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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第293話 蒼炎の焔狼主

 

 真の姿を現した厄災が、嵐の中で天を仰ぎ耳障りな咆哮を上げる。その振動は俺たちにまで大気の震えとして伝わってきた。


「なんて強い怨嗟の叫び……。あれが厄災を突き動かす力なんでしょうか」

「で……、こっからどうするナトリ」

「…………」


 狙うは厄災のコア一点のみだ。だが、黒砂嵐と厄災の巨体に包み込まれたその在処はハッキリとわからない。あの嵐の中、闇雲に攻撃を仕掛けても無駄に消耗するだけ……。


 どう攻めるべきか考えていると、俺たちの耳に突然声が届く。


 《みんな聞こえる? 私よ》

「?」


 下りてきた砂丘を振り返ると、かなり離れた場所から豆粒のようなリィロの姿が見えた。離れた場所に声を伝える響波導術を使用したのだろう。


 《厄災のコアの位置は胸元、人間でいう心臓の辺りにあるみたい。砂嵐は現在厄災を中心として半径1キールほどの範囲に猛威を振るっているみたいだけど、多分魔力の強さにはムラがある……。私が適宜サポートするわ》

「さすがリィロさんだな」


 表情も認識できない距離にいる彼女に合図を送る。


 《みんな、頑張って。私はグルーミィさんとマリアンヌちゃんを見ていることくらいしかできないけど……、死なないでよ》


「俺とフウカでコアに攻撃を仕掛ける。クレイル……、あのデカブツ、なんとかなるかな」

「カッ、不安そうな顔すな。奴の相手は俺がする。お前らはコアに集中せえ」

「そうか……。頼む」

「リッカ、俺がマモンを食い止める。お前は細かい流砂攻撃の処理と、ナトリ達の援護や」

「任せてください!」

「よし……、いくぞ」


 俺たちはそれぞれに術を纏い、厄災マモンへと向かう。奴の領域、黒い影の砂嵐が吹き荒れるエリアへ突入する。


「『風防壁(ミラウィオラス)』」


 フウカの放つ風によって俺たちの精神を蝕む厄災の魔法から身を守り、嵐の中を突き進む。


 《右前方広範囲に渡って強い魔力を感知、厄災の罠か、質量攻撃の兆候。みんな、左方へ進路をずらして》


 リィロのサポートに従って嵐の中を駆ける。


 それでも俺たちの接近に反応してマモンが放った流砂が、再び宙をうねるようにして襲いかかってきた。


「星の守護を司取りし者、天翔ける猛き獣、遥かなる星霜の果てより来たれ――、『黒角の牡牛(エルナト)』」


 フウカの波導で散らしきれない質量を持つ流砂は、リッカが黒波導で叩き潰す。



 連携しながら厄災マモンの付近まで近づくと、嵐はより勢いを増し、その向こうにそそり立つマモンの影は尚巨大に見えた。背筋がピリピリと灼け付くような威圧感を肌で感じる。


