみたいやしな」

「もちろん知っていますよ。いまやバベル職員で英雄ジェネシスを知らない者はいないでしょうから」


 俺たちは随分と有名になっているらしい。


「みなさんのご活躍はバベルの情報網を伝ってしっかり聞こえていました」

「そうでしたか」

「何せスターレベル5の魔龍はバベルにとって最大の敵。みなさんはイストミルでその水龍ラグナ・アケルナルを倒し、ロスメルタでは伝承に語られる大いなる厄災すらも滅ぼした、ルーナリアの都を救った英雄です。ここを拠点にする狩人達にはまだ情報は回っていませんが、いずれ彼等も知る事になるでしょう」


 正体を隠しているわけじゃないんだけど、面倒ごとは少ない方がありがたい。


「それでこの別室ってことですか」

「ここにいる狩人は血の気の多い人が多いですから。相手がモンスターでなくとも、戦えればそれでいい、というタイプも少なからずいるので」

「え、こわ……」


 受付嬢の言葉に女性陣が若干引いている。


「あなた方がここに現れたということは、やはり目的は魔龍でしょうか」

「はい。目的の一つですね」

「本当に龍が討伐されるのだとすれば、それは我々にとっても朗報です。バベルはジェネシスを全力でサポートさせていただきます。……申し遅れました、私の名前はリゼット。今後あなた方を担当することになります」

「よろしくお願いします、リゼットさん」


 彼女はあまり感情の起伏が見えない表情で頷く。美人で有能そうだが、妙に肝が据わっていて動じない感じがする。不思議な雰囲気の人だ。

 まあ、荒くれ者ぞろいの狩人と付き合うにはこれくらいの胆力が必要なのかもしれないが。


「先ほどの話の続きですが、火龍山脈に向かう前にしっかりと装備を整えることをおすすめします」

「具体的には?」

「耐熱装備です」

「ああ、なるほど……」


 なんとなく想像はしていたけど、迷宮がある場所は火山だ。リゼット曰く、火龍山脈は熱を軽減できる耐熱装備がないとまともに行動することもままならないほどの高温地帯らしい。


 火龍山脈を訪れた狩人は、山脈へ挑む前に、リビア湖に生息している火耐性を高める特性を持つ素材が取れるモンスターを討伐するのが通例ということだ。


「水の波導で熱を軽減することは可能でしょうが、おすすめはしません」

「ですよね。熱対策だけで煉気が削れるようなことじゃ、まともに戦えませんし」

「そうなると、まずは湖で装備集め?」

「うーん……」

「ナトリくん、プリヴェーラのバベルに預けてある魔龍の素材、使えませんか?」

「あ」


 水龍ラグナ・アケルナルの素材は、水の属性を豊富に含有し、常に周囲にそれを発してるため非常に高い火耐性を持っていたはずだ。


「っていうか、アニキの持ってる水龍玉があれば結構平気なんじゃないすか?」

「確かに……。俺だけなら平気かもな」


 光輝の迷宮でも、俺だけはほとんど暑さを感じなかった。これならそのまま火龍山脈へ赴いても平気かもしれない。あくまで水龍玉を身につけている俺だけだが。


「それが噂の……水龍の素材ですか。非常に有効だと思います。素材はプリヴェーラの支部に預けられているんですよね」

「はい。保管してもらってます」


 リゼットが聞いた話では、水龍の素材が流通したことによりプリヴェーラ周辺の素材取引が非常に活発化しているそうだ。


「プリヴェーラの支部に預けておられるのでしたら、連絡して取り寄せましょうか?」

「できるんですか?!」

「ええ。ただ、距離がありますので浮遊船での輸送に時間と、料金がかかります」

「それって、どれくらいかかるんです?」

「イストミルからの輸送ですから、二ヶ月はみていただいた方が」

「二ヶ月……」


 さすがにそれを待つのは時間がかかりすぎるな。


「ですが、リビア湖のモンスターから作る耐熱装備よりも、水龍装備の方が確実に耐熱能力は上でしょう。火龍山脈は上層へ近づくほど高温ですし、装備で全ての負荷を軽減できるわけではありません。ましてやみなさんは炎帝龍を相手にするおつもりでしょうから、水龍装備を作成して損はないかと」

