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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
279/352

第271話 疲弊

 

「これほんとに便利だな」

「はい、この子達にはいつも助けられてますよ」


 俺たちジェネシスに、エルマーとクロウニー、さらにグルーミィの三人を加えた捜索部隊は、広大な砂原を軽快な速度で移動していた。


「ほんと凄いよね~、アイン・ソピアルって」

「ガルガンティア様に助けられた時も思ったけど、普通の波導とはまるで違うんだね」


 砂漠を移動する一行だが、皆腰は下ろしたままだ。


 俺たちの足元に広がる黄色い泡の集合体、マリアンヌの「泡の精(ヴォジャノーイ)」が自らの意思で俺たちを運んでくれている。

 フウカの飛行速度ほどじゃないけど、広大な砂漠を目標なく長時間進み続けるのには向いている。


「俺らにもこういうのがありゃあ砂漠に落ちても苦労しなかったのによ」


 愚痴るエルマーの隣、先程から剣呑な雰囲気を纏うクレイルが気になった。

 彼の視線の先に座るのはもちろんグルーミィだ。彼女も捜索部隊の一員として同行させている。拠点から離れる場合、グルーミィのマッピング能力は欠かせないとの判断だ。


「随分と仲が良さそうやな」


 グルーミィは俺に寄り添うかのように側に腰を下ろしている。


 そのせいなのか、リッカやマリアンヌも彼女に対して警戒するような素振りを見せている。早いところ一緒にいる理由を説明した方が良さそうだな。


 俺は迷宮に落ちてから、グルーミィと一緒に進んで来た経緯を一通り皆に語った。



「そんでコイツも捜索部隊につけたわけか」

「ああ。彼女がいる限り俺たちは砂漠で迷子になる事はないだろうから」

「敵意が無いのは分かりました。……今のところは、ですが」

「ねえナトリ、もしかして私達の行動がフィアーに筒抜けだったのって」

「……ずっと、みてた」

「そういうことかい」


 グルーミィは自身のアイン・ソピアル「淡雪の恋人(アナスタシア)」で作り出した分身を使って俺たちの行動を逐一監視していたようだ。王都にいた頃からずっと。


「なんでそんなことやってたんだ?」

「……とうさまのため」


 アンティカーネン教授の話に出てきた、フウカの父親の命令らしい。


「エンゲルスの指導者って奴のことか」

「なぁ、このねーちゃん人質にしたらいいんじゃねーか?」

「エルマー、彼女は分身らしいからね。拘束しても意味はないだろう」

「ナトリくん、私達のことも、彼女を通して本体に伝わっているんでしょうか」


 リッカが不安げな表情を浮かべている。


「いや、どうやら迷宮内では本体との繋がりが絶たれてるらしい」

「それは信じてもいいのかい?」


 砂丘に座り込み、置いて行けと言ったグルーミィの姿を思い出す。

 彼女の瞳を覗き込み、その奥に潜む感情を探ってみるが、眠そうな瞳が俺を見返すだけだった。


「多分……、大丈夫だと思う」

「筒抜けだろうが関係あらへん。迷宮にいる間、お前からはエンゲルスに関する情報をできる限り奪ってやるから覚悟しとけ」


 グルーミィはクレイルから身を隠すようにずりずりと俺の後ろへ回る。


「クレイル、あんまりこの子を怖がらせないであげて」

「コイツは犯罪者やぞ、フウカちゃん」

「そうだけど……」


 フウカの気持ちはわからないでもない。

 何故だがグルーミィには犯罪に関わるような危険な気配がまるで感じられない。


 グルーミィがフウカの姉であることは、とりあえずは言わないでおく。みんなにこれ以上情を湧かても仕方がない気がする。


「クレイル、力づくで情報を手に入れるのは無理だ。負傷させると消えてしまうからな」

「ちっ」

「聞けば素直に話すことも多い。今は方位計の役割をしてもらいつつ、情報を引き出すしかなさそうだ」



「みんな、お取り込み中悪いけどこの先に何かあるみたいよ」


 ずっと周囲を波導で探ってくれていたリィロが声を上げる。


「生存者?」

「元々砂漠にあるようなモノじゃなさそうだけど……、人でもないわね」

「確認してみましょう」


 リィロから方角を聞き、マリアンヌが目的の方角へ泡の精(ヴォジャノーイ)を進める。


 目的地付近で俺たちは泡を降りた。



 砂原に打ち捨てられていたのは残骸だった。


 損傷が激しくほぼ原型を留めてはいないが、赤黒い汚れと制服らしき衣服の破片から元は人だった事が窺えた。


「こんな風になるまで、独りだったんでしょうか」

「どうやろな」

「…………」


 もちろんこういうものを目にする覚悟はしていたが、実際見つけてしまうとやっぱり堪える。


 俺たちは言葉少なに遺品になりそうなものを探したが、食い荒らされた骸からは何も得られなかった。

 その後も俺たちは捜索を続け、日が暮れる前に拠点へと帰り着いた。


 その日の成果は遭難者の遺骸が二組。それだけだった。




 §




「大変なことになっちゃったね」

「ほんとにな」


 目の前には宝石箱の中身をばら撒いたような星空が広がっている。

 迷宮の中でも昼夜があったり、星空が見えたりするのはどういうわけか。これも厄災の魔法の力なのか。


 隣で膝を抱えるフウカがため息を吐くのを感じる。俺たちは砂漠を見渡せる拠点の岩壁によじ登り腰を落ち着けていた。


