第305話 つないで
「結婚おめでとう。クロウ、ディレーヌ」
「今日は来てくれてうれしいよ。ありがとうナトリ、フウカちゃん」
そう言って、いつもより身ぎれいなクロウニーはより一層好青年らしく微笑んだ。
「デリィ、すごく綺麗。とっても似合ってる」
「ありがとねフウカ。こうして今日ここにいられるのも……、あなた達のお陰なのよね」
今日はクロウニーとディレーヌの結婚式だ。二人は特別な衣装に身を包み、嬉しそうに皆からの祝福を受けていた。二人は式が終わると知り合いの店を借り切り、参列者達を招いて祝宴を催してくれている。
「お前達のことはクロウニーからも聞いてたが、ロスメルタでも厄災を倒しちまうとは。東の英雄ジェネシスの名に偽りなし、だな。クロウニーの奥さんもこうして元に戻れたし、俺たちからも礼を言わせてくれよ」
クロウニーの所属するユニットの仲間達から感謝の言葉を伝えられる。迷宮から戻ってからというもの、俺達は学園都市でもやたらと声を掛けられるようになった。
「ナトリ君、フウカ。私、プリヴェーラであなた達に出会えて本当によかったわ。私を助けてくれて、クロと一緒に戦ってくれて、本当に、本当にありがとう……!」
ディレーヌは感極まってしまったのか、薄っすらと涙を浮かべながら笑顔を浮かべる。彼女のここまで素直な笑顔を見たのは初めてかもしれないな。
「私も、デリィ。元に戻れて、本当によかった……!」
抱き合い、鼻をすすりながら言葉を交わすフウカとディレーヌを見ているとなんだかこっちまでうるっと来る。
「へっ、今日は一段と男前なんだぜ、クロウ」
「はは、言わないでくれよエルマー。この格好ちょっと恥ずかしいんだから」
「今日ぐらい黙って持て囃されとけよ。そうそうないと思うしさ、こんな機会」
「二人とも……。ふふっ」
何がおかしいのか含み笑いをするクロウニー。
「あんだよ?」
「こういっちゃあれだけど……、迷宮の中でまた三人で戦えた時は心が躍った」
「ああ、そうだな」
俺の中でもこの三人は、やっぱ特別だ。二人と共に戦っていることを意識するだけで、無限に力が湧き出てくるような心持ちになれる。ピッタリと息が合う。
「懐かしいんだぜ、プリヴェーラでアルテミスやってたのがよ。もう一年以上前になんのか?」
できることならまた二人と共に戦いたいが。でも、その機会はもう訪れないだろうことはなんとなくわかってしまう。
「クロウはまだ狩人、続けるのか」
「止めるつもりはないさ。僕は生まれた時から狩人だからね。他に何をするといっても思いつけない」
「そんなこたねぇだろ?」
「ディレーヌは心配すると思うけどなぁ」
案の定、こちらを向いたディレーヌがじっとクロウニーの顔に視線を注ぐ。狩人は危険な職業だ。何かのミスで簡単に落命する。奥様としてはできれば止めさせたいだろう。
「ははは……、まあ、ちょっとは考えたほうがよさそうだね……」
「それがいいと思う」
ディレーヌの無言の圧に気圧されていたクロウニーは表情を引き締めると、俺とエルマーを見据えた。
「……ごめん。僕は多分ここまでだ。今後、アルテミスとして活動することはできなくなる」
「そうなるか」
「二人には迷惑をかけてしまった。ユニットが分解したのは僕がイストミルから離れたせいだ」
「いや、俺だって迷宮行ってたしさ」
「そうだぜ。クロウだけのせいじゃねえ。俺っちも……悪かったと思ってる」
思い返せば後悔も、未練もざくざくと掘り起こされる。だが、それでも。
「でも楽しかった。充実した日々だった。アルテミスは解散しても、二人のことはこの先絶対に忘れないよ」
