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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第279話 影の峡谷

 

「オートマターって、ルーナリア国立博物館に展示されてた国宝のことだよな?」

「そうっす」


 半ば地面に埋もれている機械を観察しながらアルベールは肯定する。


 クレイルと一緒にアルベールに付き合って見にいったことがあったな。


 言われてみれば確かに……、あの展示物とどことなく雰囲気が似ているような。


「遥か神代に英雄アル=ジャザリが使役した機械だと伝えられているものだな」

「迷宮の中だもんね。そういうものがあってもおかしくないんじゃない?」

「確かにそうだ。強欲の厄災がまだ封印されてるなら、ガリラスやダルクの時みたいにアル=ジャザリの魂がまだ残ってても不思議じゃないんだよな……」

「……?」


 迷宮について詳しくないアルベールとヒノエのために、七英雄達がいまだ波導生命体となり迷宮内部で厄災を封印しているということを説明する。


「俄には信じ難いが、君達は実際に二つの迷宮を踏破しているようだからな。では、本当にこれが……」

「間違いないっすよ。オレは小さい頃から博物館に通ってずっとオートマターを見て育ったんだ。この間接の処理とか、装甲のデザイン。絶対に同じ制作者だ」


 アルベールだからこそ気づける共通点があるらしい。


「アルベールくんの言うとおりだったら、アル=ジャザリはここで厄災と争ったということなんでしょうか?」


 この歪な地形がそれを証明しているようにも思える。


「でも、この辺りに残ってるのはこのオートマターだけみたい。私たちは厄災を探さなきゃいけないのに」

「厄災の場所……、わかるかもしれない」


 アルベールの一言に俺たちは目を剥く。


「本当か、アル?!」

「絶対とはいえませんけど、もしかしたら」

「もしや、そのオートマターの残骸から何らかの手がかりが得られるのかな?」

「はい。こいつを解析して、記録(ログ)を読み解くことができればあるいは……」

「マジか!」


 ようやく、ようやく厄災に手が届くかもしれない。


 迷宮で朽ち果てることになるかもしれないという恐怖がちらつく日々。

 そんな追いつめられた状況を脱するための糸口を、ついに見つけられたのか。



「みんな、立って」


 内心で沸き立つ気持ちを制するようにフウカの硬い声が響く。


「ど、どしたんすか? フウカさん」


 低い唸り声のようなものに振り返ると、ヒノエの肩に乗ったフレスベルグが炎の勢いを強めながら警戒するような鳴き声を上げていた。


「敵」


 ヒノエも辺りの気配を探るように周囲に注意を配り始める。


「かげ……くる」


 感覚が鋭い面子の様子が変わったことで、場の緊張感が一気に高まって行く。


「包囲されているな」

「うん、相当な数だよ。ゆっくり近づいてきてる」

「本当ですか……?!」


 良くないな。今俺たちは結束を解いていて移動し易い状態じゃない。この辺りは安全だと思い込んでいた。


「ランドウォーカー、どうする?」


 ヒノエが俺の目を見て対応を問う。俺は一応この部隊のリーダーということになっている。早急に判断を下さねばならない。


「アル、それはすぐに運び出せる状態か?」

「無理っすよ……! 下手に動かしたら崩れ去っちまうかもしれない」


 運び出すのは不可能。敵の数は、フウカがマジになるくらいの規模だ。


「それなら……、いますぐ渓谷の入口まで撤退する。上に逃げるぞ!」

「了解だ」

「わかりました!」


「叛逆の鉄槌、『リベリオン・オーバーリミット』」

「風の護り、『(シュピテール)』」

「星の加護よ。『星掌マイア』」


 俺たちはそれぞれに移動補助のための術を発動させる。


 俺はグルーミィを、ヒノエはアルベールを小脇に抱え、付近に聳える谷壁目がけてクレーターを脱兎の如く飛び出した。


 谷底を駆けながら周囲に視線を走らせると、俺たちが動いたのを感知したのか、ざわりと黒い物体が視界に姿を現した。


 それらは壁や地面を覆い尽くすように広がり、迫ってくる。

 小型のノーフェイスの群れだ。一体一体は黒波よりも大きく、細長い足がたくさん生えた蜘蛛のような種だ。


 壁際まで辿り着いた俺たちは壁を伝うようにして崖を駆け登り始める。


 ただでさえ人一人抱えたまま崖を登ってるってのに、壁の窪みが脆く蹴り上げた衝撃でボロボロと崩れるため、思うように上へ上がることができない。


