第269話 砂漠の拠点
視界一杯に映る鮮やかな橙色と金色。
そして感じる温もりは、ここに二人がいるという確かな証明だ。
「会いたかったよぉ、ナトリ~!」
「よかった、よかったです……、うぅっ」
俺にひしと抱きついたフウカとリッカは、そのままぐすぐすと泣き始めてしまった。
範囲攻撃を十八番とするフウカとクレイルの活躍により、ノーフェイスの大群はなんとか一匹残らず殲滅する事ができた。
ひたすらに数は多いが、言ってしまえば多いだけで一体ごとの戦闘力は大した事はない。
フウカの起こした巨大竜巻とクレイルの熱線照射によってガンガンその数を減らしていった。
「二人とも心配してくれてたんだな。ありがとう……。俺も二人にまた会えて、すごく嬉しいよ」
仲間たちとの再会に思わずじんと来て、目を閉じて二人の背中にそっと腕を回す。
再会の喜びを噛み締めながらふと目を開くと、ニヤケ顔でこちらを見下ろすクレイルと目が合った。
その隣には気まずそうに目を逸らすクロウニーとヒノエ。エルマーはアホ面でホケーと口を開けながら俺たちを眺めていた。
若干気まずいので感動の再会もそこそこに二人をそっと離す。
みんなとはもう会えずに、永遠に砂漠を彷徨い歩いた挙句倒れるんじゃないかと思い始めていたところだった。
「三人とも、本当に助かったよ。みんなが来てくれなければ俺たちは今頃どうなってたか……」
「本当に危ないところだったんだ。君たちには感謝しかない」
俺たちはそれぞれフウカ達に感謝の気持ちを伝える。
「運がよかったな。偶然飛行偵察しとったフウカちゃんがノーフェイスの黒波を見つけてな。それで何事か様子を見に来たら、お前らが化け物に襲われとったっちゅうこっちゃ」
砂漠を覆いつくすようなノーフェイスの大群は確かに目立つ。化け物のおかげでフウカたちと合流できたのは皮肉だが、それでも嬉しい。
「あっ、リィロにマリア、アルは一緒なのか?!」
「リィロさんとマリアンヌちゃんは私達と一緒に。でもアル君は……」
リッカが残念そうに言葉を濁す。どうやらアルベールはみんなとも離れてしまっているようだ。
「そうか……、アル……、俺が一番近くにいたってのに」
落とされた場所がランダムでないのなら、もしかしたら俺とグルーミィが落ちた付近にまだいた可能性もある。だが周囲に人の気配はなかった。もっと念を入れて探しまわるべきだったか?
「今悔やんでもしゃーないやろ。俺らだってできることはやっとる。お前も同じや」
「……うん。ありがとな、クレイル」
フウカが遅れて俺といた二人を見る。
「あっ、エルマーじゃない!」
「フーカも無事だったんだな。強えからそうそうくたばんねぇだろうけど」
「クロウニーも巻き込まれちゃったんだね」
「そうらしい。でも僕の場合は正直望むところさ」
厄災を倒せば狂暴化の影響が薄れるかもしれない。それは恋人のディレーヌを救うことにも繋がるからな。
「それに、ヒノエ・ヴァーミリオン先輩……ですよね?」
「ああ。すまないが、私も同行させてもらえないだろうか。化け物共の露払いくらいにはなるだろう」
「強え奴は歓迎するぜ。戦力はいくらあっても足りねえんでな」
クレイルはヒノエに声をかけると、すっと目を細め眼光を鋭くし俺の側にいたグルーミィを見た。
「おいナトリ、何故コイツがお前とここにいる?」
俺の同行者とフウカ達とのやりとりが始まる中、クレイルの鋭い一言が弛緩しかける空気を切り裂いた。
グルーミィはといえば、相変わらず眠そうな瞳でぼうっとしつつ、いつの間にかほとんど俺の背後に寄り添うようにして立っている。
「…………」
クレイルに状況を説明しないとな。
「クレイル、グルーミィのことは後で詳しく話す。逃げたりしないし、逃がすつもりもない。いきなり攻撃を加えたりもしてこないからとりあえず警戒は解いてくれ」
「……わかった。話は後で聞く。拠点で落ち着いたらな」
「また敵が襲ってくるといけませんし、みんなを連れて早く拠点に戻りましょう」
「そうだね。みんな疲れてそうだし。あ、怪我してる人はいない?」
「なぁ、さっきから言ってる拠点ってなんだ?」
「はい。ここから少しいった場所に、私たちが拠点にしている遺跡があるんです」
遺跡か。どこまで行ってもただの砂漠だと思っていたが、人工物のようなものが存在したのか。
正直日差しを遮る屋根があるだけでありがたいな。
俺たちはまとまって、フウカ達の拠点へと向かった。
§
砂漠の中に取り残されたように立つ赤褐色の岩場。それがフウカ達が拠点にしている場所だった。
今まで歩いてきて、岩場はおろか石粒すらみたことがなかった俺たちの目にそれはかなり新鮮に映った。
近づいてみると結構な規模だ。まるで砦のように砂原に突き立つ岩の壁は、結構な高さがある。
岩場には人が数人並んで通れるくらいの隙間があり、俺たちはそこから拠点内へと入った。
周囲を岩壁に取り囲まれた天然の砦といった雰囲気の空間には、人の手によって造られた住居跡のようなものがちらほらと見え隠れする。
これがみんなの言っていた遺跡か。
