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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第275話 もうひとつの脅威

 

 拠点で探査機作成に精を出す日々が続いた。

 金属を生成し、皆のためにフラーと一緒に水を生み出し、アルベールとカーライルを手伝う。


 迷宮探査機の作成も既に五個目。完成までの時間も早まったし、少しずつ改良も加えている。


 フウカやリッカたちは狩猟部隊に合流し、増えた拠点の人員の食料確保のため砂漠を奔走してもらっている。毎日砂漠生物を追い回し、ノーフェイスに追い回され、へとへとになって帰ってくる。

 でもそれは皆同じだった。とにかく皆が生き残るため、各々が自らにできることを無心で続けていた。



 夜遅くに探査機五号の作成を終え、三人で宿舎となっている廃墟へと向かう途中。廃墟の一つの壁にもたれて立っているリッカを見つけた。


「あ、リッカ」

「こんばんは、ナトリくん」

「どうしたんだこんな時間に。早く休んだ方がいいよ」

「…………」


 俺の言葉にリッカは目線を下げながら前髪を少し弄った。


「ライオット、我々は先に行くとしよう。ではしっかり休むといい」

「え? あ、ああ。じゃあアニキ、お先っす」

「ああ、また明日な」


 二人はそそくさと宿舎へ向かって歩いていった。


「少しお話ししませんか」

「うん。いいよ」


 ここ数日はお互いにやれることを必死にやるだけで満足な会話もなかったし。

 話がしたくてわざわざ待っていてくれたのだろうか?


 リッカは俺の手を取ると、廃墟脇に作られた段差を登っていく。急にそんなことをするものだから一瞬ドキッとした。


 岩壁からせり出すような形で形成された建物の屋上に出ると、リッカは手頃な段差に腰を下ろす。俺もそのまま隣に座った。

 なんだか今日のリッカはいつもと違う感じがする。


「リッカ達が食料を見つけてくれるおかげで、みんななんとかやれてる。ありがとう」

「厄災捜索のためにナトリくん達が頑張っているのに、私には手伝えることがないから……」

「食料調達だって大事な役割だよ。危ないことないか?」

「ジェネシスの皆、それにクロウニーさんとエルマーくんもみんな強いですから。危ないことなんてないですよ」

「それならいいんだ」


 彼女の肩が俺の腕に触れた。二人だけでいるせいなのか、リッカは妙に距離が近かった。


「…………」

「リッカ?」

「ナトリくんは、怖くないんですか」

「リッカは怖い?」

「はい……。私は怖いです。とても。少しずつ少しずつ、死が迫ってくる感覚……っていうんでしょうか。見ないふりしててもそれは確実にあって」


 触れる肩から振動が伝わってくる。リッカは細かく震えていた。


「私、なんて弱いんだろう……。もっと前を向いて頑張らなきゃいけない時なのに。ふとしたときに足が竦むんです。もう、無理なんじゃないかって。どうしようもないんじゃないかって……。今も不安で、それを紛らわせるためにナトリくんに甘えようとしてるんです」

「俺も同じさ。今やってることが本当に正しいのか、間違ってるのか、もっといい方法があるんじゃないか……。いまの状況、一つ選択を間違えば、それだけ多くの命が失われることになる。今もこの手から、学園都市の人達の命がこぼれ落ちていってるかもしれないって思うとさ……」


 こんなにも大勢の人間が巻き込まれることになるなんて。各国はその存在を知りながらも厄災を放置し、後世へと押し付けてきてしまった。俺たちは今、そのツケを払わされているのだろうか。


