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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第27話 意志の光

 


「あ……あぁ……」


 ゲーティアーの触手に貫かれたフウカの姿。

 現実だなんて、認めたくなかった。


「ええ加減に……せぇやあァーーッ!!」


 ゲーティアーの直上を、激昂したクレイルがフウカの元へ飛ぶ。彼女を宙に縛り付ける管に灼熱の剣を振り下ろす。


 だが瞬時に大量の管が波のように蠢きフウカの周囲に壁を作り出す。


 クレイルの火剣メルカムドは触手の壁を切り裂いたが、波導の減衰によってフウカの枷に達することはなかった。


「ッソがァ!!」


 クレイルはフウカを救い出そうと触手を繰り返し斬りつけるが、ゲーティアーは彼女をクレイルから遠ざけ、さらにクレイルを管で搦め捕ろうと四方八方から触手を伸ばして来る。



 クレイルが必死で戦っている。こんなところで転がって、痛みに呻いてる場合じゃない。


 俺は彼のように波導を使って戦えないし、チェシィのように鍛え上げたエリアルアーツを持ってるわけでもない。


 痛みに呻いて、ゴミみたいに転がってるのが俺の限界……なのか。俺は、何もできない。


 フウカが傷ついているのに。


 自分の無力さ、そして愚かさを呪う。盾になることくらいはできる? 冗談はよせ。盾にもなりゃしない。


 才能が、能力がないのが悪いのか。俺が空の加護を持たないドドだから。

 ……違う。生まれや才能のせいじゃない。最初から諦めて、何もしなかった俺の方がずっと……。


 フウカを助けたい。でも、そのための何もかもが俺には足りてない。



 タンクの表面に爪を立てる。みっともない。悔しい。焦燥に身を焦がしながら身を起こす。

 心に入り込んだ、黯く燻んで濁った感情が俺にささやかな力を与える。ただ体を前に動かすだけの力を。


 その力は、どこからくるのだろう。それは、命を捨てる覚悟だ。死に向かう、死をも恐れぬ黯き意志(こころ)。側に転がった鉄棒を掴む。


「……返せよ。フウカを……返しやがれぇ!!!」

「止せ! ナトリ!!」


 ゲーティアーに突進する。奴は俺の進行を阻もうと管を伸ばしてくる。


「あああああああッ!!!!」


 管に腕を抉られようが、頬を掠めようが、俺の歩みは止まらない。


 俺は、どうなってもいい。あの子が死ぬよりずっとましだ。身体を動かす黯い衝動に身を任せる。


 全身全霊の力を込めて本体に棒を振り下ろすが、怪しく紫に輝く暗い障壁が攻撃を阻む。


 棒は壁に激突して甲高い音を立てて弾かれる。

 なおも攻撃を加えるが、壁の表面は細かい光を散らすだけで傷すら付かない。


「フウカを離せっ! 畜生……、畜生ッ!!!!」

「避けろッ!!」



 重い衝撃が腹部を抉った。


「え」


 見下ろした腹部に、太い触手が突き刺さっていた。



「ぐ、うあぁ……」



 左手で腹を貫通する管を握る。ぐいっと腹を掻き回され、持ち上げられる感触に吐き気が込み上げる。

 俺の足はタンク表面を離れた。


「ナトリ……。いたい……よぉ」

「フウ、カ」


 すぐ側に、吊るされ、腹部から血を流すフウカがいる。手を伸ばせば届きそうな距離だ。


 彼女の顔は涙に濡れ、痛みに顔を歪めている。クレイルが、何か叫びながら波導を振るっているのが視界の端に見える。


 臓腑の隅々まで焦がすような地獄の痛み。全身が震え、心臓が警鐘を鳴らすように早鐘を打つ。


 すぐ側にフウカがいるのに。絶望、彼女もまたそのただ中にいる。涙に濡れた瞳と、その怯えた表情を見ればはっきりと感じる。



 俺は、フウカの側にいると約束した。でも俺達の約束はこんな、死に際の道連れになるものじゃなかった。

 腹をかき回すような熱をもたらす傷に意識をかき乱されながら俺はフウカを見つめた。


 彼女もまた俺を見る。目が合う。そして彼女は————笑った。


 いや、笑おうとした。口の端を歪め、目の端を引いて。とても笑顔とはいえない苦痛に歪む絶望の中、それでも笑おうとした。


 これキミの?


