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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第300話 再会の中庭

 

 俺達は全員で大破したニムエの場所まで戻ると、アルベールが早速彼女の状態を精査し始めた。


「こっぴどくやられちまってるな……」

「もう直らないの?」

「いえ、オレが直してみせますよ。フィルリアクター自体は無傷なんだ。絶対……直せる」

「アルならできるさ」


「え……? みなさん、何か光が……」


 リッカの言葉を聞き終わる前に、俺たちは眩い光に全身を包まれた。地面も、木々も全てが白く発光している。


「うわっ! なんだこれ……眩しっ!」

「まさか迷宮が!」


 そこら中が光に満たされ、足元が揺らぐ。


「今度は地震っ?」


 ビシッビシッと足元に光の亀裂が走る。嫌な予感がする。

 固唾を飲んで状況の変化を見守る俺たちの、場の緊張感が最高潮に達した時。


 音を立てて足元、発光する地面が粉々に砕け散る。そして、体が自由落下を始めた。



「うおおおおおあああああっ!」


 周りを見ると皆同じように落下している。


「落ち着け。この高さから落ちて死ぬんはナトリくらいや」

「俺死ぬじゃねーかっ!」



 先の見えぬ突然の急落に呼吸すら忘れていると……、逆さまに落ちる俺の前に同じように落ちるグルーミィの姿が。


「グルー――」

「なとり……たのしかった」

「え」


 そのままグルーミィはすぅーっと制御の効かない俺に寄り添うと顔を近づけ、おもむろに口づけをかました。


「なっ!?!?」

「ばいばい……またね」

「あ、おい――」


 一方的に喋っていたグルーミィは、唐突にぱちん、と弾けてその姿を消す。


「…………」


 グルーミィの話じゃ、あれは彼女のアイン・ソピアル、『淡雪の恋人(アナスタシア)』によって生み出された分身とのこと。


 消えたのはおそらく、その役目を終えたために。


 癪だが、結局グルーミィの位置感覚がなければ俺達は迷宮から生還できなかった。


「そのことについてだけは、感謝してる」







「ナトリ!」


 いち早く落ちていく俺に追いつき、フウカが差し伸べてくれた手を取る。


 いつの間にか周囲は先程までの風景から一転し、夜の空だ。そして眼下に見える無数の灯りや時計台は、刻印都市ルーナリアのものに違いなかった。


「おわああああっ! ニムエのパーツがっ!!」

「——集めて、「泡の精(ヴォジャノーイ)」」


 空中に投げ出されたニムエの残骸をマリアンヌの放った泡が回収し、ひとまとまりに包み込む。


「助かった……」

「全く、みっともない大声上げないでくださいよ」

「えぇ……、アニキも騒いでたじゃん……」



 俺達はすぐに地上に迫り、それぞれの着地方法で地面に降り立つ。

 フウカは地面の直前で激しい上昇気流を巻き起こし、柔らかい着地を決めてくれた。


「あぁ……びっくりした。いきなり落ちるのはホント心臓に悪い……」

「あれ、ここ学校じゃない?」


 辺りを見回すと、そこには見覚えのある景色が広がっていた。アンフェール大学の広い中庭だ。一月前、俺たちが迷宮へ連れ去られた場所。


「帰ってこれたね……。私たち」

「はい。間違いありません……!」


 馴染みある風景を前に、俺たちは放心したかのようにしばし感慨に耽る。


「見て!」


 フウカが指差す上空を見上げると、学園都市上空に出現していた光輝の迷宮デザイアが光の粒子となり消滅していくところだった。


「迷宮が……消えていきます」


 封印されていた強欲の厄災マモンは消滅した。英雄アル=ジャザリはその"贄の楔"としての役目を全うし、迷宮デザイアもまたその役目を終えたのだ。


 俺たちは夜空を見上げ、その壮大な光景を静かに見守った。


 あれだけの過酷な環境を生き抜き、厄災との死闘を乗り切ったんだ。各々、思うところは少なくないだろう。




「……おーい!」


 中庭の芝生の向こうから、こっちへ向かって走ってくる集団があった。


「――みんな!」


 それは拠点で最後まで戦っていた面々、エルマーにクロウ、ウォン・リー・ロウやヒノエ、カーライルの姿もあった。


「無事だったか、エルマー、クロウ!」

「おめぇさんこそ、やったみてぇだなっ!」

「ナトリ……、君達はすごいよ! 本当に、やってくれたんだね……」


 それぞれの場所で戦い抜き、こうして再会できた。

 エルマーがクロウニーを何か言いたげに見上げる。


