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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第268話 救援

 

 夜の砂原には風が吹いている。

 時折風に飛ばされた砂粒が顔に吹き付けるが、もはや気にならなくなった。迷宮から出られたらちょっと贅沢してでも風呂に入りたいものだ。


 砂丘の上に腰を下ろし、相変わらず地平の果てまで波打つ砂原の向こうをぼんやりと眺めていた。



「眠れないのか?」


 砂を踏みしめる音と共に女の声がかかる。


「なんか目が冴えちゃって」


 隣に立った人物が俺と並ぶようにして腰を下ろす。

 眉目秀麗なる黒髪の女性徒、ヒノエ・ヴァーミリオンとしばらく無言で月夜の砂漠を眺めた。



「先輩は常に落ち着いてますよね。できれば俺もヒノエ先輩みたいに心を乱さないでいたいんですが」


 隣に座るヒノエが静かに息を吐く。


「そう見えるだけさ。到底落ち着いてなどいない。――もう、限界だと思っていた。だから昼間、君達と出会えたとき、私は心の底から安堵したんだ」


 俺とグルーミィやクロウニー達は二人で迷宮に放り出されたけど、当然ヒノエのように一人で彷徨っている者だって多い筈だよな。


 それは……しんどいだろうな。気丈な性分のヒノエであってもそうなのだ。


「あの時、迷宮が出現した時、学内には生徒がまだたくさん残ってた。多くの人が巻き込まれた筈です。フウカやリッカ、アル達も……」


 時間が経つほどに皆の安否が気掛かりになってくる。



「君は凄いな、ランドウォーカー君」

「え?」


 予想もしなかったヒノエの言葉に、思わず月明りに縁どられた彼女の横顔を見る。


「こんな過酷な環境に身一つで放り込まれたんだ。普通は自分が生きる事で精一杯さ。もちろん私もそうだった。正直他を思いやれるほどの余裕もなかった……。だが、君は常に他人の心配ばかりしているようだ」

「それは」

「多くの修羅場を潜ってきたのだろう? 対抗戦で君と対峙して分かったよ。あの勝利への活路を見出そうとする貪欲な姿勢。普通の暮らしを送っている者にはない素養さ。最も、最初に君の噂を聞いた時はただの色狂いかと思っていたが」


 そう言ってヒノエはくすりと笑ってみせる。

 学内に広がっていた根も葉もない噂のことか。全くいい迷惑だ。彼女の誤解が解けただけでも良かった。


「はは……、酷い誤解です。そのせいで学内の女生徒には避けられるし散々でした」

「大方君に嫉妬した連中が広めていたのだろう。一時でも君のことを誤解していたこと、謝らせてほしい」

「いえ、わかってもらえたならそれで十分です」


 頭を下げるヒノエに恐縮しながら答える。結構律儀な人だったんだな。あと意外にもヒノエの笑顔は可憐だった。



「迷宮に封印されている厄災……だったか。昼間聞いたときは驚いたよ」

「急に神話上の怪物の話をされたら誰だって信じられませんよね」

「……本当なんだな。そやつを倒さぬ限り、私たちは」

「はい」


 巻き込まれた多くの人々にとってあまりに過酷な現実だ。


「迷宮が人を取って喰らうなど、前例のない事態だ」

「やっぱり厄災の復活が近づいている影響かもしれません。翠樹の迷宮ベインストルクでも、時空迷宮マグノリアでも、復活の前兆として色々な事件が起きてたので」

「どちらにせよ起きるべくして起きたことだった、というわけか。前もって厄災のことが知られていれば何かしらの対策は取れたはずなのだが……。私たちはあまりにも物を知らなさ過ぎた」


