第285話 メンバー
「お前たち、応戦中の人員と交代するぞ」
「おう!」
岩門前に溜まっていた学生達は、ウォンを筆頭に慌ただしく外へと駆け出して行った。
「厄災討伐部隊の構成はナトリに任せる。人員を揃えた後、目標地点へと向かってくれ」
「わかったよ」
「申し訳ありません、フウカ様。共に行きたいところではありますが、私の在るべき戦場は今この場所のようです」
「レロイ、死んじゃだめだからね」
彼は少しやつれてはいるが、いまだ光り輝くような美貌にささやかな笑顔を浮かべるとフウカに答えた。
「死にません。再びフウカ様と見えるまでは」
「私も、連れて行ってください」
「マリア」
視線を下げると、薄青の瞳に決意を滲ませたマリアンヌと目が合う。
「本当にいいのか?」
「はい。さっきナトリさんはジェネシスで行くと行ってましたよね。私だってその一員です」
彼女の力が俺たちを助けてくれることはわかっている。信頼して背中を預けられる仲間だからな。
でも、正直なところを言えばマリアンヌを連れていくのに抵抗がないわけじゃない。
「嫉妬の厄災の時は、見ていることしかできませんでした。プリヴェーラ防衛戦の時だって。今度は一緒に戦わせてください」
「……そのつもりだよ。俺達にはマリアの力が必要だ。頼りにしてるぜ」
マリアンヌの覚悟は本物だ。それなら俺も彼女を信じて、そして守らなくては。
「ナトリ」
呼びかけに振り返ると、岩門の外からエルマーとクロウニーがやってくる。
「二人とも無事みたいだな」
「そんなにヤワじゃねぇんだぜ」
「君達の方こそ良く戻ったね。今しがたやたら士気の高いウォン達と交代したんだけど、何かあった?」
「突き止めたんだ。英雄の居場所」
「マジかよ!」
「そうか……。向かうつもりなんだね」
「うん」
「俺っちも一緒に行って厄災とかいうバケモンをぶん殴りてぇとこだけどよ。わりぃがここにいなきゃなんねーみたいなんだぜ」
「エルマー」
「ふ、わかってるじゃないかエルマー。気力を失い動けない人達を守るためにも、僕らは戦い続けなきゃいけないな」
「拠点の奴ら、気のいい連中ばっかだからよ。放っておけねんだぜ」
二人とも、既に自らの役割を自然に自覚している。いや、この拠点にいる全員がわかっているのだろう。
「だからよナトリ。俺っちのかわりに厄災の馬鹿野郎を三千発ぶん殴ってこいよ」
そう言ってエルマーは自慢の鋼の右腕を持ち上げる。俺もそれに拳を合わせた。
「任された」
「へっ!」
「ナトリ、フウカちゃん。本音を言えば僕も共に行きたいと切に思う……。だから、この思いは君達に託させてくれ。そしてどうかデリィを……!」
「クロウニーの気持ち、受け取ったよ。厄災は私たちに任せて。エルマーたちは拠点の人たちを守って」
「君達は厄災を倒し、僕たちは拠点を守りきる。その後また会おう」
「約束だ」
クロウニーと久しぶりに握手を交わし、彼の強い意志を宿す瞳から恋人に対する想いを受け取る。
俺たちはそれぞれの目的地へと進むためにそこで分かれた。
「クレイルさんはあっちの壁上に陣取ってます。呼びに行きましょう」
拠点を囲むように聳え立つ岩壁の上は、周囲から襲ってくる敵を迎撃するにはもってこいの場所となっている。ノーフェイスを寄せ付けまいと、きっと崖上から炎をバラまきまくっているのだろう。
フウカの手を借りて岩壁を登り、一番上まで辿り着く。
間隔を空けて術士が立ち、地上で応戦する者達を援護するように黒波に向かって波導を放っている。クレイルの蒼炎は目立つのですぐに見つかった。
「よォお前ら。やっぱりあの光はフウカちゃんやったか」
「ただいまクレイル。大丈夫?」
「いまのところはな。なんとか奴らを寄せ付けんようにはできとるが」
「少しずつ数が増えてるみたいなんです」
「厄介なことにな」
「俺たちも戻ってくる時に黒波に襲われたけど、あれってもしかしてさ」
「おそらくな。アルベール達を見つけた時に襲っとったゲーティアーやろ」
