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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
299/352

第291話 覚悟

 

「……マリ、ア」


 荒い呼吸を落ち着かせるようにして体を起こす。


 リッカとマリアンヌを厄災マモンの流砂から守るため、砂の衝撃を受けて飛ばされた。

 建物の壁面にぶち当たったが寝てる場合じゃない。


 一人立ち上がったマリアンヌが、俺へ近づこうとした厄災を相手取っている。


「早く……、戻らないと」


 足を酷く痛めた。落下の衝撃で骨折したかもな……。

 痛みを堪えながら立ち上がろうとした時。


「そのまま、じっとして」


 白く温かな光と共に、フウカの手が足に当てられた。


「大丈夫。すぐに治るから」

「ありがとうフウカ……、クレイルは?」


 クレイルもまた、先程厄災の攻撃を受けていたはずだ。


「安心して。もう治したから。マリアンヌのおかげでね」

「そうか」


 フウカの治療により、痛みは嘘のように引いていく。怪我など最初からなかったかのように立ち上がる事ができた。


「フウカ、すぐに戻るぞ」

「うん!」


 上空からマリアンヌが放った、剣の形をした半透明の術が厄災に降り注いでいく。


 砂の盾が発動し、マリアンヌの波導からマモンの身を守る。だが、マリアンヌの剣は砂に衝突すると、解けるように一瞬形を崩す。そして砂を通り抜けたかのように内側に入り込み、厄災の本体へ殺到する。


「すげえ……!」


 体を切り刻むように厄災に突き刺さった剣が、解けるようにしてその形を崩す。


「形質変化、『固』」


 マリアンヌの詠唱により、厄災は身動き一つできず凝固した泡によって包まれた。


 彼女はそこへさらなる剣を砂の守りを素通りさせながら撃ち込み続け、泡の塊を大きくしていく。


「マリア、大丈夫か!」

「ナトリさん! よかった……」


 剣に乗って移動していたマリアンヌは俺たちの側へ着地する。


「ナトリさん、フウカさん。私の指示通りに動いてもらえますか。私が必ず厄災を拘束してみせます」

「何か思いついたんだな?」

「はい」


 俺とフウカは流砂を避け、移動しながら手短にマリアンヌの作戦を聞く。



「わかった。マリアンヌの言う通りにやってみるね」

「お願いします!」

「じゃあいくね、『風防壁(ミラウィオラス)』」


 フウカの風が周囲の砂を吹き飛ばし、襲い掛かってくる流砂の勢いを削ぐ。動きの止まった流砂にマリアの『泡石ノ剣(クトネシリカ)』が突き刺さり、砂を無力化させる。


「姿を写せ、『泡幻鏡(ウコイタク)』」


 マリアンヌの詠唱に従い、二本の泡石ノ剣(クトネシリカ)が俺とフウカそっくりの姿に変化する。


「こんなこともできるのか……!」


 さらに、俺たち二人と厄災を隔てるように剣が浮かび、透明な壁のように変化を始める。


「今、私の術でお二人の姿は厄災の目から見えなくなっています。では、いきますよ……!」


 マリアンヌが俺とフウカの姿に変化した剣と共に、再び厄災へと向かっていく。

 マモンは幾重にも重ねられたマリアンヌの泡固めを打ち破り、再びその姿を現したところだった。


 復帰したクレイルとリッカもそれに加わり、マリアンヌと一緒に流砂を捌いていく。


 俺とフウカは、厄災の背後へ移動を続けながら先程のマリアンヌの言葉を反芻する。



「みなさんが厄災と戦っているのを観察して気付きました。マモンは視覚情報によって周囲の状況を認識しているのは見ての通りですが、それだけじゃない。背後や死角も視る事ができていました。でも、フウカさんが風で周囲の砂を吹き飛ばした時だけ奴の挙動が変わったんです」

