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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
278/352

第270話 三部隊

 

「ナトリ、少しいいだろうか」

「うん?」


 俺たちがこれからすべきこと————、生存者と厄災の捜索についての方針を皆で話し合いひとまず解散した後、俺はレイトローズに声を掛けられた。

 彼に続いて廃墟の上階へ続く階段を上がる。


「ここに遺跡があったこと、不思議に思ったろう」

「……そうだな。ここってどういう場所なんだ?」


 元々厄災が生み出したこういう場所なのか、現実世界に影響を受けた結果なのか、微かに人の暮らしを感じられるこの場所の廃墟群は少し気になっていた。


「ついてくればわかる」

「?」


 そういって彼は後頭部で一つに括った、きめの細かい金髪を揺らしながら廃墟の奥へと進んでいく。


 やがて俺たちは窓のない奥まった小部屋に辿り着いた。さほど広くはない。岩壁の中をくり抜いて造られた部屋の一つだ。

 部屋の中には何かの破片が散らばる寝台らしきものだけが存在していた。



「これが何かわかるか」

「この破片みたいなものか?」


 拾い上げて眺めてみるとそれは意外と脆く、少し力を加えただけで崩れ去ってしまう。


「これは人骨だ」

「うわっ!」


 思わず掴んでいたものを放す。


「何てもん触らしてんだよ!」

「掴んだのは君だ」

「でも……え? 骨って」


 レイトローズは部屋の入り口に背を預けたまま腕を組み、散らばる骨を見下ろす。


「風化具合からしてもかなり古いものだ。間違いなく死後100年以上経っている」


 やけにはっきりと断定するレイトローズに感心する。こういうのに詳しいのかもしれない。


「100年……。まさか迷宮の中で、暮らしてた?」

「これが、遥か昔に迷宮へ足を踏み入れた者の末路だ」


 ぞくりと肌が粟立つのを感じる。


「そして、ここを脱出できなかった場合の俺たちの未来……ってことだよな」


 レイトローズは頷くと、手近な壁に手を這わせる。


「この住居は地の波導術によって生成されたものだろう」

「ここに流れ着いた術士が造ったのか」

「それだけではない。拠点を見て回りわかったことだが、建物によって微妙に生成の癖が異なっていた」

「まさか……、別々の人間が?」


 彼は俺を見て頷く。


「この虚ろな拠点が今の形となるまで、一体どれほどの年月と犠牲を積み重ねたのか……」


 欲をかき、迷宮に踏み込んだ者達の末路。まるで積み重なった骸の上に立っているような気分になり、この一見殺風景な廃墟に恐ろしさを感じた。  


「どうして俺にこのことを?」

「君は、我々が厄災を撃ち破るための鍵を握る人物だ。現状に対する理解を深めてもらいたかった」

「もっと本気出せって言いたいのか」

「そうとってもらって構わない。――早速君には午後から水の生成を頼みたい。それが完了次第、食料調達班を編成する」


 レイトローズはそう言い置くと部屋を出て行った。


 相変わらず勝手な野郎だ。でも今の俺たちは、ああして人を動かせる人間を必要としている。




 §




「エレメントブリンガー、『アクアクリミナル』」


 剣の周囲に集めた水を操り、目の前の浴場のような窪みに流し込んでいく。

 水位の低かった浴槽に次々と水が注ぎ込まれていく。


「すげえー! あんたこんなこともできたのかよ! 術士じゃないんだよな?」

「あ、うん」


 浴槽の側に、魂が抜けたように腰掛けていた学生服の男が興奮したように話しかけてくる。


「ナトリさん、本当にありがとうございます! 私たちの煉気だけでは、ここにいる全員の生活用水をまかなうのもギリギリだったんです」


 マリアンヌが心底ほっとしたような顔で微笑む。


「うんうん。これでもう、一日中ひいひい言いながら水を作らずに済むよ……っ!」

「皆の役に立てたならよかった」


 マリアンヌが考え込むように口を開く。


「でも、どうしてこんなにたくさんの水を生み出せるんです? この砂漠、水の属性が希薄すぎて私たち水術士でも水波導を使うのがなかなかに厳しいんですよ」

「多分、こいつのおかげさ」


 胸元に手を突っ込み、ペンダントのように首から提げていた宝石を取り出す。


「なるほど、ラグナ・アケルナルの水龍玉ですか……!」


 どうもこれを身につけていると、周囲の熱が緩和されるらしい。クロウニー達と行動していても、俺と、常に至近距離にいたグルーミィ以外では砂漠熱による疲弊の仕方に大きく差があった。