「私たち、後をつけられていたんですね……」
そうだろうな。明らかに何者かの意思が反映されたかのような攻撃。あの時のゲーティアーが、劣勢で一旦引いたと思わせて、俺たちの後を拠点まで追跡してきやがったわけだ。
俺達はまんまとゲーティアーを拠点まで引き寄せてしまったことになる。
「黒波を率いて、拠点を襲う隙を窺ってた……ってこと?」
あの時、もう少しそういった可能性を考慮すべきだった。引いていったノーフェイスに違和感を覚えたものの、危機を脱した安心感と疲れで思考を放棄してしまった。
「そんなことより随分早い帰還やんか。当然成果あったんやろ?」
「もちろんだ。多分アル・ジャザリの居場所を特定した」
「ほォ。てことは、ついに決戦か?」
「レロイと話して、すぐに部隊を編成して向かうことになった」
「道理やな」
「厄災討伐には俺たちジェネシスが行く。クレイルも頼む」
クレイルは杖に宿した火球を、周囲を包囲するノーフェイスの塊にばらまくようにして撃ち込むと、ニヤリと嘴を歪めた。
「行くに決まっとるやろ。一刻も早く野郎ぶっ倒して、こんな砂まみれの場所から出ようや」
「……だな!」
「――おい、お前らァ! 俺は厄災倒しに抜けるが、気張れよォ!」
クレイルが張り上げた大声に、周囲で戦う者達が応える。
「もうちびすけもおるな。後はリィロか?」
「リィロさんは物見塔にいるはずです。行きましょう」
物見塔とはいうものの、実際は狭い拠点の中央あたりに位置する高い岩の柱だ。拠点内では一番高さがあり、周囲を監視するには都合がいい。リィロはそこで探知系の響波導を操っていることが多かった。
物見岩の天辺へ登っていくと、やはりリィロはそこでノーフェイスの気配を探っていた。
「……みんな、おかえり。無事でよかった」
「リィロさん、疲れた顔をしてますよ」
「気が抜けないから。もうちょっと寝とけばよかったぁ……」
彼女はなんとかゲーティアーを探し出そうと、響波導で周囲の敵の気配を探っていたようだ。
「でも全然わからない。私の感知射程の中にはいないのかもしれないわね」
「俺たちも似たようなのに襲われたからな。きっと安全な場所から高見の見物してるはずだ」
続々と集まる増援は厄介だが、この状況では親玉を見つけ出すのは不可能に近い。
「それで、どうだったの? 君たちが帰ってきたってことは、もしかして?」
「はい。見つけましたよ。手がかり」
「やっぱりすごいね……、みんなは」
「それで、討伐隊を編成して早速向かうことになったんです。私たちジェネシスで」
「リィロさんは……」
「行く」
リィロはきっぱりとそう言い切った。
「私たちはもう運命共同体でしょ。それに年長者の私だけ留守番なんて、格好つかないし」
「リィロさん……、なんだからしくないです」
マリアンヌのあんまりな評価にリィロはずるりと体を傾げる。
「私、ビビリだけどさすがに状況は分かってるつもりよ。ここまで来たら、腹括るしかないでしょ?」
「リィロ、無理せんでもええぜ?」
「――もう! 私なりに怖いの我慢して決意表明してるんだから、水差すようなこと言わないで!」
「へいへい」
「でもきっと私の波導力じゃ厄災には何もできないから、みんなの足手まといにだけはならないようにする」
「リィロが一緒だと心強いよ。ね、リッカ」
「うん!」
「うぅ……、やっぱりチビりそう」
「リィロさんの力もすごく頼りにしてるんだ。一緒に来てほしいって思ってた」
「私だってロスメルタに来てからずっとみんなとモンスターを狩ってたのよ。いないと索敵困るでしょ?」
「ですね!」
実際彼女の言う通りだ。ジェネシス全員で戦えるとなれば、気持ち的にもこれ以上はない。ずっと共に戦って来た、互いに最も信頼の置けるメンバーなんだから。
「っし。編成も済んだことだし、とっとと決着付けに行こうや」
「だね。一人でも多くの人を助けるために!」
「よし、行こうか!」




