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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第276話 発見

 

 翌朝早くに目覚めた俺は、いつものように拠点の岩場に向かい探査機の材料となる金属を生成する。


「エレメントブリンガー、『ヴァイスクエイク』」


 黄色い光を発するリベリオンの刀身を壁に差し込み、周辺の岩をかき混ぜるようなイメージを思い描く。

 強い抵抗感を押しのけるように、煉気を剣へ流し込んでいく。


 額に汗しながら生成を続け、数本の分厚い鉄板を生み出した後、一息つくために手頃な岩に腰掛ける。

 手ぬぐいで汗を拭き取りながら、明るくなり始めた廃墟の並びを見つめる。



『なぁ……、昨日アスモデウスが言ってたことだけど』

『ずっと考えてるな、そのこと』

『あいつの言ってた「強欲」っていうのが多分迷宮デザイアに封印されてる厄災なんだろうな』

『そうだね。ロスメルタで多発する凶暴化現象の原因も「強欲の芽」とか言われていたし』

『強欲に蝕まれて……、か』

『強欲の厄災が私たちに何らかの影響を与えている、というような言い方だった』 


 もし、アスモデウスの言う通りの事態が迷宮内で進行していると考えるなら、拠点に蔓延する気力喪失症のことを指しているのだろうか?


『迷宮内に落とされた時点で、私たちはなんらかの魔法の影響下に置かれていてもおかしくない』

『それがジワジワ効いてきてるってことなのか?』


 それじゃあまりにも時間がない……。遠からず、俺たちは皆気力を失い動く事もできなくなるかもしれない。


『ねえマスター、アスモデウスの言ってた、勃つとか勃たたないとかって話、あれどういうこと?』

『そ、それは』


 誤摩化そうにも、基本的に俺の思考はリベルに筒抜けだ。


『へえー。リッカとああいう状態になると、本来は男性器が反応するもんなのか。人間って変な生き物だね』

『微妙に自信失くすから言語化しないでくれ……』


 そもそも口には出していないけど。


『アスモデウスは色欲を”糧”だと言った。人間の欲望を表す言葉を名前に冠しているだけあって、そういうものに執着してるように思える』

『強欲の厄災も同じだとしたら、確かに人から気力を奪い去るっていうのはいかにもな感じだな。人を動かすものは基本的には欲望なんだ』


 食欲、睡眠欲、性欲。単純ではあるが、そんな根源的な欲求を失えばどうなるか。

 欲求という衝動が人を突き動かすならば、その逆は停滞。気力を失い、何もしたくなくなるのかもしれない。


 アスモデウスが言い残した”もうひとつの脅威”、という言葉も気になる。



 顔を上げ、今日も青く高い空を見上げる。


 魔法によって気力を奪われているなら、俺は厄災を倒すその時まで、果たして今の俺のままでいられるだろうか。




 §




 飛ばしていた探査機が順々に帰ってくるようになった。機械はどうやらその役目を果たし、ちゃんと情報を拾って帰ってきた。


 三人で寝る間を惜しんで考案した甲斐があった。アルベールとカーライルの刻印術もさすがだな。


 大抵の探査機はおおよその落下地点をアルベールの作った周辺探知機で割り出し、拠点から離れた場所に落下しているものを、フウカやグルーミィの力を借りて俺が捜索、回収に向かった。


 探査機の製造は二人に任せ、俺はリィロに手伝ってもらい戻って来た探査機の解析作業にかかることにした。


「ナトリ君、これ地味に手間のかかる作業ね」

「ですね」


 解析作業は、探査機が記録した地形情報をアルベールお手製の簡易端末に書き出し、地形情報という数字の羅列で表されたデータをひたすら眺めて少しでも変化のある部分を洗い出すという、なかなかに忍耐力の要求される作業だった。


