第284話 討伐作戦
闇夜に沈んだ砂漠に吹き渡る風の音を耳にしながら、俺たちは一刻も早く拠点に帰還すべく、全身に風を受けて砂原を飛んでいた。
「グルーミィ、方向は合ってるか?」
「……まっすぐ」
時折フウカが地面を蹴る柔らかい音と、ひゅうひゅうという風の音以外には何も聞こえない。
「フウカちゃん、飛びっぱなしだけど大丈夫?」
「平気だよ。リッカとナトリが力を貸してくれてるし、すっごく楽だから」
「さすがに体力あるよな、フウカは」
「ナトリくんも、ずっとリベルちゃんの力を使ってますけど、平気なんですか?」
「俺もまだ大丈夫。余計な力を使わなくて済むようになってきた気がするし、エレメントブリンガーで風を操るのもかなり慣れて来たみたいだ」
リベルが使用煉気量を一定にコントロールしてくれているおかげで、必要な力と煉気残量をちゃんと把握できている。かなり効率的な煉気運用だ。素晴らしい。
「フウカ、リッカ、それにグルーミィ。拠点へ戻ったら、すぐに手に入れた位置情報の場所へ向かうぞ。多分そこには英雄アル=ジャザリと、厄災がいる」
「……いよいよ、ですね」
「ナトリとはぐれた時はどうしようって思ったけど、なんとかここまできたんだね……」
「フウカちゃん、迷宮に落ちた直後はナトリくんを探しに行くんだって、準備もせずに飛び出しそうな勢いでしたから」
リッカがおかしそうにそう言うと、フウカがむくれたように言い返す。
「当然だよ、心配だったもん。リッカもすっごい落ち込んでたでしょ?」
「うん。あの時は本当に……」
「俺だってずっと二人のこと心配だった。再会できたときは本当に嬉しかったな」
いまだ多くの者がこの広大な砂漠を彷徨っている可能性を考えれば、俺たちが出会えたのは奇跡的なことだったはず。
「厄災を倒そう。みんなでルーナリアに帰るんだ」
「もちろんだよ。王宮神官のお仕事としても厄災は放っておけないし」
「嫉妬の厄災レヴィアタンを倒したナトリくんとフウカちゃんがいれば、絶対に倒せます」
誰一人欠けることなく。
既に多くの命が失われている。それでも俺は拠点のみんなを、ジェネシスの仲間達を失いたくはない。
さらに前進を続けること一刻ほど。グルーミィが何かを感じ取った。
「……いる」
「どうした?」
「……たくさんの……かげ」
グルーミィの言葉の意味は、一際巨大な砂丘を超えた時に明らかとなった。
フウカが足を止めて砂丘に降り立ち、俺たちは立ち尽くしながら眼前の光景を見下ろした。
「……なんて数だ」
「黒波……ですね」
遠く、空と砂漠の境界を埋め尽くすかの如く、月明かりすら吸い込む漆黒の影が眼前に蠢いていた。
今までに見たどんな黒波よりも規模がでかい。
「あ、あれ拠点じゃないの?!」
「なんだって!?」
フウカが黒波の一点を指差すと同時、その地点で蒼い炎が閃いた。この距離であの大きさだ。かなりの距離が炎によって薙ぎ払われたらしい。
「クレイルさんの蒼炎ですっ!」
「なんてこった……、こんなのありかよ」
俺たちの砂漠の拠点が、いまだかつてない規模のノーフェイスの大群によって完全に包囲されていた。
「くそっ、みんな、すぐ応援に向かうぞ!」
「急がないとっ!」
フウカの瞳が薄紅色の輝きを放ち、緋色の翼が現れる。
彼女は俺たちを連れたまま浮上し、一気に拠点めがけて高速で飛び始めた。
拠点の正面岩門を目掛けて真っ黒に覆われた砂漠の上を飛んでいると、右方から突然黒波がうねるように持ち上がり、宙を泳ぐように俺たち目がけて殺到してくる。
「『ソニックレイジ』!」
響属性を収束させた属性弾を撃ち込んでやると、黒波の群れは空中で派手に炸裂、影の大蛇の体はバラバラに砕け散る。
「ナトリくん、あの動き……!」
「やっぱりそういうことか……」
ノーフェイスの妨害を撥ね除けて岩門へと辿り着く。