 知らず知らずのうちにこの水龍玉に救われていたのだろう。

 同時にこの宝玉は、常に周囲に水の属性領域を発生させているようで、こんな環境でも水を自在に操ることが可能だ。

 さすがは長年魔龍によって溜め込まれた、超高圧縮、高濃度の水のフィル結晶である。



「キュイー!」


 いつのまにかフラーが俺たちの側に浮かんでいた。結局こいつもリィロ達と一緒に迷宮に捕われてしまっていた。

 フラーは小さな羽をぱたぱたと羽ばたかせながら、俺の持つ龍玉をじっと見つめている。


「フラーは水のエルヒムですから、水龍玉に興味があるんでしょうか?」


 小さなエルヒムをじっと見つめ、思ったことを口にする。


「もしかして、これがあればフラーも水を生み出せるとか?」

「キュキュ!」


 まるで肯定するかのように鳴くので、試しに首から龍玉のペンダントを外してフラーの首に掛けてやった。


 浴槽の上をぐるぐると飛び始めたフラーは、フィルを操作し体の周囲に可視化できるほどの水の流れを生み出し始めた。


「キュウゥゥゥゥ――!」


 そしてそれをどばどばと浴槽の中へ放出し始めた。浴槽は瞬く間に満たされていく。


「おぉ……、これが神様の力ですか」

「フラー、すげえな」

「何か張り切ってるみたいですよ。私たちを助けてくれるんでしょうか……」


 これならば俺たちは煉気を温存し、生活用水はフラーに任せた方がいいかもしれない。

 どこか得意げな顔で戻ってきたフラーをマリアンヌと一緒に撫でて労ってやる。


 張り切って水を生成しまくるフラーを三人で眺めていると、女子学生が俺たちを呼びに来た。


「レイトローズさんが皆を集めるようにと。部隊編成の件です」




 §




 拠点中央にある大きめの廃墟。その中に、歩哨に立つ者を除いたほとんどの人員が集まっている。対抗戦でヒノエに破れたウォン・リー・ロウの姿もあった。彼もここにたどり着いたようだ。


 俺たちは中央に立つレイトローズの言葉を聞いていた。


「――本日新たに五名の生存者がこの拠点に加わった。戦力が充実したため、この迷宮を攻略するため目的別に部隊を編成しようと思う。異論のある者は」


 もちろん賛成だ。一刻も早くここから脱出しないと、多くの命が消えることになる。皆も異存はない。


「では、主要な人員を三つの部隊に分ける。一つは拠点の防衛部隊。二つ目は食料確保のための狩猟部隊。そして三つ目は生存者の捜索を兼ねた厄災の捜索部隊だ」


 いずれも今の俺たちに必要な役割分担だと思う。ここにはそれなりの人数がいるようだし、リッカの持ち込んだ糧食にだって限りはある。ここまでの大所帯を長期間保たせることはさすが厳しいだろう。



