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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第290話 クトネシリカ

 

 間近で対峙する強欲の厄災マモンは、得体の知れない存在だった。

 翠樹の迷宮や王宮で見た嫉妬の厄災レヴィアタン。あれもまた恐ろしい。見ただけで足が竦むような規格外の怪物だった。あれに真っ向から挑んだナトリさんとフウカさんは、本当にすごい。


 強欲の厄災マモンは嗤っていた。


 明らかに人ではないのに人の形をして、人の真似をして不格好に嗤う。一体何を考え、どんな思考で嗤うのか。厄災に心などないはずなのに、私にはそれがたまらなく不気味で仕方がない……。



「マリアンヌちゃん、下がって!」

「は、はいっ!」


 リッカさんの声に従い、後ろへ後退する。


「周く衆人の首を垂らしめよ、『黒角の牡牛(エルナト)』」


 前方から殺到する流砂の塊が、私たちの眼前でその勢いを失い直角に地面へと落下する。


「鋭烈なる水の閃き。断ち切れ、『水刃閃(ウルスナ)』」


 クレイルさんとナトリさんの攻撃の隙を縫うように放った水の刃は、律儀に発動する砂の防壁に吸い込まれ、表面を濡らすだけに留まる。


 地属性を纏う厄災ということもあり、やはり水の属性は通用せず、吸収されてしまうようだ。


「広がれ、『泡石(エトピリカ)』」


 いつでも厄災を捕らえられるよう、周囲に泡石を放っておく。


「エレメントブリンガー、『ソニックレイジ』!」


 ナトリさんが放つ響属性の斬撃が、甲高い音と共に厄災の砂の盾を割り怪物の肩口へ叩き込まれた。

 流砂を避けながら厄災の体を切り刻んで行く二人だが、周囲の砂が怪しい挙動を見せ始める。


 厄災は集めた砂を巨大なかぎ爪状に固めて両手に纏ったかと思うと、目にも留まらぬ速さで二人へ爪を振るった。


「守って、『泡石(エトピリカ)』!」


 二人の周囲に漂わせていた細かい泡を瞬時に硬化させ、爪の間に滑り込ませる。


「ぐうっ……!」

「ぬぐォ!」


 間一髪で間に合い、いささか衝撃は和らげたものの、二人とも吹き飛ばされてしまう。

 それと入れ替わるようにしてフウカさんとリッカさんが厄災に向かっていく。


「……っ!」


 汗で滑る杖を両手で握りしめる。みんながこれだけの波状攻撃を加えているにも関わらず、いまだ厄災は薄く嗤い、全く堪える様子も無い。


 一体、どうすればこんなものを倒す事ができるというの。


 そのためには……、もっと、私も攻撃に加わらないと。


 喉がカラカラに渇き、心臓の鼓動がうるさいくらいに響く。……怖い。私は怖がっている。

 英雄ですら倒す事のできない敵。私たちで、本当にできるのだろうか。


 それでも。それでもやらなきゃいけないんだ。みんなでそう決めたんだから。


 リッカさんが放った黒墜蹄(アステローペ)により、砂の盾がうまく機能しない隙を狙い、術を発動させる。


「砕けッ、『泡蜂槍(ソヤイモシリ)』」


 頭部を狙って放った泡を加速度が付くタイミングで硬化させ、厄災の上半身を砕く。付着した泡石(エトピリカ)に軟化と硬化の形質変化を繰り返し、周囲の砂ごと厄災をがっちりと封じ込めるように固めていく。


 完全に捕らえた、そう思った時、破砕音と共に固まった泡が砕け、隙間から厄災の片目が覗く。目が合った。


「……!」


 次の瞬間、厄災自身が弾けたかと思うと、そこから爆発的な威力を伴う流砂の波が私に向かって飛び込んで来た。


 あまりにも一瞬の出来事で、体が反応できない。


 目の前に大きな背中が立ち塞がる。


「灰燼に帰せ、『蒼紅炎プロメテウス』」


 強烈な熱波とともに厄災の流砂攻撃を迎え撃ったのは、クレイルさんの蒼炎波導だった。それは流砂と正面からぶつかり合うと、激しい炎を迸らせながら砂を消し炭へと変えていく。