 影で紡がれた厄災の体躯が動き、その腕を俺たちに向け叩き付けようと振り上げる。


「う……」

「――お前の相手は俺や。……蒼炎より出でし獄火の門番、盟約の元我に従え。『焔狼主(エンローシュ)』……!」


 隣に立つクレイルの体が一気に蒼く燃え上がり、身体から噴出した炎が獣の姿を形作る。

 四つ足に、三本の燃え盛る尾を持つ蒼炎の巨大な獣だ。



 アンフェール大学に入学し、俺は半年間刻印学を学んだ。

 そしてフウカやクレイル達波導学部に入ったみんなも、それぞれに力を高めるために必要なものを学んでいた。


 フウカは波導術の基礎に関する記憶をほとんど封印されてしまっているため、基本七系統の基礎波導術を一から学び、正しい術の知識を身に着け使いこなせるようになった。


 マリアンヌとリッカはそれぞれ自分の系統波導術の研究と鍛錬を。


 そしてクレイルは、苦手としていた疑似生命波導術(ティファレト)を実戦レベルで使いこなすための研鑽を積んだ。


 疑似生命波導術(ティファレト)とは、波導術自体に疑似的な生命を宿らせることで、使い手の意思がなくとも術自体に自律行動を取らせることを可能とする上級波導術だ。


 これに関しては術者のタイプや才能によることろも大きいらしく、覚えようと思って簡単に使えるものでもないらしい。


 だがクレイルは修練の果て、その術を会得することに成功した。



 俺たちの頭上に覆い被さるようにして顕現した焔狼主は、マモンの振り下ろした巨腕を炎の尾を振り回して迎撃し、ガッシリと受け止める。


「クレイル……、すごい!」


 クレイルの継承する「火の盟約」の力を受けた疑似生命波導術(ティファレト)は、普通の術とは比較にならないほどに強力だ。


 ――グルルルゥゥオオォォォ!!


 蒼炎そのものが巨大な狼を形作ったような焔狼主は、マモンと組み合いながら口から鋭い牙を剥き出しにして唸り声を上げる。


「テメェの相手、俺がしてやるぜ。かかって来ィや」


 眼光鋭くマモンの影の巨体を見上げる蒼炎の霊獣は、厄災の繰り出す攻撃に加え、黒流砂の攻撃もその長く伸びる尾を駆使して叩き落とし、霧散させる。

 体格ではさすがに厄災には敵わないが、その火力でもって影の猛攻に対抗する。


「……寄越せ。その力も、僕のモノ。泡を獲ってもまだまだ足りぬ。炎も寄越せ。この僕に」


 マモンの不気味な声が砂嵐の領域に木霊する。吹き荒れる黒砂の中、焔狼主とマモンがぶつかり合い、激しい攻防を繰り広げる。


「ナトリ、フウカちゃん、今のうちに行け!」

「わかった!」


 フウカの手に掴まり、俺たちは地面を飛び立つ。一直線に胸部を目指し、厄災の胸元へ迫る。


「はああっ! 『風刃旋空咲(オル・ミリオーラ)』!」


 フウカの放つ強烈な旋風が厄災の胸元を抉り、黒く染まった影を根こそぎ削り取る。彼女が貫いた胸の奥に、怪しげに輝く紫光が見える。

 穿った穴に飛び込むようにフウカが加速する。


「もう一度、あれを————!」


 コアの目前に迫った時、突如見覚えのある泡がコアの周囲から湧き始める。それは抉られた胸部を修復するように増殖し、コアを覆い始める。


「あの泡、マリアンヌの、泡石ノ剣(クトネシリカ)?!」

「くそ! 『ソニックレイジ』!」


 撃ち込んだ衝撃波により周囲の砂が弾け飛ぶ。だが、『簒奪者』によってマリアンヌから奪い去られたアイン・ソピアルの泡には効果が薄く、その表面をいくらか削る程度の効き目しかない。


 響属性と相性が悪いのか、単純に強力なのか。マリアンヌの術って、相手にするとこうまで厄介なのかよ。


 そうしている間に泡はどんどん増殖し、欠損部分を埋めると黒く変化し厄災の一部となる。そして異物である俺たちを排除しようと、影の濁流となって押し寄せてくる。


「だめ……、引くよ!」


 胸部に空けた穴から飛び出し、厄災の爪撃を搔い潜る。見下ろすとクレイルの作り出した焔狼主の尾が、厄災の腰に巻き付きその巨体を焼き切ろうとしている。


「どうすれば攻撃が届く。どうすれば、こいつを倒せる……」


 暴れ狂う影の巨体を見上げ、焦燥感を募らせる。厄災の力は底なしで、いくら攻撃を加えてもまるで砂を掻くような感触。弱点のコアを攻撃しようにもその守りはあまりに強固だ。並大抵の方法では手が届かない……。


「ナトリ。このままじゃ……」

「…………」


 今は抗うことができているが、厄災にはまだ、過去に魔法で奪った未知の能力があるに違いない。みんな全力で戦っている。このままでは、いずれは煉気切れを起こし力尽きるのは避けられない。