 ……そう思うと無性に腹が立ってくるな。仲間たちや、家族のためだと思っていても、厄災の討伐なんて到底個人レベルで背負える所業ではないからな。


 それでもこうなってしまった以上は、エル・シャーデ(創造主)と約束してしまった以上、進むしかない……。


 とにかく今は俺達の判断ミスによって、いつ仲間の命が失われる結果になってもおかしくはない行き詰った状況なんだ。


「そのことを考えるとたまらなく恐ろしい。俺は絶対に、リッカに生きていてほしい。フウカやみんなにも。だから……」

「ナトリくん」


 思わずリッカを抱きしめる。この温もりを失いたくない。できることなら、このままずっと————。


「あぁ……。こうしてナトリくんに包まれていると、安心……する」

「俺もだよ」


 甘い痺れが思考を緩くし、胸の奥がじんと暖かくなる。


「ナトリくんは私のこと、好きですか?」

「好きだ」

「……ナトリ、くん……。はぁ、もう、抑えられ……」

「――?!」


 一瞬リッカから甘い匂いが立ち上るかのように感じられた。


 胸を焦がすような衝動のままに彼女の顔を覗き込む。ひどく上気した頬に、期待するように輝く二つの大きな青い瞳。豊かな唇が誘うように僅かに開かれる。


 顔を寄せ、リッカの青い瞳の奥を覗き込み――、その奥に、紫色の輝きを見た。


「…………」

「…………」


 額が触れ合う程の至近距離のまま硬直する。そのまま彼女の瞳の色を凝視した。





「……おい、アスモデウス」

「……なぁーんじゃ。ばれとったか」


 リッカの肩を掴んでぐいと顔を離させる。

 瞳に完全に発情しきったような色を浮かべたリッカは、なおも唇をこちらに押し付けようと迫ってくる。かなりの力だった。


「完璧に偽装しとったんじゃがの」

「カマかけたんだよ」

「ふん。小僧のくせに小癪な真似をしよる」


 確証はなかった。少し様子がおかしいとは思っていたけど……。まさか本当にアスモデウスの方だったとは。


「何しに出て来た」

「どうもこうも、今宵は妾の夜じゃ」


 一月に一回色欲の厄災アスモデウスに意識を奪われるタイミングか。


「据え膳食わぬはなんとやら。妾がここまでお膳立てしてやっておるというに、なんと情けない男か」

「本人のいないところでできるわけないだろうが」

「言っておくがさっきのは小娘の本心じゃ。噓偽りのない、な」

「……猶更本人の口から聞きたかったよ」


 リッカの体に変化が生じる。目に紫色の光が宿り、こめかみから黒角が生えてくる。


「相変わらず窮屈な格好をしておるのぉ」


 そう言いながら、膨らみさらにサイズアップした胸を見せつけるように、ボタンを外して胸元をはだける。


「それ以上脱ぐなよ」

「なんじゃ、童貞には刺激が強いか? いや、お前は確かマグノリアで————」

「やめろ」

「くふふふふっ、あれは傑作じゃったの!」


 トラウマを抉られるような感覚を覚えて思わず声を荒げてしまった。目の前でさも愉快げに大笑いする魔人リッカを恨めしく見つめる。


「全くつまらんのう。不安、恐怖、孤独に渇き。それらを紛らわせ、傷を舐め合い、互いの心を埋め合わせればよいではないか。それが矮小なる人間というものであろう? 心のまま、色欲に身を任せるがよい」


