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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第277話 カムナビ

 

 地平線の彼方から、橙色に輝く朝日が顔を覗かせていた。

 振り返り、拠点の岩門の前に立つ面々を見回す。


 フウカにリッカ。アルベールにヒノエ、そしてグルーミィ。

 これが昨日急遽結成された渓谷の探索部隊だ。


 少数精鋭かつ、移動速度を重視した結果がこのメンバーとなる。俺たち六人はなるべく戦闘を避けつつ、最短で目的地である、昨日発見した大渓谷を目指す。



 岩壁に寄りかかって立つクレイルの元へ歩いていく。


「準備はええんか」

「ああ。元よりそんなに荷物はないからね」

「気ぃつけて行ってこいよ、ナトリ」

「クレイルもレロイ達のことを頼む。みんなを守ってやってくれ」


 クレイルが残ってくれるなら安心だ。拠点内では一番の実力者だろうからな。



「ナトリ、わかっているとは思うが」


 俺たちを見送りに出て来たレロイが声を掛けてくる。


「おそらくこれが最後の遠征のチャンスになる。我々にはもう後が無い」

「そうだな……。拠点の様子を見てれば嫌でもわかるよ」


 魔力に蝕まれ、気力喪失症に陥る者は日に日に増えている。この拠点の協力体制が崩壊するのは最早避けられないだろう。


「だからこそ……、我々のことは気にするな。そして、決して諦めようとするな」


 何か掴むまで帰ってくるな、ということか。彼の色違いの双眸は、そう強く訴えかけているように見えた。それだけの決意を胸に、皆ここにいる。


「わかった、レロイ。この広大な砂漠の中から絶対に……、厄災を見つけ出してくる。みんなでここから出よう」

「ここは俺が守ったるから、気にせず目的果たしてこい」

「頼りにしてるぜクレイル」

「行ってくるね、みんな。絶対に、また会おう」

「はい。フウカ様、――我々の命運をあなたに託します」



「みなさん、準備はいいですか?」


 リッカの確認に各々が頷く。

 だが、俺達六人は少々奇妙なフォーメーションを組んでいる。


 フウカの両手を俺とリッカが両側から取り、俺の背中には頑丈なバンドで背中合わせに括り付けられたグルーミィがくっついている。

 アルベールも同様にヒノエの背に体を固定する格好となっている。


 アルベールはヒノエに背負われることに難色を示したが、この中で俺を除いた飛力が最も低いのがアルベールなのだから仕方が無い。

 グルーミィはそれなりに身長があるので俺が背負う。


「ではいきます。――星よ。その御手により我らが身を掬い上げ給え。『星掌マイア』」


 フウカと繋いだ手を通して、リッカの波導の感覚が伝わってくる。


「……やっぱりナトリくんの身体は波導が伝わり辛いですね。フウカちゃんには綿に水がしみ込むみたいに伝わるんだけど」

「私も手伝うよリッカ。『星掌マイア』」


 フウカが重ねて波導を発動させると、身体がすうっと軽くなっていく感覚を覚えた。背負ったグルーミィの重みが薄れていくみたいだ。


「じゃあ行くよ。ヒノエもいける?」

「ああ、問題ない。フレスベルグ」


 ヒノエの呼びかけに応じるように、彼女の周囲を飛んでいた火鳥フレスベルグが、ヒノエの両肩を掴むように燃え盛る両足を下ろす。


 するとフレスベルグの体はぐんぐんと大きくなっていき、羽ばたきと共にアルベールもろともヒノエの体は宙へ浮かぶ。


「ライオット、少々熱いが我慢してくれ」

「うあっち! 火の粉が飛んでくるんすけどぉ!」

「すまないが慣れてもらう他ない」


 ヒノエの背中で喚くアルベールを横目に、フウカが一歩踏み出す。そして大きく跳躍する。

 フウカに手を引かれ、俺たちは拠点前の砂丘を一足で飛び越えた。


 そのまま速度に乗ったフウカは軽快に俺たちを引っ張りながら砂漠を飛び跳ねるように進んでいく。横目にフレスベルグが並走飛行してきているのを確認する。


 普通に飛ぶならフウカは俺一人連れるので精一杯だが、リッカの黒波導で俺たちの重さを軽減できればこんな風に一度に大人数を運ぶことだって可能だ。


「予定通り、リッカの煉気が減ってくるかヒノエ先輩から合図があったら一度降りて休憩だ」

「うん、わかったよ」


 前回遠征時、マリアンヌの泡の精(ヴォジャノーイ)を使った移動の二倍以上の速度で俺たちは迷宮を軽快な速度で進み始めた。


