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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第262話 光輝の迷宮

 


 誰かが俺を呼ぶ声がする。


 分厚い意識の膜を叩くようにしてその声は、徐々に徐々に大きくなっていく。


『……スター、――マスター』


 煩く頬を弾かれるような刺激にゆっくりと目を開く。



 一瞬、自分がどういう状態なのか理解できなかった。


 耳元では轟々と風が鳴り、学生服がバタバタと激しくはためく。全身に感じる強い風圧と手足の浮遊感。



「————は?」


 気づけば俺は恐ろしい勢いで空中を落下していた。


「う、わあああっ!!」

『気がついたかマスター!』

「リベル……、これはっ?!」

『私たちは迷宮に引きずり込まれたんだ。ここはもう迷宮デザイアの内部空間だよ』


 首を巡らせ、周囲を見渡す。


 足の先には青空、そして上を向けば山のように盛り上がった雲の世界。

 そんな雄大な風景の中、上、いや下に向かって俺は真っ逆さまに落下している最中だ。


 ぞわりと背中に恐怖感が這い上がってくる。フウカもいない、地面も見えない。俺にとってこの高さは完全に「死」を意味する。


「やばい……、死ぬ」

『落ち着け。地表に達する直前、オーバーリミットを発動させて力を解放すれば、残りの煉気量でも落下の衝撃を相殺できるはずだって』

『マジか?』

『マジだよ』


 ていうか、なんでいきなり落ちてる? ここは迷宮じゃないのかよ。


『…………わかった。じゃあ、後はタイミング?』


 頭を持ち上げ、直下に迫ってくる雲原を見上げる。あれを抜けたら地上が見えてくるのだろうか。



「ん?」


 落ちる先に目を凝らす。と、俺より下の方に同じく下に向かって落下する何かの姿を見つけた。


「あれは……?」


 風にはためき、広がる桃色の長い頭髪。


『グルーミィとかいう女だ』

「そうえいば、さっきまで側にいた。一緒に入ってきたから……」


 しばらく様子を見るが、どうにも動きが無い。


「あいつ、もしかして気を失ってる?」

『そのようだ。マスターは私が起こしたからな』


 あのまま放置すれば、地面に叩き付けられて死ぬのだろうか。


「…………」

『あの女を助けるつもりなの? あいつは凶悪犯罪者の仲間だよ。多くの悪事を働いてきたに違いないと思うけど』

「そんなんじゃない。ただ、あいつを捕らえればエンゲルスの内部情報が何かわかるかも」

『……後で後悔しても知らないぞ』


 リベルはまだ何か言いたげだが、もしそうなるならそれは俺の責任だ。なんとかする。

 けど、うまく捕らえることができればやつらがどれくらいの規模で、どんな活動をしてる組織なのかわかるかもしれないだろ。


『雲の中に入るよ』

「!」


 一気に近づいて来た雲の中へ吸い込まれ、視界が一面白に覆われる。

 そして俺たちはすぐに厚い雲の層を突き抜けた。


「――――地上!」


 眼下に広がる黄色い大地。砂、だろうか。一面に広がる砂原は、地平の果てまでひたすらに続き青い空とのコントラストが際立っている。



『早く助けないと地表に激突してしまう』

「じゃあいくぞ。――叛逆の鉄槌、『リベリオン・オーバーリミット』」


 リベリオンが分離して右手に絡みつくのを確認し、体中に巡ってきた空の加護を受け、空中を蹴りつけるようにして加速する。


 落下速度が更に上がり、先行していたグルーミィの体に手が届く。