 口を動かしてはいない。でもフウカの声が聞こえる。十日前に見た、水路に落ちた俺の財布を拾ってくれたあの時の笑顔がフウカの顔に重なって見えた。


 あは、よかった!


 それはいかにも彼女らしい、咲き誇る花のような可憐な笑み。


 王都へ上京して仕事に就き、忙しさの中に埋もれていく俺の毎日は焦燥と無力感で色を失っていった。


 だが、フウカと出会い、共に過ごすうち、悪くないと思うようになった。毎日毎日、色々なことがありすぎて。


 いつしか灰色だった世界は様々に色づき、今まで気づけなかった周囲の人々の新たな一面に出会った。


 命の危険も何度かあったけど、二人で乗り越えた後はそれも悪くないと、どこかでそう思えたのだ。



 フウカはまだ、笑おうとしている。こんな状況で。

 絶望に抗う。それは強がりや、虚勢のようなもろく儚いものだ。それでも彼女はまだ俺を思ってくれていて。


 腹に突き立った触手を掴む手に力を込める。フウカがまだ、俺を信じてくれているのに。

 俺が絶望に屈してどうする。


 絶望の淵に向かって突き進むのは生きることを諦めるのと同じだ。俺たちは……二人で生き残る。フウカを守る。俺はそのために進む。



 胸の奥に疼く黯いざわめきが影を潜めていく。

 俺は喉が張り裂けんばかりに声を振り絞って、叫ぶ。


「フウカぁっ! 諦めるなッ!! 必ず……必ず俺が君を助けるっ!!!」


 心を、己の気持ちを声にする。


 フウカが俺を見た。そして涙に濡れた顔で微笑んだ。夜闇の中で、花開くようにそこから世界が色づいていくような錯覚を覚えた。


 ゲーティアーがこちらを掬い上げるように見上げる。

 黯い眼窩の奥に宿る紫光をこちらに向けて、管を張り巡らせ俺たちを包囲する波のようにうねらせる。



 空いた右手を高く掲げ、天を仰ぐ。

 何故かはわからない。けど……あれはいつも絶体絶命の場面でこの手にあったのだ。


 負けてたまるか。

 こんな化け物に、フウカを奪われてたまるものか。



 だから……、だから俺に、力を。この子を守るための力を。



「姿を現せ王冠ケテルッ!! 俺に力を……貸せぇーーーーッッ!!!」



 右手に沿って青白い光の渦が駆け上り、掲げた掌で弾ける。


 天を衝くような青光の奔流が一瞬体を包み込む。

 光が消えた後、俺の右手には青い燐光を放つ白銀の杖が残されていた。



 こちらを向いた全ての触手が俺に向けて迫って来る。


 だが、仄かに感じる暖かさが俺を安心させてくれる。すっと、俺の胴に細い腕が回される。


「フウカ……!」

「ありがと、ナトリ。私を助けに来てくれて……」


 迫り来る管の波は、自ら枷を解いたフウカの波導によって防がれる。


 彼女の瞳の輝きが強まり、フウカの手から伸びた白い光の剣が、俺たちを覆い尽くす管束を切り裂いた。



 ゲーティアーと対峙する。右手を下ろし、怪物の本体に狙いを合わせて引き金に指を懸ける。


「これで……終わりだッ!!」


 強い意志を込めて杖の引き金を引く。


 立ち込める闇を討ち払うかの如く、杖先から眩く輝く青い雷光が迸る。


 以前撃った時と桁違いのスケールを持つその雷光は、敵の深紫の球状防壁を蒸発させ、ゲーティアーを青光の渦で飲み込み、さらに辺り一帯を青白い極光で染め上げながらフィルタンクを掠めて暗い雲の隙間に吸い込まれていった。



 胸に刺さった管の感覚が薄れ、体が落下するのを感じる。

 フウカのおかげでタンクの上に軟着陸した俺は、がくんと膝をついた。


 全身から急速に力と意識が抜けていくのがわかる。


 目の前に、腹から上が吹き飛び断面から黒い霧を吹き出すゲーティアーの残骸が見える。

 触手は力なくタンクの上に落ち、両腕はだらんと下がっていた。


「ざまぁ、み、ろ……」


 そのまま前のめりにぶっ倒れたところで俺の意識は途切れた。










挿絵(By みてみん)




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