 数日間飛行し続けた探査機の記録情報は膨大だ。

 狩りに出払っているジェネシスのみんなには頼れないので、こういうのに向いていそうで刻印にも理解があるリィロに手伝いを頼んでいる。



「それにしてもすごいわね。『コード:ラジエル』って。こんな砂と岩しかない場所でも機械を作れちゃうなんて」

「盟約の印の中でも、刻印術に特化してる感じだよ。クレイルやリッカの印は波導向けだし」

「でも、どうしてアルベール君は『コード:ラジエル』を使えたのかしら」

「それは多分……、アルがルーナリア皇家の血筋に連なる者だからだと思う」

「やっぱりそういうことよねぇ」


 一度アルベールの家に行ったことがあるが、とても皇族のような暮らし向きには見えなかった。


 アルベールが皇族扱いされていないのには何か事情があるのだろう。カーライルとの間にあった確執も、その辺の事情が関係していそうな気がする。



 二人して黙々と数字の羅列に目を凝らし、異常がないか調べていく。


「こういう情報の精査も機械でできるといいのになぁ」

「どんな地形の変化があるか、想像もつかないからね。俺たちが見て判断するしかないよ」


 作業に慣れてくると、収集された数字の羅列を見ているだけで現地の砂丘の姿が浮かぶようになってくるから不思議だ。


「ところでリィロさん、体調はどう?」

「最近本当に怠くて。朝もなかなか起きられないんだよねぇ」

「そっか……」

「それにしても、代わり映えのしない数値ね。眠くなってくるわ」


 無人探査機は、俺たちが遠征した距離の三倍は進んで地形情報を集めて戻ってくる。


 毎日それを飛ばしているのだから、記録はどんどん溜まっていく。


「三機目の記録精査、今日中に終わらせよう」

「のんびりしてもいられないよね。……人の命がかかってるんだから」




 §




 探査機の回収。そして来る日も来る日も数字とにらめっこ。


 迷宮消失のタイムリミットは刻々と迫り、拠点の人員の気力喪失も進行していく。ここ数日は、道端でもの言わず蹲る学生を気に留める者も減ってきた。

 確実に焦りが生まれ始めていた。


 生活用水を溜める水槽の脇を通りかかると、待機所の廃墟の残骸にマリアンヌが腰掛けているのが見えた。


 彼女に挨拶しようと近寄っていく。


「おはようマリア」

「…………」


 マリアンヌはどこか虚ろな瞳で前を向いたまま、小さな声で何事かを呟いている。まるでこっちの声が聞こえてないみたいだ。


「マリア?」

「…………」

「お……、おい?!」


 思わず座る彼女の肩に手を掛け、振り向かせる。


 魂が抜けたかのようにぼうっとした表情に、少しだけ変化があった。


「しっかりしろ! ……マリア!」


 呼びかけを続けると、少しずつ彼女の瞳の焦点が俺の顔に合い始める。


「……ナトリ、さん?」

「そうだよ。大丈夫か?」

「す、すみません。少し居眠りしてたみたいです」


 彼女と意思疎通ができたことに胸を撫で下ろしたい気分だが、それでも安心してはいられない。


「こんなところで何してたんだ?」

「水を足しておこうと……。それで」

「そっか。いつもありがとうな」


 探査機の材料作りのために最近俺は煉気を温存していた。俺もちょくちょく水生成を手伝ってはいたものの、拠点の人数も増えた今水術士達は連日重労働だ。


 それをおいても今は彼女の事が心配だった。


「今は結構余裕あるみたいだな」

「ええ、フラーが頑張ってくれたんです」

「それなら今日は俺とリィロの手伝いをしてくれないか? 煉気じゃなくて、集中力を使う事になるけど」

「私はそっちの方が得意そうです」


 そう言って少しだけ笑顔を見せてくれたことに安心しつつ、俺たちは二人で作業場へと向かった。



 マリアンヌを加えて、今日は三人で数字の精査を行う。


 昼過ぎになって新たな探査機が発見されたとの連絡をアルベールから受け、フウカの帰還を待って回収に向かうことを伝える。


 作業するマリアンヌは、見ているだけなら普通だ。今朝のように気力を失っている様子は見られなかった。

 でもきっと、こんなの一時凌ぎにすぎないだろう。やがては仲間たちみんながあんな風に……。


 ————そんな風にしてなるものか。


 微かな無力感と、確かな焦り。縋るように情報の精査を続けた。




「ナトリさんリィロさん、……これ見てください」

「どうした?」


 夕刻に近づく頃、マリアの呼びかけに反応した俺とリィロは彼女の簡易端末を覗き込む。


「…………」

「ちょっと変わってませんか」

「数値が深い。谷か……?」

「結構な規模だね。砂丘っぽくないし、凹凸が多そう。岩肌の露出した大渓谷って感じね」


 数値のデータしかないので実際の光景はわからないが……、明らかに今まで見てきた地形とは様相が異なる。拠点の岩場も珍しいが、この渓谷はここの何倍もの大きさがありそうだ。


「お手柄だよマリア。よく見つけたな!」

「えへへ……はい」


 照れる彼女を褒め、改めて三人で問題の地形データについて考察する。


「最初はこの拠点みたいなものかも、って思ったけど、広大さが全然違うわね」

「ここ、見てください。深度が測定不能になってる箇所もあるんです」

「広大で、かなりの深さのある渓谷か。さすがに水はないと思うけど」

「……ん、待てよ? この数値。これが間違いじゃなければ……」


 ここ数日ずっと数字から実際の風景を思い浮かべて来た。

 そのせいか、細かな数値の変動からどんな地形が広がっているのかイメージできるまでになっていた。


「なんか不自然な形だ。建物か? いや違うな。大きな窪みみたいな……」

「すごいです。この数字からそんなことまでわかるんですか?」

「ナトリ君はもう地形情報のベテランだからね」


 あくまで上空から収集されたデータだけど、数値を見る限り自然にない曲線みたいなものがところどころにある。


 大きさ、形、深度を見てもあまり建物とも思えないが……。


『渓谷の壁面にクレーターができてるような感じだと思う』

『なるほど……そうかもしれない。なんだろう。戦闘の痕跡か?』

『可能性は高いな。かなりの規模でこの状態が広がってる。相当な衝撃が加わらないとこうはならないよ』

『もしかして厄災との戦闘跡とか?!』


「二人とも、これは当たりかもしれない」

「厄災の居場所かもしれないんですね」

「カーライルやレロイ達を集めて話をしよう」


 俺たちはこの発見を皆に報告すべく、拠点の主要な面子を集めに廃墟を飛び出した。






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