 やはり女はぐったりとして意識がない。落下しながら彼女の体を抱え、手放さないようにする。


「どうしたらいい?!」

『この状態だと生存率は一か八かだけど……、地表に最接近したタイミングでイモータル・テンペスト

 を放つ。一瞬だけど落下と逆方向に抵抗を得ることで、落下速度を相殺して着地の衝撃を和らげる』

「そういうことか」

『タイミングはかなりシビアだけど、私の指示に従えば成功させてみせる』

「わかった! 信じてるぜ」


 砂の大地が迫ってくる。右腕に体内に残る煉気を集め、加護の力によってフィルを操作し体の周囲に集めていく。

 腕を中心に、細かく青い稲妻がバチバチと弾けるように発生し始めた。


 グルーミィの豊満な肉体を抱える腕に力を込め、右手に纏ったエネルギーの制御を強く意識し、着地に備える。

 その時はすぐに訪れた。



『今だ! 衝撃に備えろよ!』

「おおっ! 『イモータル・テンペスト』!!」


 目前に迫った地表に向け、右手に集めた力を一転集中、放つ。

 空気と青光が弾け、落下方向とは真逆の衝撃が体を襲う。


「うおぁっ!!」


 至近距離で弾けた衝撃波により、体は錐揉み回転しながら空中で弾け飛ぶ。

 前後不覚の状態で飛ばされ、背中から地面にどさりと落下した。


「がっはっ!」


 落ちてからの回転はすぐに止まり、地面にうつ伏せに倒れ込んだ。


「げほっ! げほ!」


 転がる際に口の中に入り込んだ砂を吐き出し、両手で地面を掻く。

 さらさらとした砂の感触が指の間を通り抜けていく。


「下が砂地で助かった……っ!」


 詰まりかけた息を吐き出すように、仰向けに転がる。見上げた先には真っ青な空と、白い雲が広がっていた。


「い……生きてるな」

『うまくいったみたいだ』

「お前のおかげだよ。ほんとに助かった」

『これくらい朝飯前』

「って……、グルーミィは?」


 衝撃波を喰らって吹き飛ぶ際手を離してしまった。

 身を起こして首を巡らせると、砂の斜面に仰向けになった女が転がっているのが目に入った。


 駆け寄り状態を確かめる。出血や大きな怪我はしていないらしい。


「無事か……」


 ひとまず息を整えつつ辺りを見渡す。

 俺たちは小規模なクレーター、先ほどイモータル・テンペストを放ったことでできたらしい砂地の窪みの中にいた。


 クレーターのへりを登って外へ這い出し、周囲を見渡す。



 辺りは見渡す限り砂まみれのようだ。果てまで広がるような黄色い大地以外、何も見えない。途方も無い広さに感じる。


 こんな風景ルーナリアにはなかった。全く異なる迷宮空間に引きずり込まれてしまったとでもいうのか。


「これが、『光輝の迷宮デザイア』の中……?」

『時空迷宮マグノリアのように、厄災の魔法(ドミネイト)によって生み出された特殊空間だろう。油断するなよ』


 そうはいっても、こんなだだっ広い砂原のど真ん中に敵と二人きりで取り残されて、どうしろっていうんだ。


「みんなのことが心配だ。アルベールは近くにいたはずなのに姿が見えない。それにフウカやリッカ、マリア達は無事なのか……」


 迷宮デザイアが出現したのはアンフェール大学の直上だった。

 学園都市にいた人間は、誰が巻き込まれていても不思議じゃない。


『フウカ達もこの広い空間のどこかに落ちているかもしれない』

「参ったな……」


 こんなの完全に予想外だ。もちろん迷宮に乗り込むつもりだったけど、こんなろくに備えもしない状態で突入することになるなんて。


 問答無用で引きずり込まれるなんて記述、文献に見当たらなかったぞ。今回だけのイレギュラーなのか……?