拠点の周囲では多くの学生達が杖や武器を手に、押し寄せる黒波の相手をしていた。波導やエアリアが飛び交い、激しい戦闘音が断続的に響き渡る。
門の前に立つ金髪の青年が目に入った。フウカは俺たちを連れ、彼の側に降りていく。
「レロイ!」
「フウカ様! ご無事でしたか……」
「一体どうなってるんだ?!」
「見ての通りだ。拠点は夜半、奴らの襲撃を受けた。私たちは夜通し応戦している」
「ずっと……、戦っているんですか」
「そうだ。それよりこちらへ来てほしい」
俺たちは彼に岩門の内側へと招きいれられた。すると真っ先に見知った顔が迎えてくれた。
「みなさん! 無事だったんですねっ!」
「マリアンヌちゃん! よかった……」
マリアンヌは俺たちの元へ駆け寄り、嬉しそうな顔をみせてくれる。
外の様子を注視していたレイトローズがこちらに向き直り、もの問いたげな視線を俺に向けてくる。
「聞いてくれレロイ。想定の場所でアル・ジャザリのオートマターを発見した」
「……それは本当か!」
「ああ。そしてアルベールが回路を解析して、ある位置情報を割り出した」
「その位置情報とは?」
「あいつが言うには、英雄アル=ジャザリ本人の居場所の可能性が高いって」
「それって……、厄災の居場所ですよね?」
俺たちの周囲に集まっていた数人が興奮した様子で騒ぎ始める。
「厄災の場所、わかったのかよ?!」
「ようやく迷宮から脱出できる!」
「あと少し、もうちょっとで……っ!」
「ついに手がかりをつかんだようだな。君達ならやってくれると思っていた……。ところで、ライオットとヴァーミリオンの姿が見えないが」
「アルベールはオートマターの解析のために残った。ヒノエ先輩も護衛で一緒に」
「そうか」
腕組みし、口元に手を当てて視線を落としていたレイトローズが俺を見据える。
「戻ってすぐだが、新たに部隊を編成したい。中へ」
「部隊……ですか」
「おい、そんなことしてる場合なのか?」
拠点の外では戦闘の真っ最中だ。今にもノーフェイスがなだれ込んでくるかもしれない状況だ。
「編成するのは厄災討伐のための部隊だ。ランドウォーカー、君にはすぐにでも件の目標地点へ向かってもらうことになる」
「でも拠点が!」
「フウカ様、時は一刻を争います。迷宮に囚われた全員の生存率を上げるには、今討伐部隊を送らなければならないのです。我々にはもう時間がない。お判りでしょう」
「…………」
「君は全てを救うと決めたはずだ。だが、犠牲を覚悟もせず成し遂げられるほど、それは甘くないと知るべきだ」
「でも、拠点の人達を見捨てるなんて」
「それは違います。どうか信じて欲しいのです、フウカ様。我々のことを。そして我々にも信じさせてくれ、君達が必ず厄災を倒し、この悪夢を終わらせてくれるということを」
レロイの色違いの瞳が俺の覚悟を問う。周囲に集まった学生達の視線もまた、俺に集中する。
……そうか。気持ちは全員同じなんだ。各自が己にできる最善を尽くす。全てが必要なことなんだ。
それなら俺も覚悟を決めるべきだ。
「みんな。俺たちジェネシスが必ず厄災を倒す。だから……、それまでなんとか持ちこたえてくれ」
「ナトリくん……」
「お前はそれでいい。俺たちのことは気にするな。あのような影共にそう易々と喰われはせんよ」
黒い毛並みをした精悍な顔つきの拳闘士、ウォン・リー・ロウが応える。
「行ってくれ! そして必ず厄災を倒せ。拠点防衛は俺たちでなんとかすっからよ!」
「信じるぜ、あんたらのこと」
「みんな……」
皆が心強い言葉で賛同してくれる。俺たちは全員で戦ってるんだ。
「やるぞ、フウカ。俺達がすべきことを」
「そうだね……。わかったよ。行こう、ナトリ、リッカ!」
迷いを振り切り、心を決めたフウカと向かい合って、俺とリッカは強く頷いた。




