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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第287話 三人目の英雄

 

 広大な地底窟に広がる巨大都市。

 長髪の女性は、高台から眼下の黄金の街並を静かに見下ろしていた。

 それはまるで、ここだけ時が止まってしまったのではないかというような幻想的な光景だった。


「…………」

「驚いた? 砂漠の地下にこんな場所があるなんて」

「は、はい」

「渇きの大地の下に眠る欲望の都。それこそが光輝の迷宮デザイアの構造なのさ」


 お互いに沈黙したまま、少しの刻が流れた。


「……あの」

「すまない。まさか再び人と話す機会が巡ってくるなんて、思ってなかった。会話の方法を忘れちゃった」

「はあ……」

「とりあえず、自己紹介でも、しようかな」


 女性が祭壇から立ち上がり、こちらを向いた。


 ほっそりしたシルエットだったからそうとは思ったが、やはり種族はコッペリアだ。見た目の年齢は俺たちよりもちょっと上くらいか。

 高貴な者が好んで着るような、装飾の多いドレスを身にまとい、コッペリア特有の小顔に嵌った、金色の両瞳は神秘的な印象を与える。


 なんとなく位が高そうな印象を受ける。


「私の名前はアル=ジャザリ・ガラハッド。創造主との盟約によりここを守護している。……もう何年経ったのか、数えるのはとうに止めてしまったけどね」


 やはり 七英雄だ。アルベールが見つけ出した座標は、彼女の居場所を示したもので間違いなかったのだ。


「英雄アル=ジャザリ。俺たちはあなたに会いにここへきたんだ」

「”英雄“だって? この私が?」

「あなたが厄災を封印した後の世では、あなた達によって厄災は倒されたことになってるから」

「……なんだ、その都合のいい解釈は」

「え?」

「全然倒せてないっつーの! こちとら必死こいて抑え込んでやってんのに、まさか、平和になったぁー! とかいって呑気に暮らしてたわけ? あんたら」

「…………」


 突如豹変した英雄の様子に、思わず言葉を飲み込んだ。今ので位の高そうな印象はかなり薄れたな……。


「ねえ、どうなん?」

「はい……、その通り、です」

「はぁーー…………」


 なんだか空気が重い。著しく英雄の機嫌を損ねたように思える。


「……まあ、それはいいや。さっき私に会いに来たって言ったけど、どうやって?」

「厄災を倒すために迷宮を探索したんですよ」

「厄災を倒すだって? いや、そもそも普通ここには誰も辿りつけないはずだしな……」

「あなたが残したオートマターを発見して、解析したんだ。それでこの場所がわかった」

「あぁ! なるほど、『ニムエ』ね。確かに私の現在位置を補足する機能は搭載してたはず。まだ機能が生きてたとはね……。というか、あれを解析するなんて中々見所のあるヤツがいるじゃない。というか、私の印を持ってないとまあ無理か」


 話してみると結構普通の人っぽい。これが刻印術の開祖、オートマターを生み出した天才だということを忘れそうになる。


「リーシャに厄災を倒してほしいって頼まれた」

「……! あんた、その名をどこで?」

「会ったことがあります」


 アル=ジャザリは俺の瞳をじっと観察するように覗き込むと、突然笑い出した。


「————アッハハハッ……! まさか、もう消えようかって頃になってあの方の意志を継ぐ者が現れるなんてね。全てを諦め、絶望し、虚無の刻を過ごしていた私の前に。人生何が起こるかわからないものだよ。全く……!」