 おかげで仲間達と最初から分断されるという最悪の状況だ。

 おまけに敵と二人きりで孤立無援。


 遥か遠くまで続く青空と雲の雄大な景色を眺めながら、頭を抱えるしかなかった。




 §




 迷宮デザイアの内部では外と同じく時間が流れているらしい。

 頭上に輝いていた陽の光は地平線の向こうへと沈み、砂原に夜がやってきた。


 陽が落ちると肌を焼くような熱さはなりを潜め、逆に肌寒さを感じるようになった。


 たき火でも起こしたいところだが、あいにくとここには砂しか無い。

 クレーターの中央にグルーミィの体を横たえると、少し距離をとって座り込み、リベリオンの青い光を砂に突き立てて明かりの代わりとした。


 みんながどうなってるのか心配ではあるけど、行動するのはひとまず彼女が意識を取り戻してからだ。



 しばらくそうしていると、グルーミィの体がもぞりと動いた。

 ゆっくりと起き上がり、周囲に首を巡らせる。目が合った。


「…………」


 気まずい沈黙が続く。


 彼女はしばらくその眠たげな瞳でこちらを見ていたが、やがて興味を失ったのか周囲の景色をゆっくりと見回し始めた。


 どうやらすぐに襲ってくるような様子ではないが……。


「……こえ……聞こえない」

「え?」

「どこ……」

「ここは迷宮の中だ」

「めいきゅう……」


 反応が薄い。なんだろう、この感じ。おそらくエンゲルスであるはずなのだが、いままでの奴らのような邪悪さみたいなのが薄い気がする。


 ……いや、騙されるな。猫を被ってるだけかもしれない。


「お前達は、なんでアルベールを拉致しようとした」


 グルーミィは足をぺたりと地面に広げて座ったままこちらを向く。


 学生服の短いスカートから覗く白い太腿が眩しい。こんな場所に不釣り合いに無防備な格好だ。


「……しるし」

「印って、まさか『盟約の印』のことか?」


 彼女は感情の窺えない瞳で尚も俺を観察している。


 まさかとは思うが……、アルベールが盟約の印を所持していて、だからこいつらはアルベールを攫おうとしたって言ってるのか?


 フィアーがわざわざ対抗戦に出張ってきたのも、大学の実力者の中に印の保持者がいると踏んでの行動か。


『可能性は高いよ。ルーナリア皇家に伝わる「コード:ラジエル」は、通常の力とは異なる何かだ』

『あれも神の力……、つまり盟約の印の能力の一端てことか』



 一つため息を吐く。こいつのやろうとしていたことは明らかに悪事だが、今はそれを糾弾しているような場合でないのも事実。

 少しずつでいい、今は俺達にとって利になるような情報を吐き出させる方が必要だ。


「聞きたい事は山ほどある。でも、ここから出られなけりゃ意味がない。……だから、ひとまず協力しないか。どっちもが生き延びるために」

「…………わかった」


 とりあえずここで事を構えるつもりはなさそうに見える。妙に素直なものだから、逆に裏でもあるんじゃないかと疑いたくなるほどだ。



 現実世界との時間にどれくらい乖離があるのか知らないが、迷宮の中に落とされてから二刻ほど経っただろうか。

 それにしても腹が減ってきた。結局晩飯を中途半端に食い損ねていたことを思い出す。


 なんとか水と食料を確保したいけど……。こんなだだっ広い砂原で食い物なんて手に入るのか。


『夜中に行動するのは危険だ』

『……だよな』


「おなか……すいた」


 グルーミィがぽつりと呟いた。


「あんたは何も持ってないのか」

「もってない」


 さっき自分から協力すると言ってしまった手前、隠す訳にもいかないよな。


 立ち上がり、座り込んだ彼女の前に立つ。

 ポケットの中から、対抗戦後のお祭り騒ぎに屋台で買っていたポルク串の包みを取り出し、一本を手渡す。


「あんまりないけど食いなよ」


 グルーミィは黙って串を受け取ると、ぱくりとそれを口に含んだ。もしゃもしゃと平らげていく。


 警戒心とか、ないんだろうか。


「ハァ……」


 空腹を紛らわせた俺たちは、頭上に瞬く星空の元それぞれ眠りについた。










挿絵(By みてみん)

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