 急激にアスモデウスの碗力が増し、赤い舌をちらつかせるリッカの顔が迫ってくる。


 彼女の腕がするりと体に巻き付き、愛撫するかのように肌を這い回る。まずい、力が強すぎて抗えない。


「くふふっ! やはり小娘の肉体の影響か。お前の体は妾の糧として最上の香りを放っておる」

「かお、り……?」

「以前お前に触れた時に確信したのじゃ。そこらの人間とは比べ物にならぬ、小娘の色欲が向くお前こそが、妾の最上の糧足りうるのだと」


 リッカの瞳に宿る紫光は怪しさを増し、獲物を前にした獣のような輝きを放っていた。


「は、あ……?!」

「妾に貸しがあったよな?」

「!」

「お前の肉体を差し出すのじゃ」


 オープン・セサミでゲーティアーを倒すためにアスモデウスの厄災の力を借りた。そのことか。


 既にアスモデウスは俺の鎖骨の当たりに舌を這わせている。

 肉体はリッカのものであるはずなのに、非常におぞましい感覚に襲われる。


「……ぐっ、光輝の迷宮にいる厄災のこと、知ってるんだろ?」

「む? もちろん知っておるが」

「教えてくれ、なんでもいい……」

「何故、妾が同族を人間に売らねばならんのだ」


 そりゃそうだ……。くそ、なんか体が痺れてきたような気がする。このままじゃマジで……。



「リベリオン、……『オーバーリミット』」


 右腕にリベリオンが現れると同時に体に力が満ちる。

 アスモデウスの拘束を振りほどき地面を蹴って跳躍、一気に距離を取ろうとする。



「くふふっ、逃げても無駄じゃ――。『時空迷宮(ルクスリア)』」


 すくりと立ち上がったリッカの背に闇が染み出すように漆黒の両翼が浮かび上がる。

 同時に、彼女を起点として影が噴出し、周囲の空間を一気に漆黒に染め上げていく。


「ぐっ……!」


 リッカから急速に離れる俺に向かって、影は洪水のように押し寄せる。


 空を蹴って退避速度を上げるも、足に纏わり付いた影は絡めとるように俺の全身を飲み込み、目の前を闇で閉ざした。


「う、あ————」



 …………




 目を開くと、当たりは薄暗かった。

 眼球を左右に動かし視界に移る景色を精査する。


 天蓋……、寝台か?


 どうやら俺は薄暗い部屋の中、やたらと巨大な、それこそ王族が使うようなベッドに横たわっているらしかった。


 何がどうなってる。

 アスモデウスの影に絡めとられて、それで……。


 体の上でごそりと何かが動き、圧迫感を感じ取る。


「逃げ切れるわけがなかろう。妾の時空迷宮(ルクスリア)は国さえ飲み込むぞ」

「は……あっ?」


 少し視線を下げると、顎がふわりとした金髪に触れた。

 俺はやたらと豪奢なベッドの上に寝かされ、さらに体の上にアスモデウスがのしかかっている状態であるようだ。


 しかもなんだか微妙に肌寒いし、感覚が妙だ。おい、これって。

 唐突に自分が素っ裸になっていることに気がつく。加えて触れ合うリッカの感触から、彼女もまた裸であることを理解する。


「時空迷宮……!」


 完全に厄災の魔法(ドミネイト)に囚われている。ここはリッカの記憶から作り出された亜空間。


「虚像であって虚像ではない。まやかしではあるが、記憶という実体を伴うのじゃ。それこそが我が魔法、時空迷宮(ルクスリア)