 俺も、光輝の迷宮が学園都市全体を巻き込んでこんな事態を引き起こすなんて考えてもみなかった。


「もっと、皇国や当局に対して警告すべきだったんでしょうか、俺は……」

「言ったところで相手にはされなかっただろう。危険人物として扱われるだけさ。君は悪くない」


 当初は俺たちジェネシスだけで突入する覚悟だったが、今は多くの人の命が懸かってしまっている。

 多分焦っている、俺は。


「あまり一人で背負い込み過ぎないほうが良い」

「…………」

「君は一人ではない。事の真相と置かれた状況を知った今、私も君と共に厄災と戦い、迷宮から脱するため力を尽くそう。そのことを忘れないでほしい」

「ヒノエ先輩……」


 俺の様子を心配して声をかけてきてくれたのだろうか。先輩も他人に気を配れる余裕を持てているじゃないか。


「さあ、皆のところへ戻ろうか。今はしっかりと休息をとるべきだ」

「ですね」


 俺たちは二人で砂丘を下りキャンプへと戻った。




 §




 三人と合流してから二日後、中天へ登った陽の降り注ぐなか砂丘を登る俺たちの足取りは依然として重かった。


「腹、減ったんだぜ……」

「昨日は砂漠生物に出会えなかったからね」


 俺たちは砂漠を彷徨う生物を仕留め、その肉を食らうことでなんとか空腹を誤摩化してきている。


 だが、そいつらが毎日飯時に都合良く襲って来てくれるわけもない。

 この日差しと気温だ。奴らの肉は保存しようにもすぐに腐敗してしまい、一日もすれば異臭を放ち始める。それを口にする勇気はまだない。


「おなか……すいた」


 グルーミィの呟きも足下の砂に吸い込まれ空しく消える。



「ん?」

「どうした?」

「どうやらおいでなすったぜ」


 立ち止まったエルマーがしゃくった方に目をやると、砂丘の上を蠢く無数の影。


「動物だろうか……?」

「いや、あれはノーフェイスだ」

「全く……、こんな時に限ってノーフェイスとは」


 動物、最悪モンスターならまだ口にできる。だがノーフェイスに関しては邪魔なだけの存在だ。ただただ腹立たしい。


「こっちに来る。みんな、迎え撃とう。準備を頼むよ」

「わかってらあ!」

「やれやれ……、一戦交えるしか無いようだな。――フレスベルグ」


 ヒノエがエルヒムの名を呼ぶと、彼女の肩に炎が灯り燃え盛る鳥の形を成していく。


「グルーミィ、俺の後ろに! 叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」


 それぞれに構えを取った俺たちを包囲するように、ぐねぐねと蠢く不気味な影達は散開しながら迫ってくる。


 その姿は動物というより、植物に近いだろうか。

 木の幹のように直立した胴体部分を中心に、周囲へと根のようなものを這わせて砂上を移動してくる。


 決して砂狼のように速くはないがじわじわと獲物を追いつめるように集団で迫ってくる様はひたすらに不気味だ。


 様子を見ていたヒノエが最も接近してきた一体に向けて杖を構え、詠唱する。


「汝、我らが(ほむら)の糧となれ、『火輪(アグニラ)』」


 ヒノエが放つ高速回転する炎のリングが、ノーフェイスの胴体に当たり弾け、炎上する。しかし奴は炎上しながらも、胴体部分から複数の触手のようなものを彼女に向けて伸ばしてくる。