 自分でやってみてようやくわかるが、フウカの奴よくこんな芸当を事も無げにこなしていたな。


 みんなのように上手く高さを稼げずにいると、谷底は真っ黒に覆われ、壁伝いにもノーフェイスが瞬く間に接近してくる。


「くっそ……!」


 ちょっとやそっと倒してどうにかなる数じゃない。戦うのはとてもじゃないけど無理。


 その詳細な姿まで観察できる距離に奴らの接近を許した途端、のっぺりした頭部が口のように裂けたかと思うとそこから真っ黒な何かを噴射し始めた。


「――うっ?!」


 攻撃を回避するため壁を蹴りつけて反対側の壁に飛ぶが、何かが足先に付着した感覚を覚える。


 壁に取り付いたものの、足をぐいと引っ張られずり落ちそうになった。

 見下ろすと、足に纏わり付く黒い糸のようなものが下へと伸び、ノーフェイスの口へと繋がっていた。

 糸を振り払おうとするがくっついて取れそうにない。


「粘糸かっ!」

「なとり……あぶない」

「?!」


 壁を登ってくるノーフィエス達が一斉に口を開くのを視界に捉える。強い危機感を覚え、思い切り壁を蹴り付けて跳躍する。


 だが、思ったように視界が移動しない。体に纏わり付く嫌な感覚。空中で粘糸に絡めとられ、下へと引かれていた。

 さらに視界を覆うように迸る黒い糸が体中に巻き付いていく。手足にも、顔にも糸が覆いかぶさり、片目の視界が完全に奪われた。


「————……ッ!」


 本気でやばい。抱きかかえたグルーミィ諸共、粘液で完全に拘束され最早身動きもとれない。

 このまま谷底へ落下すれば、影共に食い散らかされる。


『マスター!!』

『終わってたまるか……よっ!』


「————ブリンガー、『ドレッドストーム』!!」


 絡めとられ自由の利かない右手に、強引にリベリオンを出現させる。

 多少自分達が傷つくことも覚悟で、小規模な風の刃を発生させ纏わりついた粘糸を切り刻む。


 そのまま緑光を放つ刀身を谷底へ振り下ろし、風の属性(エモ)を解放する。


「このままッ、一気に上まで……! うおおおおおッ!!!!」


 ありったけの煉気を注ぎ込む勢いで柄を握る手に力を込める。


 発生した突風が、飛び交う粘糸を吹き飛ばしながら狭い谷間の空間を荒れ狂う。

 その勢いを自分の体を押し上げるように収束させ、一気に突き上げる。


 俺の体は粘糸でグルーミィと密着したまま、弾け飛ぶようにして上空へと打ち上がった。


 谷を一瞬で脱し、次の瞬間には明るい光が照りつける砂漠の風景が広がる。

 眼下には複雑に広がる大渓谷。どうやら群れは振り切ることに成功したらしい。


「あぶねー……、って、お、落ちるッ!」


 上空へ逃げたはいいものの、まだ繊細な飛行制御ができるレベルじゃない。



「ナトリーっ!!」

「!」


 落下し始めた俺たち目がけて飛んでくるフウカの姿を捉える。彼女に向かって、空中で必死に手を伸ばす。


 フウカは俺の手を掴まえると、一度慣性を付けて落下の勢いを殺してから俺達をぶら下げたまま飛行を始めた。

 よく見ると彼女の背には緋色の翼が浮かび上がっている。


「助かった……、マジで死ぬかと思った。本当にありがとなフウカ」

「ヒヤヒヤしたよ〜。でもよかった! みんなも大丈夫みたい。グルーミィも怪我はない?」

「……だいじょうぶ」

「とりあえず渓谷の入り口に戻ろうか。みんなと合流しないと」

「うん。このまま飛んでいくね」



 おそらくはあの渓谷一帯の蜘蛛達を束ねる上位種が存在し、俺達を油断させるようにして渓谷の奥まで引き込んだ。


 一気に包囲して一網打尽にするつもりだったんだろう。気付くのがちょっと遅れていたらやられていた。


 ……ここへ来るまでに、ドレッドストームの風制御の訓練をしておいて本当によかった。


 奴らが粘糸を吐き付けてきたことも結果的にはプラスに働いた。オーバーリミットを解除すれば、空の加護を持たない俺はグルーミィを抱えて移動する力が出せなくなる。


 糸で無理矢理俺たちの体を接着しておくれたおかげで、俺はエレメントブリンガーの行使に集中することができた。



 色々と運がよかったってことだろう。


「なとり……ありがと」

「気にすんな。連れ回してるのは俺たちだ」


 糸で巻かれて胴体がくっついている状況だが、心なしか圧迫感が強まったような気がした。




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