「ボサッとしてんな、ちびすけ」


 しかし、タイミングをずらして横合いから殺到した流砂により、クレイルさんは弾き飛ばされるように黄金建造物の壁に叩き付けられてしまった。


「ぬぐッ!」

「クレイルさんッ!」


 彼の元へ駆けつけようとするも、見上げれば何本もの流砂が私へと迫る。


「慈愛の眼差を以って旅人の足を休めよ。『豊穣の乙女(ヴィルゴ)』!」


 リッカさんが作り出した半円形の結界の表面で、流砂の勢いはピタリと停止する。


「大丈夫?」

「はい、でもクレイルさんが……」


 結界表面で流砂を押しとどめていると、今度は大きな砂の爪を振り上げた厄災が直に向かってくる。


「させるかよ! 叛逆の盾、『アブソリュート・イージス』ッ!」


 振るわれた爪を消し去り、ナトリさんが厄災の前進を阻むが、彼の足下が弾けたかと思うとその勢いのままにナトリさんは吹き飛び、壁に叩き付けられた。


「ナトリくんっ! ――――きゃあっ!」


 リッカさんの黒波導の結界内、地面に敷き詰められた黄金の石畳の隙間、なんとそこから流砂が噴出し、巨大な鎌の形状を取って私たち二人に襲い掛かる。

 豊穣の乙女(ヴィルゴ)は地面の下まではカバーしていなかった。


 砂鎌による薙ぎ払いに、咄嗟に泡石(エトピリカ)を硬化させ滑り込ませたものの、強い衝撃を受けた私たちは地面を転がる。


 だめだ。泡石(エトピリカ)じゃあ厄災の攻撃を完全に防ぐことはできないんだ。



「……妙だ、な。僕の『強欲の支配(アヴァリティア)』が、効いてない。お前達は、なんだ?」


 厄災はぶつぶつと独り言を漏らしながら、地面に落ち倒れ込んだナトリさんの方へ歩いていく。


「直接触れれば、効くだろう? この世の全ては僕のモノだ。その力も、僕のモノ。クハハッ……」

「ナトリ、さん……」



 私は、こんなところで地面に転がっていちゃだめなのに。


 こんな風になるために、みんなと一緒にロスメルタへ来たの?


 毎日毎日波導の修練を続けたのは、仲間を見殺しにするため?



 ――違うよ。


 見ていることしかできなくて。

 一緒に戦えないことが悔しくて。


 私に変わるきっかけをくれたナトリさんを、守りたくて。



「だから、ここまで来たの」


 杖を支えに立ち上がる。


「『泡蛇タンネカムイ』!」


 構えた杖から泡を放出し、厄災の背に吹き付ける。が、砂の盾が発動し泡は押しとどめられてしまう。



 より深く、より鋭く。より細かに。そして……、より強く。


「形質変化、『棘』!」


 砂の盾にわだかまった泡が瞬時に凝固し、内側に残存するエネルギーを用いて鋭利な棘を突出させる。


 棘は砂の盾を貫通し、ナトリさんへ歩み寄ろうとする厄災の背中を串刺しにする。


 厄災マモンは自身の体を見下ろし、胸から突き出した棘に触れ、呟いた。


「お前達、面白いな」


 そして棘を片手で砕くと、こちらへ振り向く。


「ナトリさんは私が守ります……」


 足裏から水の波導を放出させ、地面を滑ってマモンの操る流砂を避ける。


「駆けろ、『泡蛇タンネカムイ』!」


 同時に四つの泡の流れを生み出し、厄災を包囲するように放つ。



 もっと速く、もっと軽く、もっと正確に。


 盾に突き刺さると同時に棘を突き出し、厄災の剥き出しの白い上半身を刺し貫く。


 飛来する流砂の一部に泡を放ち、固めて足場としながら、空中で砂を搔い潜って五月雨のように泡蛇タンネカムイを放つ。


 極限まで高まった集中力により、全ての流砂の動きを頭に放り込み、同時にその軌道を処理していく。


 自分でも不思議だけど、泡石(エトピリカ)の速度が増している気がする。以前はこんなに速く動かせなかったと思う。


 泡だから、そんなに早くは飛ばせない。でも泡にだって色々ある。小さな泡の集合体なら、空気抵抗を軽減する形なら。



 ……そうか、きっとカタチなんて関係ないんだ。私は変わる。様々なきっかけによって、周囲の人々によって、変化していく。


 同じなんだ、きっと。アイン・ソピアルも、私も。


 今のままで勝てないなら、勝てるように変わる。少しでも強く。



 移り行く心は泡沫のように。私のアイン・ソピアルは、変幻自在の泡石(エトピリカ)。だったらこんなのはどう。



 微細な泡を生成し、形を作る。より速く、動かしやすく、イメージしやすく。ナトリさんが使うような、剣がいい。


 体の周囲に、泡を固めて生成した透き通る剣を無数に展開する。さらに剣の上に乗って機動力を確保しながら流砂を食い止め、厄災に向けて放ち、さらに生成速度を上昇させていく。



「泡沫の刃、水の如く自在に、地の如く鋭く。舞え――、『泡石ノ剣(クトネシリカ)』」


 十を超える泡石ノ剣(クトネシリカ)を瞬時に生み出し、その全てを厄災に向け放つ。



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