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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第265話 だいじなもの

 


 俺とグルーミィは果てしなく広がる迷宮デザイアの大砂漠を二人だけでただただ進んだ。


 砂丘の位置が変化する以外にほとんど同じ風景が続き、元々会話とも言えないやりとりは徐々に減っていく。



 焼けるような暑さの中丸一日歩き続け、不定期に栄養を補給し、眠り、そしてまた歩く。


 何ら変化の無い道行き、見覚えのあるような砂丘が延々と続く風景に、次第に同じ場所をぐるぐる回っているだけなのではないかという錯覚にさえ陥る。


 もう三日は歩いているだろうか……。こんなことをずっと続けていたら頭がおかしくなる。


「迷宮なんていうくらいだ。入り組んだ迷路を想像してたけど……。こういうパターンか」


 泣き言にも似た愚痴は終わりの見えない砂の地面に吸い込まれ消える。



 とさっ、と後ろから砂を叩く軽い音が響く。


 振り返るとグルーミィが両膝を突いて地面に座り込んでいた。


「どうした」

「…………」


 反応はなし。いつにも増して無表情だ。


「……おい」


 肩を揺するが、魂が抜けてしまったかのように虚ろな瞳をしている。この終わりの見えない行進に嫌気が差し、心が挫けたか。


 気持ちはわかる。俺だってこんなのはもううんざりだ。膝は軋み、体中から水分が失われ、灼熱の陽光が体力を奪っていく。

 この苦行を放棄して膝を折ってしまいそうになる。



『マスター、来た!』

「……クソ」


 そして疲れ果てたところを狙ったように襲ってくる化け物共。煉気を使えば体はだるく、道行きはさらに困難になる。



 砂魚を退治し、肉を確保してグルーミィの元へ戻ってくる。


 彼女は先ほどと同じ体勢のまま俯いていた。


「少し休憩だ。食事と水分補給」



 水と肉の下ごしらえが済み、魚肉に齧り付いてもグルーミィは動かなかった。

 そんな彼女を横目に俺は補給を終えると立ち上がった。



「…………」


 俺が歩き出してもグルーミィは座り込んだままだ。彼女に背を向けたまま立ち止まる。


「諦めたのか」


 反応はない。


 胸の内でむしゃくしゃした感情が沸き上がってくる。


「……ああ、ちくしょう」


 引き返し、グルーミィの元まで戻り膝を折る。肩を掴み話しかけた。


「ずっとそうやってるつもりか」

「…………」


 グルーミィは周辺の情報を記憶して正確に進路を記憶できる。

 足手まといだからと置いていくわけにもいかない。


 そんなことを考えているとフウカの顔が脳裏を過る。


「こんな奴らでも、一応フウカの……家族」


 一向に動こうとしないグルーミィを見下ろして思わずため息をつく。

 彼女の前でしゃがんで後ろを向き、背中を見せた。


「……掴まれ」

『マスター……』


 その体勢のままじっとしていると、しばらくしてグルーミィの細い指が肩にかかった。

 彼女の巨大な胸が背中に押し付けられ、潰れる感覚がある。けど、今はそんなことを気にしていられる余裕もない。


 グルーミィが背中に縋り付くと、彼女の太腿に腕を回して立ち上がる。

 驚くほど軽い。フウカを持ち上げた時に近い。


 俺たちはそうして灼熱砂漠の行軍を再開した。


「こっちで……、いいんだよな?」

「……うん」




 §




「…………」


 地面に横たわり、満点の星空をぼうっと見上げていた。

 恐ろしいほどに澄んだ夜空だ。


 どこまでも深く、まるで自分がその広大な空間に永遠にたった一人取り残されてしまったのではないかという恐怖すら覚える。


 首を横に倒すと隣に転がるグルーミィの豊満な肉体が目に入る。

 彼女は目を閉じ、あるかないかというような非常に静かな寝息を立てていた。



 今日もひたすら歩き続け、暗くなったらこの場所に転がって体を休めている。

 炎天下を人間一人背負いながら柔らかい地面を歩く。考えていた以上にしんどい。


 もう、焚き火を起こすのもだるい。

 寒さが体を冷やしていくが、それに抗する気力は失われていた。体中の筋肉が悲鳴を上げているようだ。


 疲労感に目を瞑ると、明るいときに見た光景が脳裏に蘇ってくる。


 砂に染みこむ血と、飛び散った肉片。布の切れ端。


 見覚えのある衣服はおそらくアンフェール大学の学生服だろう。多分俺たちと同様迷宮の出現に巻き込まれて、この空間に落とされた奴だ。