 目指すは探査機によって割り出された座標、砂漠の果ての渓谷だ。




 §




 日が中天に差し掛かる頃、俺たちは昼食を兼ねて休憩を取る。


「すみません、私の煉気が多ければもっと速く進めるんですけど」

「焦っても仕方が無いよ。先はまだ長いのだから」


 リッカの煉気を温存する目的もある休憩だが、アルベールを背負って飛んでいたヒノエにはまだ余裕が窺える。


「さすがはヴァーミリオン先輩っすね。煉気あるなぁ」

「鍛えているからね」


 サイズの小さくなったフレスベルグがヒノエの右肩に止まり、彼女の頬に体を擦り付ける。


「それにしても……、不思議なもんですね。エルヒムと協力関係にあるなんて」


 元フラウ・ジャブ様であるフラーもエルヒムだが、あいつは結構自由気ままに過ごしているし。


「ヒノエ、私もフレスベルグに触れるかな?」


 フウカが興味津々といった顔で訪ねる。


「あまりおすすめはできないよ。相性が悪いと火傷してしまうかもしれない」

「えー、残念だなぁ」

「フレスベルグちゃんは、ヒノエ先輩から生まれたエルヒムなんですか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

「変わってるよね。ヒノエみたいにエルヒムと一緒に戦う人って見たことないもの」

「エルヒムをその身に宿すカムナビは、私の故郷であるヒノモトに伝わる独自の風習だからな」


 彼女の故郷であるヒノモトでは、人とエルヒムの関係がとても強いそうだ。


「私の故郷はロスメルタでも北部との国境線に近くてね。帝国との小競り合いは日常茶飯事なんだ」

「それで、戦う力が常に求められるんですか」

「そうだ。自分の身は自分で守らねばならない」


 神は人に恵みをもたらす存在であり、人々は神に感謝し祈りを捧げ、一生を共に歩むのだという。


「行ってみたいですね。先輩の故郷」

「私も故郷に興味を持ってもらえて嬉しいよ」

「フレスベルグはヴァーミリオン先輩の煉気を使って顕現してるんすか?」

「ああそうだ」


 彼女は学生服の襟をぐいと引いて男らしく肩を露出させる。


 丁度右肩の鎖骨の当たりに、炎を模した赤い刻印が刻まれている。


「カムナビは神と誓いを交わすことにより、精神をエルヒムと共有している。私たちは一心同体なんだ」

「精神を共有……ですか」


 リッカとアスモデウスの関係に似ている気がする。あと、俺とリベルもそういえなくもないか? 

 リッカもカムナビと近い状態になっているのだろうか。


「ヒノエ先輩。カムナビは、エルヒムとの繋がりを断つことはできるんですか?」

「ん……、私もそういう話はさすがに聞いた事が……いや」

「?」

「かつて、エルヒムと精神を共有するのではなく、一方的に従わせようとしたカムナビが存在したと聞いた事がある」

「それって、神を使役するってことでしょうか……?」


 リッカの言葉にヒノエは頷く。


「そんなこと、できるんすか?」

「神……、エルヒムとは、人の信仰が形となった波導生物だ。いわば願い、願望、想いのようなもの。どういった形でかはわからないが、それを掌握し、思う様に操ることも不可能ではないらしい」

「…………」


 色欲の厄災アスモデウス。リッカによれば奴もまた憎悪や負の感情の塊みたいなものであるという。

 もし、リッカがそれを乗り越え、その想いに打ち克つことができれば……。厄災を御することも可能なんだろうか。


『厄災は人の身に余る存在だよ。一人の人間が制御できるとは思えないけどね』

『でもさ、アスモデウスはリッカと同化したことで人に近い存在になったとも言えるだろ? だったら……、対話することも、こちらの意志を伝えることだって』


 リベルは無理だと思っているかもしれないが、可能性はある気がする。

 厄災からリッカを救い出す。これも成し遂げなければならない約束なんだ。



「リッカ、少しは休めたか?」

「はい。かなり楽になりました。これなら午後も進めそうですよ」

「辛くなったらすぐ言ってくれ。休憩とるから」

「はい……、お気遣いありがとうございます。ナトリくん」


 にっこりと微笑むリッカは、虚勢を張っているというわけでもなさそうだ。


「では諸君、行軍再開といこうか」


 ヒノエの一言で俺たちは再び立ち上がった。





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