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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第264話 姉

 

 エレメントブリンガーで作り出した水と、砂魚の焼き肉によって俺とグルーミィの腹はようやく満たされた。


 生命の危機が回避されたことで少しだけ余裕が出てきたように思う。

 そうなると心配なのは仲間達のことだ。


『多分アルベールやフウカたちも迷宮の中にいるよな』

『状況的にみてその可能性が高い。迷宮の根はかなり広範囲、それこそ学園都市を覆うような勢いで広がってたから』


 一刻も早く合流し、無事を確かめなくては。


「けど、これじゃあな……」



 目の前に広がるのは見渡す限りの大砂漠。目印になりそうなものは何も無いし、そもそも何かあるのかもわからない。


『迷宮だからな……。ここ迷宮デザイアも、入った奴は誰も帰って来てないって話だ』

『この砂漠を彷徨って力尽きたんだろう』

『それにしてももっとこう、翠樹の迷宮みたいに、暗くて狭くて通路が複雑に入り組んでるのを想像してたけど、こうきたか』

『迷宮デザイアがどこまで広がってるかわからない。広大さもまた旅人を迷わせるための仕掛け、ってことだ』

『まあ、創造主様(エル・シャーデ)は厄災の封印が人の手に触れないように迷宮を造ったって話だから、そう簡単に見つかるわけもないよな……』

『けどマスター、いつかは封印が消えてしまうことも想定していたはずだ。だから、必要とする者に道が開かれる可能性は残ってる』


「必要とする者に道は開かれる、か……」


 確かに、造っといて管理もできないようじゃ意味がないもんな。


 どう脱出するかは考える必要があるだろうが、俺たちは元々ここに入ることを目的としてロスメルタへ来た。厄災を探すためこの砂の大地を進まなければならない。


 その先で……、みんなにちゃんと出会えるだろうか?



 俺の隣で、水平線の向こうへ茫洋とした視線を向けるグルーミィに問いかけてみる。


「俺はみんなと、厄災を探してこの砂漠を進む。お前はどうする」


 グルーミィはその瞳をゆっくり俺へと向ける。


「……いく」


 こいつには気を許せない。けど、聞きたいこともあるし置いていくこともできない。一緒に進むしかないか。


「それにしてもどう進んだもんか。こんな代わり映えのしない風景じゃ、どっちに進んでるかもわからなくなりそうだ」


 リベリオンに探知系の力がないことが悔やまれる。せめてリィロかフウカが一緒にいてくれればな。


「……かぜ、ふいてる」


 グルーミィの言葉を聞き、肌に感覚を集中させる。確かに少しだけ風があるな。


「それがどうした?」

「……ほうこう、おなじ……ずっと」


 ここへ落ちてから、ずっと風の流れる方向が同じだと言いたいようだ。


「かぜのふくほう、……あるいてる」

「もしかして、方角が分かるのか?」


 グルーミィはこくりと頷く。

 こいつ、もしかして感知型の波導使いなのか?