「……ああ。俺もだ」
駆け出しの頃。三人で潜った戦場が記憶の中で走馬灯のように浮かんでは消えて行く。
バンッとエルマーがクロウニーの背中を勢い良く叩く。
「いっつ!」
「気合い入れろよクロウ。嫁さん幸せにしてやるんだぜ?」
「もちろんさ。二人も絶対に死ぬなよ。またいつか、酒でも飲み交わそう」
「おうよ!」
それぞれの場所で、それぞれの戦いを。俺たちはこれからもそれを続けて行くのだろう。ささやかで賑やかな祝いの宴は、別れを惜しむようにしてその日夜遅くまで続いた。
§
開かれた扉の枠によりかかり、空っぽになった部屋の中を見回す。
あれだけごちゃごちゃと用途不明の刻印機械が天井近くまで積み上がってた室内は、物が消え、最低限の家具がぽつんと残されただけの殺風景な部屋に変わっている。
数日前にアルベールは荷物をまとめて部屋から運び出し、このオンボロ学生寮から出て行った。母親と共にルーナリア皇宮へ移るためだ。
換気のために空けられた窓から、風に乗って葉っぱが一枚部屋の中へと舞い込む。
こうして空になった部屋を見ていると、どうにも寂しい気分になってくる。ここで過ごしたアルベールとの日々を嫌でも思い出すからだろうか。
「学校も、そんなに悪いもんじゃなかったな……」
一人黄昏ていると、後ろから声がかかった。
「ナトリ、リィロ達がイモ焼くってよ。食いに行こうや」
「お、いいね」
豪華な食事も最高だが、やっぱり庶民の味っていうのも捨て難い。ルーナリアの少々冷涼な気候なら焼きイモは尚更良いだろう。
クレイルと共に寮の前庭に出ると、女子寮にいる皆が既に焚き火を起こして芋を焼き始めていた。
「キューイ!」
焚き火の周囲をフラーが楽しげに飛び回っている。
「ルーナリア最後の催しがイモ祭りたぁな」
「クレイルさん、文句言うならあげませんよ」
「俺はっちは好きだぜ、芋」
何故かいるエルマーが気になったが、大方芋の匂いに釣られてやってきたのだろう。
「はぁ、でももうちょっとルーナリアにいたかったよね」
「そうねえ。学校も半端に休学する感じになっちゃったわけだし」
「私たちはあまりのんびりしてるわけにもいかないですからね。残念ですが」
明日にはみんなでルーナリアを離れ、いよいよ南部トッコ=ルルへと向かう。もう大体荷造りも終えている。
ドドドドド……
「ん? なんか音しねぇか?」
「確かに……、なんだろ?」
何かの噴射音のような激しい音が聞こえる。それは徐々に大きくなり、同時に強風も吹きつけてくる。
「あ?!」
音の発生源を追って上空を見上げると、前庭の上空に飛行機械のような物が浮かんでいる。それはホバリングしながら、こちらに向かってゆっくりと垂直に下降してきた。吹き付ける強風はそれによるものだった。
「ああっ、お芋さんがっ!」
あまりに強い風圧によって直下で焼かれていた芋は焚き火ごと吹き飛び、マリアンヌが悲鳴を上げる。
そして、風を起こす機械は焚き火のあった場所に着地した。というかそれはアルベールを腕に抱えたニムエだった。
「アニキ、戻ってきたっすよ!」
「あ……、アル?! お前なんでここに?」
「へへっ、オレもアニキ達についてこうと思って、皇宮抜け出してきたんすよ!」
「はああーっ?!」
豪快な登場とその理由に呆気に取られる一同だったが、約一名はそうではなかった。
マリアンヌはその小さな肩を震わせながらニムエの腕から解放されたアルベールに食ってかかる。
「お……お芋っ!」
「芋?」
「ここで! 焼いていたんですっ! 全部アルベールのせいで飛んでいきましたけど!!」
アルベールとニムエは自らの足元に広がる焦げた地面を見下ろす。