 ルーナリアを襲った災禍が一体どれ程の被害をもたらしたのか。正直想像もつかない。


 学園都市を覆い尽くす巨大な黄金都市の威容は、いまだ記憶に新しい。


「アルベール、生きてるといいね」

「あいつならきっと生き延びてるさ」

「そうだね」

「フウカ達が生きててくれて本当に良かった」

「……ずっと不安だったよ。リッカも、マリアンヌも心配してた」


 俺だってグルーミィと二人で砂漠を彷徨っている間、ずっと不安だった。でもこうして再会する事が叶った。


 フウカが身を寄せ、肩に頭をもたせかけてくる。


「あたたかい」


 彼女の温もりを噛み締めるように、目を閉じてフウカの体温を意識する。


「厄災を倒して絶対生き残ろう」

「うん。みんなで」




 §




 迷宮での時間は瞬く間に過ぎ去っていく。多くの行方不明者達の安否も分からぬままに。

 来る日も来る日も砂漠を進めど、見つかるのは無残な遺骸だけ。


 まるでこの砂の大地に俺たちだけがぽつんと取り残され、世界から隔絶され孤立してしまったかのような不安を誰もが感じ始めている。



「グルーミィさんの感覚頼みだけど、拠点の周辺はほとんど探索し終わったわね」

「結局生存者は見つからんな」

「彼らも移動しているだろうし、やっぱり捜索は容易じゃないね……」


 捜索部隊の面々で額を突き合わせ、今後の方針を検討していた。


「もっと遠くまで捜索範囲を広げる必要があるんじゃない?」

「厄災も見つからないもんね」

「マリア、泡の精(ヴォジャノーイ)に探ってもらうとかはできないか?」

「すみません。あれは触れたものを記憶する事は出来ますが、視覚は持たないんです。今の私の力では遠隔で活動させるのに限界もあって……」

「そっか……」

「ナトリ、リィロ、お前ら刻印学部やろ? なんかこう、自動で探査する機械(エメタル)とか作れんのか?」

「さすがにそんな複雑なの、ちょっと齧ったくらいじゃ無理だよ。第一物資だって足りないし」

「私も……」


 でもアルベールなら、と彼の事が頭を過ぎるが、ここにいない奴の力は借りられない。


「足を伸ばすなら、やっぱり砂漠で野営しながらの捜索になりますよね」

「そうだね……。危険が伴うけど手段を選んでいられる状態じゃないのも確かだから」


 俺たちに残された時間はあまりに少ない。



 遠征するつもりでいる事をレロイに伝えると、彼はしばしの沈黙の後に首肯した。


「やむを得ないだろう。ナトリ、フウカ様を頼む」

「わかってる」


 本当はレロイも付いて行きたいのかもしれないが、今は一つでも多くの命を救う判断を優先すべき状況だった。




 §




 かくして俺たち捜索部隊は翌日拠点を出立した。

 必ず成果を持ち帰る。そう決意し、広大な迷宮へと一歩を踏みだした。


 これからは俺たち自身で食料も確保する必要がある。想像以上に大変な道行きになるだろう。


 グルーミィの絶対感覚がある限り、方位すら滅茶苦茶な迷宮の中でも拠点の位置を見失うことはない。彼女のマッピングに従い、少しでも可能性のありそうな方向へ俺たちは砂漠をひたすら突き進んだ。



「っとになーんも見えねえんだぜ」

「迷宮の恐ろしさとはこれ程のものなんだね」

「ああ。翠樹の迷宮で嫌ってほど味わったからな」


 本来、厄災を封印するため何人たりとも近づけないようにするための施設だ。


 そうして作られた迷宮が、永い時の果てに今は厄災を守る要塞と化してしまっているのは皮肉なものだった。


「……進行方向右手に多数の反応。これは……」


 索敵を行ってくれているリィロが敵の反応を検知した。


「こっちに来るの?」

「ううん、まだ私たちには気づいてない。このまま進めばやり過ごせると思う」

「どんな敵かわかりますか?」

「これは多分……、『黒波』ね」

「うげ……アレかいな」


 フウカ達と出会う直前に襲われた無数の小型ノーフェイスの大群だ。


「それは、見つかるとかなり厄介な手合いだね」

「多分、泡の精(ヴォジャノーイ)に乗っていれば逃げ切れると思うので大丈夫ですよ」

「心強いよ、マリアンヌさん」


 それでも見つかりたくはないものだ。目下、ゲーティアーと黒波が俺たちの最も警戒する相手だった。

 遭遇したノーフェイスやモンスターを狩り、野営をしながら俺達は捜索を続けた。




 砂漠の夜闇の中、皆言葉少なに起こした焚き火を見つめる。


 こんなことを続けていて、本当にアルベールを、厄災を見つけられるのか……。


 それはまさに、広大な迷宮の中から砂の一粒を拾い上げるくらいに難しいことなのではないか。



「私たち、本当にここから出られるんでしょうか。それとも、このまま永遠に迷宮の中を……」


 マリアンヌの虚ろげな呟きは、砂漠を渡る風に乗って丘の向こうへと消えていく。


 それはここにいる誰もが考えないようにしていることだ。

 その言葉を否定し、気安く皆を鼓舞できるほど今の現実が甘くないことを皆わかっている。


 大砂漠はそんな俺たちを嘲笑うように一晩中ひゅうひゅうと風の音を鳴らし続けた。




 先の見えない行軍を続ける中、異様な黒波に襲われる生存者の一団に遭遇したのは遠征三日目の出来事だった。





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