「行けよ、クロウ」

「!」

「俺たちの事はいいからさ。行きたいんだろ。ディレーヌに会いに」

「二人とも……」


 厄災の魔法が消えた今、強欲の芽も消滅したはず。凶暴化した人々もじきに正気を取り戻すに違いない。


「目覚めた直後に一人だけなんて、心細いだろ?」

「ありがとう……、行ってくる。二人とも、ルーナリアにいるうちにもう一度必ず会おう」

「分かったからさっさと行けってぇの!」


 エルマーと二人で走っていくクロウニーを見送った。


「アルベール。どうやら間に合ったみたいだな」


 アルベールと残ったヒノエも無事だったらしい。


「ヴァーミリオン先輩! そっちも無事だったんすね!」

「ヒノエのねーちゃんには助けられたんだぜ。おかげでノーフェイスの大群と最後まで戦えたしな」

「かなりぎりぎりの戦いではあったがな……。俺もまだ精進が足りんぜ」


「ナトリ」


 レイトローズもどうやら健在の様子で、こんな状態でも妙な貴族オーラを放ちながらゆったりと近づいてくる。


「フウカ様を守り通してくれたこと。それに厄災の討伐。心より感謝する。……ありがとう」

「どちらかといえば守られてばかりだったけど……、みんなのお陰で戦えたよ。こちらこそありがとう、拠点のみんなを守ってくれてさ」


 常に澄ました表情を崩さないレロイだが、今ばかりはその美貌をふっと緩め微笑んだ。


「そういう顔もできるんだな。そんな優しい顔してると、本当に女性みたいに見える」

「……なっ! あ、相変わらず無礼な奴だな君は。だが……、さっきのは私の本当の気持ちだよ」


 一体何が無礼なのかわからないが、取り乱すレイトローズはそれはそれで初めての表情で、思わず笑みがこぼれる。

 すると何か気まずくなったか、彼はそそくさとフウカの方へ行ってしまった。


 カーライルと話すアルベールの元へ近づいていく。


「本当に……、君達はやり遂げたのだな」

「へへっ。アニキはすげーんだよ。オレは最初から知ってたけど!」

「ああ。東の英雄の噂を聞いた時は眉唾だと思ったものだが、噂に違わぬ活躍だった」

「そこまで言われるとさすがに照れる……。でも俺一人の力じゃない。アルだって大活躍だったぞ」

「聞いている。オートマターを修復するとは……。その実力、認めねばなるまい」

「カーライル……」


 この二人は、迷宮攻略を通して随分と距離が近づいた気がするな。


 カーライルは急に表情を引き締めると、少し真面目な調子で切り出した。


「ライオット。……いや、アルベール。やはり私から父上に話を――」

「別にいいよ。オレ、今の生活で満足してるしさ……。第一そんなことしたらカーライルの立場に響くでしょ」


 アルベールの家の話か。どういう事情かわからないが、詳細は彼自身が話してくれると言ったので今はそれを待とう。

 それを聞く機会は、迷宮を攻略した今となっては今後いくらだってあるのだから。



 それから俺たちは、迷宮での疲れも忘れて、一月前の対抗戦後の祭りの続きでも始めるように、深夜過ぎの学校で再会を喜び語り合った。迷宮での冒険を。それぞれの闘いを。




 ♢




「……まさか分身が潰えずに戻ってくるとは思わなかったわね」

「私もよ。フィアー」


 薄暗い、窓際に置かれた小さなフィルランプだけが光源となっている広く、だが殺風景な部屋の中に二人の女が存在していた。


 青い長髪を高いところで括る、メガネを掛けた女が静かに笑う。


「期待はしていなかったけれど……。情報を持ち帰ってくれたおかげで随分と面白い話が聞けたわ」

「そうね」

「それに比べてナトリ君たちの働きは期待以上よ。彼等にはこのまま『徴』集めに器と共に旅を続けてもらいましょう。あなたには引き続き彼等の監視をお願いするわね」

「……あなたがそう言うのなら」


「? どうしたの、グルーミィ」

「別に、どうもしないわ」


 フィアーはそれ以上彼女の様子を気に留めるでもなく部屋を出て行った。


 部屋に一人残された、艶めかしい雰囲気を漂わせる美女は椅子に深く腰掛け、ほぅ、とため息をつく。



淡雪の恋人(アナスタシア)分身体を守ろうとする人なんて初めてよ。大抵殺すか、捕らえて犯すか。ナトリ・ランドウォーカー……不思議なひと」


 術者本体(オリジナル)となるグルーミィが窓の外に視線をやると、丁度中空に浮かぶ白い月と視線が合った。


 その月に思いを馳せるように彼女は呟く。


「いつか……、また、会えるかしら?」






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