 胸の当たりに柔らかいものが押し付けられる。


「これが虚像の感覚よ。記憶の味も甘美なものじゃ。悪くなかろう?」


 リッカの顔が移動し、耳元に口が近づけられる。冷たい記憶の寝室に吐き出される彼女の吐息が、俺の耳を痺れさせるようにくすぐる。


「さあ……、恐怖も不安も置き去り、妾と共に心ゆくまで色欲の蜜を貪ろうぞ。くふふっ」


 まずい。


 この状況はよくない。アスモデウスの誘惑は、甘美な響きを持って俺の心の隙間を浸食し始める。


「……ナトリくんは私の体、嫌い?」


 リッカの体で、リッカの声で悪魔が囁く。やめろ、それはずるい。


「やめて、くれ……」

「私の鼓動、わかりますか。こんなに、速く、高鳴ってるんです。ナトリくんのこと、求めてるんです」



「神を、殺すんじゃ、ないのか……」

「…………」


 リッカのふりをした悪魔が動きを止め、押し黙る。


「俺たちが迷宮で死んだら、それは叶わない、ぞ」

「まあ、そうじゃな。じゃが、それでもよいのかもな」

「……なんだって?」

「————ふむ……、少々小娘の思考に浸かり過ぎたか?」


 こいつは何を言ってる。神を殺すのが厄災の目的だったはず。どうして俺程度の存在にそこまで固執する……。




「お前は……、何だ?」

「言ったであろう。色欲の厄災、アスモデウスであると」

「あの時……。幻のマグノリア公国でお前が復活を遂げた時。なんでリッカを殺さなかった」 

「神との盟約。それさえ無ければこんな小娘などとうに引き裂いておるわ」

「本当に……そうかよ。アスモデウス。本当に、お前はただの邪悪な怪物なのか?」


 リッカの手が俺の顎を掴み、顔を覗き込むようにして至近距離から見下ろす体勢になる。

 紫光の宿る瞳の瞳孔が裂け始め、化け物じみた強烈な眼力を放ち始めた。


「何が言いたい、小僧?」

「お前は……、可哀想だ」


 顎に掛けられた手に力が込もる。


「負の感情で満たされた、暗くて冷たい存在。そんなの……悲しいだけだ」

「おい……ニンゲン。塵芥のブンざイで、妾の存在を推し量ルつもりか」


 アスモデウスの力は急激に強まっていく。顔の骨が軋みを上げ、今にも砕けてしまいそうだ。


「世界に、は……。暖かくて、優しく、て、心が満たされる、ような……感情もあるん、だよ。俺、は……、それをもらった。リッカと、フウカ……に」

「…………」

「だ、から……」


 かろうじて動かせる右手を伸ばし、顔の直上にあるリッカの頭に乗せた。そして、その手を真下へと引き寄せる。


 全く予期しない行動だったのか、リッカの唇はあっさりと俺の唇に押し付けられた。


「――――」


 目を閉じ、接吻を続ける。数秒の後、リッカの頭から手を放した。




「なんだ、今のは」

「想いだよ。人間の」


 色欲に飢えていたはずのアスモデウスは、虚ろに目を見開き俺を見たまま動かない。


 ……当然だ。今の口づけに色欲なんて感情は含まれていないと思うから。


 俺を押さえつけるようにのしかかっていた厄災の圧迫感が少し弱まったように感じられた。


「……ド・オブ」

「…………」

「……ソード・オブ・リベリオン、『アトラクタブレード』」


 馴染みある感覚と共に右手に発現した剣。それを迷い無く振り下ろした。


 その瞬間、重みに捕われていた体が突然解放され、虚無へと放り出されるような感覚を味わった。

 ここがアスモデウスの作り出した亜空間であるなら、以前のように時空を切り裂き転移することができるはず。


 剣の柄を両手で握りしめ、煉気を流し込む。

 刀身から放たれる緑光が強まり、俺の体を包み込むように広がっていく。




 …………




 目の前には既に見慣れた拠点の風景が広がっている。

 今は夜の闇に沈み、静まり返っている。


「…………」


 俺は両手でリベリオンを握りしめたまま廃墟の屋根に立っていた。


 そして、目の前にはこちらをじっと見つめる魔人リッカの姿。


「全く忌々しい武具よ。妾の魔法を打ち消すとはな」

「お前に直接アトラクタブレードの光を浴びせると時空迷宮そのものを消滅させられるんだな。いいことを知ったよ」


 静まり返る深夜の拠点の闇の中、俺たちは互いに向き合い対峙する。


 先に沈黙を破り、視線を逸らしたのはアスモデウスの方だった。


「ふん。どのみち欲を削がれた今のお前を喰らったところで満足はせん。――妾は今一度眠る」

「どういう意味だ?」


 彼女は背を向けそのまま歩き去ろうとしたが、立ち止まった。


「気づいておらぬのか?」

「…………」

「間抜けな凡愚よ。東の英雄が聞いて呆れるのう」


 やれやれ、とでも言いたげにリッカは首を振ると、言葉を続ける。


「興奮せんかったじゃろ」

「なっ?!」

「あれだけ密着しておればわかる」

「それが、どうしたってんだよ」

魔力(ドミニウム)に対し耐性を持つお前ですらこの有様。遠からず『強欲』に蝕まれあっさり全滅じゃな」

「『強欲』?」

「いや、それ以前に()()()()()()()に飲まれて詰みか。は……、お前たちの命運尽きる日も近そうじゃな。くふふっ」


 こいつ何を言ってるんだ。


 リッカは今度こそ闇夜に溶けるが如く拠点の薄闇の中へと歩き去っていった。





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