 アル=ジャザリの目の端には、少し涙が滲んでいるように見えた。


「あなたの仲間達、ガリラスやダルクにも会ったんだ」

「随分と懐かしい名前だ。てことはあんた達、他の迷宮を踏破したんだね」

「もちろん」

「そうか……。じゃあ『嫉妬』と『色欲』は」

「嫉妬の厄災は消し去った。色欲の方は……ちょっと面倒な事になってるけど今はなんとかなってる」

「よく分からない。けど、あのレヴィアタンが消えた……。消えたのか」


 何を思ったか、アル=ジャザリは天を仰ぐと目を閉じた。まるで祈りを捧げているかのように見えた。


「ガリラス……、アグラヴェインも報われたことだろうね」



「浸ってるとこ悪ィけどよ、厄災について教えてくれや」

「偉そうなストルキオだな。アグラヴェインとは違った方向で」


 むっとした目つきで英雄がクレイルを睨む。


「アル=ジャザリ様、私達急いでいるんです。ここまで来るのに随分時間がかかってしまったので」

「――そういえばそうだった。あんた達、ここに入ってから何日経った?」

「今日で30日目です」

「そうか。それは急がないとね。でもその短期間でこのデザイアの中心に辿り着けたのは幸運だった」

「あの……、もし期間が過ぎてしまうと、私達はどうなってしまうんですか?」


 彼女は真剣な眼差しで問いかける俺達を見回すと、一瞬間を置いて口を開いた。


「その疑問に答えるためには、まず迷宮デザイアが異空間に隠されている理由を説明しないと。デザイアは数年に一度だけスカイフォールに現れる。なんでそうなってると思う」

「それは……、人を近づけないように?」

「もちろんそれも理由の一つ。でもあくまで副次的なものさ」

「そうなのか」

「一番の理由は、溜まった『強欲』の排出」

「強欲?」

「人を近づけたくないなら、亜空間に永遠に隠匿しておけばいい。でもそうはなっていないのさ。いや、できないんだ」


 実際、いまだ発見すらされてない迷宮は、そうやって隠されているのかもしれないしな。


「迷宮内部は砂漠になっているでしょ? あれは厄災の影響なんだよ。最初はあんな風じゃなかった。強欲の厄災は、自らの欲によって酷く飢えている。封印から溢れ出るその渇きは、長い年月の果てに迷宮の内部環境を変質させ、砂の大地へと変えてしまった」


 元々砂漠じゃなかったのか。想像を絶する年月を、平然と生きながらえる厄災も驚嘆に値する存在だが、余波だけで周囲を砂漠に変えてしまうとは。


 一体どれほどの魔力を内包する存在なのか。


「厄災の『強欲』は、こうして目に見える形で顕在化していくのよ」


 そう言ってアル=ジャザリは眼下の街並に目をやる。


「まさかこの街並って、自然に形成されていったものなんですか?!」

「そうだよ。自然とは少し違うけど、厄災の内包する限りない欲望が形になったものだからね」


 この黄金の都市が、厄災の……。到底自然物には見えない。贅を尽くした装飾に、ちりばめられた黄金の輝き。人の理解を超えた力が、厄災の中には存在しているのか。


「普段、迷宮デザイアは厄災の魔法(ドミネイト)の影響をスカイフォールから遠ざけるため、擬似的な異空間に隔離されている。そして数年に一度現世に姿を現し、ここに溜まった『強欲』が溢れないように外の世界に排出しているってわけ」

「じゃあ、迷宮からルーナリアの都に降り注ぐ黄金はこの街並の残滓、というわけですか」

「もちろん現実世界にいい影響は及ぼさないだろう。厄災の魔力から生まれた金だからね」

「だから凶暴化の原因となる、強欲の芽が世界に溢れてしまったんですね……」


 リッカの言葉に、アル=ジャザリはちっ、と小さく舌打ちをする。


「……やっぱりそういうことになってるか。あいつ、そうやって自分の魔力を少しずつ外界に拡散してやがったな……?」


 アル=ジャザリ自身、厄災の魔力が現実に及ぼす悪影響のことを憂慮はしていたようだ。


「とにかく、この迷宮は最初から異空間に創造されたものなんだよ。スカイフォールに現れるのは30日間のみ。そういうシステムなんだ」

「じゃあ……」

「迷宮が再び異空間へ戻ってしまえば、たとえあんた達が厄災を倒しても、向こう三年はスカイフォールに帰れないだろうな」

「……!」


 恐れていた事が現実になる事がわかり、焦燥感が募っていく。


「こっ、こんな場所で三年もー!?」

「無理ですよっ! こんな環境であの人数が生き残るなんて」

「アル=ジャザリの力でなんとかならないの?」

「悪いけど、今の私にはあと数年自分の意思を維持する程度の力しか残されてないよ」

「なァに、狼狽えんなちびすけ。今日中にぶっ倒しゃあいい。そんだけの事やろ?」

「クレイルの言う通りだ。まだ時間はある」

「そうだよ。さっき幸運っていったでしょ。レヴィアタンを葬ったんだ。あんたらにはあるんだよね? 厄災を斃す手段がさ」


 彼女の前に右手を掲げ、リベリオンを実体化させる。


「これは……、やっぱりそうだ。昔リーシャ様に見せてもらった事がある。でも、使い手は結局見つからなかったって言ってた。まさかあんた、これを?」

「こいつでずっと戦ってきたんだ。使いこなせているかは、わからないけど」

「アハハ……、リーシャ様ってば、私の元にこんな凄い連中を寄越してくれるなんて。仲間想いなところ、全然変わってないじゃん……!」


 アル=ジャザリは俺に向き直ると、真剣な眼差しを向け言葉を紡ぐ。


「創造主リーシャ・ソライドの意志を受け継ぎし者…………、えーと名前」

「ナトリ・ランドウォーカーです」


 彼女はこほん、と一つ咳払いをする。


「創造主リーシャ・ソライドの意志を受け継ぎし者、ナトリ・ランドウォーカーよ。そなたにスカイフォールの未来を託す。その神器、『想滅神銃メフィストフェレス』によって、『強欲の厄災マモン』を滅ぼし、どうかこの世界に安寧を齎し給え」


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