「あー……、すみませんっした」
「マリアンヌ様、ニムエが全て拾い集めますので少々お待ちくださいませ」
「汚れたおイモじゃもう食べれませんっ! アルベールのバカ!」
焼き芋楽しみにしてたんだなぁ。アルベールの奴、またマリアンヌに嫌われてしまったか。
「マリアンヌちゃん、それなら私と一緒に甘いもの食べに行きましょうか?」
「私も奢ってあげるからさぁ、ほらほら」
「本当……ですか?」
女性陣さすがのフォローだ。リッカとリィロはマリアンヌを連れてそそくさと引き上げていく。
「結局食い損ねたな」
「俺っちの芋が……」
アルベールの傍に立つニムエを改めて見直す。
「直ったんだな、ニムエ」
「はい。ご主人様が三日三晩かけて修理してくださいました」
「おいアルベール、やっぱりこれ、お前の趣味やろ?」
今のニムエは装甲剥き出しの時とは違い、使用人の着るようなメイド服に身を包んでいた。
「違いますって! ボディ剥き出しじゃ街中で目立つし、皇宮でカモフラージュするために必要だったんすよ。でも、余ってる服が母ちゃんの古着かメイド用の服しかなくて……」
「ニムエはこの兵装を好ましく思います。創造主なら喜ばれることでしょう」
「えぇ……、アル=ジャザリ様の趣味ぃ……」
まあ、本人が気に入ってるならそれで良いのか。
「そうだ、これを返したかったんす」
アルベールが差し出したのはラグナ・アケルナルの水龍玉だった。そういえば迷宮でニムエのエネルギーを補うためアルベールに渡していた。
「こんな高価そうなモン、さすがに借りパクするわけにいかねーっすよ」
「そうか……、律儀だなお前も」
宝玉を受け取り、再び首からさげる。
「でも、本当についてくる気か」
「オレはマジっす! アニキ達に受けた大恩、全然返しきれてないし。それに……、オレ、アニキの男気と器のでかさに惚れました! どうかアニキらの役に立たせてください!!」
「アル、男に向かって惚れたって言うな」
「それにそれに、オレの『コード:ラジエル』とニムエの力は厄災にも通用するんで、きっと役に立てるっす!」
アルベールの瞳が燃えている。どうやら本気らしい。
「そうか……、でも来てくれるなら心強いよ。改めて、これからよろしくな、アル!」
「はいっ! みなさんよろしく頼むっす!!」
どうやらまた賑やかな旅になりそうだ。
「んじゃ、アルベールの歓迎会を兼ねて俺らもなんか食いに行こうや」
「もう腹減って死にそうなんだぜ」
「財布取ってくるから先行っててくれ!」
クレイル達を先に行かせ、一旦部屋へ戻る。財布を掴んで戻って来ると、寮の玄関扉に寄りかかるようにしてフウカが立っていた。
「あれ、フウカはマリンヌ達と行かなかったの?」
「うん。ナトリを待ってたんだよ?」
彼女は俺のとなりに並ぶと、するりと手を取ってきた。
「迷宮で約束したから。ナトリとデートするって」
「あ……。そう、そうだった。約束したな」
「うん」
もう一度、手をつないで。
顔を見合わせ、互いに笑い合う。フウカの笑顔が眩しくて、少し胸の鼓動が速くなる。
ルーナリア皇国の未来とか、世界の命運とか。本当はそんなものどうだっていい。俺はフウカや、俺の大切な人達とこれから先も共に歩んで行きたいだけだ。
悪いなアルベール。今日はルーナリア最後の日。フウカとの約束を果たすには今日しかない。
俺とフウカは、手を取り合って午後の柔らかい日差し降り注ぐ街へと歩み出した。
これにて第七章は完結です。パーティメンバーにアルベールとニムエを加え、一行は南へ。次なる迷宮を目指します。