「探索部隊は一つだけなのか。狩猟部隊と役割を兼ねても……!」

「いや、だめだ」

「この砂漠に取り残された者はまだ大勢いるだろう。彼等の救助を優先するべきじゃないのか?」


 それは皆の気持ちを代弁する言葉でもある。

 学内で迷宮に囚われ、知り合いと散り散りになった者がほとんどだ。何より知り合いの捜索を優先したい者は多いはずだ。俺だってできることならアルベールを探しにいきたい。


「この拠点の人数は今後さらに増えていく可能性がある。そしてもし糧食不足に陥ればここの全てが瓦解する。糧食確保は最優先に考えている」

「ぐ……確かにそうだ」


 レイトローズは極めて冷静に現状を判断した上でここの指揮を執るつもりのようだ。



「ねぇ……、その厄災とかいうの、本当に私たちで倒せるの……? 神話の怪物なんでしょう?」

「エイヴス王国を襲った厄災は、一撃で王宮オフィーリアを半壊させたって聞いたぜ」

「……俺たち、ここで死ぬのかな」


 場を重苦しい空気が覆う。拠点にたどり着いてから思っていたことだけど、ずっと空気が沈んでいる感じがする。とても静かなのだ。



「ナトリ」

「ん?」


 レイトローズが俺に目線を向けて名を呼ぶ。呼ばれるまま俺は彼の元まで歩み出た。


「ここにいるナトリ・ランドウォーカー、そして彼のユニットであるジェネシスによって、エイヴス王国を襲った嫉妬の厄災レヴィアタンは倒された」

「おい、レロイ?!」


 何かと思って出て来てみれば、突然そんなことを言い出したレイトローズの顔を思わず見た。

 衆人の注目が俺に集まる。驚き、得心、疑心。様々な視線が向けられるのを感じ、ざわめきが起こる。


「厄災は『煌炎』によって討たれたと聞き及んだが?」


 黒ネコの格闘家、ウォン・リー・ロウが鋭い目線をレイトローズに向けて言う。


「王国の血筋である私もその場にいた。煌炎のルクスフェルトが厄災討伐に大きな貢献をしたことは確か。だが、レヴィアタンに真に止めを刺したのはこのナトリと、そこにいる王宮神官フウカ様の力だ」


 集まった学生達がざわつき始める。


「本当なのか?」

「……対抗戦の優勝者だし、ヒノエ様との戦いも凄かったのは確かよね」

「エアブレイド家の王子様よ、俺の聞き間違いでなければ先ほど『ジェネシス』と言ったか?」

「そうだ」

「ジェネシス……? 待て、聞いた事あるぞ」

「……そう、確かイストミルで起きた大暴走! プリヴェーラの街を救った新進気鋭のユニットじゃない?」


 ざわめきは更に広がっていく。


「聞いてくれ。今この場には、東の英雄とも謳われるユニット、"ジェネシス"の面々が揃っている。厄災を退け、魔龍ラグナ・アケルナルを討った彼等に厄災の討伐を託そうと思う」

「……おお」

「本当、なのか?」

「すげえ……!」

「私たち、またルーナリアに帰れるの?!」


 場の雰囲気は一転し、俺たちジェネシスが担ぎ上げられたことにより、期待と希望の眼差しが俺に寄せられる。

 彼等の熱い視線を浴びながら、俺はちらりと抗議を込めた視線をレロイに向けた。


 彼は相変わらずその澄ました美貌で泰然と構えている。


 なんだか利用された感は否めないが、ずっと沈んでいた拠点の雰囲気は多少ましになったのかも。人を動かすのが上手い。さすがは王族か。


 とんでもない重責を背負わされた気がするが、どのみち厄災を倒せなければ全員生きては出られない。仕方がない、やってやろうじゃないか……!





 厄災の探索部隊の編成は、ジェネシスにクロウニーとエルマーを加える形となった。

 狩猟部隊はヒノエを筆頭に、学業の傍ら狩人をやっていた学生を中心に。

 残りはレロイの指揮する拠点防衛の部隊だ。


 大まかな部隊編成が決まったところで、レロイにノーフェイスについての情報を共有しておくよう求められた。



「ノーフェイスは迷宮に巣食う厄災の眷属なんだ。様々な能力を持つ個体がいて、特定の属性を操ってくる厄介なのも存在する」


 狩猟部隊の一人が声を上げる。


「あいつらに弱点はあるのか?」

「ある。あいつらは必ず体のどこかに力の源になる中核(コア)が埋め込まれているんだ。それを破壊すれば動かなくなる。中核のある部位は種類毎に決まってるらしい」

「なるほどね……」

「ノーフェイスは迷宮の属性の影響を強く受けるんだ。午前中に戦ってわかったんだけど、迷宮デザイアのノーフェイスは地の属性を帯びている奴が多い」

「つまり、響属性が有効ということだな」

「あと、奴らの中には上位種が存在してる。最近各地で話題になってるゲーティアーって存在だ」

「ゲーティアー?」


 各人の反応は様々だ。知らない者も多いが、聞いたことのある者もいるらしい。


「こいつには特に注意してくれ。ゲーティアーは人の心に作用する魔法って特殊な力を行使する。もし奴らに出くわしたら絶対に一人では戦わないこと。できるだけ大人数で当たるようにするんだ。あいつらには波導が効きにくい。最悪、逃げてくれ」


 一通り話し終えるとその場は解散となった。


 時間は一刻も無駄にできない。日没までの時間、俺達は早速編成を整えて拠点から出発した。









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