 それでも、俺たちに撤退の道は残されていないのだ。

 眼前に覆い被さるようにして屹立する黒い巨人は、俺たちの絶望を察知したかのように禍々しく嘶く。




 ♢




 アニキ達と別れ、ここに残ってから一晩空けた。


 護衛に残ってくれたヴァーミリオン先輩が見守る中、風化しかけたオートマターの解析を進めていた。


「ふう……」

「どうだアルベール。何かわかったのか?」

「刻印回路を解析して、一通り使えそうな機能を調べてみたっす。んで、わかったんすけど……」


 このオートマターが機能停止した原因は、頭部に衝撃を受け思考回路の一部が破損し、自律機構を制御できなくなったことによる、安全装置が働いた結果によるものだと判明した。


 多分思考回路がショートし、各部パーツへのエネルギー供給のバランスが崩れたんだ。これだけ多くの刻印回路を必要とする精密機械だ。正確な機動には安定した回路信号の伝達が必要になる。


 そしてオートマターは、既存の刻印回路と蓄積された情報を保護するために休眠……、メンテナンスモードのような状態へ切り替わったということになるんだろう。

 戦闘行為よりも自己防衛、保護を優先したのではないかと思う。


「頭部に受けた一撃により機体が制御不能に陥り、やむを得ず機能保護を優先したわけか」

「はい。つまりは……、駆動に必要な各部パーツ自体は損壊を免れてるってことなんすよ」

「アルベール、……君はまさか」

「思考刻印回路さえ修復できれば……、もう一度動かせるかもしれない」


 こいつは英雄アル=ジャザリが厄災と戦うために作り出した刻印兵機だ。なら、これを再起動することができればアニキ達の力になることができるかもしれない。


「しかし……、これは何千年も昔の遺物なんだろう?」

「確かに装甲なんかはかなり痛んでますけど、オレのコード:ラジエルがあればとりあえずの修復くらいは可能っす」

「そうか。やれるのか?」


 ヴァーミリオン先輩がその凛々しい姿に真剣な雰囲気を漂わせ、オレに問う。


 ……オレだって理解してるさ。明日の夜で迷宮の出現から一ヶ月。スカイフォールへ帰還できるタイムリミットだと言われている。

 それを踏まえても、これを修理する価値があるのかという意味だ。


「やってみせます。アニキ達のため……、俺たち全員がここから脱出するため、オレがこいつを直す」

「ならば、私も君に付き合おう。とはいえ、私は刻印術に明るくないから君を護衛することくらいしかできないが……」

「十分っすよ……、ありがとうございます、先輩!」


 彼女はそう言って再び少し離れた場所に陣取るようにして座り込んだ。やっぱ男気に溢れた人だなぁ。めっちゃ美人なのに。女子に人気があるっていうのも納得だよ。




「……『刻印解析(コードアナライズ)』」


 夢中でコード:ラジエルを駆使してオートマターの思考回路の解析に時間を費やした。


 このオートマターはどこをとっても複雑に絡み合う刻印で埋め尽くされているが、頭部の思考を司る回路は別格だ。


「ったく、五層構造多面体回路なんて、初めて見たぜ……」


 その複雑極まる刻印回路に、強固な外装すら打ち砕く強烈な攻撃を直に受け、一部の刻印が完全に削り取られてしまっている。これを修復するためには、その構造を正確に把握する必要があった。


 天才アル=ジャザリが如何に人外じみた回路を組んでいるかは既に嫌という程わからされた。その思考と工程を辿るように、一つ一つの回路の意味を読み解いていく。



 極度の集中を要する作業を続け、気づけば陽は傾き、再び夜が訪れようとしていた。


「ふぅ……、これで」


 目の前には手探りで修復を完了させた回路基板がある。コード:ラジエルで物理的に応急処置を施した頭部の開閉機構を閉じ、胸の駆動炉に燃料となる手持ちのエアリアを投入。


 正確に再機動するかどうかは五分だ。それでもやれることは全てやった。

 祈りながら胸部装甲を閉じ、動き出した駆動炉が全身にフィルを供給するのを黙って見守る。


「頼む。動いてくれ……。みんなの力になりたいんだよ」






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