第288話 魔法対策
「創造主リーシャ・ソライドの意志を受け継ぎし者、ナトリ・ランドウォーカーよ。そなたにスカイフォールの未来を託す。その神器、『想滅神銃メフィストフェレス』によって、『強欲の厄災マモン』を滅ぼし、どうかこの世界に安寧を齎し給え」
「何でもええから厄災の情報くれや」
なんとなく厳かな雰囲気を事もなげにぶっ壊したクレイルに対し、アル=ジャザリは舌打ちをしながら空気が切れるかと言うほどの鋭い目付きを向けた。
「もちろんそのつもりですよ。俺はみんなを守りたい」
今更引いたりはしない。もう後戻りも出来ないんだ。
っていうか、リベリオンの昔の正式名称、『想滅神銃メフィストフェレス』っていうのか。超カッコいい……。今からでも改名できないかな? ちょっとなじみ深いのもいいし。
『マスターのセンス、やっぱりイカれてるんじゃない?』
どこか冷ややかなリベリオンの内なる声を無視しつつ、言葉を続ける。
「でも時間がないのも事実だ。厄災と戦うにあたって、できるだけ敵のことを知っておきたいんです」
「もっともだよな。私が知る厄災の力についてあんた達に伝えておこうか」
アル=ジャザリは、自らの体験を元に厄災について語った。
光輝の迷宮デザイアに封じられているのは、『強欲の厄災マモン』。
かつて、現代ではロスメルタ地方となっているここら一帯を蹂躙し、多くの人を飲み込み数々の大陸を不毛な砂の大地へと変えたという。
マモンは強力な魔法である『強欲の支配』を行使し、生物の欲望を意のままにコントロールするらしい。
さらに『強欲の砂』という魔法で砂を自在に操作し、攻撃と防御を同時に行える。
「この『強欲の支配』と『強欲の砂』の組み合わせが実に嫌らしいんだ」
「つまり、マモンの操る砂に触れたらそれで終わりってことか?」
「そういうこと。嫌でしょ?」
聞いているだけで厳しい相手だということがわかる。周囲は砂しかないってのに、触れただけで気力喪失症のような状態になってしまうなんて。
「アル=ジャザリ様、よくそんな相手と渡り合えたね」
「まあ、私が一番相性よかったから担当したわけだしね」
「どうやって対策したんです?」
改めて彼女を見てみたが、華奢なコッペリアゆえあまり戦いが得意な感じがしない。波導や刻印を使うんだろうか?
「見ての通り私自身は戦えない。だからオートマターに戦わせた」
「なるほど、オートマターは機械だから、厄災マモンの魔法が通用しないんですね!」
「凄いな……。ただの機械が厄災と対等に戦えるなんて」
「ふん。あれはただの機械なんて単純なものじゃない。この私の世紀の大発明、”フィルリアクター”を搭載してるんだから」
「フィル……リアクター?」
「そ。従来のエネルギー変換効率の常識を打ち破る革新的な動力炉よ! 旧世代型スリットブラスト方式から大幅な効率化を実現し、その対フィル変換効率は実に99.6%! これがどれほど驚異的で夢のある数字かわかる?」
「へえー……、すごいんだぁ」
妙に楽しそうに喋り始めたアル=ジャザリに、全くわかってなさそうな顔をしたフウカが相づちを打つ。
「フウカ、現代で主に浮遊船なんかで使用されてる動力炉、ロウレンスモデルってやつが主流なんだけどさ、それが大体変換効率30%くらいって言われてるんだ」
「おぉナトリ、あんた結構話のわかる奴か? 気に入ったよ!」
「同じ機械に組み込んでも、出力が三倍以上違ってくるわけね」
「うん。ほぼ全てのエネルギーをフィルに変換できるなんて、確かに夢みたいな動力炉だ」
「……すごい!」
「おーい、話脱線しとらんか。時間ないんやぞ」
「そうだった。すまんクレイル」
夢のある技術の話を聞いてつい気分が上がってしまった。
「でもオートマターは過去の戦いによって、両機体とも破壊されてしまっている。生身で戦えるよう対策するしかない」
「うーん……」
「私の印を持ってる奴がいるんだろ? 盟約の印には魔法に対する耐性を付与する刻印回路も組み込まれてる。直接触れられればヤバいけど、砂を吸引するくらいなら耐えられるはずだ」