 影の触手はヒノエに到達する前に、鋭く鳴いたフレスベルグが吐き出す火炎放射によって焼き切られた。

 炎が全身に回ったのか、ノーフェイスは砂漠へと崩れ落ちながら消滅していく。



「邪魔くせぇ!」


 エルマーは横合いから襲って来たノーフィエスが伸ばす触手を避け、つかみ取る。


「おらァ!」


 触手を掴んだまま思い切りそれを引き、ノーフィエスを振り回して周囲の影をなぎ倒していく。

 エルマーはそのままダウンした化け物に殴りかかっていく。


 俺もグルーミィを庇いながら伸びて来た触手を払いのけるように斬り飛ばす。


「遠くからちょこまかと……厄介な奴らだな!」


 視界の端にクロウニーの放った火炎矢が当たり、盛大に炎上するノーフィスの姿が映る。


「前に出過ぎるんじゃない、エルマー! 触手に絡めとられてしまうぞ! ヒノエさん、やはりこの化け物たちはっ!」

「ああ、火の属性(エモ)に弱いようだ」


 ヒノエのフレスベルグが、無数の植物型ノーフェイスの合間を飛び交い炎を浴びせかけているが、体に灯った炎は消える様子が無い。


「よし、なら俺も……、エレメントブリンガー、『ギルティブレイザー』!」


 リベリオンの刀身を炎が渦巻き、覆い尽くしていく。


「これでも喰らえ!」


 煉気を込めて剣を振り抜き、炎の斬撃を放つ。近寄ろうとするノーフェイス共を触手の射程の外から、次々と着火して火達磨にしてやる。



 俺達に遠距離攻撃の手段が豊富だったおかげか、襲って来たノーフェイス達は間合いを詰め切る前に焼き尽くされた。


 一心地つき、リベリオンを仕舞った時グルーミィが俺の裾を引っ張った。


「くる」

「くるって何が……」

「お、おい……やべーぞっ!」


 俺たちの歩いて来た方角を振り向くと、そこには黒い砂丘があった。


「なん……だ? あれ」

「動いて……いるだと」

「撤退だ!」


 クロウニーの慌てた声音にはっとする。


「いますぐ走れ!」


 皆全力で砂丘を駆け登り始めた。皆との身体能力差故に、俺はすぐに置いていかれてしまう。


「くそっ……! 叛逆の鉄槌、『リベリオン・オーバーリミット』」


 リベリオンを腕に纏わせ、側に突っ立っていたグルーミィを小脇に抱える。俺も一目散に砂丘を登り始め、すぐに皆に追いついた。


「あれもノーフェイスって奴なんかよ?!」

「多分そうだろう……!」

「しかしあの数では、とても倒すことなどできはしないな……っ」

「っ! んなの反則だろーがよっ!」


 今も俺たちに迫ってくる黒波。砂丘を覆い尽くすほどの蠢く波の正体はノーフェイスだ。


 一体一体は小さいんだろうが、それも地面を覆い尽くすほどの数。何千、いや何万匹いるのだろう。

 ちょっと火や波導を放ったからといってどうにかなる数じゃない。煉気が保つ気がしない。


 あんなものに集られたら一瞬で全身を食い破られてしまう。


「畜生、全っ然逃げ切れる気しねーんだぜ……!」

「かといって、あの数を殲滅するなんて不可能だ。なにか、方法は……」


 俺たちは考える。全力で逃げながらも。

 徐々に迫ってくる大群と、奴らの立てる音を背中で感じつつ。


『逃げ切る方法は……』

『倒すのは無茶だよ。ドレッドストームで風を操作し、一気に離脱を図ればあるいは』

『俺だけ逃げられても意味が無い。それに、グルーミィを抱えた状態で万が一にもうまく飛べるとは思えない』

『ならばヒノエ・ヴァーミリオンの炎障壁(エルウィオル)に立て篭り、ひたすらに持久戦で数を減らすか……』


 足を止め、奴らに全方位から集られながら少しずつ倒していく。それしかないのか。

 それで、本当に乗り切れるのか。あの数を? それまでヒノエの煉気が果たして持つのか。


 逃げ続けるのもいずれ限界だ。やるしか――――。



「ヒノエ先輩! 火の波導障壁で守りを固められますか?!」

「くっ……。皆、少々熱いが我慢してくれるか――」




「焼き払え。冷涼なる蒼炎、『不知火シラヌイ』」


 突如として俺たちの後方から熱波が押し寄せる。


 轟々と蒼く燃え盛り、ノーフェイスの群れに覆い被さるように降り注ぐ。涼しげな蒼い炎の向こうで蹂躙され消滅していく影達。


「蒼い……炎だと?」

「――まさか!」


 体に蒼い炎を灯しながら、俺たちの付近に着地する者があった。


「おうナトリ、ようやっと会えたな」

「クレイル!!」

「私もいるよー!」


 影と共に上空を通過したのはフウカだ。その背に緋色の翼を輝かせながら群れに向かって突っ込んでいく。


「ナトリ達を襲わせはしないよ! 『千嵐烈波刃(オル・フィオレーネ)』!」


 周囲悉くに風の刃を撒き散らし、ノーフェイスの黒波を巻き上げ切り刻んでいくフウカの姿はあまりにも勇ましかった。


「あ、あれがフウカちゃんの力か……」


 クレイルとフウカの一騎当千の戦いぶりにクロウニーが呆気にとられて言葉を漏らす。


「みんな、フウカ達が来てくれた。なんとかなるかもしれない。蹴散らそう!」

「ああ、いくぞ!」


 抱えていたグルーミィを地面に下ろし、俺もエレメントブリンガーを発動。


『待てマスター。迷宮デザイアは地の属性が濃い。広範囲を攻撃するなら炎よりもいいものがある』

『こいつらの属性が地だとすれば……、相性的に弱点は響属性だな?』

『そうだ』


「よし……、エレメントブリンガー、『ソニックレイジ』」


 リベリオンの刀身が白く変化する。響属性を斬撃に込めるような意識で剣を振り抜く。

 すると砂丘を駆け上がってくるノーフェイスの、先頭集団が放射状に弾け飛んだ。


「こりゃいいなっ。――クロウニー、こいつらは響属性が効くぞ!」

「了解だ! エルマー、僕らもナトリに続くぞ!」

「おうよ!」


 フウカとクレイルが上級の大規模波導術で後方から押し寄せる大群を一気に削ってくれている。

 俺たち四人は押し寄せる群れの最前線を叩くべく走り出した。


「ナトリくん、私もいますよ!」

「リッカ!」

「よかったです……! また、ナトリくんの顔を見られて」

「俺もだ。無事でよかった……!」


 並走するように追いついて来たリッカの杖が光を放つ。


「絶対に……、傷つけさせません! 慈愛の眼差を以って旅人の足を休めよ、『豊穣の乙女(ヴィルゴ)」」


 リッカの波導が迸り、俺たちの前面に時空結界が展開される。


 豊穣の乙女(ヴィルゴ)の術の領域内へと侵入したノーフェイスは、突如その動きをピタリと停止させる。


 押し寄せる影の波は術の境界を境に動かなくなり、積み重なったノーフェイスが黒い壁となってどんどん詰み上がっていく。


「皆さん、守りは私が。術より前へは出ないでくださいね」


 フウカ達の合流により、ノーフェイスの大群との殲滅戦が始まった。










挿絵(By みてみん)

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