「取り寄せ頼んどいて、それが来るまでは現地で耐熱装備を用意する感じっすか?」

「当座はそれで凌いだほうがよさそうだな」

「水中のモンスターなら狩るの得意だぜ。俺っちに任せろ」


 素材が届いてから装備を更新する。それでいくか。


「じゃあリゼットさん、ラグナ・アケルナルの素材の取り寄せ頼めるかな」

「承知しました。プリヴェーラ南支部ですね。連絡をとりましょう。かかる費用は改めてお伝えします」


 その後もいくつかの注意点を聞き、資料の閲覧許可を得た俺たちは、資料室に赴き記録の確認を始めた。

 火龍山脈に生息するモンスターは多岐に渡り、いずれも強力なものばかり。時間のある時に資料室を訪れ、まずは湖の敵情報を頭に叩き込まないとな。


 資料室で暫しの時間を過ごした俺たちはそこを出ると、街の道具屋に向かうことにした。狩りに必要なものは多い。今日は色々な場所を回って準備を整える。



「お、昨日ぶりだな。早速来たってか」


 バベルのロビーを出口に向かって歩いていると、昨日話をしたベテラン狩人、ウォルトが声をかけてきた。


「ウォルトさん。俺たちもゆっくりはしてられないからね」

「モンスターの資料を見て、これから買い物、だろ?」


 さすがに新参者の行動をよく把握してるなこの人。


「他と色々と違いそうだし、最初は苦労しそうですよ」

「先輩からの助言だ。湖で討伐すんなら、水用装備は絶対に揃えた方がいいぜ」

「水用装備、ですか?」


 確かに、リビア湖に生息している耐熱装備を作るための素材となるレベル1モンスター、パームは湖の底にいると記録には書かれていた。潜水用の装備なりを揃えないと、普通の戦い方では討伐できないのだろうか? けど、それは自前で素材を用意して作成する場合の話。


「耐熱装備は武具店で揃えようと思ってるんですけど……」

「止めといた方がいいと思うがな」

「え? レベル1の装備ですよね。だったらそんなに高くはないと思うんだけど」


 ウォルトはククク、と可笑しそうに笑う。


「ここは火龍山脈だぜ。狩人にとって良質な耐熱装備は必須だ。つまり、レベル1装備にも関わらずそれなりの値がするってこった」

「…………」


 ウォルトが言うには、件のモンスターであるパームはこの大陸ではリビア湖にしか生息しておらず、討伐するにも多少手間を要するらしい。バカ高い耐熱装備は、費用節約のため素材持ち込みで制作する者が圧倒的多数なのだとか。

 値段を見なければ何とも言えないが、俺たちはそれなりに人数もいる。ルーナリアからの軍資金があるとはいえ、そこまで贅沢はできないかもしれない。


「それでみんなまず最初に水用装備っていうのを買いにいくわけっすね」

「ナトリ、どうする?」

「まあ……、耐熱装備の値段を見てから考えてみよう。みんなそれでいいか?」

「いいと思います」

「それがいいだろうな。お前達の水用装備、期待してるぜ。ほんじゃまたな」

「……?」


 ウォルトの言葉の意味に首を捻りつつ彼を見送った俺たちは、皆の同意を得てまず武具店に向かうことにした。




 §




「15……エイン?!」


 エグレッタの狩猟道具が一通り揃うと言われる商業通り、ぶらりと入った武具店の陳列棚を見て思わず声が出た。

 火龍山脈用の比較的安価な耐熱装備、「パームネックレス」は首にかけるだけでその効果を発揮する。


 おそらく性質としては俺が装備しているラグナ・アケルナルの水龍玉の下位互換品。ネックレスから発散される水の属性が周囲に充満する火属性を中和し、熱を和らげる。それにしてもだ。


「たっけえ……」

「しかもこれ、さして上等な装備品でもないだろ……」

「ナトリさんを除けば八人分ですから、120エインですか。結構重たい出費です」

「足下見てやがるな、こりゃあ」


 ウォルトの言っていた通り、15エインとはなかなかの値段だ。

 配達員時代の月給の二倍の金額。


「兄ちゃんら、火龍山脈は初めてか?」


 気さくそうなネコの店員が話しかけてくる。


「値段みりゃわかるだろうが、耐熱装備は持ち込み作製を勧めるぜ。金が余ってるってんならウチで買うのも大歓迎だがな」


 はっはっは、と豪快に笑う。売る側からしてこのスタンスなのか。


「ねえ、水用装備っていうのはいくらぐらいの値段なのかしら」

「……ほう」


 リィロの問いを聞いた店員の目が光ったような気がした。


「ウチの水用装備は充実の品揃えだぜ。一番安い価格帯で二万くらいからだ」

「やっす!」

「耐熱装備と全然値段違うね」

「こんだけ違うと、自分らでパーム狩って素材集めた方がいいんじゃねえか?」

「ちなみに、持ち込みで耐熱装備を作るとどれくらいになるんです?」

「そっちは鍛冶屋の専門だが、まあ6万くらいだと思うぜ」



 結局俺たちは水用装備を購入し、リビア湖で耐熱装備の素材を集めるところから始めることにした。


「水用装備を見たいんだけど」

「よし、奥に陳列してあるからついてきてくれ!」


 俺たちは店員について店の奥へ向かった。例の水用装備は専用のコーナーに陳列されていた。俺たちはその装備を見て、目を見開く。



「こ、これは……!!」


 ポーズをとった人を模した木の人形に着せられた布性の水用装備は、男性用と女性用に分かれており、しかも布面積の少ない異様なものだった。

 男は上裸だし、女は肝心な部分しか隠れていない。果たしてこれを防具と呼べるのか。


「ただの布じゃねーか」

「え、これ着て戦うの……?」


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