俺たちは拠点に点在する建物の残骸の隙間を縫うように歩いていく。
歩いていると、学生服を着た者の姿がちらほらと見える。
「ここには君達以外にも人がいるのか」
「はい。迷宮に落ちて、ここに辿り着いた人達が身を寄せているんです。数十人くらいですが……」
確かにこの地形であれば滅多にモンスターやノーフェイスが襲ってくることもなさそうだし、防衛するにも向いている。
拠点の中央に位置する少し大きな遺跡の中へ入ると、見知った顔が出迎えてくれた。
「ナトリくん! さっき感じた気配、君達のだったんだ」
「ナトリさん!! よかった……、生きて、いたんですね……っ!」
「本当に、二人とも無事でよかったよ」
思わず飛びついてくるマリアンヌを受け止め、リィロとマリアンヌとの再会を喜び合う。
「ナトリ、無事で何よりだ」
声を聞いて顔を上げると、奥の階段に寄り掛かるレイトローズの姿があった。彼もフウカ達と共に行動していたらしい。
「ああ、そっちこそ」
「そうだ。みなさん、お腹空いていませんか?」
リッカの問いかけにエルマーが片眉を上げて反応する。
「なんだ、食い物があんのかよ?」
「はい。私たちは食料を備蓄していたので」
そうか、リッカは波導で圧縮した食料を持ち歩いていた。全てとはいかないが、当座をしのぐ程度は常に持っていてくれたのか。
「ありがたいね。少し分けてもらってもいいかな。ヒノエさんもあまり食べてないでしょう」
「かたじけない……。ご厚意に甘えさせてもらえるかな」
俺たちは車座になって床に座り込み、リッカの出した食料と俺の生み出した水で空腹と喉の渇きを癒すことができた。
「迷宮探検に備えて食料を準備しといて本当によかったね。ここ暑すぎて食べ物がすぐだめになっちゃうし。リッカとナトリのおかげだよ~」
「ナトリくんが提案してくれたから備えることができたんです。人数が居ても、これでなんとか凌げていますから」
リッカの黒波導がなければ不可能な芸当だけど、やっといて本当によかったな。翠樹の迷宮での経験が生きた。
「それにしても、ナトリの武器は水を生み出すことも可能なのか……」
「迷宮に落ちてから新たに得た力なんだ。これがなければ生き延びれたか怪しい」
「すごい量ですね……。ここは水の属性が希薄なので、私じゃかなりの煉気をつかってもあまり水を作れないのに」
この拠点にも数人水術士はいるようだが、元々乾燥した砂漠では全員分の水を補うのはかなり厳しいらしい。
マリアンヌも水を生み出すのに精一杯で、最近はずっと煉気が枯渇気味なんだそうだ。
「今の我々にとって必要な力だ。君にも水を作るのに協力してもらう」
「もちろんだよ。マリアたちばっかりに負担かけてられないしな」
どうやらレイトローズがここに集まった人々のまとめ役を買って出てくれているようだ。
「レイトローズ様のおかげで、今のところ大きな問題は起きていません」
「さすがは王子様。頼りになるね」
「お、王子……。ナトリ、君どうやってそんな高貴な御方と知り合ったんだい?」
「ま、まあ、色々あって……」
クロウニーとエルマーをみんなに紹介し、それぞれが今までどう生き延びてきたかを共有した。
話題は自然と今後の方針に移っていく。
「迷宮とは、創造主によって築かれた厄災を封印するための施設、という認識で間違いないのだな?」
「ああそうだ。けど神代から長い刻が経ったせいで封印が弱まり、各地の厄災は解き放たれようとしている」
「我々がこうして光輝の迷宮デザイアに引きずり込まれたのも、その影響というわけか」
「明らかに普通じゃないよね。きっとこの迷宮の厄災も封印が解けかかってるんだよ」
何故今回に限って多くの人が巻き込まれたのか。
やっぱり厄災の意思が現実世界に影響し始めてて、手近な人間を食糧にでもしようとしたのだろうか。
「封印が解かれれば、以前エイヴス王国の王宮が破壊されたように、ルーナリアの都にも甚大な被害がもたらされるだろうな」
「そうに違いない」
嫉妬の厄災レヴィアタンの攻撃によって破壊された王宮は、まだ復興の途中らしい。
「迷宮内部のこの特殊な環境は、おそらく厄災の創り出した亜空間です。普通の方法では脱出できないでしょうね」
ここが現実の空間じゃないなら、とアトラクタブレードを使っての時空間転移も試みたが、何故だかうまくいかなかった。色欲の厄災の生み出す時空迷宮とは何かが違うらしい。
「早急に厄災の所在を見つけ出さねばならない」
こんな状態、長く続けられるわけがない。
それにスカイフォールに現れている迷宮デザイアが姿を消したら、その時俺たちはどうなってしまうのか。
「都上空に出現した光輝の迷宮。それが消える前になんとしても厄災を討ち、迷宮からの脱出を図る。これには私達だけでなく、ルーナリア皇国の命運もかかっている。残された時間は……、約三週間か」
上座に座るレイトローズは、俯きがちに重々しくそう呟いた。
それ以上は帰れる保証もないし、巻き込まれた人々にも限界はある。
俺達は生き残るため、期限までにこの広大な砂漠の迷宮から厄災を見つけ出し、討伐しなくてはならない。