アル=ジャザリの印を持つアルベールはこの場にいないが、ここには他の印持ちが二人いる。
「それならリッカとクレイルは大丈夫そうだね」
「みたいやな」
「……ん? 私の『地の盟約』以外の印が二つもあるの?」
「はい、そうですけど」
「…………まあ、いちいち驚いてると話進まないしスルーしとくか。あんたらなら持ってても不思議じゃないねってことで」
「俺は大丈夫かもしれない。マグノリア公国の時空迷宮の時も思ったけど、俺も魔法にわりと耐性があるみたいで」
俺に対するアスモデウスの洗脳が甘かったせいで、記憶が綻んだ結果、記憶幻視なんて現象が起きてたからな。
「あんたも何か特殊体質なの?」
「俺はドドーリアなんですよ」
「……! 神銃メフィストフェレスの使い手がドドとはね。これも因果ってやつか」
「?」
「とにかく、それなら納得。ドドーリアはあらゆる干渉波に対して強い耐性を持ってるらしいから、大丈夫でしょ」
「フウカはどうする?」
「そうだなぁ……。こうやって、体の周りに風を起こすっていうのはどう?」
フウカの周囲に急激な空気の流れを感じる。
「……1番不安ではあるが、案外悪くない。細かい砂なら質量は大した事無いし、余裕で吹き飛ばせるだろう。塊を喰らえば耐えられないけどね」
「当たらなければいいんでしょ?」
「まあ、その通りだけど。じゃあそっちの子は?」
「私は『泡石』を使います。泡を薄い皮膜状にして頭を覆います」
「泡か……。面白いこと考えるね。その年でアイン・ソピアル使いとはやるじゃないか」
「リィロさんとグルーミィさんの分も、私が作りますよ」
「ありがとう。頼めるかなマリアンヌちゃん」
とりあえず全員分の『強欲の砂』対策はできそうだった。
「それに加えてもっとも注意しなければいけないのは『簒奪者』という魔法だ」
簒奪者は、捕らえた者からあらゆるものを奪うことができる魔法らしい。奪えるものには、記憶や姿、才能や能力までもが含まれるそうだ。
「なんやそれ、ズルすぎやろ」
「これも厄介でね。過去に『簒奪者』で奪い取った人間が持っていた力を使って、多彩な攻撃を仕掛けてくる」
やはり一筋縄ではいかない相手だ。
「待ってください、もしかして厄災マモンは、人の姿をしてるんでしょうか?」
「そうだよ。少なくとも過去、私と戦っていた時はずっと、私の孫の姿をしていた」
「……そんな」
「なんのためにそんなことを」
「私が弱くなることを期待したんじゃないかな。今思い出してもムカつくね」
そういった状況に至るまでに、どんな経緯があったのかは知らないが、あまり楽しい話ではなさそうだ。
「孫って言ったか?」
「ふん、こんな見た目だが私は生前50代だった。もうちょっと敬いな若造」
「やっぱりババアか」
「なんだって?」
「お若いですね……。コッペリアはあまり老けないんですか」
「私は身体の部位を換装してるからね。見た目は若いんだよ」
「そんな事出来るのか……」
「普通は出来ないけど、エアルよりは簡単。リーシャ様はコッペリアをそういう風に創ったから。……それはともかく」
「いい? マモンは人の姿をとり、人の言葉で語りかけてくるだろう。でも奴の言葉を聞いてはいけない。聞く必要は無いよ。それは奴の本質じゃない」
「……わかりました」
「とまあ、私が教えられるのはこのくらいだよ」
「色々と聞けて助かったぜ」
「貴重な情報でしたね」
アル=ジャザリは細く息を吐くと、再び俺たちを見回す。
「時間がないんだろ? 準備ができたら始めるわよ」
「リィロさん、グルーミィを頼むよ」
「わかったわ。……みんな、気をつけてよね」
それぞれに『強欲の砂』対策を済ませ、リィロとグルーミィを退避させる。
「準備完了だ。いいな、みんな?」
「おう」
「私は大丈夫!」
「はい!」
「いつでもいけます!」
それぞれに武器を構え、アル=ジャザリに合図する。
それを受けて彼女は背後、黄金都市を見下ろす祭壇へと向き直った。