「じゃあ、もしかして砂が……?」

「推測ですが。厄災は迷宮の砂を操ることができる。だから、空気中に舞う微細な砂塵、つまり触覚によっても厄災は状況を認識できる可能性があります」



「だから、私が広範囲に細かい砂を寄せ付けないようにして、厄災の目からも隠れれば気付かれずに近寄れるってことだよね?」

「うん。確かにマリアの言った通り、流砂は俺達を襲ってこない。本当に見失ってるみたいだ」


 さすがはジェネシスの頭脳担当。敵の分析が的確だ。それに彼女の波導だ。


 聞いて驚いたが、マリアンヌのアイン・ソピアル『泡石(エトピリカ)』は、『泡石ノ剣(クトネシリカ)』へ変化を遂げたという。


 泡で形作られた剣に俺たちの姿を模させたり、景色を写し込み周囲と同化させるのも新しい能力の一つらしい。


 本当に俺とフウカが戦っているみたいにその姿は瓜二つで、少し見ただけじゃ分からない。



 俺たちが厄災の背後を取った時、マリアンヌが術を発動させた。


「突き刺され、『泡棘キサルムペ』」


 砂の盾を貫通し、奴の周囲に留まっていた泡が一気に硬化、何本もの鋭利な棘となって地面から厄災を串刺しにし、再び厄災の動きを封じる。


 これがマリアンヌの言っていたタイミングだ。


 厄災の背中に向かって走り、カモフラージュ用の泡石ノ剣(クトネシリカ)の壁から飛び出す。フウカの風防壁の影響で、それでもまだ奴は俺達に気付かない。


「反逆の盾、『アブソリュート・イージス』」


 背後まで素早く距離を詰め、変形させたリベリオンの盾で厄災を頭上から押し潰す。その本体は先程と同じく、マモンの原型を失いなんの抵抗もなく崩れ落ちた。


 盾を解除すると、足元には紫光を放つコアが砂に埋もれて転がっていた。


「逃がしませんよ、マモン。『泡沫宮(ウトゥルチシ)』」


 カタカタと僅かに振動し、移動しようとするコアに周囲から集まってきた泡が纏わり付いてガッチリと固定する。さらに俺と、厄災コアの周囲を分厚い泡の障壁が球体状に取り囲み、流砂の流入を食い止める。


 マリアンヌの狙いは邪魔な砂を押さえ込んだ上で、コア本体を逃がさず捕まえること。


「反逆の槍――、『ジャッジメント・スピア』……!」


 コアに、変形したリベリオンの銃口を突きつけるようにしてエネルギーを充填する。このままブチ抜けば終わる。


 泡によって固定されたダイヤ型の結晶が、激しくガタガタと振動を始めた。泡の下から、黒い影のようなものが噴出し始める。


「抵抗したって遅いんだよ!!」


 引き金に力を込め、溜め込まれたエネルギーを一気に解放する。周囲の流砂を寄せ付けない泡の障壁の中を、青光の奔流が埋め尽くし、地面に大穴を空ける。


 光が収まり視界が戻った時、目の前には黒球が存在していた。


 球体の一部が欠け、覆われたコアが僅かに露出している。


 コイツ、砂でなく影の本体で咄嗟にコアを防御した? 損傷は与えたようだが、全てを消滅させるには至っていない。ジャッジメント・スピアを凌ぎきるなんて。



 キョアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!!


 コアが欠けたことで痛みでも感じているのか、厄災マモンは耳をつん裂くような叫びを上げた。


 同時に黒球の表面が生き物のように粟立ち、激しく波を打ち始める。そこに苦悶の表情を浮かべるいくつもの顔が浮かび上がっては消える。


 それを見て、何かとてつもなく嫌な予感がした。


「……! 二人ともすぐに離れろッ!!」


 咄嗟にその場から飛び退きながら、アブソリュート・イージスを発動させようとした時にはもう遅かった。

 コアを包む黒球が弾け、全方位に向けておぞましい悲鳴と共に影の濁流が溢れ出す。


「————ぐああぁァッ!」


 至近距離で放出された影が俺の全身を抉る。腕、足、胴体、首。あらゆる部位に影が食い込み、肉を抉り取る。

 平衡感覚を維持できず、たまらず膝を折る。無数の「死」がすぐ間近を通り過ぎていく。



「ナトリッ!!!」


 妙にくぐもって聞こえる周囲の物音の中、フウカの悲痛な叫びが聞こえ、彼女が俺の腕を掴むのがわかった。


「…………!!」


 今も影を放出するコアから、俺たちに向かって大量の影の触手が伸びる。フウカの後退が、間に合わない。


「二人を守って、『泡石ノ剣(クトネシリカ)』ッッ!」


 おぼろげな視界の端、マリアンヌが周囲に待機させた泡の剣をこちらに向けて放つのが見えた。それも自分の守りを投げ出し、浮かべた全ての剣を。


 妙に感覚の欠如した体を引かれ、フウカと共に飛んで交代する最中、過ぎる景色や厄災の攻撃が異様にゆっくりと感じられる。


 そして、擦れ違うマリアンヌの声がやけにハッキリと響いた。



「ナトリさん、私は……ここまでみたいです。厄災を倒せるのは、あなただけ。だから――、生きて」

「マリ、ア……」


 そう言ってマリアンヌは確かに微笑んだ。


 その直後、彼女に向かって伸びた影がその小さな体を貫く。無数の影の攻撃を全身に受けたマリアンヌは、全身の力が抜けたかのように吹き飛ばされ地面に落下し、転がった。




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