 戦えない人間だっている。一人で砂漠を彷徨って、砂魚や砂狼に食い殺された。



 やっぱり学園都市に暮らす多くの人間が巻き込まれたんだ。いったいどれほどの被害者が出て、そしてこれから増えていくのか、考え始めると絶望的な気分になってくる。


 このまま何も見つけられなければ、俺たちもいずれそこに加わることになるかもしれない。


 フウカ、リッカ、それにみんな。

 俺はもう疲れた……。


 徐々に降りてくる瞼にまかせて、意識を手放した。




 §




 翌朝、目が覚めた時には既に日は高く登っていた。


 あまりの疲労感に眠り続けていたようだ。


 そのままぼうっと仰向けで転がっていると、隣から小刻みに呼吸音が聞こえてくるのに気がついた。


 体を起こし、隣に倒れていたグルーミィの様子を見る。



 彼女は目を閉じていた。だが呼吸は荒く、ひどく汗もかいているようだ。前髪を押し上げて額に手を当てると熱を感じた。


『これ多分脱水症状だよ』

『昨日ほとんど何も口にしていなかったからな』


 リベリオンを呼び出し、エレメントブリンガーで水を生成する。地面に掘った穴に手ぬぐいを広げ、そこに生成した水を流し込む。

 両手で水を掬い、気を失っているグルーミィの口元に持っていく。口を狙って水をかけたが、うまく口内へ入らず頬を濡らした挙句鼻に入ったのか咽始めた。


「…………」

『口移しじゃないと無理だと思う』

『わかったよ……』


 水を口に含み、体を横たえるグルーミィの顎を開きながら、口内の水を少しずつ彼女の喉奥に流していく。それを何度か繰り返した。


 ついでにリベリオンで地属性を操作して、意識のないグルーミィが日差しを受けないよう固めた砂で庇を作って影になるようにした。


 その作業で多少の煉気を消耗してしまった。


「敵に何やってるんだよ、俺は……」



 一緒に庇の中に入り、様子を見ていると時間の経過とともに少しずつグルーミィの容態が落ち着いて来た。発汗が抑えられ、呼吸が深くなる。

 ひとしきり彼女の体調が安定してきた頃合いで、グルーミィを背中に担いで再び砂漠を歩き始めた。



 そのまま何刻か歩いたところで、肩にかかっていた彼女の腕に力が入る感覚があった。

 背中で彼女の体がもぞりと動く。


「目が覚めたか?」

「…………」


 返事はないがそうらしい。

 回される腕にちゃんと力が入っている気がする。



 気にせず歩き続けていると、急にグルーミィが口を開いた。


「……すてればいいのに」

「できるかよ、そんなこと」

「……どうして」


 正直なんでこいつを見捨てないのか俺自身もわからなくなってきている。

 フウカの家族だから、エンゲルスの情報源だからという理由は真実ではないような気がしている。


「お前は一応フウカの家族で、貴重な情報源。人質なんだよ。道も覚えててもらわなきゃいけないし。……それに……、見殺しにはできない」


「……わからない」


 俺は情けをかけているのだろうか、こいつに。


「お前らは哀れだよ。エンゲルスはただ"父様"とやらの命令を聞く殺戮人形の集まりか? 人を殺して殺しまくって……」

「とうさま、わたしの……すべて」

「違う」

「ちがう……なにが」

「グルーミィ、お前はお前だろうが。とうさまとやらの操り人形なんかじゃない。なんでそれがわからない……」


 背中のグルーミィがもぞりと動く。

 俺は腕を解き、彼女を下ろす。気力を失っていた彼女はようやく自分の足で立った。


 グルーミィは俺の目を真正面から覗き込む。


「だいじだから……ころさない?」

「そうだよ。人の命を簡単に奪い去っていいはずないだろ。もしお前の親父が殺されたら、お前だって許せないはずだ」


「わたしも……だいじ?」

「え?」


 即座に否定はできなかった。いくつかの点においてグルーミィの存在は重要だ。

 今のこいつは無抵抗で攻撃の意思もない。一方的な虐殺は……何か違う。気に入らないから殺すとか、俺はエンゲルスの奴らと同じにはなりたくない。


「まあ……、そういうことになるのか?」


 彼女は視線を逸らさないまま感情を表さずにじっとしていた。何か考えているらしい。


「……しりたい」

「何を」

「だいじなこと」


 少しだけ、グルーミィの雰囲気が変化したように感じる。気力を少し取り戻したのだろうか。


「そのうちわかるだろ。……生きてればさ」


 俺の言葉に頷くと、彼女は砂を踏みしめ今度は自らの足で歩き始める。


 俺も彼女に歩調を合わせて歩を進めた。




 

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