「…………」


 相変わらず眠たそうに半分降りた瞼がかかる瞳で俺を見るグルーミィ。


 顔のつくりはかなり整った美女なのだが、表情の変化に乏しくミステリアスな雰囲気で何を考えているのかわからない。


「……お前に頼るしかないみたいだ」


 こんな目印が何もない場所を進む上で現在位置をちゃんと把握するのは必須。

 命が懸かっているのは彼女だって同じはずなのだ。ひとまず俺を陥れる罠だという考えは置いておく。


 今はとにかく行動しないことには埒が空かない。


 俺たちは果ての見えない砂の丘を踏みしめ、ゆっくりと歩み始めた。




 §




 そのまま半日ほど歩いた。


 グルーミィによれば、俺たちはまっすぐ風下に向かって直進しているとのこと。


 しかし行けども行けどもあるのは砂の地平線。風景は全く変わらない。


『迷宮デザイア、どんだけ広いんだ……。まさかガストロップス大陸くらい広かったりしないだろうな』

『その可能性は否定できないな、厄災の魔法(ドミネイト)は強力無比だ』

『冗談きついぜ……。なぁリベル、エレメントブリンガーは属性を自由に操れるんだろ。だったら、空飛べたりしない?』


 風の波導を使う術士は属性の力で空中を自在に移動できるし。


『原理的には可能なはず。やってみる?』

『やろう。空を飛べたら一気に楽になる』


 リベリオンを出現させ、正眼に構えをとる。


「えーっと、風は……と。————エレメントブリンガー、『ドレッドストーム』」


 刀身が唸りを上げ、緑色に変化を始める。


 体の周囲を風が舞い始めた。その勢いは次第に強くなっていく。


「よし、いいぞ。このまま……」


 垂直に、ゆっくり風で体を持ち上げようと思った瞬間、意図せず急激に体が浮き上がった。


「うおっ!!」


 一瞬で地面を離れて飛び上がった体は、空中に投げ出され再び落下を始める。


「ちょ……まずいって!」


 飛行を制御しようと前方へ意識を集める。

 しかしあろうことか急加速し、体が弾かれたように速度が上がった。


「うおおおおおおお!!!」


 しばし空中を跳ね回るかのように振り回された挙句、俺は砂丘に突っ込んで停止した。

 うつ伏せになった状態から仰向けに転がり、空を見上げながら咳き込む。


「げほっ! いってぇぇぇ……」


 これ、無理だ。


『あー……、悪い。なんか、マスターの思考と気圧制御の出力にズレがあってうまくいかない』

『死ぬかと思った』

『もう少し練習すれば……、上手く行くかもしれない』

『しばらくは遠慮しとく……。結構煉気を使うみたいだし』


 飛行をうまく制御できないせいか、煉気が無駄になって体がだるい。結構疲れるな。こんな状態でまた化け物に襲われたくないぞ。


 この調子では安定して長距離を飛行するのは不可能か。自由に空を飛べる日はまだ遠そうだ。


『仕方ない。マスターはまだエレメントブリンガーの能力に覚醒して間もない。少しずつ使えるようにしていこう』

『だな』


 地面に転がった俺を見下ろすグルーミィが視界に入ってきた。相変わらず表情が読めない。


「……ひるね?」

「なんでもない……、進むぞ」




 その後も水平線の向こうへ陽が落ちるまで黙々と歩き続けた。

 途中何度か砂漠に生息する生物に襲われたが、脅威というほどのものではなかった。


 むしろ、食料が向こうからやってきてくれるのでこちらとしては助かる。迷宮の砂漠が意外にも豊かな生態系を築いていたのは幸運だった。



「エレメントブリンガー、『ヴァイスクエイク』」


 黄色い光を放つリベリオンの剣身を砂の地面へと突き刺す。

 剣を通して体から煉気が抜けていく感覚を味わった後、能力の使用を終える。


 剣を刺した箇所の砂を掻き分けると、砂の中からブロック状に固まったいくつかの固形物を掘り出す。


『燃えるかな?』

『理論上、点火できるはずだ』


 エレメントブリンガーで地の属性を操作し、地中の砂から可燃物を生成してみた。

 砂漠の夜は冷えるので、焚き火をして暖を取ろうという算段だ。


 ブロックを一カ所に集め、グルーミィに火を放ってもらう。

 褐色の固形物は火を灯し、燃え始めた。


「いい感じだな」


 俺たちは焚き火を囲んで腰掛け、先ほど仕留めた砂魚の肉を炙り始める。


「もう二日。一体いつまでこんなのを続けなきゃならないのか……」


 ふと火の向こうに座ってじっと焚き火を見つけるグルーミィの姿に目を向ける。


 足を開いた状態でぺたりと腰を下ろしているので、短めのスカートの奥に下着が覗いている。

 座る位置ををずらして彼女に問いかける。


「お前らエンゲルスって、なんで『盟約の印』を集めてるんだ」

「めいれいだから……とうさまの」

「とうさま……、レクザール・オライドスのことか? 神の力を手に入れ、スカイフォールを支配するって。やっぱりそういうことなのか?」

「…………」

「お前たちはフウカとどういう関係だ。そのとうさまって呼び方、まさか」

「……いぷしろん、いもうと」

「いぷしろん……?」

「ふうか」


 嫌な予感はしていたが……、やっぱりそういうことなのか。


 エンゲルスの連中はフウカのことを知っている。

 アガニィも、グルーミィも指導者のことを父様と呼んだ。教授によればレクザールはフウカの父親。つまりこいつらは。


「お前はフウカの姉なのか……?」

「そう」


 グルーミィの無慈悲な返答が頭に響く。



 探していたフウカの本当の家族が目の前にいる。

 それがスカイフォール最悪の犯罪者の集まりだなんて、冗談じゃねえ。


 嘘だと思いたい。いや……、フウカはこいつらと違う。彼女は王宮神官だ。同じではない。決して。


「フウカは、違う。……お前たちとは違う」

「いぷしろん……いちばん……とうさま、だいじ」


 フウカはレクザールに気に入られてるのか。

 けど、それならどうしてフィアー達のように手元に置かず野放しにしている。何故、教授と二人で王宮を逃げ出すような羽目になった。


「いぷしろん……こころある。だから」

「心?」


 イプシロンというのは仲間内でフウカを指すコードネームみたいなものか。


「わたしたち、こころたりない。……でも、いぷしろん、ちがう」

「…………」


 ぽつりぽつりと、ゆっくりと喋るグルーミィをじっと観察する。

 どういう意味なのかはよくわからないが……。やっぱりフウカはこいつらとは違うんだ。同じなものか。

 だからこそエンゲルス指導者レクザールのお気に入りで、他の姉妹から疎まれている……、とか。



「いくら親の命令だからって人を殺していいわけないだろうが。なんでそうまでして命令に従う」

「……?」


 グルーミィは俺を見て僅かに首を傾げた。言ってる意味がわからないとでも言いたげだな。


「お前だって、仲間や親を殺されたら悲しいだろ……」

「…………」

「みんな同じなんだ。お前たちが殺して来た人間達にも親や兄弟がいた。それでもなんとも思わないのか?」

「……わからない」


 こいつら相手に倫理を説いたところで無駄なのはわかってる。



 それでもこのグルーミィという女はフウカの姉なのだ。見ていると、どこかフウカと似た雰囲気を持っていることがわかってくる。


 まとまらない考えのまま、燃え盛る火に可燃ブロックを焼べ足し、ただじっとそれを見つめ続けた。








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